第40話「決戦前の後夜祭」

 大盛況だいせいきょうの中で、ミス萬代ばんだいコンテストが終わった。

 そして今、後夜祭こうやさいへと生徒達が校庭へ集まり出す。

 真っ赤な夕焼けが、晴れ渡る秋の空を茜色カーマインに染めていた。

 日陽ヒヨウいづるにとって、高校生活で初めての文化祭が終わろうとしていた。


「いづる様っ! どうして……どうしてですの?」

文那フミナさん、私達の負けです。……ふふ、また私を負かしましたね。流石です」


 ミスコンでの直接対決を経て、阿室玲奈アムロレイナ古府谷文那フルフヤフミナの仲は……あまり変わっていなかった。玲奈が勝てば、文那は過去のいきさつを教えてくれると言っていた。

 だが、玲奈はEx-Sイクスェスガンダムの重い装甲とバックパックを背負ってなお、勝てなかった。

 そしてそれは、そのまま文那がハマーン・カーンとして勝利した訳でもなかった。


「な、なんかすみませぇーん……空気、読めてなかったかなあ。ね、いづちゃん」

「僕に聞かれても……でも、おめでとう、翔子ショウコ


 何と、初代ミス萬代に選ばれたのは楞川翔子カドカワショウコだった。

 彼女には今、密かなファンが大量に存在する。そしてそれは『』として有名なのだ。そんな彼女が、あかぬけぬ純朴さでステージに上がり、一生懸命歌って踊れば……その健気さに心打たれる男子は多かった。

 この結果にはいづるも驚くばかりである。

 しかし、それでよかったのだと今は思えた。

 以前より少しだけ、玲奈と文那の距離が近く見えるから。


「雨降って地固まる、かなあ? な、いづる!」

「そうですわね……これでよかったのかもしれませんわ」


 気付けば、玲奈のクラスメイトである壇田美結ダンダミユ山下柔ヤマシタヤワラも笑顔だ。

 この二人は玲奈の友人で、影に日向ひなたに彼女のことを心配してくれている。いづるは自分以外に玲奈を支えてくれる人の存在がありがたい。そして同時に、その最前線で自分が一番上手く玲奈を支えられてるんだと思うと、少しだけ誇らしかった。

 が、それで二人の仲が良くなるかと思えば、それは難しい。


「この際だからハッキリ言っておきますわ、阿室玲奈っ!」

「ええ、何でしょうか? お聞きしますわ、文那さん」

「わたくしは貴女あなたのライバル古府谷文那! それ以上でもそれ以下でもないわ」

「さて、いづる君。もうすぐ後夜祭のフォークダンスが始まるわ。行きましょう!」

「ちょ、ちょっと! 無視するのはおやめなさいな! ……フッ、サボテンの花が咲いてるわ……なんて、現実逃避してる場合じゃありませんの! 待ちなさい、!」


 いづるの手を引きつつ、颯爽さっそうと歩く玲奈が振り返る。

 夕日を背に、文那は赤い縦巻きロールの髪を真紅に燃やしていた。まるで彼女そのものが赤く輝いているようだった。

 その顔をじっと見詰めて、玲奈が微笑ほほえむ。


「文那さん、そのように……これからも私のことは、玲奈と呼んでくれるかしら」

「えっ……な、何よ、気持ち悪いわ! わたくし、貴女を憎んでますのよ! 憎らしい……そんなこと言われたら……嫌えなく、なりますわ。ほんっ、とぉ、にっ! ヤな人!」

「あら、私は文那さんのことが好きですわ。良きライバルで、目標であり……同志」

「ならば同志になれと?」

「そんな理屈……ただ、同じガンダム好き同士、もっと仲良くしたいわ。それと――」


 その時だった。

 不意に二人の雰囲気をブチ壊す声が響き渡る。


「ちょっと待ったあ! 古府谷文那、お前が阿室のライバルだと? やらせはせん、阿室のライバルはやらせはせんぞぉ!」


 久々に登場の富野信者とみのしんじゃ……もとい、富尾真也トミオシンヤだった。

 彼はクイと眼鏡のブリッジを指で押し上げ、翔子の横に立った。

 皆が何事かと目を止める中、行き交う生徒達も集まり出す。

 だが、彼は臆することなく文那を指差し言い放った。


「ここで勝負するか、それとも阿室のライバルの座を俺にゆずるか! 古府谷っ!」

「まあ! そんな決定権が貴方あなたにあるんですの?」

「口の利き方に気をつけてもらおう!」


 だが、見兼ねた翔子が、プゥ! とほおを膨らませる。

 そして、全校生徒はイケメン生徒会書記の意外な一面を見せられるのだった。


「もぉ、真也先輩っ! どうしてそうなんですか!」

「あ、いや、待て翔子……これはだな。つまり、俺は阿室のライバルとして、その第一人者として古府谷にも仲良く、そう……一緒に来てくれれば、古府谷」

「なら、そう言えばいーんです! なんでそう、日本語が少しわかり難いんですかー!」

「それは……フッ、富野節とみのぶしだからさ」

「そゆの、メェーッ! ですからね!」

「ま、待ってくれ翔子、怒らないでくれ! クッ、これが若さか……!」


 何だかよくわからないが、真也は翔子の尻にかれてるらしい。

 ぷんすか大股で歩き出した翔子を追って、真也はオロオロと走り出す。周囲からも笑いが巻き起こって、気付けば玲奈も文那も笑顔だった。

 だが、真也は文那の横を通り過ぎる時、一度だけ脚を止めた。

 文那もまた、腕組み胸を反らして真也の長身を見上げる。


「古府谷、阿室に借りがあるのはお前だけではない。だが、そこに憎しみを乗せてるようでは……今後もずっと勝てないのよね」

「まあ……天下の敏腕書記、富尾真也ともあろう人が弱音?」

「そうではない。だが、阿室に勝ちたくば……いい女友達になるのだな」

「馴れ合えですって? トチ狂ってお友達にでもなりに来たのかしら」


 いったい何が、文那にあそこまで憎しみの炎を燃やさせるのだろう。

 くれないの美少女は今、その暗い炎で自分さえも燃やし尽くしてしまいそうだ。その危うさをきっと、玲奈も心配している。

 だが、彼女はそんないづるの心配そうな視線に微笑んだ。

 それは、やはり初めて会った時より何倍も柔らかく、優しく見える。

 玲奈と何度も戦ううちに、彼女もまた自分の中で思っているはずだ。

 これけの勝負を繰り広げられる相手を、許すことはできないのか? 真実を打ち明け、わかり合う道を模索はできないのか? その答は今、文那自身しかしらない。

 そう思っていたのだが、背後で意外な声があがった。


「わかりましたわ! わかりましたの!」


 パム、と手を叩いて眩しい笑顔は、柔だ。

 隣の美結が「はぁ?」とあきれ顔である。この二人組は、長身でボーイッシュな美結に対して、柔はかなりおっとりとして呑気のんきでマイペースだ。玲奈や文那とは別の意味で彼女は御嬢様なのである。

 そして、ニコニコと柔は一同を見渡し提案してくる。


「わたくし、玲奈さんのおかげでガンダムに興味を持ちましたの。ですから……よければ今度、皆さんでわたくしの家にいらっしゃいません? 皆さんでお茶でもしながらガンダムを見れば、きっと仲良くなれるのではと。あら? まあまあ、皆さんどうしました?」


 山下柔という少女、ド天然である。

 そんな申し出を文那が承知するとは思えなかった。

 むしろ、玲奈と文那が一緒にガンダムを見るというのが、いづるには想像できない。

 そして、文那は予想通りのリアクションを返してくれた。


「何故わたくしが阿室玲奈とガンダムを見なきゃいけませんの?」

「わたくしは玲奈さんのお友達として、文那さんとも仲良くしてはどうかなと思ったんです。だって、その方が楽しいと思いません?」

「……馴れ合うつもりはありませんわ!」


 と、言いつつ……文那はちらりといづるを見た。

 そして、頬を赤らめ目を背けると、おずおずと言葉を続ける。


「で、でも、いづる様がどうしてもと言うなら……考えなくもありませんの!」


 うわっ、面倒臭い人だ……思わず皆が苦笑する。

 だが、一人真顔で玲奈がさらりと言ってのけた。


「つまり、文那さんは……?」

「なん、です、ってえええ? 今、何とおっしゃいましたの! 阿室玲奈!」

「私は全身全霊で柔さんのお誘いを受けようと思っています。文那さん、貴女は」

「行きますわ! こうなったら、勝負よ! どちらが淑女レディとして相応ふさわしいか、勝負ですの」


 こうして、今度の週末に柔の家に皆が招かれることになった。

 最近は玲奈の影響で、柔は少しずつガンダムのアニメを見ているらしい。その彼女が、全員で見る作品を選ぶという。

 意外と玲奈は、そういう交友関係を楽しんでいるようだ。

 そして、文那に噛みつかれる日々もエンジョイしてるらしい。

 やはり、大きな人だといづるは思った。

 玲奈の愛は大きいから……でも、その全てを抱き留める人間になりたいと思う。

 文那にも、玲奈の気持ちが伝わるよう願った。

 同時に、やはり疑問は残る。

 玲奈のような人間が、いったいどうやって文那の恨みを買ったのか。


「では、皆さん。一緒に後夜祭で踊りましょう。ふふ、週末が楽しみですわね」


 ふわふわの笑顔で柔が笑う。

 いつものことなのか、親友の美結も苦笑をこぼした。

 こうしていづる達の萬代祭ばんだいさいが幕を閉じる。

 そしてそれは……新たな日々の始まりへと続いているのだった。

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