第24話「対戦セッション」

 左右の阿室玲奈アムロレイナ古府谷文那フルフヤフミナが、頬と頬とが触れる距離に身を寄せてくる。

 二人の持つPSVitaヴィータの画面では、戦いが始まっていた。

 どうやらステージは宇宙で、双方一隻ずつ母艦を出すようだ。文那は慣れた手つきで素早く入力するので、正直目が追いつかない。逆に玲奈は、いちいち手元を見てから操作しているので、画面の切り替わりもゆっくりだ。

 そして、日陽ヒヨウいづるは玲奈の画面を見て驚きに声をあげる。


「れっ、れれ、玲奈さんっ! なんで……なんで同じモビルスーツばかり作ってるんですよぉ!?」


 玲奈のお気に入りの戦艦、ラー・カイラム。その名も登場作品も知らぬいづるだったが、格納庫に並ぶアイコンの大半を見て絶句する。

 全く同じ顔のモビルスーツばかりが、ずらりと並んでいた。

 玲奈は何故か得意気に、よくぞ気付いたとばかりに声を弾ませる。


「あら、いづる君。これは全部違うモビルスーツだぞ?」

「同じアイコンですよね、全部」

「こっちがA型のジェガン、こっちはD型、そして高機動型ジェガン。スタークジェガンにプロト・スタークジェガン……こっちはゼネラル・レビル配備型のA2型と、エコーズ仕様のD型ね」

「全部ジェガンじゃないですか!」


 いづるは目眩めまいがした。

 そして、いづるの隣から身を乗り出して覗き込んでいた文那が、妖しい笑みと共に高笑いを響かせる。ご丁寧に手の甲を口元に持ってきて、完全なお嬢様笑いである。


「オーッホッホッホ! そんな貧弱な部隊で、わたくしに勝てますの? 阿室玲奈っ、戦いをなめてますのね!」

「そんなことはないわ、文那さん。私は好きなモビルスーツを使っているだけ……そして、ラー・カイラムの艦載機はジェガン、これがとても美しいし、作品イメージにもマッチするわ」

「ガンダムをずらり並べるくらいやってもらわないと、張り合いがなくてよ!」

「ガンダムはエースだけの特別なモビルスーツ……数ばかり揃えることに私は魅力を感じないわ。そういう遊び方が楽しいのはわかるのだけど」

「そう……では、わたくしから参りますわよ? つつましく!」


 文那がカーソルを動かし、戦艦からモビルスーツを展開させる。

 すぐに玲奈の画面に、無数の機体が散りばめられた。

 その中には、見るからに赤くて大きな威容があって、玲奈が顔色を変えるのがいづるにもわかった。


「これは……ナイチンゲールね! 凄いわ、文那さん……こんな機体までもう開発してるなんて」

「そうでしょう、そうでしょうとも! 阿室玲奈っ! さあ、ぼやぼやしてると母艦に攻撃を直撃させますわよ」

「ジェガン隊を直掩に……まあ! サザビーにシナンジュまで! でも、負けません!」

「了解しましてよ、貴艦は撃沈しますわ」


 素人しろうとのいづるが見ても、文那の繰り出すモビルスーツは強そうだ。どれも敵陣営が使うジオン系というやつで、モノアイが光っている。

 その前面で急いで防衛ラインを構築するジェガンは、酷く頼りなく見えた。

 そして、すぐにその心配は現実になる。


「まず、一つですわ!」

「ああ、私のジェガンが、A型が!」

「最大射程が5しかない量産機なんて、物の数ではありませんのよ!」

「エコーズジェガンも、スタークジェガンも……やるわね、文那さん」

「安心なさって……セーブされないので、データで撃墜扱いにはなりませんわ。だって……全滅させられたら、貴女だって泣いてしまうでしょう? オーッホッホッホ!」

「急いで後詰ごづめの部隊を……いいえ、ここはアレを出すしかないわ」

「あらあら、切羽詰せっぱつまったお顔……どうしたのかしら? シミュレーションでは7対3でわたくしが勝ってましたわ。そしてそれは今、現実になりますの!」


 あっという間にジェガンが全滅させられた。

 玲奈はくるまぎれにミノフスキー粒子を散布しつつ、母艦を下らせる。

 そして、迫る赤い軍団の前に……ラー・カイラムから一機のモビルスーツが発艦する。それはモビルスーツと形容していいものではなかったが、文那が余裕の笑みを止めた。


「なっ……マスターユニットにサイズ制限がないからって、そんなものを!」

「私が切り札で、私自身が出ます!」


 紅白に塗り分けられたその機体は、アイコン自体が巨大なものだった。そして、既に人型の輪郭を捨て去り、兵装に埋もれた顔と上半身がかろうじていづるにもわかる。確かにガンダムタイプのようだが、一種おぞましい姿で真空の宇宙を飛翔する。まるで、動く巨大な武器庫だ。

 そして、どこかで見に覚えがあって、いづるは声をあげる。


「あ! これ、見たことありますよ。ほら、冷暗さん……縁日えんにちの時、ひもくじで」

「ええ。私だってガンダムくらい持ってるわ……阿室玲奈、Sスペリオルガンダム・ディープストライカー、行きます!」


 流石に破格の大きさだけあって、攻撃力や防御力が高そうだ。そして、いづるは異形のガンダムに乗ってるパイロットのらんを見て驚く。

 そこには、玲奈が乗っていた。


「あ、あれっ? 玲奈さん、これ」

「最近のGジェネはキャラクターをエディットできるのよ。さあ、私の愛しい分身さん……やっつけてしまうのです!」


 図体や見た目を裏切る驚異的な移動力で、あっという間にディープストライカーは敵陣へと侵攻した。すぐに赤い影が、続けて二機ほど撃墜された。


「ああっ! わたくしのシャアザクとリックディアスが!」

「弱いものから叩く……勝負の定石だぞ? さあ、文那さん。あなたのターンです」

「おっ、覚えてらっしゃい……もう殆ど、敵に戦力は無いはず。支援攻撃のラッシュで」


 せっせと文那が、ユニットを集め始める。

 どうやら、リーダーユニットを中心にした一定範囲以内にいれば、支援攻撃に参加できるらしい。それは、玲奈のディープストライカーが集中砲火を受けることを意味していた。

 だが、楽しそうに玲奈はいづるに微笑んでくる。

 一方で文那は、ゲーム画面に夢中だ。


「いづる君、このディープストライカーは滅多なことではやられないわ。実際はペーパープランで終わって、実戦経験のない幻の機体なの。宇宙でしか使えないユニットだけど、ええと、強化パーツ? そう、ミノフスキークラフトをつければ重力下でも」

「あ、あの、玲奈さん」

「やだ、私ったらまた……ついガンダムのことになると。ごめんなさい」

「いえ……なんか、袋叩きになってますけど」


 玲奈が画面に視線を戻したのは、文那が決定ボタンを押すのと同時だった。

 シナンジュが、サザビーが、そしてナイチンゲールが一斉に牙を向く。


「オーッホッホッホ! おさらばですわ、阿室玲奈! ……命中率が微妙ですわね、でもこれなら! 覚悟あそばせ!」

「なんとぉーっ!」

「まずはシナンジュ! ……外したっ!? 命中率80%を外したというの!?」

「まあ、運のない」

「うっ、うるさいですわね! 次はサザビーですわ! 拡散メガ粒子砲……大型ユニットへの攻撃力に特化した、この武器で! ……あら? 思ったより、減らないですわ」

「Iフィールドです!」

「んぎぎぎ……ナ、ナイチンゲールのファンネルも避けられた。ちょっと、おかしいですわ! 94%が外れるってどうかしてますの!」

「勝負は時の運……反撃、いきます」


 なんだかよくわからないが、盛大に盛り上がっているようだ。

 多少は運が絡むようだが、勝負は互角らしい。

 しかし、文那は焦るあまり予備の戦力まで投入してきた。若干ダメージを受けたが、たった一機で玲奈のマスターユニットは……玲奈と同じ名のパイロットが乗るディープストライカーは健在である。


「くっ、図体だけですわ! ……あっ、また外した。そして、反撃が……んもっ! どうしてこっちだけ被弾しますの!?」

「文那さん、そんなにユニットで付きまとわないで……過剰な期待に応えたくなってしまいます。ほら、密集してると」

「ああっ、MAPマップ兵器! 卑怯ですわよ、阿室玲奈っ!」

「律儀にユニットを固めて配置するからです。それと――」


 いづるは、その時になって初めて気付いた。

 損傷して後退していた母艦ラー・カイラムが、ゆっくりと回り込んでいるのを。メインの戦場を迂回するようにして、文那の赤い母艦へ近づいている。

 そのことに文那が気付いた時には、遅かった。


「あっ、わたくしのレウルーラが! なんて卑劣な!」

「モビルスーツ隊はそのまま! 母艦には沈んでもらいます!」


 ラー・カイラムからミサイルが発射される。

 躊躇ちゅうちょなく玲奈は、


「よし、本命を叩き込んで頂戴!」

「チィ! やるものね、阿室玲奈! ……フ、フフ、ウフフフ、ウハ、ウハハハハッ! レウルーラのHPが残りましたわ! 健在、いまだ健在ですの!」


 核ミサイルの直撃に耐える戦艦って、どうなんだろう……いづるがどうでもいいことを考えている間も。彼を挟んでむにゅむにと左右から柔らかさが押し付けられる。どうやら玲奈の起死回生の一撃を、文那はギリギリでしのいだらしい。

 だが、玲奈はいつもの余裕の笑みを浮かべていた。


「あら、文那さん……お楽しみはこれからです。さっきダウンロードした、この機体で」

「ああっ! なんてこと、ちょっと貴女! どうしてまだ艦載機が残ってますの!?」

「切り札は常に、最後までとっておくものですわ……警告はしました! このゲームはマフティーが終わらせてあげます!」


 見たこともないガンダムが、ラー・カイラムから出てきた。

 まだあったんだ、ユニット……なんて思ってると、あっという間にガンダムはレウルーラの艦橋へファンネルミサイルをぶち込む。あとでわかったが、ダウンロード専用のユニットで、Ξクスィーガンダムというらしい。

 そして、文那の母艦が沈むと同時に、全ユニットが白旗表示になる。

 どうやら玲奈が勝ったようだ。


「ま、まあ、今日はこの辺にしておいてあげますわ! おやつの時間ですし、わたくしは帰ります! おっ、覚えてらっしゃい、阿室玲奈!」

「楽しかったわ、文那さん。いつも素敵な勝負をありがとう。富尾トミオ君とはまた別の意味で、あなたは私のライバルね」

「ライバル……? 馬鹿にしてっ! 貴女はわたくしの怨敵おんてき、わたくしをはずかしめた許されぬ存在ですの! いつか絶対、ギャフンと言わせてやりますわ、フンッ!」


 ケーブルを引っこ抜くなり、文那は金色のリムジンで去っていった。

 呆気にとられて呆然とする中、玲奈の表情がわずかにうれいを帯びる。

 いづるはやはり、玲奈と文那の間になにがあったのか、少し気になってしまった。あの玲奈が、人を辱めるようなことをするだろうか? だが、文那がただの逆恨みに妄念もうねんを燃やしているとも思えない。

 謎が深まる中で、颯爽さっそうと立ち上がる玲奈が文那を見送る。

 その表情はやはり、どこか寂しげでかげりがある。

 そんな玲奈も綺麗だと、ついいづるは思ってしまうのだった。

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