集結する意志は全容を明かす(中)/3


緑淡色の光に包まれた祭壇、奈落はトキナスと相対する。

「なかなか興味深いが、強引に過ぎる。そもそも、私が二十代のエルドラド氏に偽装したのは何のためだ?」

「私達の捜査を誤魔化すためでしょう」

にべもなく即答したのは、シルヴィアだ。

「『誰にも知られていない権義会級魔術師』と『曖昧な形で大半の人が覚えている権義会級魔術師』。どちらが難解極まるか、考えるまでもありません」

人前に出ない十一権義会議員などという特徴が知れれば、たちまちエルドラド氏へ辿り付くだろう。が、それが後者のような例であれば段違いに難攻する。

「成程。だが、私がかの黄金卿であるならば、世間に顔が知られているのはおかしな話だろう。彼は表に顔を出さない事で有名なのだから。にもかかわらず私は不特定多数の人間に見られ、うち五人に一人には覚えられる有名人のようだが?」

奈落は、数時間前に行った検証を思いだす。奈落はじめ、トキナスを見た事のある者四人のうち四人ともが彼の顔を覚えていた。統計と異なる結果に、困惑した。

その時の会話が、脳裏に反芻する。

――これは……どういう事だろうね。五人中一人っていう統計は、間違いないっていうのに。

――でもさ。どっちかが間違ってるって事よね? 客観的には、五人中一人しか知らない顔っていう方が怪しいけど。

「俺らは一つ、大きな誤解をしていたんだ。アンタが不特定多数の人間に見られていて、そのうちの五人にしか覚えられない人間なんだと思っていた。だが、違ったんだよ。覚えられないんじゃなくて、知らないんだ。アンタは不特定多数の人間になんか見られちゃいない。ある特定の多数の人間に見られていたんだ。その特定の多数ってのが、五人に一人って事だったんだ」

「ある特定の多数」と、トキナスは噛んで含めるように繰り返す。「では教えてもらおうか。私の顔を知っている人間は、どんな特別な集団なのかを」

「――エルドラド氏は人間嫌いで滅多に顔を出さなかった。単純に考えりゃ、顔が有名であるはずがない。けどな――。それこそが五人に一人って特定多数を生みだしたんだ」

「………」

「滅多に出さないって事は、皆無じゃないって事でもあるんだよな。そもそも偽装したのは、そうすりゃ捜査を撹乱出来るからだ。なぜ撹乱できるのか。アンタが五人に一人に覚えられる人間だからだ。ならなぜ二十代のエルドラド氏なら有名人なのか。滅多に顔を出さないってのは、皆無じゃないって事でもあるからだ。つまり――」

奈落はトキナスを指差して、叫んだ。

「特定の多数ってのは、七十年前、アンタが衆目に姿をさらした議員委任式――それを見ていた奴らの事だ!!」


   ◇

「qqqqqqqiiiiiiwwwwwuuuuuuuuaaaadddddffffffkkkkkkggggnnxxxxxxxxxeeeeeッ!!」

人間には発音出来ない超高速での詠唱を聞き咎めルードラントは振り返った。

すると、この部屋一帯を満たすかのような巨大な双頭の龍が顕現していた。ずらりと並ぶ牙は一本あたりが一メートルを越え、口内に収まりきっていない。その牙は咀嚼のためにあるのではなく、単純な破壊を目的とした牙であった。だからか、龍自体はやせ細っている。それこそ戯画に登場するような、二頭身の姿である。

ヒセツへと歩を進めていたルードラントは立ち止まったまま、驚愕に眼を丸くしていた。その使い魔の造形にではない。徹底的に痛めつけ、絶命させたつもりの少女が、瞳に力を宿らせて立ち上がっていたからである。魔術による傷も、癒えている。

「テメー、どうやって……?」と、呟いて、可能性など一つしかない事に思い至る。「そうか、治癒の使い魔だな!? テメーがあの傷で召喚出来たとも思えねーからなあ、壊し屋が使ってたけったいな梟かッ!」

問うが、ラナは頷かない。梟の使い魔が姿を現すわけでもない。ただこちらを見返して、闘志をみなぎらせている。つい数分前まで魂魄の抜けた殻のようだったのに、現金な話だ。

奇妙なバランスをした双頭の使い魔は、しかし危なげもなく低空飛行し、ルードラントへ文字通り牙を剥いた。

これだけの巨大な使い魔を隠し持っていたというのか。ルードラントは素直に感心する。虐げられるだけの存在から、随分成長したものだと。――不愉快極まりない。

回避は不可能だろう。その使い魔は巨大に過ぎた。多少の制御の甘さがあったところで、そのサイズはそれを補って余りある。

「って事は、奥の手使うしかねーわな?」

ルードラントは下卑た笑みで視線を降ろし、そこにヒセツ・ルナの姿を見た。

「廃屋の算段、不可糸、アダリオの神の遺志ッ!!」


   ◇

ラナは信じがたい光景を目にして、慌てて使い魔の軌道を逸らした。双頭を壁面に激突させて砕き、龍の使い魔は停止した。

瓦解した壁から首を引っこ抜いた龍が、鎌首をもたげた先、そしてラナの視線の先に、ヒセツ・ルナが立っていた。力無く尻餅をついたルードラントを庇うように、大きく両腕を広げて。彼女は口の端を吊り上げ、大口を開けて哄笑した。

「はっはははぁッ! どうだよ、オイ!? 攻撃出来るもんならやってみろよッ!」

ラナは悔しさに唇を噛む。疑う余地もない。彼女はヒセツ・ルナではない。ルードラントによって意識支配を施された、ルードラント・ビビスだ。

恐れていた事態が起こってしまった。

こちらの憂いを余所に、ルードラントは身体を馴染ませるように手足を揉み解した。

「さあ、意外と長期戦だな。――第三ラウンドと行こうぜ?」

ラナは駆け出した。背後に隠れている梟を、ルードラントから引き離すために。パズとも離れなければならない。すると、自然とリガレジーの昏倒している方へと駆け出す事となる。いつ目覚めるとも知れない敵に接近するのは気が進まないが、そんな事を言っている場合ではなかった。

ラナは胸中で毒づく。パズが立案した作戦は、全くその役を全うしなかった。予想していた展開通りに事が運ばず、いまではついにラナ単独での行動となってしまった。

想定していたのは、ルードラントと敵複数名のチームとの戦闘だった。その意味では、相手が二人であった事は幸運と言えた。誤算だったのは、ルードラントとリガレジーの強さを見誤った事だ。

もともとルードラントの相手をラナが引き受け、残りをヒセツが撃破する予定だった。ヒセツは敵戦力をなるべく減らす事を目的とし、ラナはルードラントに意識支配を使わせない事を目的として行動していた。

もしヒセツが意識支配を受けた時は、パズが彼女の相手をする予定だった。同じ人間とはいえ突然異なる器で動こうと思えば、どうしても不安定になるだろう。現にいまも、ヒセツの身体を駆るルードラントは、危なっかしく歩を進めている。

パズがルードラントを引き付け、ラナが他の相手をしつつ、高速の呪文で文字通り自失状態になったルードラント本体を叩く――予定だったのだ。

ヒセツがリガレジーと相打ちになってしまった事が、最大の失敗だった。なし崩し的にパズも戦線から離脱してしまった。

だが、新たな希望が現われた。奈落が遣わした梟の使い魔。彼の考えが有効で、かつ全てが上手くいけば、一気に逆転が可能かもしれない。その確率を少しでも上げるために、ラナは梟とパズからルードラントを引き離す。距離を稼げば作戦の成功確率は上がる。時間――意識支配の制限時間である七分間――を稼げれば、ヒセツは支配から解放される。

だが――その思惑も呆気なく制限される。

「こっち見ろよ、ラナ」

ルードラントにしては穏やかな声だった。ただでさえヒセツの声で話すものだから、嫌悪がこみ上げてくる。わざと口調を変えているに違いない。怒りを露わに、駆け足はそのままにルードラントを見やり――瞬時に足を止めた。

――ヒセツ・ルナは嗤いながら、自らの首に短刀を突きつけていたのである。

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