第47話「メモリーダスト」
それは、宿敵を自称する
好勝負だからこそ、
ソフトボール部の練習試合は、玲奈の活躍で
シャワーを浴びて着替えてくると言って、玲奈は部室棟の方へ去ってゆく。
それを待つ
「ムフフ、いづちゃん! わたし、
どうしてこんなにテンションが高いのだろうか? だが、彼女は見合いを世話する近所のおばさんみたいな笑顔で、
こうしてみると、結構大胆に腕を組むなどして、翔子も恋を楽しんでいる。
逆に、年下の彼女に真也は緊張でいつも硬い。
だが、二人はそれなりに上手くやっているようだ。
「っと、そうだ。玲奈さんに冷たいものでも
このまま待つのも
放課後の校内は静まり返っており、遠くで部活の練習に励む声が聴こえるのみ。どの教室にも人影はまばらで、思い思いの時間を過ごしているようだった。
秋の太陽は傾くのが早くて、もう
徐々に迫る冬の気配も、先程の試合の興奮を思えば意識すらできなかった。
食堂の自動販売機まできたいずるは、そこで以外な人物に出会う。
「あれ……文那、先輩?」
自動販売機には先客がいた。
珍しく制服を
振り返る真っ赤な瞳から、大粒の涙が溢れていた。シャツはスカートから出てるし、上着は肩に引っ掛けてる。だらしない格好はしない人だったが、どうやら普段のプライドを忘れているようだ。
だが、気丈にも文那は
「あ、あら、いづる様! どうかしまして?」
「い、いえ、今……」
「泣いてませんわ! 泣いてなんか、いませんの」
無理に笑おうとする姿が、少し痛々しい。
彼女はいつも、玲奈に負ける度にこうして泣いていたのだろうか? 誰にも見せない涙が枯れるまで、一人でこうしていたのだろうか? それを思うと、いづるの心は締め付けられて軋み痛んだ。
一方的に文那が玲奈を敵視しているだけで、その理由をまだいづるは知らない。
あの玲奈でさえ、当事者であるにもかかわらず心当たりがないのだ。
「ごめんなさい、いづる様……変なとこ、見られてしまいましたわね」
「……変じゃない、ですよ。変なんかじゃないです、文那先輩」
「いづる、様?」
「負けて悔しいのは、真剣勝負だったから。それだけ文那先輩が本気だったから、ですよね?」
文那は目を点にして、驚いた表情を見せた。
図星だったようだ。
そしてそれは、いづるならずとも知っている。
二人の勝負はいつでも、互いの実力を出し切ったガチンコだったのだ。時には
玲奈と文那、二人は似ていた。
わだかまりがなければ、いい友達になったと思えるくらいに、だ。
「も、もぉ、いづる様? 年上をからかうものではありませんわ」
「い、いえ、そんな」
「いづる様も飲み物を? でしたらわたくし、おごりますわ! 自動販売機ごと!」
「や、一つでいいです……あ、あのっ!」
意を決して、いづるは聞いてみた。
自分の好きな人にとっても、大事なことだから。
そして、ただ一人に捧げるものとは違う『好き』を、文那に感じるから。
文那は面倒くさい少女だ。自尊心が強く、大金持ちだからと金の力を使うこともある。ガンダム好きでも、
基本的に文那は、自分が特別な人間だとわかっている。
特別な人間だからこそ、よかれと思うことに全力投球なのだ。
「文那先輩っ……教えてください。玲奈さんと昔、なにがあったんですか?」
「そ、それは……」
「玲奈さんは僕の彼女、恋人です。好きな人なんです。でも、文那先輩を嫌いになれない……嫌いになりたくないから。だから、本当のことが知りたいんです」
文那は驚きに目を見開き、その
だが、
そして、こんな時は時間の流れがとてもゆっくりに感じられた。
永遠にも思える数秒の後に、文那は小さく溜息を零す。
「いづる様には勝てませんわ。……阿室玲奈は好きで、わたくしのことは嫌いになれない……そういうずるいこと、言うんですのね」
「嫌いになりたくないんだ。文那先輩はいつだって、正々堂々としてた。いつも一生懸命で、いつでもベストを尽くしてた。……多少、思い込みが激しいとは思うんですけどね」
ちょっと気恥ずかしそうに、
ほっとしたが、同時にこの瞬間が来たかといづるは心の中で身構える。
玲奈と文那の確執、いづるの知らない二人の過去……どんな運命が
その真実が、いよいよ明らかになろうとしていた。
「……そこまで言われては、話すしかありませんわね」
「あ、ありがとうございます、文那先輩」
「でも、約束してくださる?」
グイと身を乗り出し、文那の顔がいづるに急接近。
彼女のしなやかな身を出入りする呼気が、肌で感じれる距離だ。
間近に今、真っ赤な美貌の少女が真剣な目で見詰めてくる。
「いづる様、一つだけ約束してくださいな。決して阿室玲奈には言わないでくださいます? わたくし、次の戦いで彼女との因縁を終わりにしますの」
「お、終わりって……」
「今日、また負けましたわ。いつもそう……阿室玲奈はライバルである以上に、宿敵。
そこには、いつわらざる文那の本音があった。
そして、いづるは知っている。
彼女は目的のために手段を選ばないが、その手段が卑劣だったことは一度たりともない。そして、目的の達成のために手段をこだわる人間なのだ。
手段に正当性がなければ、目的は意味を失ってしまう。
そういう高潔さこそが、文那の持って生まれた眩しさなのだった。
「……いづる様、阿室玲奈とは……最近、どうですの?」
「えっ? あ、いや……普通、かな」
「嘘ですわね。阿室玲奈と恋人同士になって、普通な
「……そうかも。うん、確かに普通じゃない。でも、凄く楽しいですよ」
そう、玲奈は絶世の美少女だが、普通じゃない。
彼女と過ごす時間は、いづるから退屈という概念を忘れさせた。
「この間、僕がプレゼントしたPS
「GジェネレーションGですわね! 因みにわたくし、四つの難易度を全てクリアしましたわ」
「あ、それです。玲奈さんってば、原作再現イベントがあるたびに僕に見せてきて」
「まあ、ふふ……阿室玲奈にもかわいいところがありますのね」
玲奈はガノタ、ガンダムオタクだ。
普通の人間が入り込めない領域、いわゆる『
「この間なんか、バイト代が入ったからって凄く大きなガンプラを買ってきて」
「……メガサイズのユニコーンかしら。やりかねないですわ、あの阿室玲奈なら」
「それだったかな? なんか、紅白でおめでたい感じの、僕も持ってるやつです」
「メガサイズユニコーン! なんでそんなものを買いますの? それでは部屋が狭くなって人間が住めなくなる! 肩身の狭い冬が来ますわ!」
文那もガノタだった。
これが一種の、
だが、いづるはそうは思わない。
以前、文那と玲奈を交えて、大勢でガンダムの映画を見た。SDガンダム、
なにか、
その真相をいづるは知りたいのだ。
「いづる様……真実を知りたいのなら、それもいいですわ。ただ」
「ただ?」
「わたくしにはっきりと
顔を真赤にしながら、文那が問い詰めてくる。
突然のことで
玲奈を愛しているか?
その答は一つしかない。
ただ、口に出すのは勇気がいるのだ。
「ぼっ、僕は……玲奈さんが好きだ。これからもずっと一緒にいたいです!」
その言葉に、文那は泣きそうな顔をして、そして満足したように頷いた。
そして、ついに二人の過去が明らかになるのだった。
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