第14話 足りないモノ

 死を意識した瞬間にブルッときた。これほど真剣に死を意識したことは無い。

(やべ……これはマジだ)

 水竜の突進が残していった水の揺らぎに翻弄されながら絶望的な気分になった。この震えはどうにも止まらない。

 その間にもいったん通り過ぎて行った水竜は、またしても方向転換しようとしている。水中特有の視界の悪さで判別は出来ないが、水竜の頭は普通のドラゴンより細長く、髭なのか角なのかがタテガミのように後ろになびいているように見えた。

(また体当りだな……で、弱ったところでヘビみたいに締め付け攻撃か?)

 この水竜がどんな技を持っているかは分からない。ひょっとしたらドラゴン・フライに出場していたドラゴン達みたいに火を吹くとか電撃をかましてくるとかの飛び道具を持っているかもしれない。

 そこに体勢を整えた水竜が再び突進してくる。

(ヤバい! やっぱ水中じゃ思ったように身体が……)

 と、その時、遅ればせながら例の感覚が『ピン!』と、背筋を伝わった。と、同時に身体が勝手に動き始める。

〔遅ぇよ!〕

 ようやくオート・バトルのスイッチが入ったらしい。身体は剣を左手に持ち替えて右手を前に突き出した。

『メマジカ!』

 これは水の盾。ラマジカが全身を包むのに対してこっちは一点集中型の防御だ。

 水竜は先程と同様に身体をくねらせながら真っ直ぐに突進してくる。が、身体はそれを避けるつもりはないらしい。

〔おいおい! 正面から受けるつもりかよ!〕

 突き出した右手を中心に水の塊が出来ている。水中で水の盾というのもなんだが、この辺りの水圧というか水の濃度が周りよりも断然、高まっている。

〔けど、これでホントに止められるのか?〕

 少し不安になりつつ水竜の体当りを迎え撃つ。

〔来た! 怖ぇぇ!〕

 逃げ出したくなる衝動。だが金縛りにあったように身体は動かない。水流との距離はあっという間に縮まる。そこで身体は右腕に力を込めて『ハッ!』と、気合を出した。まるで水の盾を強化するみたいに。

 水竜は頭から突っ込んでくると同時に口をガバッっと開いた。

〔ちょっ! それデカっ……〕

 水竜の口は思ったより遥に大きかった。この身体がすっぽり飲み込まれてしまうようなサイズだ。そんな大きな穴が迫ってきてるというのに身体はまったく回避する気配が無い。そして飲み込まれると覚悟した瞬間『ズオッ!』と、水の盾が水竜を押し止めた。

『クッ! 押される、だと?』

 身体が苦しげにそう言った。

〔バカか! 相手のサイズを見りゃわかるだろ!〕

 こいつ、自分の身体でなければぶっ飛ばしているところだ。

『グアッ!』

 予想通り跳ね飛ばされた。錐もみ状態で跳ね上げられながら〔ああ、やっぱり〕と思った。それでも身体の方は飛ばされまいと試みる。が、やはり水中では素早い動きが出来ないようだ。ひとつひとつの動作が水の抵抗に鈍らされる。

『グラマジカ!』

 吹っ飛ばされながらも身体は水竜の胴体に攻撃を加える。棘の形になった水の塊が魚雷のように連続して水竜の背中に命中する。が、これも水中だからなのかイマイチ効果があるようには見えない。だが身体は諦めない。一瞬、足の裏が急激に熱くなって女神さまと戦った時みたいに瞬間移動した。そして水竜に接近すると剣で切りつけたのだ。

〔当たった!?〕

 剣から伝わる手応えは悪くない。見ると尻尾の付け根あたりに切った跡がひと筋。やや間を置いてそこから血が流れ出した。ドバッと噴き出すというよりは漏れ出すといった具合だ。

『化け物め……』 

〔今さら何言ってんだか……見りゃわかるだろうよ〕 

 この身体、時々こういうボケをかましてくれる。しかし、この場面をどういう戦法で切り抜けるかはこの身体次第だ。

〔こんなチマチマしたダメージじゃ倒すまでにどんだけ時間がかかるんだ?〕

 相変わらず水竜は前方でモゴモゴと方向転換をしようとしている。やはりあの程度では大きなダメージにはならないのか……。

〔剣よりは魔法だな。なんか大技とか無いのか?〕

 恐らく剣で切りつける攻撃では埒が明かないだろう。ここは一発の威力が大きい技が必要だ。そう考えていたら身体がいったん剣を背中に収め、次に両手を広げて何やら準備を始めた。心なしか周りの水がユラユラと揺れている。

〔おお! いよいよ大技発動か? これは期待できるかも!〕

 一方、水竜の方はバカの一つ覚えのようにやみくもに突進してくる。

 水竜が徐々にこちらとの間合いを詰めてくる。

〔やっぱ、おっかねえ……〕

 身体は十分に水竜をひきつけてから技を発動するつもりのようだ。

『ドルマジカス!』

〔え? それって何だっけ?〕

 身体の唱えた呪文がどういう魔法だったか思い出せない。どこかで聞いた覚えはあるのに。とその時、水竜の動きが鈍ったように見えた。

〔こ、これは……足止めの魔法か?〕

 確か水の粘性を上げるとかでそんな技があったような気がする。何とかそれが成功して突進を止められた水竜は悶え苦しんでいるようだ。

『くたばれ……』

 そこで身体が剣をスラリと抜いて水竜に剣先を向ける。そして『ハァァァッ!』と、力を溜めて大きく剣を振りかぶる。が、そのタイミングで急に目の前が真っ白になった。

〔痛ッ!〕

 最初の一撃が凄すぎて意識が飛んだかと思った。続いて暴れ馬に乗せられたみたいに体中がガクガクと激しく揺さぶられる。何が起こったのか分からない。『バリバリバリ!』という擬音がなかったら、それが水竜の電撃であるとは分からなかった。

『グアァ!』と、身体がうめき声を漏らす。だが、中の自分はもっと強烈だ。まるで全身のあらゆる関節に電極を差し込まれたみたいな衝撃だ。

〔これは死ぬかもしれないな〕

 不思議なことに痛みに耐える意識とは別に覚めた感覚が芽生え、その深い部分で死を受け入れる覚悟ができていた。

〔なるほど。死ぬって……こういうことなんだ……〕

 まるで麻酔が効いてくるみたいに意識の表面が薄らいでいく。

〔でも……これで戻れるかも……〕

 眠りに落ちるように意識が霧散していく……。 


   *  *  *


 目が覚めると辺りは暗くなっていた。

「だいじょうミュ?」

〔……ミーユ?〕 

 相変わらず身体は動かない。まだ身体のターンのようだ。視界から入ってくる光景から判断するに、湖のほとりに横たわっているようだ。

『ウグ……』

 身体のうめき声で痛みがぶり返した、というより思い出した。

〔とりあえず生きてる……でもこりゃ酷いな〕

 どこが痛いというレベルではない。電撃を食らった時に比べればマシだが、細かい痺れがもれなく全身に張り付いている感じだ。

「良かったミョ。気がついたミョ!」

『……すまんミーユ。俺はどうやってここへ?』

「ミスター・マラキクが助けてくれたミョ。水竜にやられたんだミョ」

 それを聞いて焦った。

〔ま、まさか気を失っている間に変なことされてねぇだろうな!?〕

 しかし、未だ身体のターンが続くということは読者に見られている可能性が高いので、そんないかがわしい場面になることは無いはずだ。

 身体がゆっくり起き上がる。

『面倒かけたな。ミスター……』

 少し離れた所で腕組みしているカッパ男が呟く。

「やはりな……思った通りだ」

『!?』

「お前の戦いぶりを見て確信した」

『クッ……』

 そこで互いに沈黙。重苦しい空気が滞留する。

 先にカッパ男が口を開く。

「どうだ? 大した水竜だったろう? あれはグラヴデ種だ」

『ああ。しかし野生竜であのサイズは有り得ない』

「ウィ。野性ではな」

『グラヴデ種……通常は北部のものだが……』

 二人の会話についていけない。恐らく水竜にも幾つか種があるということなんだろう。にしても身体が言うようにあの水竜はデカすぎる。

 身体が軽く息を吐いてから背筋を伸ばす。

『油断した。だが次は必ず仕留める』

 するとカッパ男が意地悪そうに言う。

「無理だね」

『……』

「今のままでは無理だ。お前に足りないモノ……それが何だか分かるか?」

 カッパ男の試すような言い草に身体は唇を噛む。

 カッパ男は勿体ぶったように湖面を眺めこっちを見てその答をじらす。

 先に身体がしびれを切らせて言う。

『俺に何が足りないかだと? 生憎だがそんな自覚は無い』

 カッパ男の勿体ぶった態度にこっちもイライラした。

〔なんなんだよ! このカッパ野郎に何が分かるっていうんだ?〕

 しばらく間が空いてカッパ男が言い切る。

「執念だよ。生に対する執念がお前には足りない」

『な!?』〔は?〕

 こちらのリアクションを無視してカッパ男は続ける。

「生きることに対する執着。それは死に掛けた者にしか分からない。エリートほど陥りやすい罠だ」

『な、なにを……』

「お前はどこか死を達観しているところがある。いつ死んでも構わないなどと考えているのではないか?」

 そう言われてみれば……このキャラの性格。始めは『クール』を気取っているものだと思っていた。戦いの時も恐ろしく冷静だと感心していた。だけど、どこか暗いものを感じていたのも事実。冷たいような重いような感情を胸の内に秘めているような気がしてた。

 カッパ男はじっとこちらの目を見て言う。

「ひょっとして自分を責めているんじゃないか? 南ジョイルスの悲劇……」

『違う!』

 即座に身体がカッパ男の問いに拒否反応を示した。

「図星のようだな。グラヴデ種が北部の固有種であることを知っていたところを見て、お前のことを思い出した。やはりお前は南ジョイルス伝統の……」

『違うと言っている!』

 どこにそんな元気があるのか身体は剣を抜いてカッパ男を睨み付けた。

「フン。まあいい。よく考えろ。他に教えることなど無い」

 カッパ男はそう言い残して背を向けた。

 

   *  *  *


 雨はいつの間にか止んでいた。時折、夜風が波を誘う音が聞こえる。夜の底に潜む虫の音が背景に溶け込んで緩やかな時の流れを感じさせる。

 焚き火をしながら身体は何やら考え込んでいる。地面の一点をじっと見つめながら……。

〔どうすんだよ? このままやられっぱなしか?〕

 それにしてもまったく動きが無い。カッパ男に言われたことで悩んでいるのだろうか? 

〔こんな場面、退屈すぎて誌面に載らないんじゃないか?〕

 さっきからずっとこの調子でうんざりする。

 するとしばらくしてミーユが話しかけてきた。

「ミスター・マラキクの言ってたことが気になるミュ?」

 随分とストレートな質問だ。それに対して身体はちらりとミーユの方に視線をやった。

『お前は黙ってろ』

 ミーユは一瞬、息を飲むような仕草をみせた。が、しつこく聞いてくる。

「でも心配なんだミョ! ダンは昔のことを全然話してくれないからよけい心配なんだミョ! ダンがジョイルス出身なのは知ってるけど……」

『昔のことは忘れた……』

「何で隠すミョ?」

『隠してなどいない!』

「だってお師匠様も言ってたミョ……」

 その後の言葉が出てこなくてミーユはうつむいた。

 そこで思い出した。女神さまとバトルした時の記憶を辿る。そういえば女神さまもこのキャラがジョイルス出身であることをほのめかしていた。

〔確か『火と風の属性を使いこなす水使い』とか言ってなかったか?〕

 カッパ男の『南ジョイルスの悲劇』とやらがどういうものかは分からないが、この身体が示す拒否反応を見る限り過去に何かあったのは確実なようだ。

 突然、身体が岩から腰を浮かせた。

『もう一度行って来る』

「ミョミョ!? その身体で? それにどうやって水竜を倒すんだミョ?」

『俺には俺のやり方がある』

「ダメだミョ! ミスター・マラキクを呼んでくるから待ってるミョ!」

『要らん! さっさとカバドラゴンを出せ』

「ミュー……」

 全身の痛みはとっくに引いていた。多分、身体の方も何事も無かったかのように回復してるんだろう。さすがその辺りは漫画だ。

『奴はもう一方の湖に逃げ込んでいる』

 身体はアドン村を挟んで対極に位置する湖を睨む。

「なんで分かるミョ?」

『さっきの戦いで印をつけておいた。どうやら二つの湖はどこかで繋がっているらしい』

 本当に大丈夫なのか心配になってきた。特に特訓だとか準備だとかをするわけでもなく間髪入れずに突撃とか勝算はあるのか? それとも何か他に考えでも?

『……執着、か』

 身体は自らの独り言を噛み締め、リベンジに向かった。


  *  *  *


 カバドラゴンの手綱を預かるミーユに指示を出しながら夜の湖を上空から見下ろす。夜の湖面は真っ黒な水面を無造作に広げている。その領域は圧倒的で、どこまで飛んでもどこにも辿り着けそうもない気がした。闇は深く無遠慮で周りに取り付いている。まるで我々を葬り去る準備を整えているみたいだ。

『見つけたぞ!』

 身体はある一点を確認して戦闘準備に入る。けど、自分には認識できない。

〔え? どこ? どれだよ?〕

 ここでも自分は置いてけぼりだ。

『ミーユ! 高度を下げながら左に回れ!』

「分かったミュ!」

 カバドラゴンは相変わらずのっそりとした動きで左に旋回する。そしてゆっくりと高度を下げながら湖面に接近していった。

『いくぞっ!』

 身体は突然、カバドラゴンの背中で立ち上がると迷わず湖に足から飛び込んだ。

〔ぬわっ! 冷てぇ!〕

 さっきのバトルでは気がつかなかったが水は思いのほか冷たい。それによくよく考えると水中なのに息が持つのも変な話だ。夜なのに視界はさほど悪くないし。まあ、漫画だけど……。

 ゴボゴボとまとわりつく泡を振り払い、身体は水中で体勢を整える。ほどなく厭な雰囲気が漂ってきた。

〔あれか!〕

 前方に見えるは件の水竜だ! 奴は既に突進の準備に入っている。

〔電撃対策はできてるんだろうな? 頼むぜ……〕

 ところが身体の方はといえば何もアクションを起こさない。というか棒立ちだ。

〔え? どうすんだよコレ?〕

 正直、戸惑った。

〔このまま無防備に水竜の攻撃に晒されろとでも?〕

 それどころか身体は目を閉じやがった。そのせいで益々不安が募る。

〔おーい! バカだろこいつ!〕

 叫びたい。思いっきり『馬鹿!』と叫びたい。マジでストレスが極限。

 確実に迫ってくる水竜の気配に気が狂いそうになる。

〔それはアカン! それはアカンて!〕

 関西人でもないのに思考が関西弁になる。いや、もう回避の為なら何でもしますと謝りたいぐらいだ。

 しかし、すべてが手遅れだった。次に身体が目を開いた時、眼前に広がるは真っ赤な光景。そしてそれが水竜の口だと気付いたと同時に『パックン』と間抜けな擬音が聞こえて真っ暗になった。

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