咎人の手紙/3
2
「それで何だったわけ、その封筒?」
大穴の周囲に散らばった瓦礫を片付けながら、パズが奈落へ尋ねた。店内に見受けられるのはパズと奈落のみで、先程まで店内を賑わせていた客の姿はなかった。客が例外なく、窃盗事件の直後、会計に長蛇の列を作ったためだ。奈落に仕事を依頼した女性でさえ、今頃は最寄の刑軍支部へ赴いている事だろう。
結局、報酬を受け取れないままアウトロウへと戻ってきた奈落は、不機嫌そうな表情で座席に陣取っていた。彼の手中には一通の手紙――封筒の中身があった。
「端的に言って、依頼書だな」
「依頼書?」
ああ、と奈落は頷いてみせる。手紙を一読した後の解答がそれだった。彼は胡乱な眼差しで依頼書を眺めながら、要所をかいつまんで読み上げる。
「差出人は善良な一般市民。用件は壊しの依頼。大事な愛娘が誘拐されたので犯人を破壊し、その後、速やかに娘を保護してほしい――そんなとこだ」
封筒には手紙のほかに二枚の写真が同封されていた。一枚は父親と見られる男の写真で、恐らくは依頼人だろう。もう一枚はまだ幼い少女が一人きりで写っている写真で、見る限りでは十代にも届いていない。その表情は笑顔とは程遠く、苦りきっている。嫌いな人間から無理やりに撮影されればこういう表情になるかもしれない――そう思わせるほどひどい写真である。
「ほかになかったのかね、写真」
奈落が呆れたように言うと、興味本位でパズも後ろから覗き込み、続いて眉根を寄せた。
「へー、確かに……結構可愛い子なのに、これじゃあ台無しだ。この子が誘拐された愛娘?」
「……みたいだな」
奈落の態度に、パズは疑問符を浮かべた。
「待望の仕事の依頼だっていうのに、浮かない顔だね」
「まあな……。なんか胡散くせえんだよ、この依頼」
「そう? 娘想いのいい親じゃない」
「だったら刑軍を頼りゃ良いだろが」
あ、とパズが閉口する。言われてみればそうだ。壊し屋はあくまで破壊を仕事とするのであり、事件の解決などは刑罰執行軍の管轄である。
「壊し屋に頼むには金が要る。刑軍ならそれが要らねえ。しかもその刑軍は個人でなく組織だ。確実性の面でも、俺に頼む必然性なんざありゃしないんだよ」
奈落はそこで言葉を切った。黙してパズを見据える。その辟易したように歪んだ表情から察するに、彼は気付いたのだろう、そこから一つの解答が導き出せる事に。
「成程……。つまり頼まないんじゃなくて――頼めない。恐らくは依頼人自らに、刑軍と関わりを持ちたくない理由があるから」
「そんなとこだろうな」嘆息。「何せ標的と報酬が桁違いだ」
「いくら?」
「標的はルードラント。報酬は五億だとさ」
気のなさそうな口調で言った奈落に対し、パズは眉根を寄せた。彼の口から発せられた単語が、特にこの街において物騒なものであったからだ。
「ルードラントって、街の製薬会社の?」
「ああ。その顔を見ると、お前も色々聞いてるみたいだな、ルードラントの噂」
「まあ悪い噂は絶えないからね、あそこ。表向きは製薬会社の名を語るものの、実際の利益の大半は麻薬売買であるとの専らの噂。その噂の確認のために国から調査員が派遣されたらしいけど、報告によれば、製薬会社にもかかわらず契約している医療施設が一つもないんだとか。まあその調査員も、詳しい調査書を作成する前に変死を遂げたために真実は闇の中らしいとの事。この怪しい製薬会社の社長を務めるのが、ルードラント・ビビス。確か今年三十一歳の若きエリート。その社長を筆頭に、社員は総勢二千人とか。この組織はそもそもマフィアの隠れ蓑であるとの見解が強いみたいで、ルードラントもそれを否定していない。但し肯定もしていないわけで、つまりは判断するのに充分な証拠が揃っていない――よって、刑軍も動けない」
暗記した項目を並べ立てるようにすらすらと続けたパズは、そこでようやく一息を入れた。いつしか天井を仰いでいた視線を、奈落へと戻す。
「僕が知ってるのは、こんなとこかな」
何でもない事のように饒舌に話したパズに、奈落は満足げに頷いた。
「それだけ知ってりゃ上出来だ。流石は元・十一権議会の諜報員だな」
「あらゆる情報を包括しているからね、あそこは。末端の諜報員にもそれなりの知識量と探索能力が要求されるんだよ。全ては偉大なる十一権議会議員のためにね」
「それを見込んで、お前に依頼したい事がある」
「――って、請けるわけ? そんな怪しい仕事を?」
悪い噂が絶えないとはいえ、表向きには、ルードラント製薬会社は真っ当な会社である。それを破壊するという事は、奈落が悪人の烙印を押されるという事に他ならない。非合法としての知名度は跳ね上がり、当然、刑軍の目も厳しくなるだろう。
「まあ確かにリスクはあるけどよ。五億だぞ、報酬」
「それに釣られるわけか……」
呆れたようにうなだれて、パズ。それから閑古鳥に埋め尽くされた店内をぐるりと見渡した。
「まあ、しばらく営業中止だろうから、いいけどね」
アウトロウ店主・パズキスト・ケルトにはもう一つの顔があった。兼業として担うその仕事においても、パズは奈落の信頼を得る程度には成果をあげていた。
「どのような情報をお望みでしょうか、お客様?」
情報屋。それがパズのもう一つの顔である。最高権力機関・十一権議会の末端に籍を置いていた頃のノウハウを活かし、あらゆる情報を仕入れる。――何よりツケがきく。
「情報屋・パズ。お前には写真の男について調べてもらいたい」
「自称・一般市民だね。調査方法は?」
「聞き込み重視、質より数に重点を置け。何せ刑軍に顔出せない依頼人だ、何もかも疑ってかかって、小さい情報を少しずつ集めろ。あとは任せる」
「期日は?」
「明日、午前九時までに」
パズは罅の入った時計を見やる。期限まであと約二十時間。状況は既に切迫している。
「毎度毎度、急な仕事だ……」
言って、パズは早速モップを片付けにかかる。
「じゃあ、すぐに出かけるよ。その写真借りるよ。――調査結果は奈落さんの家まで報告?」
店の奥にある、私室兼事務室の扉に手をかけて、情報屋が依頼人を振り向く。奈落は写真を置いて席を立ち、首を横に振った。それから手紙の末尾を読み上げる。
「依頼の詳細は明日話す。午前十時にアウトロウに来られたし――らしいからな」
奈落の胸中で、ある憶測が飛び交っている。手紙の差出人は見透かしていたのではないかと。アウトロウが営業不可能な状態に陥り、人目を忍んで話すに最適な場所になるという事を。
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