夜襲/5


日は地平線に沈みかけ、街並みを赤く染めていた。そろそろ商人も、早いところでは店を閉め始めるだろう。それぞれの住居では夕食の準備に取りかかり、出勤した家主もやがて玄関の戸を叩く。午後六時を、三十二分過ぎていた。

沈黙を余儀なくされた奈落とパズ、そして梟は、火災現場を後にし、帰路についていた。ルードラント製薬会社を囲んでいた壁は、今も尚そびえている。守るものもなく。

その城壁に沿いながら、先行するのは饒舌なる梟であった。

「ほほほけ。使い魔を使い魔と一括りにするのは業腹でな。動物を動物と、植物を植物と呼称するのと同じだろォ、のォ」

パズは彼の言にしきりに相槌を打っていた。職業病なのだろう、情報屋である彼は知識の吸収に熱心だった。

「魔術にも種類が?」

「ほけ。人間どもは我々を八つに大別しておる。魔法と同様に破壊のための決壊魔術、使い魔自身が武具となる具象魔術、読んで字の如く治癒魔術と守護魔術、この四つがポピュラーでな。あとは対象者に感応するタイプの干渉魔術、それから滅多に見られるものではないが召喚魔術と還幻魔術と呼ばれるものがある」

「召喚魔術? どれも召喚魔術じゃないの?」

問われ、羽ばたきながら梟は首をぐりんぐりんと奇妙に回す。

「ほっけけ。視点が違うな賢くも愚かなる小童。召喚魔術は、使い魔自らが召喚を行う魔術でな。ちなみに還幻魔術は、魔術師が最も恐れる魔術である。のォ、奈落?」

問いの矛先を向けられ、奈落は面倒そうに頷いた。

「魔術には召喚呪文の他に、契約呪文ってのがあってな。使い魔と主従の契約を結ぶのに必要な呪文なんだが、こいつが他人に知られると厄介でな」

「厄介?」オウム返しに、パズ。

「契約呪文は、同時に解約呪文でもあるんだよ。つまり契約後に誰かがもう一度詠唱すると、使い魔との契約が切れちまう。ンで、その解約呪文を強制的に発動させちまうのが還幻魔術って事だ。俺も見た事ねえけどな」

奈落の言を受けて、パズは眼を細めてくっくっとおかしそうに笑みを浮かべる。

「もしそんなのに出逢ったら、奈落さんは魔術師でなくなり、そうなると壊し屋も続けられなくなり、ただの可哀想な人に――」

「やかましい」と奈落が応えると同時、パズは宙を一回転して豪快に転倒した。奈落が片足をパズの足に引っ掛け、その足を跳ね上げたのだ。

「いったぁー……っ」

唐突な攻撃に受け身も取れなかった。派手にぶつけた尻をさすりながら、パズは全身をいたわるようにゆっくりと起き上がる。

「本当に容赦ないね、奈落さんは」

「お前の口ほどじゃねえよ」

と、奈落。彼はパズを置いてさっさと先行し、背を向けたままだった。代わるようにして側に寄ってきたのは梟だった。「ほけけ」と鳴きながら、鳥類にしては太い二足を用いて、パズの足元から見上げてきた。

「ほけ。外傷はなさそうじゃのォ、口の過ぎるケルトの眷族」

「ん、ああ大丈夫」パズは苦笑しながら答えた。実際、痛みはあるが、外傷というほど大袈裟なものでもなかった。「それより、魔術のうち残り一つは?」

尋ねると、梟は大仰に感心の声を上げた。

「ほっ! 負傷してなお知識を希求するか貪欲なる小童。お主は、いずれその小さき体躯に知識の蔵を築き上げるであろう、この老いぼれのように。ほっけけけ!」

「うん。で?」取り合う事なく、パズは先を促す。

「ほけ。ツンツン小童にも言える事だが、お主らもう少し対話を楽しむべきだろう、のォ? まあ良い。魔術の話だが、答えはつまらぬぞ。残る一つは総合魔術でな。つまり、七つに分類できない、その他の魔術であるでな」

「その他って、ほとんどやっつけじゃないか……」

肩すかしをくらった気分で、パズは梟を眼下に睨む。もちろん、彼を責めたところでお門違いなのはわかっていたが。ほうほうほう、と梟は不器用にさえずった。


   ◇

壁沿いに歩く事五分、二人と一匹は奈落邸に帰り着いた。

奈落はいつものように玄関の扉に手をかけ――なかった。彼は気配を捉える。活動する者の気配はシルヴィア含め二つ。奈落は小さな眠り姫の事を脳裏に描きながら、今度は玄関の扉を開けた。

家主の帰宅を察知していたらしい、視線の先ではシルヴィアが玄関に三つ指をついていた。彼女は無表情に、どこを見据えるでもなく浅く頭を垂れる。

「おかえりなさいませ奈落様。おや、パズ様とトリビア・ジジイも一緒なのですね」

「ほけけけ! 誰がジジイか、愚かなる鉄面皮」

ばさばさと翼をはためかせて、梟が反論する。奈落は辟易して半眼となる。そういえば昔からこの二人の仲は、まさに犬と猿のそれだった。

シルヴィアは埃を払うように手を振って、梟を牽制する。梟が離れるとのを確認すると、何事もなかったかのように立ち上がり、踵を返した。

奈落がブーツを脱ぐと、シルヴィアが肩越しに振り向く。

「ご報告があります」

起伏のない平坦な声。だが奈落は、常とは違う響きを鋭く感じ取った。

「ああ、外で何となく気付いた。――起きたのか」

「ええ。いまは寝室にいらっしゃいます」

「そいつァ僥倖だ。聞く事が山ほどあるからな」

彼女はトキナスとルードラント、両者に関わっていた可能性が高い。八方塞を打開するのに、彼女の情報は強力なカードとなるに違いなかった。

「ええ。彼女は有力な情報提供者となるでしょう。そして私は問いましょう。尋問にする? 拷問にする? それとも――わ・た・し?」

無視した。

足早に寝室へ向かおうとする奈落に、シルヴィアは静かに語り続ける。

「奈落様は放置プレイがお好みの様子。そうであるならば小さな声で、こそこそと」

次の彼女の言葉に、奈落はその意志に反して、足を止めざるを得なかった。

「実を申しますと、ご帰宅前、ラナ様には私がいくつかを問うておきました。そしてそれらに対する回答は驚いた事に全て同様――何も覚えていない、との事でした」

「――――――――何だと?」


夕日の差し込む居間には、まだ破壊の跡が色濃かった。先日の刑軍との戦闘による壁の損壊。シルヴィアによる無駄な天井の大穴は、適当な木板で応急処置を施してあるのみ。カーペットにも細かな瓦礫が残っている。その空間に無理矢理しつらえたテーブルと椅子に、奈落とパズ、シルヴィアは座していた。

二人はシルヴィアの話に傾注していた。訥々とした口調は、一切の無駄を省いた事務的かつ理想的な説明を展開した。

一部始終についての説明は、喫茶・アウトロウからの帰宅から始まる。

帰宅したシルヴィアは、背負っていたラナをベッドに寝かせた。間もなく暇を持て余し、本を取りに居間へ移動した。目を放したのはほんの一分程度だろう。寝室へ戻ってくると、ラナは目覚めていた。あたりを見回して、ここが見慣れない場所だと気付いた彼女は、シルヴィアに説明を求めた。彼女は取り乱す事なく冷静であったという。

シルヴィアは返答として事の経緯を話し、その後彼女に事情聴取をした。トキナスとは何者か、なぜルードラントに捕まったのか。

しかし、ラナの回答は「何も覚えていない」の一点張りで、申し訳なさそうに項垂れるばかりだった。ルードラントに関連する事項はおろか、自分の名前すらも忘却の彼方なのだと。黙秘をしているのか本当に覚えていないのかは判然としない。聴取したシルヴィアの私見も頼りにならないもので、ラナの真意は分かりかねるようだ。結局、話に進展が見られないまま時間がいたずらに過ぎていき、やがて二人と一匹が帰宅した。

ラナが目覚めたのだから、様々な謎が解ける――少なくとも手がかりにはなるだろうと思っていたのだが、当てが外れた。記憶喪失だと聞き、奈落はさすがに溜め息を禁じえなかった。

「こんなところですね」

シルヴィアが話を締めくくると奈落はご苦労、と短く応じてから重い腰を上げた。

「さて……仕方ねえ。とりあえず、俺もラナと話してみるか。パズも来るか?」

椅子に座して足組みしていたパズに視線を落とすと、彼はすぐに首肯した。席を立ったパズ、それから首をぐりんぐりんと回す梟と共に、奈落は居間を後にした。

残されたシルヴィアは、乱れたイスの位置を丁寧に直し、満足げに、

「嗚呼―――完璧な自分が憎い……」

と自己陶酔してから一同を追った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る