第35話 宿敵との死闘
身体は仲間の様子を確かめる。まずは傷ついて動けないディノと女剣士を見る。その奥ではクーリンとフィオナが戦線離脱している。皆、満身創痍の状態で援護射撃は期待できそうにない。
『……』
次に身体は無言でぐるっと周囲を見回す。何か気になることでもあるのだろうか?
〔どこ見てんだ? 敵はあっちだぜ?〕
ここは地底湖の中央に浮かぶ神殿だ。戦いのフィールドは神殿のてっぺんで正六角形の平坦な区画になっている。広さは一周500メートルぐらいで、ひとつ下の段はここよりも2回りほど大きく、その下の段はさらにもう2回り大きい。それより下も同じように階層になっているのだろうが三段目の途中に水面がきているので判別は出来ない。他に何か目立ったものがあるとは思えない。この場所じたい神殿としては何も無さ過ぎる。
身体は大きく息を吸い込むとしばし沈黙。そして『ハアッ!』と、気合を出した。その瞬間に、体じゅうから衝撃波のような何かが放出された。そして、やや間を置いて上の方から「うわっ!」という甲高い声が聞こえてきた。身体がその方向をチラリと見る。すると天井からぶら下がる岩の一部が崩れて誰かが落ちてくるのが目に入った。
〔なんだアレ?〕
地面に落下したのは小学生ぐらいの男の子だった。何となく見覚えがある子だ。もしかしたらジョイルスの無敵艦隊と戦った時にリーベンと一緒にいた少年かもしれない。
身体がリーベンに向き直る。
『手品のタネなど分かってしまえば単純なものだ』
それを聞いてリーベンが感心する。
「ほほう。コターレの能力を見抜いていたか!」
そのやり取りだけでは説明不足だ。
〔え? つまり、どういうこと?〕
身体は落ちてきた少年を見ながら説明する。
『空間チェンジ。それはその子の能力だろう。お前はアイコンタクトで移動先を指示していただけのことだ』
そういうことか! リーベンが瞬間移動の度にチラ見していたのはそういう理由があったのだ。
身体は続ける。
『空間と空間を瞬時に入れ替える能力。それで分かった。ギガント砲の軌道がズレてしまったのも戦車隊が峡谷を越えてきたのもその子の能力のなせる業だ』
〔な、な、何だって!? マジかよ!〕
そういえばギガント砲の着弾点は誘導の円盤をセットしたにも関わらず大きく外れてしまった。そのせいでサイデリア艦隊はボコボコにされてしまった。当時は何で命中しなかったのかが不明だった。それにそういうことならフェリパ鉄鋼団が国境の大峡谷を橋も渡らずに越えてきた謎も解ける。
〔とんでもねえ能力だな……こいつもバケモノかよ〕
身体の説明を黙って聞いていたリーベンが突然、高らかに笑い出した。
「ハッハッハ! 気に入った! 益々気に入ったぞ」
『フン……』
「観察眼も申し分ない。どうだ? 我らの仲間にならんか? 貴様なら四天王の補充要員になる資格がある」
『評価してもらって光栄だ。だが断る!』
リーベンは少年に命令する。
「コターレ! お前は先に行け! 例のものを運べ」
リーベンに命令されて少年が弾かれたように起き上がる。そして、あたふたと立ち上がったかと思うと両手の人差し指と親指でフレームを作ってみせた。彼は。ちょうどスケッチの時に構図を決めるときのような仕草で、あさっての方向をロックオンする。
〔あいつ何をやって……〕
そう思った次の瞬間、少年が消えた。と同時に少年の立っていた場所の10m四方が突如こげ茶色に変色した。見た感じゴツゴツした岩場のようだ。
身体が周囲を見回す。
『クッ……あそこか!』
視線の先、すなわち百メートルぐらい先に動く物があった。水面から顔を出している岩の上に人影…。
〔まさか一瞬であんな所にワープしやがったのか!?〕
だがそれは紛れも無くコターレの姿だった。ただ、彼はいつの間にか大きな壷のようなものを抱えている。
『何だ? あの壷は?』
そこで女剣士が叫ぶ。
「まずいわ! あれを持っていかれると!」
ここからでは判別できないが大きな壷であることは間違いない。子供ひとりがすっぽり入れそうな大きさだ。
女剣士は苦悶の表情を浮かべながら懇願する。
「お願いダン! あれを奪い返して!」
何だかよく分からないが、よっぽど大事なものなのだろう。
それを受けて身体が『デルグマジカ!』とホーミング弾を繰り出す。だが、それが岩場に到達するより先に再びコターレの姿が消え失せた。
『クソッ! 間に合わん!』
そこでディノがKO寸前のボクサーのようにヨロヨロと起き上がりながら言う。
「追わなきゃ。あれが敵の手に落ちてしまったら……世界が終わる!」
世界が終わるとかそんなに大事なものなのか? 全然、聞いてないんだけど。
〔おいおい。そんな大事なことならもっと早く言えよ。今更、追いつけないって!〕
コターレは岩場から岩場へ瞬間移動を繰り返しながら、どんどん入口の方に向かっていく。今から奴を捕まえるには水ドラゴンで追うぐらいしかないけど……そうだ!
『ディノ! ドラゴンで奴を追え!』
「え? でも、ここでドラゴンは……」
『水ドラゴンなら使える! ジョクノ・マジカ・デリス!』
そして身体はいとも簡単に水ドラゴンを2体作り上げた。どちらもドラゴン・フライに出場できそうな格好良いドラゴンだ。
〔ちぇっ! なんだよ。簡単にこんなの作りやがって〕
正直、嫉妬した。だが今はそんな状況ではない。
『ここは任せろ。お前達は奴を捕らえろ!』
身体の指示でディノと女剣士、そしてフィオナとクーリンの二手に分かれて水ドラゴンに乗る。そしてコターレを追うべく飛び立った。
その様子を紳士的に見守っていたリーベンは意外にも冷静だ。
「クックック。無駄な努力を」
まるで心配していないその態度にイラつく。
『それはどうかな。思い通りにはさせん』と、身体がリーベンを睨む。
「無理だ。仮にコターレに追いついたとしても貴様らには何もできん」
『どういう意味だ?』
「なぜならコターレは強い。四天王の中でも一番だ」
『なっ!?』
意外だった。てっきりこのリーベンが四天王のリーダーだと思っていた。だが、ある法則を思い出した。『もっとも弱そうに見える奴が実は最強』というお約束だ。
〔マジかよ……そりゃ確かに無理だ〕
リーベンにボコられたディノ達に奴以上の敵を倒せるとは思えない。
「まあ良い。我々は戦いを楽しむとしよう」
そう言ってリーベンは軽く首を回した。
『そうだな。とっとと終わらせるとするか』と、身体も応戦する姿勢をみせる。
互いに戦う構えをとる。
驚くほど静かだ。まるでこの広大な鍾乳洞が巨大生物の胃袋のように感じられた。微かに感じられる風の存在に気付く。地底湖が運ぶ空気の流れは底冷えがする。
〔寒っ……〕
どれぐらい無言で対峙しただろうか。先に動いたのはリーベンだった。
「喰らえ!」と、リーベンが突きのポーズを繰り出す。ここまでは10メートル以上離れているのにだ。
〔そんなもん全然、届かないだろ〕
そんな風に油断していた。が、リーベンの剣先から何かが飛び出した。まるで蛇が飛び掛ってきたみたいに剣の先端が『びょっ』と伸びてきたのだ。光線とか魔法とかではない。
『鞭か!?』
身体が右に動いてそれを交わそうとする。が、突然、鞭の軌道がクッと変わった。しかも有り得ない角度で!
『直角に曲がっただと!?』
身体が慌てて回避行動を継続する。さらに左右のステップで追撃を避けようとする。が、鞭の先端はこちらが動く度に角度を変えながら追いかけてくる。その動きは目で捉えられないほどではないが、あまりに執拗だ。身体が堪らず大きなステップで距離を取る。そこでようやく追撃が止まった。
〔なんか武器そのものに意思があるみたいだ〕
よく漫画やゲームの中で植物のツルが伸びたり縮んだりして人を襲うシーンがある。奴の武器はそれに似ている。
リーベンは武器を縮めながら言う。
「フン。なかなかの動きだ。ならば……」
リーベンは下半身にぐっと力を溜めると「ヌラァ!」と、ダッシュで間合いを詰めてきた。そして先ほどと同じように突きの構えをみせた。
〔それ、さっきと同じ……ゲッ!?〕
鞭が伸びてきた、と思った次の瞬間にそれがぶわっと花火みたいに広がったのだ!
『何っ!?』
後ろに行くしかなかった。しかし、激しく枝分かれした鞭は、それぞれが意思をもったみたいに異なる軌道で迫ってくる。身体は左手で幾つもの水の盾を作りながらバックステップで攻撃を避けようとする。だが、鞭の先端は次々と水の盾を突破してくる。激しい水しぶきを撒き散らしながら…。
『クッ!』と、身体が逃げるのを止め、剣で攻撃を受け止める。が、『ガキッ!』と、何かが壊れるような音がしてこちらの剣が破壊されてしまった!
〔硬え! 剣がぶっ壊れるとか、どんだけ……〕
枝分かれした鞭の攻撃は一旦ストップした。そこでリーベンが得意げに言う。
「驚いたか? この剣で貫けぬ物などこの世に存在しない」
マズい。柄を残して剣が粉々にされてしまった。まだ序盤だというのにいきなりのビハインドだ。
リーベンが挑発する。
「さて、どうする? まさかこのまま降参するつもりか? ガッカリさせないでくれ」
身体は破壊された剣を眺めながら言い返す。
『フン。心配無用。予備なら幾らでも……』
身体が柄を持つ手に力を込める。すると柄の先からすっと水の刃が伸びて水の剣が出来上がった。
〔おお! その手があったか〕
水で作った剣。それはツゥマジカスみたいなものだ。これなら何度破壊されても問題は無い。
ところがリーベンはそれを見て逆に満足そうに頷く。
「うむ。それでいい。ならば、これではどうだ!」
リーベンが三度突きを繰り出す。が、今度は分裂しない。最初の攻撃のように剣先から伸びた鞭がヘビのように飛び掛ってくる。
身体はギリギリまでそれを引き付けて『ドイテマジカン!』と新しい呪文を唱えた。すると突然、鞭の先端が微妙に方向を変えながら『カッ、カッ、カッ!』という具合に連続して跳ねた。その先端はリズミカルに、石で水切りをしたみたいに宙を舞う。しかしその勢いは衰えず、しっかりこっちに向かってくる。
〔ダメじゃん! 止まらねえ!〕
しかし身体は冷静に先端の動きを見切って、軽快なステップで先端からの距離を一定に保っている。そしてある地点で、くるりとリーベンの方を振り返ると、突然、闘牛士のように身を翻して先端をスルーした。身体に突進をスカされた鞭の先端は真っ直ぐリーベンに向かっていく。
〔お? 自爆狙いか!?〕
油断していたリーベンが目を見開く。
「な、なんだと!?」
リーベンが回避行動を取る間もなく先端は『ズガッ!』と、リーベンの胸にぶつかった。
やった! 見事に命中している。リーベンは自らが放った剣で自爆したのだ!
〔ざまあ! あいつ、超バカ~♪〕
身体は逃げ回っているように見せかけて実は先端の進行方向を調整して誘導していたのだ。
リーベンが呻く。
「なんと……見えない壁を幾つも作って剣先の飛ぶ方向を徐々に変えていったということか? しかも最後には加速させて攻撃者本体を攻撃させるとは……」
〔なるほど、敵ながら説明、乙〕
身体がそこで補足説明をする。
『破壊は無理でもその運動エネルギーに干渉することは可能だ』
リーベンは左胸を押さえて苦しそうな表情を浮かべている。
「ムムゥ……敵ながらあっぱれ!」
〔負け惜しみ乙!〕
ちょっと気分が良くなった。だが、リーベンは急に真顔になってしゃんと立ち直した。
「まさかこの武器と相打ちさせられるとは思わなかったぞ。だが残念だったな! なぜならこのヨロイは世界最硬! なんぴたりとも傷をつけることはできないからな」
何が世界最『硬』だ。また妙な造語を作りやがって…。
〔あれ? でもそれって矛盾してね?〕
それは身体も疑問を持ったらしく半ば呆れた口調で問う。
『何が最強だ。矛盾してるだろう?』
しかし、リーベンは悪びれる風でもなく自信満々に言い放つ。
「矛盾などしていない! なぜならこの武器はヨロイの一部だからだ!」
〔は? どういう屁理屈だ?〕
リーベンは長くなった鞭を掃除機のコードを収納するみたいに縮めながら言い張る。
「この武器はヨロイの腕の部分が変形して武器化したものだ。なので『最硬』であることに変わりはない」
なんだか『一休さん』みたいなことを言いやがる。もっとも何が最強かを本気で言い争うのはガキのすることだ。ここはまともに突っ込むところではない。
『なるほどな。確かに普通の硬さではないようだ。どこで手に入れたのかは知らんが』
リーベンは褒められたのが嬉しかったのか上機嫌になった。
「クックック。いいだろう。冥土の土産に聞かせてやる」
〔その台詞……それって死亡フラグなんじゃね?〕
戦っている相手に死亡宣告するような敵キャラは通常、逆に殺されてしまうものだ。だが、そんなこととはつゆ知らずリーベンは得意げに説明を始める。
「このヨロイの素材である金属は1200年前にグスト東部に落下した隕石から採取された。発見された当時は七色に輝く完全な球体だった。どんな金属よりも硬く美しく、謎に満ちたこの物質について多くの錬金術師が長年にわたって解析を試みてきた。が、結局は何ひとつ分からなかった。唯一、判明したこと。それはこの金属が生きているということだった」
『金属が生きているだと?』
「そうだ。『ヒヒイロカネ』と名付けられたこの金属は確実に生きている。こいつはな、生体エネルギーを吸い取って生きているんだ。人間に寄生してはその者のエネルギーを吸い尽くし、また次の寄生先を求める。これまでに何百という錬金術師がこいつの為に命を落としたことか。だが、逆に生命力溢れる人間の中には極まれにこいつと共存出来る者がいるのだ」
『それが自分だと言いたいわけか』
「ウム。生半可な人間ではそうはいかん。化け物と呼ばれるぐらいの強い戦士でなければ適合はできない。なぜならこいつに与える生体エネルギーは何も自分のものでなくても良いのだからな。言ってる意味は分かるな?」
つまり倒した相手からエネルギーを得るということなのだろう。このヘンテコリンな金属の餌にされる側にとっては迷惑な話だ。
〔しかし、戦っている最中にも生体エネルギーは吸われてしまうのか?〕
だとしたら益々厄介だ。
リーベンはニヤリと笑う。
「貴様に恨みは無い。だが、このヨロイが欲しているのだ。貴様のエネルギーを!」
身体は水の剣を構える。
『フン。はいどうぞという訳にはいかんな』
リーベンは舌なめずりすると「いくぞ!」と、突っ込んできた。
身体は敵の出方を窺う。そしてリーベンの剣先に注目する。
「ソイヤッ!」と、リーベンが剣を縦に振ってきた。
〔突きじゃねえのか!?〕
意外にノーマルな攻めに拍子抜けした。身体は軽く左に動いてそれを避ける。空を切ったリーベンの剣先によって『ゴッ!』と、地面が豪快に抉られる。そこから捲り上げられた石が跳ねてくる。次にリーベンは剣を高く振り上げると続けざまに縦斬りを繰り出してくる。これも軽く横移動で交わす。同じように地面が小さく割れて穴が空く。だがリーベンは同じ攻撃を繰り返すのみ。決して鋭い攻撃ではない。むしろ闇雲に地面を耕しているようにも見える。
〔どういうつもりだ? なんか企んでる?〕
単調過ぎるその攻撃には幾らでも隙がある。カウンターで攻撃すれば良いのに、とも思う。が、身体は無言でその攻撃を交わすだけだ。既に地面は穴だらけ。そこに「ソイヤッ!」と、リーベンの一際大きな掛け声で掘られた穴が出来る。その瞬間に奴の口角が僅かに上がったように見えた。
〔やっぱり何か裏がある!〕
そう確信した時だった。穴という穴から一斉にツルのようなものが飛び出してきた!
『これは!?』
ツルのようなものはリーベンの剣先から出る鞭と同じ形状だった。その数、10数本。それがこちらに向かって色んな方向から突進してくるのだ。これは避けようがない!
『クッ!』と、身体が止む無くジャンプする。が、鞭も一斉に追って来る。
〔ま、間に合わ……〕
マズイと思った瞬間に『ザクザクザクッ!』と、全身に激痛が走った。左腕、右腿、肩、頬、左ふくらはぎ、その他色んな箇所で貫かれる感触が炸裂した。
『グアアアッ!』
流石に身体も悲鳴をあげる。それはこっちも同じだ。激しい痛みで気が遠くなりそうだ。視界がグルグル回って平衡感覚が失われる。で、気付いた時には地面に叩きつけられていた。だが、落下してしまった痛みなど比ではない激痛が全身を巡る。こちらがのた打ち回っているとリーベンの声が聞こえた。
「ほほう。即死ではないか。まあ、すぐに死なれてはこちらとしても困るのだが」
痛みに耐えながら身体が立ち上がる。足に力を入れると痛みが増す。止めてくれと叫びたいぐらいだ。
『その金属とやらは分離も結合も自由自在ということか……』
身体はその台詞を吐いた後で大きくよろめいた。ハァハァしながら辛うじて剣を構える。
「その通りだ。よく見ていたな。褒めてやる。それにしても貴様のスピードは大したものだ。だが、それならばこちらは手数でそれを圧倒してみせよう!」
『ほお……だったら諦めろ』
身体は満身創痍の状態ながら強気の姿勢は崩さない。
〔おいおい。どうみても圧倒的に不利じゃねえか! どうするつもりだ?〕
リーベンの武器はヨロイを取り巻く生きた金属が変形したものだ。絶対的な硬度、伸縮自在、分裂可能、おまけに自ら意思をもってエネルギーを吸い取りに来る。次に同じような攻撃が来たら避けられる保証は無い。
が、身体は諦めてはいなかった。
〔え? なんだ?〕
いつの間にか身体の周りに水で出来た剣が幾つも宙に浮いている。ひとつひとつの剣は短剣ぐらいの大きさだ。しかし真っ黒な剣はどれもかなりの水を圧縮したものだろう。それが何百本と身体の背後に待機している。まるでコウモリの大群を従えたドラキュラの大将みたいだ。
『手数だって負けはしない!』
その言葉と同時に黒い水の短剣が『ズドドドッ!』と、リーベンの立ち位置になだれ込んでいく。その様は圧巻だった。コウモリの大群が一斉に飛び立つようでもあり、いわしの大群が海中を大移動していくようでもあった。
「な、なにを!」
リーベンは分裂させた剣を振り回して必死にそれに抗う。が、手数の差は決定的だった。短剣の洪水はとても防ぎきれない。リーベンの剣攻撃をかいくぐった短剣は次々とリーベンに斬りかかっていく。
〔す、凄え!〕
頭上から氷柱を降らせるグラマジカスも強烈な技だがこれはもっと凄い。ひとつひとつの剣が極限まで強化されている。しかもそれがまるで意思を持ったかのように敵に纏わりついて自動的に攻撃するのだ。
無数の短剣に全方向から切り刻まれて流石のリーベンも「グワァァ!」と叫び声をあげた。役目を終えた短剣はその形を維持したまま地面に落下していく。やがてそれが静まり、嵐が去った後には真っ黒な地面が現れた。その真ん中にリーベンが倒れている。
〔やったか!?〕
固唾を呑んでリーベンの反応を見守る。するとしばらくして「やれやれ」という台詞が返ってきた。
〔マジかよ!? あれで生きてるとか……〕
もともと一筋縄ではいかない相手だとは分かっていた。何しろ腐っても四天王のリーダーなのだ。そのような強敵との戦いはこの漫画においては最高の見せ場になるはず。だったら連載でいうところの三週分か四週分に相当する誌面を消費するぐらいでなければならない。
悪い予感はよく当たるものだ。予想通り、リーベンは立ち上がった。
「やれやれ。呆れたものだ。これほどまでに攻められてしまうとはな」
そう言うリーベンはあまりダメージを負っていないようにも見える。身体が無言でそれを眺めているとリーベンが首を振る。
「だが言ったはずだ。なんぴたりともこのヨロイに傷をつけることは出来ぬとな。残念だったな。相手が悪すぎたのだ」
愕然とした。生きてはいるだろうとは思っていたがまさか無傷とは…。
〔ハッタリじゃなかった……あのヨロイは本当に最強の盾なのか?〕
そんな奴をどうやって倒せというのか?
絶望的な気分でリーベンと対峙する。奴は相変わらず余裕の笑みを浮かべている。流石に肩で息はしているものの物理的なダメージは…。
〔ん!?〕
そこで異変に気付いた。ちょうどその時、リーベンの額から鮮血が流れたのだ。
『……やはりそうか』と、身体は冷静に呟く。
「な!? 何を?」と、言いかけたリーベンが自らの額に手を当てて血の存在に気付く。手の平を確認しながらリーベンが叫ぶ。
「なんじゃこりゃあ!?」
リーベンは自らの流血が信じられない様子だ。
〔なんだそのリアクションは?〕
少し呆れていると身体が解説っぽく言った。
『確かにそのヨロイは硬い。だがどんなにヨロイが硬かろうと中身は生身の人間だ。少しずつではあるがダメージは蓄積される』
「グ、グヌヌ……貴様ぁ!」
『一撃あたりのダメージは僅かかもしれん。ならば何千、何万と積み重ねるしかなかろう』
「ふざけるな! 俺がそんな攻撃を黙って喰らい続けるとでも?」
『今のはほんの小手調べだ』
「フッ、嘘をつけ。あれが貴様の全力攻撃だということは分かっている。まだこちらには変身という切り札が……」
そうだった! こいつはあと2回の変身を残しているんだった。当然、変身するからには大幅にパワーアップすると予想される。それはこの身体も聞いているはずなんだけど、何でまだ余裕があるのか…。
身体はリーベンに尋ねる。
『さっきのが俺の限界だと? そう決め付けるのはそちらの勝手だが……』
「なんだと? 貴様、まだ……」
リーベンの言葉を無視して身体はすっと右手を上に挙げる。そして自信を持って言った。
『変身だか変装だか知らんが、そんなものに付き合うつもりは無い。悪いがこれで終わりだ』
その言葉に呼応するかのように地面を覆いつくしていた黒い短剣がすうっと宙に浮かび始めた。そして瞬く間にリーベンを取り囲むと次々に結合していく。ちょうど剣と剣が溶け合って混じりあうような具合で、やがてそれは大きな球体に発展していった。
「な、なんだ!?」と、戸惑うリーベンの姿はすぐに黒い球体に飲み込まれてしまう。
身体はリーベンを取り込んだ黒い球体に向かって手の平を向けた。そして一呼吸置いて呪文を唱える!
『デメル・ド・マジカ!』
その呪文で手の平から『ズンッ!』と強い衝撃波が出た。それを受けて黒い球体が急速に縮み始める。これは水を強力に圧縮する魔法だ!
〔そうか! 水に閉じ込めて潰すつもりだな!〕
ただでさえ濃縮した黒い水なのだ。それだけでも相当の水圧に違いない。その上でさらに圧力を加えようというのだから、ヨロイはともかくとして生身のリーベンが無傷で済むはずが無い。ペシャンコになるか最低でも窒息死だ。
『ハァァ!』と、身体はいつにも増して手の平に力を入れる。それに比例して黒い球体は順調に縮んでいく。が、途中でそれが止まった。恐らくこれ以上は小さくならないのだろう。真っ黒な球体の中はどうなっているか分からない。だが、リーベンがもだえ苦しんだ挙句に潰される絵は想像できた。
最終的に黒い球体は直径が1メートルぐらいにまで凝縮された。さすがにこれ以上は小さくならないとみたのか身体が『フゥ』と、力を抜いた。が、その数秒後、黒い球体に『ビキキッ!』とひびが入った。
『なに!?』と、身体が慌てて距離を取り、防御の姿勢をとる。そこで球体の上部が『バゴッ!』とはがれて破裂した! そして無数の黒い物体が物凄い勢いで天井に向かってぶちまけられる。球体は上部から黒い水を大量に噴出しながらみる間に膨らんでいく。
『バカな……』と、呟いて身体は球体の暴走に巻き込まれないように後退する。
やがて球体は『パァンッ!』と破裂した。それと同時に大量の黒い雨が降り始めた。強い雨に打たれながら身体が立ち尽くす。すると球体の破裂した地点に人が立っているのが目に入った。
『まさか……有り得ん!』
そのまさかだ。雨が降りしきる中、その人影は七色に輝いていた。まるで雨の日のネオンサインのように強く発光する人影。それがじっとこちらを見ていることに気付く。
〔ちょっ……もうカンベンしてくれ……〕
しぶとい。リーベンは死んでいなかった!
リーベンはピカピカ光りながら言った。
「まさか最終形態を晒してしまうハメになるとはな」
最終形態!? ということは2回残していた変身を一段階すっ飛ばしたということか!
流石に身体も戸惑いを隠せない。
『な、こいつ……どこまで』
変身後のリーベンはつるんとしていた。はじめは『全身タイツ』なのかと思った。先ほどまでのゴテゴテした装飾がきれいさっぱりと失われ、身体のラインがそのまま現れている。そしてその表面は絶えず色が変化して七色に輝いているように見える。
「今のは危なかったぞ。だが、これで貴様は終わりだ」
リーベンのその冷静な口調がかえって不気味に感じられた。
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