集結する意志は全容を明かす(中)
集結する意志は全容を明かす(中)/1
ヒセツが弾き飛ばされるのを見て、ラナは悲鳴を上げそうになって――どうにか自制する。悲嘆にひきつる顔を懸命に抑えて、自分の敵を見据える。
案の定、ヒセツに気を取られた事で相手に隙を与えていた。ルードラントは大口を開けて、早口に唱え始めていた。
「oooosslllllllッ!」
慌てて魔術を唱えて、使い魔で阻止する。十本足の蛇がルードラントに疾駆する。その毒牙は、寸でのところで避けられてしまう。
先程から繰り返されてきた攻防――否、それを攻防と呼称できるのかどうか。ラナが放つ魔術は確かにルードラントよりも早い。先手を取る事が出来る。だが、一度も有効打にはなっていなかった。むしろ魔術の行使で精神力を負担する分、こちらに不利な状況かもしれない。
何せ実戦経験に、歴然とした差があるのだ。ラナはルードラントの素早い動きについていけず、使い魔に直線的な動きしか指示出来ていない。彼の動きを予測した上での攻撃が出来ないでいるのだ。対して、ルードラントはほとんどの使い魔を余裕を持って回避している。それも最小限の動きで、だ。
ヒセツは無事だろうか。危惧するが、状況を確認する事は出来ない。立ち回りで、前方にルードラント、後方にヒセツの図式が展開してしまっていた。言うまでもなく、ルードラントの策によるものだ。彼は攻撃姿勢と回避を続けながら、そこまで策を講じる余裕があるのだ。
焦る。このまま同じ事を繰り返していれば、自分の精神力が先に摩耗する。更には先の一撃でヒセツが戦闘不能になってしまっていた場合だ。リガレジーもこちらの戦線に加わり、二対一での戦闘となる。ルードラント一人にだって苦戦を強いられと言うのに。
パズは、いまは身を潜めている。然るべき展開になれば姿を現すという手筈になっているが、その展開まで自分の、そしてヒセツの体力は持つのだろうか。
焦る。焦るあまり、ラナはがむしゃらに魔術を唱えた。
「uuuuuuurgggggッ! zzzzcccccbbッ! nnnppwwwwwッ!!」
炎を纏った鹿、羽毛の代わりに針を纏った巨鳥、猫の顔を持つ鉄壁が召喚され、それぞれが三方向からルードラントへと殺到する。
「――ちぃッ!」
ルードラントが目を瞠る。流石に三体同時での猛攻は予想していなかったのか、かいくぐれず、鉄壁による体当たりが直撃した。後方へ弾き飛ばされるルードラントだが、大した手傷は負っていないだろう。炎と刃物と石と――選択肢のうちどれが一番軽傷で済むかを、一瞬で判断していた。
それでも、初めてルードラントに一矢報いた歓喜が、ラナの胸中にこみ上げる。顔が笑みにほころび、気づくと、天井を見上げていた。何故、自分は天井など見上げているのだろうか。ルードラントとの決着はついていない。戦闘は続行中だ。彼の次の動きを早く確認しなければ。何故、天井など見上げているのか。
「立って! ラナッ!」
明らかに狼狽した声は、パズのものだった。足音が近づいてくるのが、背中に伝わってくる振動でわかる。いま、助け起こされようとしている。
何故?
◇
隅で機会を窺っていたパズは、全身を駆け抜けた悪寒に総毛立った。
ラナが精神的に追い詰められていたのは、見ていてわかった。それに加えて致命打となったのが、ヒセツの被弾だ。彼女の安否を確かめられなかったラナは、恐らく倒錯している。最悪の状況を考えて――焦りが生じた。
使い魔の三体同時召喚でルードラントに一撃を見舞ったのは勲功だが、その直後、彼女自身が倒れてしまった。度重なる使い魔の召喚、そして歓喜で緩んだ緊張感が、彼女の精神力にとどめを刺した。
彼女は呆然自失の体で、天井を見つめている。敵を目の前にして、だ。ヒセツを屠ったリガレジーが、ラナに攻撃の対象を変更したのだ。彼我の距離一メートル。リガレジーは手をかざして、詠唱を始めていた。
「立って! ラナッ!」
思わず、パズは阿鼻叫喚を上げて走り出していた。このままラナが失われれば、ルードラント破壊のために立案した計画が全て台無しになる。この不完全な計画は、代役が利かない。一人も失われてはいけないのだ。
パズはポケットに忍ばせておいた短刀を抜く。刑罰執行軍と対等以上に戦うリガレジーに対して、素人の自分に何が出来るわけでもない。だが、この手詰まりの状況だけは何とか打開しなければならなかった。
「おっさんこっち向けぇぇええええええッ!!」
出来るとすれば、選択する事だ。計画を遂行するには全員が必要なのは間違いない。だが、誰か一人、欠員を選ぶ必要性にかられたら――最も影響の少ないのは誰だ。
誰何を問うまでもない。パズキスト・ケルト――自分自身だ。地下に飛び込んでから何の役にも立っていないのは自分自身がよくわかっている。
だからせめて、身代わりにでもなれれば――ッ!
しかし、リガレジーの魔法はラナにも、パズにも向けられなかった。否、そもそも放たれなかったのだ。投擲された警棒に、頭を打ち抜かれて。
パズの眼前で、リガレジーが大きく仰け反る。無表情を大きく歪ませて、憤怒を露わにした彼が送る視線の先を、パズも足を止めて追う。
刑罰執行軍・ヒセツ・ルナが、疾走とともに魔法を唱えた。
◇
韋駄天を想起させる俊敏さで、ヒセツはリガレジーへと疾走した。
正直、満身創痍と言っていい。後頭部へ叩き込まれた一撃が、これほど堪えるとは思わなかった。気を失ったのが一瞬で済んだのは、まさに天佑としか言いようがない。
だが全身に残るダメージは払拭しきれるものではない。
まず足元が覚束ない。平衡感覚が曖昧で、ひどく酩酊したかのように立つだけで転びそうになる。必要以上に地を強く踏む事で、何とか見劣りしないだけの速度で走る。
リガレジーの顔が驚愕に染まる。何か言っているようだが、彼女には聞こえなかった。耳までおかしくなったのだろうか。一時的な難聴に陥っているのかもしれない。
だが聞く必要はない。聞こうともしなかった。彼の焦燥など、些事に過ぎない。何を言おうが、何を思おうが、彼女が行動を躊躇するには全く足りていない。
視界も不明瞭だ。パズとリガレジーが二人ずつ立っている。左右に大きくブレながら、しかし向かうべき相手はわかっている。そのための警棒の投擲だった。確率は二分の一。当たれば僥倖、当たらなくてもヒセツに意識を逸らす事は出来るし、どちらにしても本物がどちらなのかはわかる。目を細めて、虚像を実像に結ぶ。
彼女は足を止めない。真っ直ぐに、己が全力をもって突き進んでいく。
リガレジーが対処を試みるが、出来るはずもない。頭部への一撃がもたらす影響が大きい事を、ヒセツは今、身をもって知っているのだから。頭部への攻撃が許されないとか、そんな些事は人命救助の前において全て白紙に返る。
リガレジーがヒセツへ両手を掲げる。が、もう遅い。彼は既にヒセツの間合いに入っている。一撃をもって斬り伏せることのできる間合いに、彼は入ってしまっている。
ヒセツは耳を頼りにする事をやめ、幾度となく唱えてきた魔法を詠唱する。音の結び方を、耳ではなく口で覚えるにまで至った魔法だ。
それは魔法の詠唱であり己が信念を確認するための呪文。
ヒセツは、声を絞り出した。
「我ッ、御するは文明の源! 歪む事なき我が正義、我が剣に宿れッ!」
ヒセツの手中に炎が宿り、それは一本の刃を形成する。
炎であるにもかかわらずそれは揺らぐ事なく、直なる剣を為した。
ヒセツは両手で炎剣を握り締め――横薙ぎに一閃。
時間にして、わずか数秒の攻防。
その一挙手一投足、全てが美麗と呼ぶに相応しかった。前進という行為を全力で行った結果、彼女は最短の、そして最前の一撃を見舞った。
そして戦闘は当然の帰結を迎える。――全力が油断に敗北する事など有り得ない。
乱れなき直線に斬り伏せられ、果たして、リガレジーはその身を地に預けた。
しかし、ヒセツはそれを見届けない。見届ける必要がない。そうなる事は、最早決定していたのだから。
そしてヒセツも膝を折る。後頭部の痛み。歪んでいく視界。耳鳴りが襲う。上下の区別がつかない。膝立ちの状態から転倒しそうになる。吐き気がする。
そして危機感だけが募っていく。
ルードラント・ビビスが、すぐ脇に立って眼下にヒセツを見下ろしているのだから。
「第二ラウンドと行こうぜ、なあ――?」
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