第12話 サムソン山のアドン村

 女剣士のドラゴンは結構なスピードで移動している。彼女はこちらから見て左の方角に向かっている。

(クソ……このままじゃスルーされちまうぞ)

「おーい!」と、前方に向かって声を張り上げる。が、向こうはこちらに気付いていない。

「おいミーユ! もっとスピード上がんないのか?」

「無理だミョ! カバちゃんだって頑張ってるミョ」

 そこで思いついたのがカバドラゴンに鞭を入れることだった。しかし生憎そんなものは持ち合わせていない。

(そうだ! 剣があるじゃん!)

 背中に背負った剣をモゾモゾと動かして、剣先がカバドラゴンの尻に当たるように調整する。

(うん。こんなもんかな?)

 頃合を見計らってブスリと一突き。ちょっと強かったかもしれない。が、効果はてきめんだった。カバドラゴンは『ピギィ!』と、悲鳴のような叫び声をあげてグンと加速したのだ。おかげで黒ドラゴンとの距離はみるみる縮まり「おーい! ちょっと待ってよ!」と、連呼することでやっと相手が気付いてくれた。

 女剣士が黒ドラゴンを減速させながら言う。

「あら! どうしたの? こんなところで!」

「話したいことがあるんだけど! ちょっといいかな?」

 互いのドラゴンの羽音で大声を出さないと会話が出来ない。そこで彼女がゼスチャー混じりで「下に降りる?」と、提案してくれたのでそれに従って平坦な場所に着地することにした。


 女剣士は黒ドラゴンを水場に誘導して少し休ませると言う。こちらはミーユにあっちで待ってろと指示して二人きりで話をする環境を整えた。

 適当な岩場に並んで腰を下ろし、早速、本題に入る。

「右手から飛んできたってことはグスト連邦から?」

「そうよ。任務だったの。そういうあなた達はどこから? ディノと一緒じゃないの?」

「さっきまで一緒だった。ちょっと色々あって……」

 そこでデーニスでの一件を簡単に説明した。こうして言葉にすると我ながらこき使われていることを実感する。そうなると自然と愚痴も出る。

「あいつ、主人公のくせに全然弱っちいんだけど。全然、戦わないし」

 すると女剣士は「なるほどね」と、頷いた。「あの子、まだ全然ダメでしょ?」

「うん。主人公なんだから、ちゃんと仕事しろって!」

「で、結局、ソヤローは殆どあなたひとりで倒したってわけね。やるじゃない」

「まあなりゆきというか仕方なくだけど」

「そっか。あなたと一緒だったから今回私はお呼びでなかった訳ね。まあ、そのおかげで助かったわ。結構、疲れるのよ。見守り役っていうのも。あの子もいつかは一気に強くなるんだろうけど、あんまり周りの人間を巻き込まないで欲しいわ」

「まったくだ。そっちも苦労してるんだね」

「まあね」と、女剣士は苦笑いを浮かべる。

 お互いに本音を打ち明けたことで何だか妙に安心した。この世界に同類が居るというのは心強い。

 女剣士はラグビーボールみたいな水筒で喉を潤しながら聞いてきた。

「ね。ところであなた。バトルの時ってどうしてるの? 自力?」

「いや。オート・バトル。身体が勝手に動く」

「やっぱりそうなんだ」

「うん。でも自分ではコントロールできない。本当にピンチになった時だけ、元のキャラが出てくる感じかな」

「そういう仕組みみたいね。ストーリーに関わる場面になると主導権が移る、みたいに。それでダメージは受ける? 痛みは?」

「バリバリ痛むよ。身体がキャラに操作されてる間は完全に憑依してる状態なんだけどさ。なぜか感覚はバッチリ伝わってくるんだよな」

「それは私も同じよ」

「てか、凄い疑問なんだけど、この世界ってホントは物理法則緩いよね? 強く念じたら物質の質感を変えられる、みたいな?」

「あら。それに気付いたのね」

「まあね。それに気付いてザコ敵を倒す時はそうしてるんだけど、何でオート・バトルの時はそうならないのかな? それが出来ればあんなに痛い思いしなくても済むと思うんだけど」

「ああ、そういえばそうね」

 そう言って女剣士は含み笑いを浮かべた。

「だって、おかしいって! 火はホントに熱いし棘はマジで刺さるし、こっちのイメージが物体に反映するんなら炎はもっとこう『ホカホカ~』ぐらいに出来るはずだろ? 棘とかだってもっと『ムニュ』って柔らかくできるはずなんだよ。なんでしっかりダメージを食らうわけ?」

 こちらの訴えを半笑いで聞いていた女剣士が突然、笑い出す。

「超ウケる!」

「な、酷っ! こっちは真剣なんだぞ」

「ごめんね。あんまりマジなもんだからちょっとウケちゃった」

「何回死ぬと思ったか。正直、割に合わないよ」

「そうね。確かに理不尽だと思うわ。でも、それってストーリーに強制参加の時だけでしょ?」

 彼女に言われて記憶を辿る。女神さまの攻撃、ドラゴン・フライで引っかかれた背中、二度にわたるソヤローとの戦闘、そのどれもが身体のコントロールが出来なかった時、すなわちこのキャラのターンだった。

「そっか。そう言われれば確かにそうかも……」

「ストーリーに強制参加の時っていうのは読者に見られてるってことよ。それを考えれば説明がつくわ。だって、全然ダメージを負わないようなバトルを見て読者が喜ぶと思う?」

「なるほど。それだ!」

 彼女のおかげで誌面に掲載されるシーンでは物理法則への干渉が不可というのは分かった。では、次に気になること。実はそれが一番、彼女に聞きたかったことだ。それを尋ねてみる。

「ところで、この世界で死んだらどうなるのかな? 元の世界に戻れる?」

 その質問に女剣士は表情を一変させた。眉を顰め何か言葉を探している風にも見える。その険しい表情にハッとする。

(その顔……いいな)

 それが素直な感想だった。が、すぐにそれを打ち消す。

(何考えてんだ俺! フィオナでいくって決めたはずなのに。なんで見とれちゃうんだよ……)

 女剣士がしばらく考えてから口を開く。

「分からない……それが本当のところね」

 期待はずれの言葉に落胆する。

「分からないとか……マジかよ」

 すると例によって頭上から水の塊が『バッシャン』と降りかかってきた。無意識に出た呪文だが女神さまの石でパワーアップしているせいで水の降る量がやたらと多かった。

 ビショ濡れになりながら女剣士が言う。

「……何これ? あなた、キャラの能力を全然コントロールできてないでしょ」

「ごめん。もっと頑張る」

 女剣士はやれやれといった風に首を振って話を戻した。

「前に言ったかしら。元の世界の記憶を持つ人間に会ったのはあなたで4人目だって」

「うん。それは聞いた。それで?」

「そのうちの一人がストーリー上、一回死んで生き返ったの」

「お! それで?」

「その彼と最後に会ったときに聞いたんだけど、死んでる間は真っ白な空間に放置されてたらしいわ」

「放置……真っ白い空間ねえ」

「残念ながら元の世界に戻ったって感覚はまったく無かったそうよ。最も、彼の場合は元々生き返る設定だったから本当に死んだという扱いじゃなかったのかもしれないんだけど」

「その彼って今はどこで何を?」

「……そのうち分かるわよ」

「なんで? 気になるじゃんか。教えてくれたっていいのにさ」

「まだ早いんじゃないかしら」

「へ? それってどういう……」

「とにかくこの世界で死んだからといって必ずしも元の世界に戻れるって保証は無いわ。でもそれって現実の世界でも一緒じゃない? 死後の世界なんて本当のところは誰にも分からないんだもの」

「そりゃそうだ。でも仮に死ななくても連載が終了したらどうなるんだろ?」

「そう。それなのよ。もしこの漫画が終わっちゃったらどうなるか……突然、すべてが無くなってしまうのかそれとも無限にループし続けるのかどっちかだとは思うけど」

「無限ループ!?」

 確かにそれもあり得る。完結した漫画は作者が続きを書かなくなるわけだから新しいエピソードは追加されない。つまり漫画の中の世界は未来を切り取られてしまう訳だ。けどその一方で、物語は終わってもその漫画はコミックスとして残る。ということは時間が経過しないままこの世界は存在し続けることになってしまう……。 

(うええ……それも嫌だなぁ)

 改めて深刻な事態であることを思い知らされる。

「さてと。そろそろ行くわね」

「え? まだ話したいことが……」

「ごめん。強制されそうなの」

 そう言って女剣士は少し苦しそうな表情を見せた。恐らく彼女も突発的に身体の自由を奪われてしまうのだろう。

「私は任務の続きでジョイルスに向かわなきゃならないのよ。ここで急かされるってことはストーリー上、また主人公のお守りをしなきゃならないんでしょうね」

「そっか。ディノの奴、親友を連れ戻しにジョイルスに行くって言ってたからね。クリリンだかフリンだか知らないけど」

「はぁ。やっぱそうなのね……このタイミングでジョイルスね。そりゃお守りも必要になるわ」

「ご苦労様。けどまた会えるよね?」

「多分、ね。……ん!」

 最後の「ん!」は、ちょっとセクシーだった。身体のコントロールが奪われる時、自分の場合は背筋がピンと伸ばされる感じなんだが、彼女はしなやかな肢体がびくんと跳ねるみたいだ。ただ、その姿はなぜか新鮮なエビが跳ねる様を連想させた。

 彼女の様子を見て尋ねる。

「あれ? 強制コントロールってことはこの場面も誌面に載るのかな?」

「そうでもないの。これは話の辻褄を合わせる為の強制参加だと思うわ」

 そう説明しながら女剣士は黒ドラゴンを呼び寄せてその背にまたがる。

「その証拠にあなたはなんともないでしょ?」

「ああ。そういえば……」

 なるほど。身体の自由が奪われてキャラのターンになったからといって必ずしも誌面に晒されるわけではないようだ。そういえば最初の頃ディノを助けに行った時がそうだった。関わらないようにしようという自分の意思に反して身体が勝手に助けに入ろうとしたが、あれは漫画の一コマではなく、ストーリーの進行に合わせる為の調整だったのだろう。

「じゃあまたね!」

 そう言って女剣士は人懐っこい笑顔をみせて飛び立った。

 黒ドラゴンが飛び去るのを見送りながら独り言が出た。

「なんだかなぁ……面倒くせ」

 女剣士と話すことで幾つかの新事実というかこの世界のルールを知ることができた。でも疑問が解消された訳ではない。この世界における死がどういう結果をもたらすのかは結局、分からないままだ。とはいえ、この物語の登場人物になってしまったからには与えられた役割を淡々とこなさなければならない。

(さてと。こっちもノルマを果たすか)

 あまり気が乗らないが次なる目的地のサムソン山に向かうことにした。


   *  *  *


 カバドラゴンの背に揺られながらミーユに素朴な疑問をぶつけてみる。

「ところでそのサムソン山とかいう所に何しに行くんだ?」

 そもそもディノ達と別行動を取ってまで行かなくてはならない理由があるのか? あっちは物語の本編だからきっとイベント盛りだくさんの展開になるはずだ。なのに主要キャラである自分だけそのストーリーから外れてしまうというのがイマイチ納得できない。

(俺ってもっと重要なキャラじゃなかったのかよ……)

 少しヘコんでいるとミーユがしれっと言う。

「お師匠様からの命令だから行くんだミョ」

「だからどういう命令だよ! もっと修行しろってか?」

「そうだミョ。ダンはもう少しコツを掴んだ方がいいって」

「コツって何の? もう十分、強いじゃん」

「まだまだミョ! 女神の涙の力はもっと凄いミョ。ダンはそれを100%引き出せてないミョ」

「生意気言うなよ。てか、お前に何が分かるんだよ」

「これから会いに行く人はダンの兄弟子にあたる人だミョ。大先輩に教わればもっと強くなれるミョ」

「へえ。女神さまに弟子ねえ……」

 それなら多少、興味はある。同じ水使いの技を参考にするなら意義がある。それにいつまでもオート・バトルというわけにはいかない。そろそろ自力でも魔法が使えるようになりたいと思ってたところだ。

「仕方が無い。さっさと兄弟子とやらに会って用を済ませるぞ。で、早く本体に合流しよう!」

「ミョ? 本体って?」

「ディノ達のことだよ。あっちは腐っても主役だからな」

「ミョミョ? 主役? 腐った主役? 意味が分からないミョ」

(ああそうか。主役だとか脇役だとかミーユにはその概念が無いんだった……)

 この世界の人間は殆ど漫画の登場人物で占められている。だから彼らは疑うこともなくこの漫画世界を現実と信じている。彼らにはこれが架空の世界だという自覚は無いんだ……。


   *  *  *


 デーニスとジョイルスの国境を越えて二日目にようやく目的地に到達した。

「ダン! サムソン山が見えてきたミョ!」

「え? どれが山? 湖じゃんか」

 ミーユの指差す方向に目を凝らすがまん丸な湖がふたつ並んでいるようにしか見えない。

「よく見るミョ。湖と湖の間にある山がそうだミョ」

 そう言われれば円形の湖が接する部分、つまりふたつの湖の間に禿山がぽつんと存在する。湖と比較すると随分小さいので遠目には分からなかったのだ。

(煙が出てるな。現役の火山か)

 草木も生えない禿山は岩が剥き出しで茶色く見えた。そして火口から麓まで縦の筋が幾つも連なっている。そのせいかそれは『肛門』を連想させた。湖の形がお尻のようにみえるせいもある。

「なんだか汚ぇな……イボ痔みたいだ」

 まあ、実際にイボ痔を目の当たりにしたことなんて無いんだけど。

「多分あれがアドン村だミョ」

 ミーユがいうように山の手前に集落がある。とりあえずは村に下りてみようということになった。


 村に下りてみたのはいいが一瞬、ゴーストタウンかと思った。

「なんだここは? ひとっこひとり居やしない」

「おかしいミュ。まだ夕方なのに誰も居ないなんて変だミョ」

 ただ、生活の気配はある。建物はさほど朽ちていないし落ちているゴミも真新しい。

「ミーユ。あそこに店があるぞ」

 この村のメインストリートと言って良いのかどうかはわからないが、通りの突き当たりに看板を掲げた建物があった。

(酒場か?)

 看板に酒のボトルとビールの絵が書いてあるところを見ると多分そうなのだろう。

「バー・ハッテンだってミョ」

「変な名前だな。とりあえず入ってみるか」

 見た目は古臭い西部劇に出てくるような酒場だ。扉をくぐった先の店内も外観と同様に古臭く薄暗かった。そして西部劇のワンシーンのように小汚い。

(意外に客が居るじゃん)

 通りに誰も居ないと思ったらこんなところに大勢の人間がたむろしていた。店内に入ると同時に客の視線が一斉にこちらに向けられる。ちょっと居心地が悪い。

 客の視線に圧倒されながら正面のカウンターに向かうが、カウンターの中に居るオッサンを見てぎょっとした。バーテンのオッサンはなぜか上半身裸に蝶ネクタイといういでたちだった。その異様さにたじろぎながらも兄弟子の居場所を尋ねる。

「ちょ、ちょっと聞きたいんだが、ある男の居場所を捜している」

 そこでミーユが背伸びしてカウンターの上にちょこんと顔を出す。

「ミスター・マラキクって人だミョ!」

 するとバーテンが申し訳無さそうに言った。

「すまないがホモ以外は帰ってくれないか」

「……ホモ?」

 意味が分からない。『ホモ』という言葉の意味は分かる。が、唐突にそんなことを言われてもリアクションに困る。

(ホモ以外は帰れってどういう意味だろう?)

 店内を見回すが相変わらず客の視線が痛い。

「なんだミョ! 何で教えてくれないミョ!」 

 ミーユは抗議するがバーテンは知らん顔でグラスを磨いている。

(さて、どうしたものか……)

 そう思案していると、ふいにテーブル席で3人の男が乱暴にイスを引いて立ち上がった。そしてツカツカとこちらに歩み寄る。

(何だ? こいつら?)

 3人の男は皆、同じような体型をした大男だった。お腹の丸いラインが露になったタンクトップに短パンという出で立ちのメタボ三兄弟。左から順に「角刈り」「だるま」「クマ吉」といった風貌。

 まずは角刈りの男が顎をしゃくった。

「おい。お前。兄貴に何の用があるってんだ?」

 だるまのような髭面がジロジロとこちらを眺める。

「ちょっと顔が良いからっていい気になるなよ。ま、お前じゃ相手にされまいが」

 熊みたいに毛深いクマ吉は「グフッ、グフッ」と気味の悪く笑う。

(いやいやいや。絡まれる意味が分からない)

 こちらが呆気にとられていると角刈りがずいっと顔を近づけてくる。

「どうしても兄貴に会いたいって言うなら表に出な!」

 そこで止む無く3人に囲まれ、押し出されるように店外に出る。

 こいつらの兄貴分、多分それが兄弟子のミスター・マラキクなんだろう。ここはそいつの行きつけのバー。で、よそ者の自分がいきなりそいつを訪ねてきたから喧嘩を売られていると。つまり、そういうことだ。

 成り行きとはいえこれから大男3人を相手にしなくてはならない。身体の自由が利くということは、オート・バトルは期待できそうに無い。

(自力でやらなきゃなんないか……)

 幸い男達は指をならしたり腕を回したりして素手でやるつもりらしい。

(とりあえず痛いのはカンベンして欲しいから……)

 ここで女剣士との会話を思い出す。読者に見られていない場面ならば『物理法則は曲げられる』というルールをここで使わない手はない。

(こいつらは綿菓子だ!)

 そう強くイメージすることで奴等の身体は『綿菓子化』するはずだ。

「ぶっ殺す!」

 そう宣言して角刈りの男が殴りかかってきた。

 ぶっとい腕が伸びてきたので思わず目を閉じてしまう。が、次の瞬間、『ポフッ』というショボい音と共に顔面に何かが触れるような感覚があった。それも綿とか風船とかが触れるようなソフトタッチな感覚。

 目を開けると何かが視界を塞いでいる。そこで左手でそれを軽く払いのける。すると目の前には角刈り男の驚いた顔があった。

「な、なんだと!?」

 今どかしたのは角刈り男の右こぶしだったようだ。

(よっしゃ! 全然、痛くねえ)

 角刈り男は顔を歪めると「チキチョウ!」と、叫びながらパンチの連打を繰り出してきた。そこに残りの2人が加わり、三方からパンチとキックが雨あられのように飛んできた。棒立ちでそれを全身に受けるが何のダメージもない。これなら楽勝だ。

 まずは右側に位置するだるま男の顔面に軽く右の拳を当てる。すると『グワッシッ!』と、派手なクラッシュ音がしてだるま男が仰け反った。

 続いて左側のクマ吉に向かって左の肘を突き出す。今度は『ズンッ!』と、重い音がしてクマ吉は前のめりに崩れ落ちた。

 最後に正面の角刈り男の胸を右手で突き飛ばす。すると『ドンッ!』という音と共に角刈り男が後方に吹っ飛んでいった。勢いあまった角刈り男は数メートル先で尻餅をつく。が、それでも勢いは衰えず、尻で地面を擦りながら『ズザザザッ!』と土煙をあげていく。

(軽く当てただけなんだけどな……)

 角刈り男は向かいの建物に背中を打ちつけてようやく止まった。そしてヨロヨロと立ち上がると急に尻をこちらに向けた。

「アッー! 尻が! 尻がぁ!」

 尻で地面を抉ったせいか角刈り男の尻は擦り傷で真っ赤になっていた。

(そんな短パンはいてるからだろ。てか、汚い尻をこっちに向けるなよ……)

 一方、だるま男は道端に大の字になって鼻血を盛大に噴出している。クマ吉にいたってはゲロをまき散らしながら地面を転がりまわっている。

(マジで弱ぇ……)

 相手は綿菓子化しているのだからこの結果は当たり前だ。とはいえ何だか無性に虚しくなってきた。それはまるでゲームをクリアした最強の状態で二周目のザコ敵をボコるような感覚に近い。

 3人をあっさり片付けたのはいいが、この後どうしようかと思っていると右手の方から何者かがスタスタ歩いてくるのが目に入った。

(ん? なんだこいつ?)

 歩いてくる男がやけに緑色をしているので奇異に感じた。が、次の瞬間、言葉を失った。

(へ、変態か!?)

 緑色の男は悠然と我々の前を通り過ぎ酒場の中に入って行く。

(な、何なんだアレは?)

 今の男……緑色に見えたのは恐らく全身タイツ。背中に背負っていたのはでっかい亀の甲羅。頭のてっぺんはハゲ。プラス皿。どう見てもカッパにしか見えない! なのになぜか尻尾はウサギちゃん!

(てか、マジキチだろ……)

 唖然としていると寝転がっていたクマ吉が呻いた。

「あ、兄貴……待って……」

(なっ!?)

 今のカッパ男=こいつらの兄貴=ミスター・マラキクってことは……。

(まさか今の変態が兄弟子だと!?)

 酷い。これは酷すぎる。何だか目の前が暗くなってきた。

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