夢友達~ユメトモダチ~

第36話「時に抗いがたいもん」

 私立萬代学園しりつばんだいがくえん文化祭……萬代祭ばんだいさいが始まった。

 学園の校舎に閉じ込められるという、衝撃的な二人だけの前夜祭を経験した日陽ヒヨウいづる。彼は先程までご機嫌の絶頂だった。今はさらに高まり、限界突破である。

 二人で迎えた朝、シャワーから戻ってきた阿室玲奈アムロレイナは言ってくれた。

 あとでまた、自分の教室に来て欲しいと。

 確か、玲奈のクラスはバニーガール喫茶をやってる筈だ。

 以前見た、バニーガール姿の玲奈が脳裏にちらつく。

 いよいよいづるは、


「うわっ、結構混んでるな……やっぱりみんな、玲奈さんが目的なのかな?」


 美貌の生徒会副会長、スポーツ万能で才色兼備さいしょくけんびな優等生にしてお嬢様……スーパーヒロイン阿室玲奈。彼女は誰もが憧れるこの学園のマドンナである。そして、いづるだけの彼女で恋人同士だ。加えて言えば、家の事情で同居している。

 そんな玲奈のいる二年F組は、混雑で大行列だった。

 ウサギの着ぐるみが『最後尾』と書いた看板を持って立っている。

 当然、いづるも周囲同様にちゃんと順番通り並んだ。

 回されてくるメニューを見れば、ちょっとなんだかよくわからない。


「なんだろう、このヘイズルセットって……あ、紅茶とケーキか。こっちは……ウーンドウォートカレー!? ダンディライアンパフェに、インレスパゲティ……わ、わからない!」


 勿論、いづるとてあの玲奈、超が付くほどのガンダムオタクであるガノタの玲奈と付き合っている。自然とガンダムにも詳しくなったし、一緒に何本か映像作品も見た。

 だが、AOZ、いわゆるADVANCE OF Ζアドバンス・オブ・ゼータまでは流石にわからない。

 名作『ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち』に因んだ名前のモビルスーツが多数登場することも、その名に由来したメニューが並んでいることも知らないのだった。


「それより、この人混み……みんな、玲奈さんのバニーガール姿が目的だとしたら……」


 ゴクリ、とつい喉が鳴ってしまう。

 自分を棚に上げて、つい「なんて破廉恥はれんちな」なんて思ってしまう。

 だが、日陽いづるは男の子! 彼もまた並ぶ諸兄同様に男でしかない。そして行列をよく見れば、半数は女生徒だ。玲奈は女子にも人気が高いことは知っていたが、これほどとは思わなかった。

 そして、いづるはちらりと先を見る。

 着ぐるみと一緒に列の整理をしてる上級生、勿論バニーガール姿だが……かわいい。

 時としてコスチュームというのは、美貌を引き立てるばかりか増幅させ、あまつさえ肥大化させてしまうのだ。網タイツもあいまって、バニーガール姿は素晴らしく眼福だった。


「うわぁ、なんていうか……い、いけないものを見てるみたいで、イテッ!」


 あんまりマジマジと見てしまったからだろうか。

 着ぐるみのウサギに、ポカリと軽く叩かれた。

 ウサギはジェスチャーで、いづるを注意してくる。言いたいことが伝わって、素直にいづるは謝るしかなかった。

 だが、そんな時に背後で声があがる。


「ちょ、ちょっと! 列にちゃんと並びな――あっ、貴女あなたは!」

「あ、ああ……ど、どうぞ! 先にどうぞ!」

「俺の順番も譲ります! それで、その、あとで……い、いえ! なんでもないです!」


 なにやら騒がしい気配が近付いてくる。

 いづるが振り向くと、そこにはりんとした美少女が赤い縦巻きロールを揺らしていた。

 だれであろう、古府谷文那フルフヤフミナである。

 今日も今日とて、彼女は唯我独尊ゆいがどくそんのマイペースでやってきた。誰もが道を譲る中、いづるを見つけてパッと表情を明るくさせる。

 文那は悪い人ではない、それはいづるにもわかる。

 それどころか、とても真っ直ぐで一途な人だ。

 ただ、ちょっとゴリ押しなとこがあるし、人付き合いが酷く下手なのだ。

 それでも、昨日の文那は確かにいづるの背中を押してくれた。

 そのことのお礼を言いたくて、いづるは素直に頭を下げた。


「文那先輩、おはようございます。あと、昨日はありがとうございました」

「まあ! いづる様、そんな……頭をあげてくださいな」

「文那先輩のお陰で、僕は――」

「ふふ、そんなことを口にしてはいけなくてよ? それにほら、ここでは駄目」


 顔をあげたいづるの唇に、文那はそっと人差し指で封をした。

 不思議と今日は、いつもの刺々しさというか、玲奈にだけ向けられる敵愾心てきがいしんが感じられない。それがないだけで、文那は本当に健やかで綺麗な少女に見えるのだった。

 そして、彼女がいづるを黙らせた意味がすぐに分かった。

 周囲の男子達が、リア充爆ぜろとばかりに殺気立った視線でいづるを睨んでくる。玲奈と既に半ば公認の仲であり、その上何故か文那にも可愛がられている。あまつさえ、一部の人間には玲奈と文那がいづるを取り合ってるようにも見えているのだ。


「あ、ああっ! こ、これはですね、えっと」

「大丈夫ですわ、いづる様。わたくし、いづる様には指一本触れさせませんの」

「あ、それより……文那先輩、駄目ですよ? ちゃんと並ばないと」

「これは……ふふ、わたくしの美しすぎる高貴な気品が、自然と順番を譲らせてしまうのですわ。でも、いづる様の言う通り。なら、そうそうに用事を済ませましょう」


 用事とは? 文那はバニーガール喫茶に来たのではないのだろうか? そう思っていづるが首を傾げていると、彼女は堂々と腰に両手を当てて薄い胸を反らした。玲奈の豊かなバストと違って、彼女の膨らみはつつましくてささやかだ。

 だが、それがいいと言う男子は意外に多い。

 勿論いづるだって、それはそれとして女の子の胸には興味がある。

 そして勿論、大好きである。

 そんな周囲の視線を気にせず、文那は声を張り上げた。


「阿室玲奈さん! 教室にいますわね! 今日はわたくしの勝負を受けていただきますわ!」


 始まった。

 やっぱりか、と思った。

 だが、これは誰にも止められない。

 文那が自分を制することができないように。

 彼女にとって玲奈は好敵手ライバルであると同時に宿敵、そして因縁の相手だ。

 その因縁を、誰も知らない……玲奈すら心当たりがないそうだ。

 だが、文那は玲奈へのリベンジを誓って譲らない。


「玲奈さん! 今日の午後、でわたくしと勝負なさい! 聴こえてますわね! この場の全員が証人です。逃げるなんて、ゆるさなくてよ!」


 次第に周囲が盛り上がって、次々と呟きと囁きが連鎖してゆく。

 何人かはスマホを取り出し、瞬く間に話は拡散していった。

 そして、清冽なる声で返答が響き渡る。


「文那さん……不肖ふしょう、阿室玲奈! その勝負、受けさせて頂きます!」


 玲奈の声だ。

 しかし、その姿はない。

 周囲も慌ただしくなって、皆が首を巡らしキョロキョロとあちこちを見回す。

 そして……気付けばいづると文那の前に、あの着ぐるみのウサギが立っていた。ウサギはそっと看板を小脇に挟んで、両手で頭部を取る。

 そこに現れたのは、あの阿室玲奈その人だった。

 見守る生徒達が唖然とする中で、彼女は文那を見据える。

 文那もまた、フンと鼻を鳴らして真正面から視線を受け止めた。

 竜虎相搏つ、そんな言葉がぴったりな緊張感が満ちてゆく。


「あら、そんなところにいらしたの? バニーガールはどうしたのかしら」

「私はクラスの一員として、どんな仕事でもします。それに、バニーガールはもういづる君に見てもらったから。いづる君にしか見せたくないから、いいのです」

「まあ……素敵じゃない? ちゃんと仲直りできたようね。そういう経緯の原因を作ったことに対しては、いづる様に謝罪してもいいわ。でも、貴女は別よ……阿室玲奈!」

「文那さん、貴女が望むなら私は何度でも相手になります。だから……私が今日勝ったら、教えて頂戴。なにが貴女を戦いへと駆り立てるの? 私が犯した罪、それを知りたいの」


 そう言えば以前、生徒会室でいづるは見た。

 バニーガール姿の玲奈は、衣装に袖をつけるかどうか、袖付きがどうとか言っていた。予算の関係はクリアできたのか、それはわからない。だが、それよりも今は二人の因縁のほうが気になった。

 玲奈の真っ直ぐな視線を吸い込み、冷ややかな笑みを文那が浮かべた。


「よくてよ……わたくしに勝ったら、教えて差し上げます。わたくしのささやかな幸せを壊した、貴女の過去を! ミス萬代コンテスト……楽しみにしててよ、オーッホッホッホ!」


 見事な高笑いでお嬢様キャラまっしぐら、そのまま文那は去っていった。

 玲奈は首から下がウサギのままその後姿を見送る。

 いづるは心の中に不安が広がる中で、自分の気持ちをはっきりと自覚した。

 玲奈の力になりたい、支えたい。

 同時に、文那との誤解を解いて仲良くして欲しい。

 当人同士が話し合える、落ち着いた時間が必要に思えた。

 だが、同時に……ミス萬代コンテストに玲奈が出るというのが、少し驚きで、ちょっぴりジェラシーだ。自分の恋人がミスコンに出るというのは、複雑な思いがある。だが、玲奈が出るといえば応援したくなるのが今のいづるなのだった。

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