集結する意志は全容を明かす(中)/2


緑淡色に包まれる祭壇で、二人の男は互いに睥睨する。

最強の壊し屋・奈落は、依頼人でしかないはずの彼を見て黒幕と呼称した。

黒幕とはつまり首謀者――全ての陰謀や計画、軋轢の頂点に立ち、最後に現れる者。

奈落は、ルードラントではなくトキナスを黒幕と呼んだ。

光に包まれた空間に、奈落の軽口が反響する。

「おいおいトキナスさんよ、もしかしてこんなところに迷い込ンだのか?」

「寝言は寝て言え」

「今まで寝言ばっかほざいてたのは、どこの誰だよ」

軽薄から一転、剣呑を露呈した奈落はトキナスを罵倒する。

「ここまでは魔術で転移してきたのか」

対象を射抜くような鋭い眼光を前にして、しかしトキナスは怯まない。

「その様子だと、承知しているようだな」

「何を承知してるって? アンタのその姿が偽りだってことをか? それともアンタが魔術をほとんど使えなくなってるって事をか? それともアンタが鯨王召喚を狙ってるって事をか? はたまた――。アンタの正体が十一権義会議員・黄金卿・イルツォル・エルドラドだって事をか?」

トキナスへぶつけるように、奈落は言葉を列挙する。それらの言葉は、トキナスに関しての謎を解決した者だけが吐露できる言葉。

有り得ないはずの正体、答えが、次々と襲い掛かり――、

「全てお見通しというわけだ」

果たして彼は、自嘲するように呟いた。

奈落の視線の先で、トキナスは降参を示すが如く両手を挙げた。

「やるじゃないか。敵ながら天晴れといったところか。――冥土の土産に、なぜ核心に確信したのか、その経緯を教えてもらいたいものだ」

「そうだな……。なら、まずはアンタがどれだけ妙な人間かを再分析してみようか。

名前はトキナス。年は二十代後半。

アンタは俺の依頼人で、依頼内容はルードラントの破壊と娘・ルダの奪還。

ところが、もうひとりの娘であるラナは奪還の対象外。

更に、アンタは十一権義会議員並みの実力者である。

ンで最後。一番奇妙なのは、五人に一人しかアンタの顔を覚えられないって点だ」

そんな矛盾だらけの人間が存在するはずがないではないか。

ずっと奈落はそう思い続けていたのだ――今日までは。

さて解決編だ――そう前置きして、奈落は長広舌を語った。

「アンタ――つまりイルツォル・エルドラド氏の行動を追いながら、説明するか。

エルドラド氏はかなりの高齢だった。確か今年で九十二だっけか? まあ身体の融通が利かなくなるよな。若い頃を懐かしみながら今の自分を惨めに思い、そこでエルドラド氏は考えた。なら若い身体を入手すればいいってな。夢物語のようだが、それを可能にする方法はある。言うまでもねェ、形態変化の魔術だ。だが相当に難解かつ厄介だ。そんな使い魔と契約する人間自体が稀だし、仮に使えたところで、とんでもない副作用が待ってる。急激に身体を別の人物に変化させる、その無茶に身体器官が異常をきたし、奇形と化して変化した翌日には死んでしまうって事だな。だが、この過酷な条件をクリアする方法があったんだ。そうだろ、トキナス?」

トキナスは口を開かないまま、無言で先を促した。

「相当に難解なこの魔術だが、術者が十一権義会議員なら話は別だ。最高位の魔術師である黄金卿なら、使えても何らおかしくはない。これで第一の条件はクリア。それで次の条件だが――ちょっと考え直してみようか。副作用ってのはどうして起こるんだったか。そう、身体を別の人物に変化させるから起こる。それはつまり――自分自身に変身すれば、副作用は起こらねえって事だ」

トキナスの表情がわずかに陰りを帯びた。奈落はそれを肯定の意と判断した。

「黄金卿・イルツォル・エルドラドは、かつての自分自身に姿を変えた――端的に言えば、若返ったんだろ、アンタ?」


   ◇

「雄弁の自業、祭礼、カナメォロスの検疫ッ!」

両手に二十ずつの指を持つ類人猿に似た使い魔が召喚される。その多数の指でヒセツの首を絞め、己が頭上よりも高く持ち上げる。

彼女には抵抗するだけの力が残っていない。手足を振り回すが、児戯に等しかった。二十指の使い魔は顔色一つ変えず、ヒセツの細い首を絞め挙げる。苦痛に歪む顔はうっ血して赤くなっていき――そのうちに青白くなっていくのだろう。

「ヒセツッ!」

と、パズが悲鳴じみた声を上げると、それが癪に障ったらしい、ルードラントはパズに肉薄し、拳を鳩尾に叩き込んだ。げえっ――と蛙の潰れたような声を出して、パズはその場にうずくまる。

「おいおい、テメー格好悪過ぎだろーよ。もっと根性見せろっつーの、なあッ!?」

血走った眼でパズを見下ろすルードラントは、怒りに任せて小さな身体を蹴り飛ばす。痛みに身体を動かせずに為すがままに頃がるパズへ、更に追撃を加える。

「雲中の演奏会、高楼、ビダルクスの血日ッ!!」

球形の核に生命を宿し、その円周に刃を持つ使い魔が無数に現われる。一体は二十センチほど。刃は厚く、刺されば骨まで達するだろう――それらが、パズへと殺到する。

目端に凶器の群れを捉えたパズは、死の物狂いで駆け出す。しかし、間に合わない。手足に刃が深く食い込み、声にならない絶叫を上げる。

「散々人をコケにしやがって、マジ殺す。ほら、痛ぇーか、なあ、おいッ!?」

ルードラントはパズを追い――といっても逃走距離は二メートルにも満たず、ルードラントはただ数歩を詰めただけだった――その傷口を踵で踏み抜いた。

「ッ!! ああああああああああああッ!!」

パズはがくがくと身体を震わせる。激痛による、本能的な震えだ。寒さに凍えているかのようにがちがちと歯を打ち鳴らし、両目からは涙が溢れている。

無理もない。どんな戦士であろうとも、あの拷問には耐えられまい。ましてや、パズは戦士ではないのだから。身体能力は一般平均並みなのだ。

その悲鳴は、幸か不幸か忘我の境にあった少女の眼を覚まさせた。召喚魔術の使い魔・ラナは跳ね起きて、ルードラントへ魔術を放つ。

「ygddddッ!!」

突風を巻き起こした使い魔は、ルードラントの身体を吹き飛ばす――には至らなかったが、パズの傷口を抉る靴底はコンクリートの上へと退いた。

「xxxmmiiiiiiiッ!!」

続けて放たれたのは真空の刃。極細の刃の群れが殺到する対象は、ヒセツを絞め挙げる使い魔の指。鋭利な切れ味を損なう事なく、またヒセツの首を傷つける事なく――使い魔の指を残らず切り落とした。

悲鳴を上げた類人猿の使い魔は瞬く間に姿を消し、気絶したヒセツは地に伏した。顔は苦悶に歪んでいるが、咳き込んで酸素を取り入れている。大丈夫だ。生きている。

「貴方は、どこまでひどい事をすれば………ッ!」

泣き叫ぶラナに、ルードラントが大股で近づいていく。魔術の詠唱は間に合わないとわかっているのだろう、彼は口を開く事なく、無言でラナを威圧した。

「aaaaayyyyyrrrrrッ!!」

泣き叫ぶようにして放たれた岩の弾丸を、しかしルードラントは素手で弾いた。もちろん彼が超人的な頑丈さを有しているわけではない。岩を殴りつけた右手首が、骨折している。皮が裂けて鮮血が流れている。しばらくは使い物にならないだろう。

だが痛苦を感じさせない足取りで、ルードラントはラナへと距離を詰める。

良くない傾向だ。ルードラントが敢えて素手で魔術を退けた事で、ラナは自分の力が及ばないと思い込んでしまった。それなりの傷を負わせたにもかかわらず、恐怖がその達成感を嚥下してしまった。

瞳孔が収縮し、動悸が早くなり、息が出来なくなり、全身を戦慄かせ、歯を打ち鳴らし、眼前の恐怖は凄惨な記憶を鮮明に呼び起こし――ラナは、再び、呑み込まれた。

仲間である二人ともが倒れたいま、彼女の心を支えていた柱は崩落した。

「いや、つーか実際、良くやったんじゃねーの?」

だからルードラントの言葉が紡がれても、条件反射のように繰り出していた魔術を唱えられない。

「がたがた震えてただけだったのが、まさか俺の手首折るとは思わんかったわ」

だからよ、とルードラントは照れ隠しのように鼻の頭を擦って――眉間にしわを寄せて憤慨の形相を浮かべ、舌舐めずりした。

「ぶっ殺してやんよぉおッ!! 賭けは! 俺の! 勝ちだなあオイッ!!」

ラナに鼻先を突き合わせて、感情の赴くままに平手でその頬を張る。足が崩れ、その場に尻餅をついた彼女へ向けて、ルードラントは叫ぶ。

「幾億の輪廻ッ、飽食ッ! ダリオストロイの嗤い!!」

ラナの周囲から九本の電撃が沸き起こり、彼女を包み込む。雷の弾ける轟音が悲鳴をもかき消し、九本はやがて円を描きながら一つに収縮していき、爆裂四散した。

ラナはその渦中で、電流を身体の芯まで駆け廻らせた。弾けた勢いでその小さな体躯は跳ね飛ばされ、白目をむいた状態でこちらへと落下してきた。もう少しで奈落の開けた大穴から階下へ落ちるところだった。

様子を見ていると、どうやらルードラントは攻撃の対象をヒセツへと変更したようだ。ラナへは目を向けていない。チャンスだ。

焦げ付いた彼女の頬を優しく、しかし急いで叩いて、目を覚まさせる。

「―――?」

「ほけけ……ッ、いま癒すぞ、幼くも強き小娘……ッ!」

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