第15話 覚醒

 何も見えない。そのくせ大きく前につんのめった。どうやら周りの空間ごと飲み込まれたようで、大量の水が鉄砲水となって身体を押し流す。

〔く、食われた!?〕

 半ば諦めの気分でしばらく流れに身を任せる。やがて流れの勢いは弱まり動きが止まった。止まったのはいいが、真っ暗な中、気がつくと粘り気のある液体に包まれていた。

〔うえっ! これって胃液か!?〕

 つまりは丸呑みされたということか……。

〔どうすんだよこれ?〕

 心なしか周りの圧力が強まったような気がする。それに何だか息苦しい。おまけに生臭い。ヌルヌルしている。

〔この粘々は何だ?〕

 まとわり着く粘液のせいなのか肌がヒリヒリする。

〔ちょっ! 溶けてね? これ?〕

 ちょっと様子がおかしい。明らかに酸に侵されてる!

『クッ!』と、身体が呻いた。だからといって何かするわけでもない。まるで自らすすんで苦痛を受け入れようとしているみたいだ。

〔熱い! 熱いって! シャレにならん~!〕

 焼けるような痛みは『ジュゥウ……』という音が高まるにつれ強くなる。

『グアアア!』

 ついに身体が絶叫した。

〔あ、熱痛い……マジで死ぬ。なんでこんなのばっかなんだよ……〕

 段々と意識が遠のいていった。

『ウォオオ! ツゥマジカス!』

 その呪文で急に現実に引き戻された。

〔そ、それは!?〕

 驚くと同時に周りで『ズバババッ!』と、猛烈な音が弾けた。一瞬、何が起こったか分からない。が、急に目の前に幾つかの裂け目が出来て異なる光景が向こう側に現れた。まるで風船が割れる瞬間を超スロー映像で捉えたみたいに壁が裂けて飛び散ったのだ。水が濁ったのはほんのひと時で、再び水中の光景が目に飛び込んできた。

 目の前を漂うのは水竜の肉か皮か……とにかくこれは残骸に違いないと直感した。それは全身を圧迫していたものが消し飛んだという感覚が証明している。

〔……やったか?〕

 身体が振り返ると沈んでいく水竜の残骸が目に入った。頭の部分がブロッコリーのように弾けて開いている。まるで頭が爆発したように……。

〔そういうことか!〕

 そこで理解した。わざと腹の中に入って技を炸裂させる。狙いはこれだったのだ。なぜなら只でさえ水系の魔法は水中では威力を削がれてしまう。まともに戦ったところで水竜の巨体には大してダメージは通らない。

〔なるほど。内部から渾身のツゥマジカスで破壊したってわけか〕

 これではさすがの水竜もひとたまりもない。逆転の発想、といえば聞こえは良いがまさしく命懸けだ。

『フゥ……』

 身体は一息ついて剣を背中の鞘に収めた。そして水面を目指す。

〔やれやれ……〕

 水竜は倒した。それは会心の一撃といって良い。しかし達成感よりも疲労感の方が大きかった。ただ、このキャラが吹っ切れたような手応えはあった。それほどまでにさっきの技の爆発力は半端ではなかった。これまでの戦いとは明らかに何かが違った。

〔覚醒……したのかな?〕

 それがどれほどのパワーアップに繋がるかは分からないけど……。

 水面に顔を出すとしばらくしてカバドラゴンが近寄ってきた。

「ダーン! だいじょうぶミョ?」

 カバドラゴンの足に捕まって水から引き上げてもらい、ぶら下がって湖畔に向う。水竜という暴君を失った湖は幾分ほっとしているように見える。相変わらず闇は深く、足元には黒い水面が夜の底となって無限に広がっていた。カバドラゴンの足にぶら下がりながら飛んでいるとなんだか闇の世界を彷徨っているような気分になった。

 

 湖畔に着いて一息つくことにする。が、早速ミーユが顔を近づけてくる。

「さすがダンだミョ。水竜を倒したミョ?」

『当然だ』

「すごいミュ! でも……ダン、何だか臭うミョ」

『……確かに』

 そのやりとりで自らが発する悪臭に気付いた。これは水竜の胃の臭いか? まるで生ゴミをレンジでチンしたような臭いだ。

〔何食ってるんだってレベルだな……〕

 自分の体臭には中々気付かないというのは聞いたことがあるが、ミーユに指摘されるまでこれだけの悪臭に気付かないとは……やはり漫画だ!

〔風呂入りてぇ!〕

 こんなにも入浴を欲するなんて人生のうちそうあることではない。すると突然、こめかみの辺りに軽いフラッシュがよぎった。そこで身体が『ム!?』と、反応する。

『フィオナ達に何かあったようだな』 

 それを聞いてミーユが目を丸くする。

「ミョミョ? 何でわかるミョ?」

『信号弾……どうやらフィオナが使ったらしい』

 信号弾というのは別れ際にフィオナに渡した奴のことだろう。

「フィオナたちに何かあったミョ?」

『多分な。彼女の不安が伝わってくる』

 身体はそう断言するが、ここからフィオナ達の所までどれだけ距離があることか……。

〔どういう仕組みだよ? まあそれも魔法の一種なんだろうけど……〕

 デーニスでディノ達と別れてから数日経つ。その間にジョイルスの首都に向かった彼等に何があったんだろう?

『やれやれ。ゆっくりはしていられないようだな』

「助けに行くミョ?」

『ああ。やむをえまい』

「でもその前に身体を洗って欲しいミュ!」

『……』

 ミーユの冷静な突っ込みに身体が反論できない。

〔ぷっ! 反論できないんでやんの 〕

 ちょっとウケてしまった。

 そこへいつの間にか現れたカッパ男がしたり顔で言う。

「思った通りだな。どうやら俺のアドバイスが効いたようだ」

『……』

〔ちょ~ お前、なんでそんな得意げなんだよ!〕 

 カッパ男は腕組みしながら頷く。

「よしよし。一皮むけたな。あの水竜を倒すとは」

『フン。99.9%は実力だ。だが残りはアンタの言葉のおかげかもな』

「ノンノン。礼には及ばん。まあ、どうしてもというのなら、たっぷり太らせてから連れて来い」

(なんだよ。結局、謝礼求めてんじゃん! けど太らせて連れて来い? 誰を?  意味が分かりませんが?)

 突然、そこで身体のコントロールが戻ってきた。というかこんな時に自分のターンになってもリアクションに困る。

「ダン。そろそろ行くミョ!」

 ミーユが目をクリクリさせながらそう言った。そこでまさかと思ってカッパ男を見る。

(ゲ! メッチャ見てるよミーユのこと! てことは? ええっ!?)

 カッパ男はホモだ。しかもガチホモだ。そのガチホモがミーユを見ながら「太らせて連れて来い」と言った。そこから導かれること。真実はいつもひとつ!

 ――ミーユは男の子、なのか!? 


   *  *  *


 どうにも釈然としない。ジョイスルの首都に向かうカバドラゴンの背中で夜明けの景色を眺めながら考えた。

(どう見ても美少女ロリータキャラだろ……こいつのどこが男なんだ?)

 この漫画をちゃんと読んでなかったから分からない。ひょっとしたら最初からそういう設定だったのかもしれない。

(知らなかったのは自分だけか?)

 やっぱり釈然としない。そう思いつつも一方では大した問題でもない気がする。もし、この疑惑がフィオナとか女剣士に向けられたものだとしたらかなり動揺もするが、まったく眼中になかったミーユならまあ仕方が無いかなという感じだ。

(まあ一応、確かめておくか)

 そう思ってミーユに声を掛ける。

「おい。ミーユ」

「どうしたミョ?」

 ミーユがくるりと振り返る。大きな目をクリクリさせて小首を傾げるところなんかモロに萌えキャラだ。

(これが男とかマジで信じられん……)

 気を取り直して聞いてみる。

「なあミーユ。お前……まさか男なのか?」

「ミョ? オトコ? オトコって何だミョ?」

「は? 男は男に決まってんだろ。てか、ぶっちゃけ……チンコついてるのか?」

「ミョミョ? ティンコって何だミョ?」

「ティンコじゃねえ! チ・ン・コ」

「チムコ? それって何だミョ?」

「だ・か・ら!」

 思いつくままソレを指す言葉を口にしてみたが全然伝わらない。いい加減、そのやり取りにイライラしてきた。

「なんで分からないかなあ! じゃあ、お前さ。オシッコする時は立ってすんのか? それとも……」

「立ってするミョ!」

「……ああ……そう。なるほどね……」

 一気に脱力した。

(まあ何だ。ここでガッカリするのもな……元々そういう対象じゃなかったし……)

 冒険のお供は美少女に限ると思っていたが、あいにく脇役である自分には美少年のお供で我慢しろということなんだろう。

 とにかく今は助けを求めるフィオナのところに急がなくてはならない……。

 

   *  *  *


 例によって移動時間はウトウトしながらやり過ごした。なのでどれぐらい進んだのかは見当がつかない。ミーユに尋ねると3日ほど飛んだということだが首都まではまだ2日はかかるらしい。

「この先に大きな町があるミョ。どうする? 寄っていくミョ?」

「どうすっかな……」

 ちょっと迷った。デーニスを出る時にロイからジョイルスは今内戦の危機にあると聞いていたからだ。幸い今のところその影響は無い。しかしそれなりの規模の町に近付くのはリスクがある。

「やっぱ止めとこう。先を急いだ方がいいと思う」

「もったいないミュ。せっかくバーグまで来たのに滝を見ないなんて」

 ミーユは不満そうだがフィオナのことが気になる。まあ、自分が到着するまで話は進まないとは思うけど……。

「ミョミョ! なんだミョ?」

「どうした?」

「なんか飛んでくるミョ」

「なに!?」

 そこで身体がシャンとした。例によって背筋がピンと張る。

「ミョ!? 真っ直ぐこっちに向かってくるミョ!」

 左手にドラゴンの編隊が確認できた。その数6体。

『バーグ警備隊か?』

 身体が目を凝らすと確かにドラゴンに乗ったそれっぽい格好の人間が目に入った。軍服にヘルメットという出で立ちの連中だ。彼らは我々の進路に先回りするものと後ろに張り付こうとするものに分かれた。どうやら包囲網を敷こうとしているらしい。

「ど、どうするミュ?」

 カバドラゴンのスピードを考えれば逃げるという選択肢は無い。

『逃げても無駄だ。かえって怪しまれる』

 しかしどう見ても相手はこっちを警戒している。案の定あっさりと取り囲まれてしまった。

 進路を塞ぐドラゴンに乗った男が声を張り上げる。

「そこのドラゴン! 我々について来い!」

 有無を言わせない相手の態度に身体が首を竦める。それでもあまり緊張感は伝わってこない。なんだかこの状況を楽しんでいるようにすら感じられた。

〔なんでこんな余裕なんだよ。こんなとこで足止めとか……面倒くせえ!〕

 不満はあったが止む無く警備隊の指示に従う。

 

   *  *  *


 結局、警備隊に連行される形で町外れの砦みたいな所に着陸させられた。

 すぐさまカバドラゴンから下りるよう促され、警備兵に取り囲まれる。

 そのうちの一人が横柄な態度で尋問する。

「お前らどこから来た? ん?」

「アドン村だミョ」

「アドン村だと? そうじゃねえだろ! ん? 分からんか? どこの国から来たかと聞いてるんだ」

「サイデリアだミュ」

「ほほぅ。なら何の目的でこんなところをうろついていたんだ? お?」

 警備兵とミーユのやりとりを黙って眺めていると、そこへアゴ髭を伸ばした年配の警備兵が現れた。

「どうした。侵入者か?」

「は! そうであります!」

 ネチネチとミーユを尋問していた警備兵が背筋を伸ばして敬礼するところをみると恐らくこの人物がここの責任者なのだろう。

「旅行者のようだが……何もこんな時期に」

 落ち着いた口調の責任者がチラリとこちらを見る。そして何かに気付いたような表情を見せた。

「そ、その腕輪は……ま、まさか」

 左腕を見た隊長の顔が見る間に青ざめていく。そしていきなり全力の土下座。

「も、申し訳ございません!」

 責任者の思わぬリアクションに他の警備兵たちがぽかんとしている。

〔え? なんだ。このおっさん?〕

 ミーユが不思議そうに首を傾げる。

「この人、ダンのお友達ミョ?」

 お友達は土下座などしない、と突っ込みたいところだが身体はいたって冷静だ。

『顔を上げろ。俺はもう家を捨てた身だ』

 それを聞いてヒゲの責任者が恐る恐る立ち上がる。

「ダンクロフォード・ヴッフォンテーヌ・スプリングフィールド様……」

〔長えよ! てかそれがこいつの本名なのか?〕

 最初のダンしか合ってないじゃん! にしても警備隊のお偉いさんがひれ伏すぐらいだからこのキャラはこの国で有名人なのかもしれない。まあ、漫画の世界ではよくあることだ。主人公と関わってくる登場人物たちがどれも実はどこかの王族だったとか選ばれし人間だったとか……。

「ダンクロフォード様。いつお帰りになられたのですか? エスピーニ将軍にはもう……」

『兄者に会うつもりはない』

「いえ、しかしこの国家の混乱期にこそ貴方様のお力が……」

『くどい。俺には関係のない話だ』

 身体の回答に警備隊責任者がガックリと頭を垂れる。

「ああ……ダンクロフォード様」

 そこでミーユが口を挟む。

「ダンクロフォードじゃなくてダンで良いミョ!」

〔ガクッ! こいつはアホか!〕

 ミーユは空気が読めないのか? まったくあきれた奴だ。

 身体がぽつりと呟く。

『この国の現状は聞いている。もしかしたら……兄者とやりあうことになってしまうかもしれんな……』

 どうやらこの先も一筋縄ではいかないような雰囲気になってきた。フィオナ達に合流するまでにまたひと悶着あるかもしれない……。

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