第13話「ひるやすみ」

 秋の体育祭も、順調に午前のプログラムを消化していった。

 地元の地域住民たちも参加する綱引つなひきや、グラウンド全体が大いに盛り上がった徒競走ときょうそう。そして、阿室玲奈アムロレイナがライバルの古府谷文那フルフヤフミナ富尾真也トミオシンヤとデッドヒートを繰り広げた障害物競走しょうがいぶつきょうそう

 どのクラスも一進一退、点数は横並びでお昼の時間となった。


「でも、この年になってダンシング玉入れをやらされるとは思わなかったなあ」

「ふふ、あれは生徒会長のきもいりで急遽きゅうきょ追加されたの」

「……どんな人なんだろ、生徒会長って」

「そうね……わかりやすく言えば、ギレン・ザビをザビーネで割って、ゼハートを足した後にマクギリスでまとめた感じの人かしら?」

「ぜんっ、ぜんっ! わかりません! わかりませんよ、玲奈さん」


 そうは言いつつ「あら、そう?」と笑う玲奈に、自然と笑みを返す日陽ヒヨウいづるだった。

 二人は今、お弁当を手に閑散かんさんとした校舎内を歩いている。日頃は生徒たちの喧騒に満ちた私立萬代学園高等部しりつばんだいがくえんこうとうぶの学び舎も、人気がなくて静かなものだ。

 ほぼ全ての生徒はグラウンドで昼食の真っ最中だ。

 ちょっとした屋台や出店もあって、お祭り気分なのである。


「こっちよ、いづる君。ここが私のクラス、二年F組。さ、入って」


 静かな教室は、遠くから賑やかな声が響いてくる。二年生の教室に入るのは初めてで、緊張しつつもいづるは「お、お邪魔します」と足を踏み入れた。

 そこには、二人の女生徒が待っていた。

 体操服に緋色ひいろのブルマが眩しい、二人共スタイルのいい先輩だ。


「玲奈、遅いぞ! なにやってんのー、なんて」

「ふふ、お待ちしてましたわ。さ、机を並べてランチといたしましょう」


 片方は、ショートボブが快活で闊達かったつなイメージの、背が高い先輩だ。そしてもう片方は、おっとりタイプというか、やわらかな笑みを浮かべた三つ編みの眼鏡っ娘。スポーツ万能属性と文学少女属性が、そのまま服を着ている……ブルマをはいてるような感じである。

 自然と眼のやり場に困りつつも、いづるは確かにはっきりと見た。

 二人とも見事な胸のふくよかさ、そして太腿の白くて張りのある質感。

 どうしてもいづるは、ムッツリスケベなのだった。


「紹介するわ、いづる君。私の友達の壇田美結ダンダミユさんと、山下柔ヤマシタヤワラさん」

「こんちわっ! へー、キミが噂のいづる君……アタシ、結構好みかも!」

「あらあら、美結さん。そういう目で見ては失礼ですわ。ふふ、でも……かわいらしい子ですのね」


 二人はニシシ、オホホと微笑ほほえみながら、早速机を四つ集めて固める。

 いづるは意外だった。

 玲奈に友達が、いるのだ。

 かつて、玲奈の人生で初めての友達だったいづるとしては、感無量である。そして、なんだか少し寂しい。自分の知らないところに玲奈の人間関係が広がっていることが、ちょっとジェラシーな自分が恥ずかしかった。

 それで、重箱三段重ねで立ち尽くすいづるは、気付けば玲奈の視線に振り返った。

 彼女は微笑みながら、そういえばと手を、パム! と叩く。


「翔子さんも誘っておいたのだけど……忙しいのかしら」

「あ、なんかちょっと用があるって」

「そう。なら、またの機会ね。ふふ、彼女たちは私の大事なクラスメイト、そしてお友達……私も、いづる君のお陰で最近は普通の高校生活を少しずつ楽しめてるわ」

「それは、よかったです、けど」


 自然といづるは慎重になる。

 なぜなら……笑顔が眩しい完全無欠の超絶ヒロイン、阿室玲奈はガンダムオタクだから。。そのことをもう彼女は隠してはいないが、果たして美結や柔は知っているのだろうか?

 そのことを考えていると、笑いの輪唱が響く。


「そ、アタシたちはお友達……しっかし、傑作だったなあ。玲奈さ、あの時」

「笑っては悪いですわ、美結さん。でも、玲奈さんたら……とてもかわいらしかったですの」

「突然、ホームルームで演説を始めちゃんだもの。少しお時間を頂くわ! って」

「ええ、ええ。ホームルームを閉会するな! この席を借りたい! といった感じですの」


 シャアだ……いや、クワトロ・バジーナ大尉だ。

 確か、ダカールでティターンズの悪行を暴いて演説した話に似てる。以前、玲奈とゼータガンダムを一緒にみたことがあるので、いづるはすぐにその場面を想起できた。チラリと見やれば、当時を思い出して恥ずかしいのか、頬を赤らめ玲奈は目を逸らした。


「それは、その……私は友達というものの作り方がわからないんですもの。なら、やってみるしかなかったのよ。こうなっちゃったのよ。こうできちゃったのよ! どうすればよかったかしら、シーブック……じゃない、いづる君」

「えっと……結果オーライだと思います」

「私もそう思うわ。ね、そうでしょ? 美結、柔も」


 名前で呼んでる、それも自然に。

 そんな玲奈を見て、席に座る二人も笑顔だ。

 いづるは自然と、美結と柔が本当の親しい友人であると理解した。

 そこにもう、ガノタがどうこうという心配事は介在する余地がないと知ったのだ。人の友情、交友関係というのは本来、趣味や興味のアレコレで区別、ひいては差別されるべきものではない。誰もが皆、自分とは違う個人同士なのだから。


「で、いづる……いづるって呼ぶよ、アタシは。いづる、その三段重ねの豪華そうなの、早く広げなよ。アタシもう、お腹ペコペコだよ」

「そうね、いづる君。みんなでお昼にしましょう」

「わたくしのお弁当も皆さん、よければ突いて欲しいですの」


 いづる、突然のハーレム展開。

 美少女三人の上級生トリオは、てきぱきと弁当を広げてゆく。


「わはは、いづるにはこれをあげよう! 男の子が遠慮すんなよぅ、ほれ!」

「あ、ありがとうございます」

「まあ! 美結さんたらまたコンビニのおにぎりやサンドイッチばかり」

「いやあ、朝は忙しくてさ! 代わりに玲奈の重箱を楽しみにしてたんだ」

「私が翔子ショウコさんと作った自慢のお弁当よ。さ、みんなで食べましょう」


 夢見心地で夢のような……そして、現実。

 いづるは柔に熱い茶の入った紙コップを渡され、美結から受け取ったおにぎりをとりあえず開封する。玲奈は紙の皿に料理を取り分けて、皆に配っていた。

 体育祭の教室は四人の他に誰もいなくて、喧騒と歓声もどこか遠い。


「あら、玲奈さん。この卵焼き、とても美味しいですわ」

「それは翔子さんの作った自信作よ」

「アタシは唐揚げとかハンバーグ……うめぇ! やっぱ肉だな、肉!」

「翔子さんの料理はどれも美味しいわ。私、毎日感動してしまうもの」

「玲奈さん……先程から」

「んだんだ、玲奈さ。玲奈はどれを作ったのさ」

「わ、私は……アシスタントをしたわ。卵の殻だって綺麗に割れるようになったし」


 女が三人寄ればかしましいとは、このことである。

 因みに漢字で書くと「かしましい」で、いづるはついイヤラシイことを考えてしまう。だが、そんなことを脳裏から振り払って首を振ると、料理の数々に舌鼓したづつみを打った。


「あ、美味しい、です。えっと、山下先輩のお弁当、これは」

「柔で結構ですわ、いづるさん。わたくしも早起きして作りましたの」

「いづるー! アタシのおにぎりはどうだ、美味いかー?」

「は、はい。えっと、LAWSONローソンですよね……美味しいです」


 三人娘たちは順々にいづるを構いつつ、今度は先程名前の出た楞川翔子カドカワショウコの話へと突入していった。本当に賑やかで華やいでて、その中に玲奈が輝いているのがまぶしい。

 今、玲奈は普通のどこにでもいる女子高生、平凡な女の子に見えた。


「へー、じゃあいづるの幼馴染おさななじみなんだ? その、翔子ってのは」

「家事全般に秀でて、料理もこの腕で……あらあら、まあまあ」

「玲奈さあ、それってマズいんじゃない?」

「玲奈さんも、もっと頑張らないといけませんの」


 この二人、美結と柔は全く遠慮というものを知らない物言いだ。そして、そのことを玲奈は笑顔で受け入れ歓迎している。

 玲奈はムムムと腕組み唸って、考え込みつつチラリといづるを見やる。


「あ、でも、玲奈さんも凄く頑張ってますよ。僕や翔子に勉強を教えてくれるし、僕の姉さんともうまくやってくれて、って……あ、あの、そういえば」

「んー? ああ、玲奈って居候いそうろうなんでしょ? いづるんちのさ」

「阿室家のことは、わたくしも心を痛めておりましたの。でも、今はいづるさんのところで玲奈さんも、きっといい経験を積まれると思いますわ」


 ああ、知ってるのか……いづるは胸を撫で下ろす。

 だが、安堵したのも束の間、ニヒヒと笑った美結が身を乗り出してきた。

 彼女は、バリムシャア! と肉系のおかずを皿に山盛りにしつつ、いづると玲奈を交互に見やる。


「で? お二人さん、どこまで進んでるの? もうました? ささげた? ?」

「美結さん? いけませんわ、わたくしが気になり空想と妄想を繰り返した挙句にオネショタなのかしらとか、意外とベッドでは豹変するお二人なのかしらとかいけないことばかり考えながら、そのことを全然口に出したりせず我慢しているのに、そんな聞き方」

「……ダダれだぞー、柔」

「あら、いやですわ。うふふ」


 玲奈も面食らったようで、頬を赤らめうつむいてしまう。だが、いじりいじられがもう常態あたりまえと化してる仲らしく、彼女は上目遣いに「美結さん? 柔さんも」とジト目ですがめた。どうやら、互いにそういう距離感を許しているらしく、次第に笑いが広がってゆく。

 ホッとしたいづるだが、言われて初めて意識してしまった。

 既にもう、ただの友達ではないと宣言した。

 一緒に暮らしているのは、玲奈への同情から来る措置ではない。

 好きな人と一緒に暮らしたいと、いづるが望んだ結果なのだ。

 そんなことを考えつつ、食事を口に運んでいると玲奈が喋り出す。


「私たち、まだそういうことは……だって、高校生同士ですもの。それに」

「それに? なになに、なぁに? いづるにも聞こえるように、サン、ハイ!」

「ああん、玲奈さんたら初々しいですわ……動悸が収まりませんの、ハァハァ(;´Д`)


 玲奈は照れ隠しにツンと澄まして、さも当然の用に言い放った。


「それに、私たち……まだ1stファーストとZしか見てないのよ? あと、ポケ戦と」

「え、あ、はい」

「まあ……玲奈さん、なんて残念な子」

「やっぱり宇宙世紀ユニバーサルセンチュリーシリーズは抑えて欲しいし、私としてはアナザー三部作に、SEEDシード00ダブルオーも……ま、まあ、押し付けるつもりもないし絶対条件ではないのだけど、でも」


 いづるは察した。

 やはり、玲奈はガノタ、ガチなガノタ……どうしようもなくガノタ。

 そして、そのことに驚いた様子もなく、美結と柔はニヤニヤ笑った。妙な邪笑で美結は額を寄せ、柔も眼鏡が反射する光で瞳を隠しながら迫る。

 タジタジになりつつも、玲奈は悪びれた様子もない。


「あ、あと、私たちは健全な男女交際を目指しているわ! そうでしょ? いづる君」

「ハ、ハイ! そうなんですよ、なにもやましいこともなく、ましてヤラシイことなんて」


 だが、美結と柔のニヤニヤと締まらない笑みは止まらない。


「聞きまして? 美結さん」

「おうさ、柔!」

「健全な男女交際……一つ屋根の下に住んでおいて、なんてことでしょう」

「幼馴染のカワイコチャンまで出入りして、なあ? こいつぁおもしろ、じゃない、見過ごせないなあ、ガハハ!」


 確かにいづるも、ふとしたはずみに意識することがある。普段はそれとなく暮らしていて、玲奈のことを家族のように、家族以上に思っている。

 だが、本当に玲奈を家族として迎える、というのは意味が少し異なる。

 いづるはいつか、玲奈と本当の家族になって、二人で家族を作っていきたい気がした。そのことがまだ漠然としてて、具体的なイメージを結ばない。まだ二人は無知で無学な高校生で、無力故に翻弄ほんろうされた玲奈は、日陽家になんとか不時着したのだ。

 大人に振り回されないことは、大人になること……それだけしか今はわからない。


「美結さん、柔さんも。私、いづる君とはきちんと接したいし、もっと私を知ってもらいたいわ。それに……それに! もっとガンダムを知って欲しいの」

「あー、ハイハイ、ゴチソウサマ。あとさ、ガンダム? 玲奈、ホント好きだよね~」

「ガンダムというのは……アニメーションですわね。確か、14歳の少年少女がガンダムに乗って、使徒しとと呼ばれる謎の敵と」

「違う違う! ガンダムってアレだよ、ギアスの力を持ってしまった少年のピカレスクロマンで」

「いいえ、それも違いますの。ネルフと呼ばれる秘密組織は、勇者たちが集ってて、合体が承認されるとファイナル・フュージョンするのですわ」

「それ、別のアニメだって柔……ガンダムはさ、リアルなスーパーロボットなんだからさ、確か……そうそう、ファイナル・フュージョンってあれだろ? キモチイイー! っての。一万年と二千年前から愛してる、って歌のやつ!」

「そうそう、トライアングラーな三角関係の中で歌が銀河を救うのですわ」


 全部、違う。

 その違いが分かる程度には、いづるもガンダムを知っていた。

 だが、その時……吹き出した玲奈が笑い出してしまった。彼女はまなじりに大きな涙の輝きを浮かべて、お腹に手を当てながら愛らしい笑い声を響かせる。


「ごめんなさい、でも可笑しくて。おおむね大間違いですもの、でも……ふふ、あははっ! 可笑しいわ。なんて面白い」


 ひとしきり笑って、玲奈はようやく呼吸を落ち着かせると……やっぱり思い出して込み上げるのか、小刻みに肩を震わせ口元を手で抑える。

 家の外でこんなにも柔らかな笑みを、素顔の玲奈を見るのは初めてかもしれない。

 文武両道の才媛さいえんで通っていたし、生徒会室で会う玲奈は荘厳な高貴ささえ感じていたいづる。そんないづるの前に今、よく知る普通の少女が笑っていた。


「ガンダムってさー、玲奈。色々ありすぎてわからないんだよ」

「わたくしもですわ。でも、玲奈さんから時々お話を伺ってると、少し興味が湧いてきますの」

「と、いうことでだ……いづる!」

「ええ、いづるさん!」


 今度は、二人のターゲットがいづるへと移った。

 そして、美結と柔はニッコリと微笑む。


「玲奈から聞いてるけど、いづるんちは今は大変なんだって? ガンダム禁止令」

「ええ、お姉様がガンダムと折り合えない方だとか」

「だからさ、二人でこんど柔んちにこいよ。みんなでガンダムみよーぜ? ニシシ」

「そうですわ、わたくしの家に……って、美結さん? さも自分の家のように」

「いーじゃん、柔んちが一番デカくてくつろげるんだからさ。アタシ、あれ見たい! なんだっけ、火星騎士絶対殺かせいきしぜったいころすマンが、お姫様を守ってオレンジ色のロボで戦うガンダム!」

「でも、いづるさん。玲奈さんも。今度是非、我が家に遊びに来てくださいな。ついでですから、美結さんも。みんなでお茶でも飲みながら、一緒にガンダムを見ましょう」


 いづるは即答で肯定を返し、感謝の言葉を添えた。

 勿論、玲奈が目を輝かせたことは言うまでもない。

 以前の玲奈からは考えられない、自分を介さずとも広がる交友関係……そして、いづるは自分の奢りとも取れる一面を戒める。自分をキッカケに玲奈が変われた、それは間違いないかもしれない。だが、自分がすでにいなくとも、彼女は変われる自分へと変わっていたのだ。

 だから今、いづるが見詰める玲奈の横顔は、眩しい笑みに彩られていた。

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