第17話「願いの乳力」
並んで座る自分のベッドが、二人分の重みでいつもより深く沈み込む。
互いを結ぶ
肩と肩が触れ合えば、
二人だけの、二人きりの、夜。
キーボードを叩くいづるの指が、緊張で僅かに
「え、ええと、玲奈さん……その、サンダーボルトっていうのは」
「
ちょっとだけ? 少し? 否……玲奈はもの凄い機械音痴である。テレビのスイッチを
いづるが幼馴染の
そんな彼女にとって、インターネットへの接続などはもう、かなりの難易度だった。
「そんな訳で、いづる君。サンダーボルトよ! サンボルなの!」
「は、はい、ええと……あった、このリンクか」
有料配信の公式サイトから、手続きを経て正式な視聴の手筈を整える。
そうして、いづるが見やすいようにアニメの動画画面をフルスクリーンにした、その時だった。不意に自分の二の腕に、玲奈が抱き付いてきた。
パジャマ越しの柔肌が、そのぬくもりと柔らかさが伝わってくる。
それはゆるやかに浸透してきて、いづるは思わず目を白黒させた。
「れっ、玲奈さん!?」
「お願い、いづる君……見る間、サンダーボルトを見る間だけ……こうさせて」
「は、はあ。あの、その、あっ、ああ、当たってます!」
「いづる君? そんなことより! ほら、CMが始まったわ……キャンペーン? サンダーボルト二期決定記念……懸賞! 応募! ガンプラが、当たる? ええい……ファンネルたち、一番希少度の高いガンプラよ……! 当たって!」
なにやら画面では、本編の前のコマーシャルが始まった。どうやら例のサンダーボルトなるガンダムは好評らしく、早くも続編が決定したらしい。それを記念したキャンペーンで、ここだけの限定版ガンプラが当たるようだ。当然、目を輝かせて玲奈がキーボードに手を伸ばす。
ますます玲奈が、ぎゅむと形良い胸の膨らみをいづるに押し当ててくる。
パニックになりつつ、いづるはとりあえず玲奈の手を遮った。玲奈が触れば、キーボードをタッチするだけでもノートパソコンは壊れかねない。
だが、いづるにピタリと身を寄せた玲奈の手は、その細い手首を握れば酷く細かった。
玲奈は「あ……」と
「いづる君……その、そうよ! 私、機械は駄目なの。いづる君、代わりに応募して!」
「は、はい。でも、その」
「大丈夫よ、当ててみせるわ!」
「え、ええ……当たってます。当たってるというか、もう……埋まってます」
既にいづるの腕は、玲奈の胸の
そして、そのことに気付いていないのか、玲奈はずっと画面のCMを見詰めていた。
「欲しいわ……限定版の
「と、ととっ、とりあえず! あとで応募しておきます! 必ず! ですから」
「お願いね、いづる君。MGサイコザクのVar.Kaもいいけど……私ならガンダムよ、ガンダム。そうでしょう? いづる君」
「は、はいぃ」
いづるはもう、気が気ではない。
そもそも今夜に限って何故、玲奈はこうも密度の高いスキンシップをしてくるのだろうか。これは、あれだろうか……いづるの中に一つの疑念が生まれ、それが願望と言うなの理論武装でフルアーマー化してゆく。ちょっとしたパーフェクト妄想へと膨れ上がってゆく。
頬を
それだけでもう、彼女の吐息が肌を
「とっ、ととと、とっ! とりあえず! ガンダム見ましょう、ガンダム!」
「ええ、そうね! 機動戦士ガンダム・サンダーボルト、再生どうぞ!」
「どうぞ、って言われても……その、玲奈さん?」
「なにかしら」
「その……なんで僕にひっついてるんですか?」
「!」
一瞬、目を見開いて玲奈はパッと離れたが……やああってまた、おずおずといづるの腕を再度抱き締めた。視線を
「それは……その、いいでしょう? 今は二人きりなんですもの。それに」
「それに?」
「……私、苦手なの」
「え? な、なにがですか。ガンダムですよ? 玲奈さんの好きなガンダム」
「そうよ、最近ガンダム成分に飢えてたから、私は欲求不満だわ! でも、苦手なのよ」
むー、といづるを睨んでくる、その懸命に恨めしさを込めているであろう表情もかわいらしい。いづるの恋人はこんなに綺麗で、そして愛らしい少女なのだ。
その玲奈が、ようやく事の真相を話し出した。
「私、苦手だわ。その、血が出たりとか、怪我をしたりとか……そういう映画やアニメが苦手なの! わかるでしょう? いづる君……わかってほしいぞ?」
「は、はあ……でも、ガンダムですよ? 今までだって」
「そうよ、私は少しずるい女だわ。
「は、はあ」
「母さん、僕のピアノ……! とか、俺は……嫌だね……! とかも、なんとか平気よ」
「え、ええ」
「でも、駄目なの……サンダーボルトみたいに、生々しさが凄い死と恐怖は、駄目なのっ! ……私、そういうのが全く駄目なのよ」
ようするに、玲奈は残虐な描写が苦手らしい。
意外に思えて、同時にいづるは当然のようにも感じた。
玲奈はいづるの前では、誰よりも普通の女の子なのだから。
「えっと、つまり……これから見るガンダムは、残酷描写が多め、強めってことですか?」
「ええ。舞台は一年戦争のさなか、サンダーボルト宙域と呼ばれた激戦区での戦闘よ……そこでは、連邦軍とジオン軍が
少し想像したり思い出したりしたのか、玲奈はぶるりと身震いした。
そして、一層強くいづるの腕に抱き付いてくる。
またしても玲奈の意外な一面が見れて、いづるは少し驚いた。
「えっと……とりあえず、じゃあ……見るの、やめます?」
「駄目よ! ……見たいわ、ガンダム。サンダーボルトはまだ見てないもの、絶対に見なきゃ駄目。凄いのよ、いづる君? ハイクオリティの映像美、まさしく最新のガンダムアニメの一つ、最先端の迫力が楽しめると思うの。」
「……でも、血がブシャーって出るとか、そういうシーンもあるんですよね?」
「もぉ! 意地が悪いぞ? いづる君がいるから、多分、絶対に平気だわ。こうしてしがみついていれば、どうということはないもの」
嬉しいやらおかしいやら、そしてやっぱりかわいいやら。
思わず笑みが浮かんで、それを見た玲奈は頬を少し膨らませた。むくれっ面もとてもキュートだ。そうしていずるは、恋人の抱きまくらになりながらノートパソコンを操作する。
一時停止させていた映像が再び動き出した。
「このアニメは、確か時代は……最初の、アムロとシャアの時代、世界観なんですよね?」
「ええ! 一応、一年戦争のサイドストーリーということになってるわ。勿論、かなり外伝的というか、一種のパラレルワールドのような雰囲気もあるわね」
「……ガンダムって、そんなに沢山作れるもんなんですか?」
いづるの不用意な発言に、玲奈は瞳を光らせる。待ってましたとばかりに彼女は、身を乗り出して喋り出した。密着したままいづるは、思わず玲奈の顔を間近に見る。
「そうよ、いづる君! 一年戦争当時だけでも、プロトタイプガンダムにアムロのガンダム、そしてガンダムG-3……ファーストガンダムの系譜だけでもこれだけあるわ。更に、ガンダムNT-1、アレックスと、四号機から八号機までのプラン……そのうち何機かは実際に建造され、運用されたことになってるの。次に、余剰部品や規格外部品で作られた陸戦型ガンダムに、ブルーディスティニーやピクシー、GT-FOURに水中型ガンダムといった――」
「と、とにかく! わかりました、わかりましたから。玲奈さん、始まりますよ」
「そうだわ! 見なくちゃ……いづる君、もっと音を上げて頂戴」
あっという間に玲奈は、さほど大きくもないノートパソコンの液晶画面を見詰める。その真剣な横顔を見ていると、いづるも神妙な面持ちで改めてガンダムに、サンダーボルトに向き直った。
そして、二人だけの密室はベッドの上に、ガンダムを挟んだ蜜月を生む。
しかし、玲奈はガンダムの前ではただの子供、少女ですらないあどけなさでのめり込んでいくのだった。それをただ見やるいづるもまた、作品の世界へと惹かれてゆく。
二人は身を寄せ体温を分かち合いながら、一年戦争の激戦へと没入していった。
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