第13話 水竜討伐
あんなカッパもどきの変態に教えを請うなんてまっぴらだ。
(しかもホモって……マジで帰りてぇ)
そもそも少年漫画でその設定はアリなのか? 或いは読者の目に触れない部分なら何でも許されるとでも?
頭を抱えているとミーユが袖を引っ張ってくる。
「何してるミョ。さっそくお願いするミョ!」
「いや。ぶっちゃけそんな気分じゃないんだけど……」
「ミョ? マラキクさんのどこが気に入らないミョ?」
「全部だよっ!」
「ミョミョ!? 何怒ってるミョ?」
「あのさ。ホントにさっきのアレが兄弟子なわけ? どう見てもただの変態……」
「そんなことないミョ! マラキクさんは伝説の水使いだミョ!」
「どういう伝説だか……やれやれ」
とはいえ、あのカッパ男のもとで修行をしなければストーリー上、先に進めないのであれば我慢するしかない。そう思って泣く泣く酒場に戻る。
再び店内に入るとカッパ男は既にハーレム状態を満喫していた。
(男だらけのハーレムとか全然うらやましくねぇ~)
テーブル席の奥には王様が愛用するようなソファがあってカッパ男はそこにふんぞり返っていた。その両脇には太った男がピッタリ寄り添っている。さらにそれを取り巻く男達はカッパ男の気を引こうと熱い視線を送り続けている。
異様な空間に踏み込むのは勇気が要ったが思い切って突入する。
「ミスター・マラキク。水の女神に言われてアンタに会いに来た。しばらく修行させて貰えないかな?」
なるべく冷静にそう言ったつもりだった。が、少々声が裏返ってしまった。そんな自分の申し出に対して取り巻きの男達の視線が冷たい。お呼びでないという空気がヒシヒシと感じられた。
そこでカッパ男がグラスを傾けながら吐き捨てる。
「失せろ」
この男、見るからにカッパなのだが、なぜか顔だけは濃い。本当のカッパなら口元はクチバシみたいなはず。しかし、彼の場合は普通の濃いオッサン顔だ。
違和感を覚えながら再度お願いする。
「アンタが兄弟子だって言うから遠路はるばる訪ねてきたんだけど」
しかしカッパ男は首を振る。
「ノン! 帰れ」
取り付くシマがない。
(やっぱりな……ダメだこりゃ!)
予想通りの反応だ。やはりバーテンが言った通り、ここは我々が来るべき場所ではない。
しかしミーユはカッパ男の冷たい態度にも動じない。
「ほら。これが紹介状だミョ! お師匠様からもお願いするって書いてあるミュ」
そう言ってミーユは手紙を差し出した。
(あいつ……いつの間にそんなものを)
そう感心したのも束の間、カッパ男は中味を確かめもしないで手紙を床に落として踏みつけた。
(こいつ……マジでムカつく!)
いい加減、暴れてやろうかと思いかけた時だった。カッパ男はおもむろに立ち上がると、やれやれといった風に首を振った。
「あの女は何も分かっちゃいない」
そしてカッパ男は手を伸ばして俺の左手首を掴んだ。
「ちょっ!?」
そのスジの人間にいきなり腕を掴まれたので反射的に身構える。
カッパ男はジロリと腕輪を眺めて呟く。
「なるほど。多少はできるようだな。だが断る!」
「どうしてミョ? 同じお師匠様に学んだ仲間なのに!」
尚も食い下がるミーユの問いにカッパ男はそっぽ向く。
「好みではないからだ」
(は? もしもし?)
カッパ男は掴んでいた腕を離すと、すぐさまこちらの胸、腹、尻の三連コンボでお触りをしてきた。そして顔をしかめる。
「なんだこの薄っぺらな身体は! 俺に愛されたければもっと太れ! 俺は『ガチムチ』にしか興味はないっ!」
そこでキリッと言い切られても……理解不能。
(ガチムチってなんだよ。ガチでムッチリの略か?)
もっと太れということは多分そう言うことなんだろう。にしてもカッパ男のあまりに高飛車な態度にこっちもムキになる。
「知るかっ! 大体コッチはそんな趣味なんて全然……」
その台詞の途中で例の奴がピーンとやってきた。相変わらず唐突で、しかもタイミングが悪すぎる。
『分かった。そういうことならここで遠慮なく技を試させてもらうことにしよう』
そう言って身体は背中の剣をスラリと抜く。
(は? な、何を言い出すかと思ったら何と言う外道! これじゃ脅しだろ!)
こんな狭いところで技なんかぶっ放したら死人が出るだろう。このキャラ、クールな設定なんだろうがとんでもない奴だ。
黙ってこちらの言うことを聞いていたカッパ男が冷静に応える。
「フン。こんなところで暴れる元気があるんなら一仕事どうだ?」
『仕事だと?』
「ウイ。水竜を討伐しろ」
『ほう……』
「見ての通りこのアドン村の両側には湖がある。ヨナタン湖とダビデ湖だ。この二つの湖は地下水脈で繋がっているのだが数年前に水竜が住み着いてしまった。で、こいつが凶暴な奴でな。時々、悪さをする」
『ちょっと待て。なぜアンタがそれを退治しない?』
「残念ながら古傷のせいで力が落ちている。情けないことに今の自分には追い払うのが精一杯だ」
〔なんだ、大したことないじゃん……〕
伝説の水使いとかいってもその程度なんだとガッカリした。しかし身体の方は勝手に『いいだろう』と、その提案にあっさり乗ってしまう。
〔ええ……やめようよ……〕
『水竜は俺が討伐する。まあ、そんなものが修行になるとは思えんが』
するとカッパ男はニヤニヤしながら顎をしゃくる。
「フン。自信満々だな。せいぜい戦いぶりを見てやる。それで分かるはずだ。お前に何が足りないのか」
『なんだと!?』
〔このカッパ野郎、何が足りないかとか偉そうなことを言うけどホントに分かって言ってんのか?〕
その辺りは大いに疑問だが、このやりとりは誌面に掲載されてもおかしくはない。当然、ホモネタの部分はカットされるだろうが、水竜討伐というイベントはこのキャラがレベルアップするには避けられないのかもしれない……。
* * *
水竜を討伐すると宣言したものの、肝心の標的は待てど暮らせど姿を見せない。そのせいでここ数日はこうして朝から晩まで湖面を眺めながら過ごしている。身体の使用は自分のターンに戻ったものの、あまりにもヒマだ。なので、自力で魔法が使えるように練習をしているが、それも中々思うように上達しない。情けないことに未だに『ツゥマジカス』の呪文すら上手く使えないのだ。
「これが一番基本だと思うんだけどなぁ……何が足りないんだろ?」
ツゥマジカスは水の刃を放つ技だが自力でやるとどうしてもショボい技になってしまう。はじめのうちは、まるでバケツで水をまいた時のように水がパシャっと前方にばら撒かれるだけ。そのうちそれがホースで水をまいた風になり、その後やっと刃の形が作れるようになった。しかしその精度はイマイチで数回に一回の割合でしか刃の形にならない。
(問題は発音なのか剣を振るタイミングなのか……マジで分かんね!)
ここ数日の成長は泣けるぐらいに遅い。正直、自分は技を自在に繰り出すこの身体に嫉妬している。
「クソ! なんで自力だとうまくいかないんだよ!」
半ばヤケクソ気味に剣を構える。そしてソヤローと戦った時のイメージで『ツゥマジカス!』と、呪文を唱えた。
すると……。
「おりょっ!?」
これまでで一番綺麗な形になった水の刃が結構なスピードで前方に放たれた! しかもそれが50メートルぐらい先まで飛んでいった。
「い、今の……会心の一撃じゃね?」
出した本人が一番驚いた。。
(マグレにしても今のは良かったな……ん!?)
そうか! イメージだ。なぜ今までそれに気がつかなかったんだろう?
――この世界の物理法則は強く念じることで干渉することが出来る。
例えばそれは、カバドラゴンの背中が革張りノソファになるといった物体の『性質変化』に限られると思い込んでいた。だが、恐らく物体の『動き』にも影響を及ぼすことが出来るのだ。そこで試しに小石を拾って投げてみる。一回目は普通に。そして二回目は小石が水面でピョンピョン跳ねるところを強くイメージしながら投げる。するとやはり思った通り、一回目はポチャンと沈んだ小石が二回目はイメージ通りに、まるで水面を走るように何十回も跳ねて行ったのだ。
「なんだよ! 最初からこうすりゃ良かったんじゃねーか」
嬉しいやら悔しいやら……。
(コツさえ掴めれば簡単、なはず!)
自分の描いたイメージが物体の運動にも反映すると分かった今なら魔法の質も劇的に向上するはずだ。
息を大きく吸い込んで剣を構える。目を閉じて強くイメージする。そして水辺に鎮座する大きな一枚岩めがけて呪文を唱える。
「ツゥマジカス!」
すると両脇から『シュパァッ!』と、小気味よい音が響いて二つの刃が発生した。水の刃は高速で地を這い、まるでサメの背びれが獲物に向かうように岩に突進していく。
(いけっ!)
そして二つの刃は『ズパァッ!』という音を発して岩の向こう側に消えていった。
(ん? どうだ!?)
やや間を置いて一枚岩の左右両端がグラリと揺れる。そしてポロッといった具合に落ちた。
「よし!」
思わずガッツポーズが出た。
(俺、凄ェェー!)
これだ! 自分が求めていたのはまさにこれだった。
「やっと魔法が使えるようになったぜ!」
正直、この世界に来たからにはもっと楽に強くなれると思っていた。まさかここまで苦労するとは……。でも結果オーライ!
「よっしゃ! この調子で他の呪文もマスターするぜ!」
ふと気付くといつの間にか空の様子が一変している。湖の上に張り出す黒雲はいかにも暴雨を孕んでいる。今にも振り出しそうな気配だ。辺りはすっかり暗くなり、奥の方ではゴロゴロと鳴り出した雷が湖面にその根を垂らそうとしている。
嵐はじきにこっちに来るだろう。と思った時だった。空の黒を映した湖面に何かが蠢くのが目に入った。
「何だ? 結構、デカくね?」
もしかするとアレが探していた水竜かもしれない!
「ミーユ! どこだ!」
急いでミーユを呼ぶ。
(その辺をブラブラしているはずなんだけど……)
標的を見失わないように注意しながら大声でミーユを呼ぶ。が、中々ミーユが姿を見せない。こちらが焦っているというのにミーユは5分ぐらい経ったところでようやく現れた。
「どうしたミョ?」
「見ろ! 水竜のお出ましだ!」
「ミョミョ! やっと出たミュ!」
「お前、寝てただろ? ヨダレ拭けよ。んで、さっさとカバドラゴンを呼べ」
「ミ、ミュウ……分かったミョ」
ミーユは袖でヨダレを拭い、早速、笛でカバドラゴンを呼んだ。
カバドラゴンの背中に乗って標的に向かう。が、湖は思った以上に広くて中央付近まで結構な距離があった。しかも標的は意外にその移動範囲が広い。遠くから見た感じではさほど動き回っているようには見えなかったが……。
(マズいな。見失わないようにしないと)
途中で暴風と横殴りの雨に遭遇してしまった。落雷も近い。
「ミョミョミョー! ダーン! 危ないでミュー!」
ミーユは必死でカバゴラゴンの首にしがみついている。強風に煽られてカバドラゴンは右に左にもたれっぱなしだ。
「ミーユ! 違うって! もっと左だ!」
なんとかコースを修正しながら標的との距離を縮めていく。
突然のフラッシュで湖面が白く照らされる。そこにくっきりと写った『瘤』の陰影が4つ! 確かにそれは動いている。4つの瘤は水面に出たり引っ込んだりしながら移動している。その動きに併走するように上空から下を眺める。
(ちょっ! 思ったよりデカいぞ……)
一瞬、それは遠近感によるものかと思ったが違う!
「こ、これは……」
標的は予想を超えた大きさだった。このカバドラゴンを含めて今まで見てきたドラゴンはどれも乗用車ぐらいの大きさだった。実際のドラゴンは翼を広げると車より横幅があるし、首や尻尾を含めればもう少し長さもある。が、基本的に胴体部分はコンパクトカーぐらいなものだ。なのに眼下に潜む標的はそのシルエットを見る限り大型バス三台分ぐらいはありそうだ。
(す、水竜ってこんなにデカいのか? これは何という無理ゲー!)
まさにこれはクリアが不可能なゲームのように思われた。何しろ相手は水中にいるのだ。こっちの技が水系であることを考えれば水中での戦闘は困難を極める。仮にダメージを与えられたとしても水中深くに潜られたら手も足も出ないだろう。
(目茶目茶アウェーじゃん……奴が水面から顔を出したところを叩く? あるいは上空から一撃?)
こうなったら頼みの綱はオート・バトルだ。こういう場面でこの身体はどう戦うのか? しかし今のところ例の反応が無い。
(おかしいな? そろそろシャキーンとなってもいいはずなんだけど……ここは見せ場じゃないのか? だとしたら今は無理に水竜に挑む必要は無いんじゃないか?)
そんな風に考えていると突然、ミーユが叫んだ。
「もう駄目ミョ! 早くするミョ!」
それと同時にドンと後ろから突き飛ばされた。
「え?」
まったく心の準備が出来ていないというのにカバドラゴンから突き落とされてしまった。宙に放り出され、頭から落下しつつ考えた。
(ミーユの奴、どこにこんな馬鹿力が?)
咄嗟に状況を把握する。位置的にはこの真下が水竜の瘤に当たる。これは考えようによってはチャンスかもしれない。飛び降りる勢いを利用して先制攻撃が出来るかも?
(ここで剣を抜いて……)
素早く剣を抜いて逆手に持つ。そして真下に向かって剣を突き立てる!
「うりゃりゃりゃぁ!」
全体重を剣に乗せて瘤に一直線!
「くらえっ!」と放った渾身の一撃が『ザクッ!』と、瘤に突き刺さった。
(手応えはバッチリ。けど、浅いような……)
実際に剣先が貫いたのは30cmぐらいか。標的の大きさを考えればこれでは致命傷に程遠い気がする。瘤は思ったよりゴツゴツしているが足場としては不安定だ。
「うわっ!」
大きく揺さぶられて水面に投げ出された。
(くそ! 落ちた……)
身体の周りにゴボゴボと無数の泡がまとわりついてくる。いきなり水中に放り込まれてしまったせいで重力と浮力がごちゃ混ぜになって上下左右が分からなくなる。なんとか身体を捻って上下の位置関係を把握する。
(やっぱ瘤に張り付くのは無理か……)
息継ぎの為に水面に顔を上げようとした時だった。急に『バシッ!』と、背中を打たれて前方に吹っ飛ばされる。幸い水中なので遠くまでは飛ばされずに済んだが、何が何だか分からない。振り返るとまるで畳3枚を連ねたようなサイズの尻尾が目に入った。
(尻尾攻撃!?)
水中で目を凝らす。遠ざかっていくあのヒラヒラしたのが水竜の尻尾だろうか?
(尻尾であの大きさとか、全身はどんだけ……)
呆れるやら空恐ろしくなるわで顔が引きつる。しかも水竜は先の方でモゴモゴと留まったかと思うと進行方向をこちらに定めているように見えた。
(こっちに来る!)
いったん水上に逃れるかこのまま迎え撃つか迷った。が、水竜はまるで新体操のリボンのように身体をくねらせて猛スピードで接近してくる。
「ツゥマジカス!」
今使える魔法はこれだけだ。しかし、強くイメージしたにもかかわらず、水の刃は水竜に向かう途中で消えてしまった。
(やっぱ水の中じゃ無理か!)
水竜は真っ直ぐに迫ってくる。その姿はまさに巨大な海蛇だ。
(うわっ!)
飛び退くにも水中ではそれもままならない。不恰好ながら水を掻き足をばたつかせて何とか上に逃れる。その真下を水竜の巨体が通過していく。
何という迫力。それはまるでホームを通過する急行電車を白線の内側で見守るような恐怖を覚えた。
(なんでオート・バトルにならないんだよ! 自力では無理だって! てかホントにマズい!)
本格的に覚悟した時、『死』という概念が過ぎった……。
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