ブルマ魂
第11話「うさぎ少女のみた夢」
中華料理屋、
正直言って、いづるは尊敬の念を禁じ得ない。
だが、それでも……それでも、時々玲奈のことがわからなくなる。
いまだもって、超絶完璧ガールな玲奈はいづるにとって謎の存在だ。ガンダム大好きガンダムオタク、ガノタであるという以外は、まだまだ知らないことが多い。
「あら、いづる君。いらっしゃい、ちょっと待ってて頂戴ね。見ての通りで、今とても忙しいの」
放課後の生徒会室へと顔を出したいづるを待っていたのは、いつも通り
玲奈が強烈過ぎる個性の持ち主なので、当然と言えば当然かもしれない。
しかし、相変わらずなんというか……玲奈は、かわいい。
かわいい、そして美しい。
僕のカノジョなんです、なんて思ったら、不思議といづるは頬が
だが、別の意味でも顔が熱くなる……いづるはムッツリスケベだから。
「あ、あのぉ……玲奈さん」
「なにかしら?」
「見ての通りと言われても……見たままだと、訳がわからないんですが。忙しいん、です、よね?」
「ええ。とても、ね」
「じゃ、じゃあなんで――」
そう、何故。
どうして。
なにゆえに?
「なんで、バニーガールの格好なんかしてるんですか?」
バニーガールである。
肌もあらわな、
バニーガール姿の玲奈は、執務机に座って書類を決済しているのだが、そこに格好との関連性をいづるは見い出せない。見ての通り、と言われても、直視することすらできない程にその姿は眩し過ぎた。
「ああ、この格好? 気にしないで頂戴、これも副会長の……そしてクラス委員の務めよ」
「わ、わかりました。気に、しないように、します、けど」
視線を反らしてしどろもどろのいづるは、とりあえずソファに座って仕事が終わるのを待つ。
だが、玲奈はそんないづるをチラリと見て、やおら突然立ち上がった。
椅子から立つって机を離れた彼女の、完璧なバニーガール姿が目に飛び込んでくる。見事なスタイルはたわわな胸の膨らみが魅惑的で、その谷間が強調されるような衣装が心憎い。柔らかな曲線を描くヒップラインには、ウサギの尻尾が丸くなっていた。
「いづる君? 気にしないで頂戴と言ったわ、私」
「え、ええ」
「でも、気にして。
「ええ!? そ、そんな……無茶苦茶な」
ソファの前までカツカツとヒールを鳴らしてやってくると、ピシリと見心地のいい立ち姿で玲奈が見下ろしてくる。
勿論いづるとしては、気にならない訳がない。
何故、バニーガールの格好をしているのか? ではない。
バニーガールの姿な玲奈そのものが気になるのだ。
「あ、あの、じゃあ……どうして、バニーガールの格好なんですか?」
そして、話は最初に戻る。
そのことを聞いたら、玲奈はようやくフフンと笑みを浮かべた。いづるは、玲奈のこういう子供っぽいところが嫌いじゃない。
「明日は体育祭だというのに、もう来月末の文化祭の仕事が
「わかり、ません……あんまし」
「そ、そうよね、ごめんなさい。実は、各クラスで文化祭に出し物をするでしょう? その許可を出すのが私なのだけど、同時に私は二年F組のクラス委員。クラスの出し物をホームルームで話し合っていたの」
「あ、そういえば玲奈さんってF組でしたよね」
「そうよ、F型と言えば宇宙用ね」
なんの話かと首を捻ると、慌てて玲奈は口を抑えた。
「……ザクとは違うわね、ザクとは。こっちの話よ」
そう言って彼女はもじもじしつつも、いづるの隣に座る。
いづるは
原因はいづるの姉、日陽あかりだ。
あかりは日がな一日グータラと過ごし、家にいることが多い。散歩と称して軽く飲みに出掛けたりしているが、基本はニートである。
あかりは、ガンダムが嫌いだ。
今、日陽家は暗黙の了解で、ガンダム禁止令が出されているのだ。
だが、そのことで玲奈は不満を口にしなかったし、笑顔であかりと接してくれている。だから、気付いているのはいづるだけ……いづるには玲奈の些細な感情の
「この格好はね、いづる君。私のクラスの出し物、バニーガール喫茶のコスチュームよ。ふふ、これでは
「いや、まあ……でもなんで、そのバニーガールの格好を玲奈さんが」
「
「袖付き?」
「これよ、これ」
玲奈は肩まで
バニーガールにはお約束の、白いシャツの袖だけが巻かれている。そこには兎をあしらったカフスボタンが輝いていた。
袖だ、袖である。
だが、イマイチいづるの中で話が繋がらない。
「えと、つまり……」
「F組の一部に、女子たちが用意してる衣装を『袖は付いていない』って言う人が多いのよ。袖付きって呼ぶことにしたわ。袖なんて飾りなのに……偉い人にはそれがわからないんだわ」
「いや……袖、駄目なんですか?」
「予算というものがあるわ。見て頂戴、いづる君」
立ち上がった玲奈は、いづるの前でくるりと回ってみせた。
こうして改めて見ると、バニーガールというのはとても刺激的な格好である。頭の耳は片方がぺっこりと折れており、玲奈の愛らしさを何倍にも引き立たせている。ほっそりとしなやかな両脚には網タイツが
だが、腰に手を当て玲奈は溜息を零す。
「今、私はフル装備だわ。言ってみれば、ツイン・フィンファンネルにした
「駄目、なんですか」
「予算オーバーなの。それで、袖か網タイツかを、どちらかを諦めなければならないわ」
「それはまた……大変、ですね」
「ええ、大変なのよ」
文化祭におけるクラスの出し物は、全て生徒会から出された予算で切り盛りするのが規則だ。そして、その多くを恐らく、バニーガール喫茶では食材の調達に使うだろう。
予算というシビアな現実と、玲奈は戦っているのだった。
いづるにはバニーガール姿がまだまだ納得できなかったが、眼福ではある。
「えっと、じゃあ……袖、欲しいって人が多いんですよね」
「一定数いるわね。まったく、
「ぜっ、全裸!? 全裸に、袖……全裸に、袖! ぜんらに、そで……」
いづるの脳裏でたちまち、玲奈が袖を残して全裸になる。
だが、玲奈はいづるが妄想世界に飛び去っても言葉を続けた。
「ああ、全裸っていうのはフル・フロンタルのあだ名よ。フル・フロンタル……素っ裸って意味なの」
「素っ裸!」
「……あらやだ、知らないうちにスラングを使ってたわね。最近、ようやく一人でも少しネットができるようになったから、つい。い、いけないわね。ごめんなさい、いづる君」
「全裸……素っ裸……? は、はい、いえ」
やはり、玲奈にはガンダム禁止令は
普段、玲奈はガンダムに関するスラングはあまり使わない。
普段、なら。
だが、見えないところで玲奈も荒んで疲れているような気がした。
「あ、あの、玲奈さん」
「なにかしら? いづる君」
「バイト、週四ですよね? 水曜日と、土日が休みで」
「ええ、師匠が都合してくれたの。土日は子供らしく遊びなさいって」
「ぼ、僕、そろそろ……新しいガンダム、みたいなあ……なんて」
頬をポリポリと掻きつつ、自分でもわざとらしいなあと思いながらの一言。その言葉を聞いた玲奈は……みるみる表情がパァァーッ! と明るくなってゆく。
潤んだ瞳に口元を緩めて、彼女は突然いづるに抱き付いてきた。
「いづる君っ! ええ、是非! 是非、そうしましょう!」
「わわっ、玲奈さん!? ちょ、ちょっと、あの」
「私にはまだ、いづる君とみたいガンダムがある……こんなに嬉しいことはないわ!」
「そ、その、玲奈さん! あ、あっ、あああ、当たってます」
「ン? なにが? 当たらなければどうということはないぞ?」
どうということはあります、むしろ……どうにかなっちゃいそうです。いづるは口をパクパクさせながら、玲奈に抱き締められた。生徒会室に二人きり、こんなところを誰かに見られたら、いいゴシップだ。だが、玲奈は嬉しそうにいづるの首に腕を回してくる。
密着してくる胸の膨らみが、ガッツリと腕に当たっている。
玲奈の深い胸の谷間に、いづるの二の腕が埋まっていた。
じんわりとシャツ越しに浸透してくる柔らかさと温かさ。
「れ、玲奈さん、落ち着いて。離れて、ください……その、僕、ちょっと」
「あら? ご、ごめんなさい。うれしくて、つい」
「いえ」
ようやく自分がしていたことに気付いて、玲奈は頬を赤らめ離れた。
同じソファに座って背を向け合い、なんとも気不味い時間が流れる。
だが、玲奈は笑顔で振り返ると、いつもの小気味よい声を響かせた。
「明日の体育祭が終わったら、少しゆっくりできると思うの」
「は、はい」
「だから……また私と、ガンダム、みてくれるかしら? ……二人きり、で」
「……はい」
いづるの返事に、玲奈はこの日一番の笑顔を見せてくれた。
そして話題は、明日の体育祭へと移る。秋の体育祭は近隣でも評判の盛り上がりを見せ、高等部とは思えぬ程に父兄が大挙して押し寄せる。
「僕も玲奈さんと同じ、F組だったらよかったんですけど」
作者も忘れていたが、いづるは一年G組、玲奈とは隣のクラスだ……ただし学年が違うが。そして、このG組にあの女がいるとは、この時はまだ想像すらしていない。
「そうね、体育祭では三学年混合の競技もあるもの……私もいづる君と一緒に戦いたかったわ。気持ちはいつでも、デラーズ・フリートにノイエ・ジールしか残せなかったアクシズと一緒よ」
「や、その例えはよくわからないです、けど。でも、玲奈さんの活躍を応援してますね」
「ふふ、私もだぞ? 私も、心の中ではこっそりG組を応援するわ。GははじまりのGですもの」
「……G、なんですか?」
「そうよ?
そう笑って玲奈がソファを立ち上がる。
「着替えるわ、今日はここまでにして一緒に帰りましょう。明日の準備もあるから、今日はアルバイトは休みの連絡を師匠にいれてるわ。大丈夫!」
「あ、じゃあ外で待ってますね」
「あら、そう? 明日は朝早く起きて、翔子さんとお弁当を作るの。ああ、楽しみだわ……去年よりずっと楽しみ。早く明日にならないかしら」
子供のような笑顔を見せて、玲奈は左右の袖を取る。頭の耳も外して、蝶ネクタイを細い首から
だが、そんな彼を玲奈は呼び止める。
背中でいづるは、
「いづる君、好きなおかずはあるかしら? 私一人じゃ無理だけど、
「え、あ、いやあ……唐揚げとか? ハンバーグとか。あとで、とりあえずあとで話します! 外で待ってますから!」
「あっちを向いててくれれば、別にいいのに。着替え、すぐ終わるぞ?」
「そういうの、まずいですって!」
今、同じ密室の空気に玲奈と二人きり。そして、いづるが吸って吐く呼気は、玲奈のあらわな柔肌に触れた空気なのだ。
ゴクリと喉が鳴ったが、どうにか自制心をフル回転させていづるは部屋を出る。
背後を見ないように後ろ手に扉を締めて、溜息。
勿論、見たい。
玲奈の着替え、ガン見したい。
だが、いづるはまだまだ純情を拗らせたムッツリスケベ、そこまで図々しくはなれないのだった。だが、ふと
そして、生徒会室を出てきた制服姿の玲奈に振り返った。
「玲奈さん、さっきの袖の話」
「ああ、袖付きの男子たちね。フェチズムとでもいうのかしら? 凄いこだわってるのよ、袖に。困ったものね」
「翔子が前、僕の古い
「廃品の利用、リサイクルね……あら、凄いじゃない? ふふ、やっぱりいづる君、頼りになるかも」
ニコリと笑った玲奈に、自然といづるも笑みが溢れる。
こうして二人は、明日の体育祭を話し合いながら帰路につくのだった。
明日という日に、数奇な運命の対決が待つとも知らずに。
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