第30話 女神さま再び

 病室を出て行こうとした女剣士を身体が呼び止める。

『ちょっと待て』

 そこで女剣士が立ち止まる。

「どうしたの?」

『他の連中はどうしている?』

「ああ。あの子達ね。みんな無事よ。で、どういうわけかポスト王国までついてくることになっちゃったみたい」

『連れて行くのか。しかし、ディノはともかく、あの坊主と小娘は使い物にならんぞ』

 クーリンを坊主呼ばわりするのに異論は無い。が、フィオナを小娘と称するのは許しがたい。それは彼女に惚れている自分に対する侮辱だ。

〔分かってない……こいつ全然わかってねえよ!〕

 どうもフィオナに対する思いだけは意見が一致しない。せめてもう少しこの身体がフィオナに好意をもってくれたら、この後の展開に希望が持てるのに…。

 女剣士は軽くため息をついて答える。

「分かってるわ。サイデリアの子達に無理はさせないつもりよ」

 身体はやれやれと首を振ってから忠告する。

『だったら紫ドラゴンの男には注意しろ。そいつは四天王のひとりだ。できればそいつとは戦うな』

「もしかして会ったことがあるの?」

『ああ。確か名前はリーベンとか。瞬間移動のような能力を使う。どういうカラクリか知らんが』

「それは厄介ね……」

『それだけじゃない。鎧が異様に堅い。只の鎧じゃない。恐らく武器は効かないだろう』

「魔法の系統は? どんな攻撃を?」

 身体は正直に答える。

『分からん。戦うまでは至らなかった。だが、これまで戦った四天王とは比べ物にならない強さかもしれん』

「ご忠告ありがとう。でも、場合によっては戦うことになるかもね」

 そう言って女剣士は笑顔をみせた。そして思い出したように付け加える。

「そうそう。アナタのドラゴン。だいぶん参ってたみたいだからサイデリア軍にお願いして療養所に運んでもらったわ」

『そうか……止むを得まい』

〔ちょっと待て。なに納得してんだよ。右も左も分からない上に徒歩でいけと?〕

 これではポスト王国に行くにしても益々、後れをとってしまう。ディノ達がポスト王国へ行くということは、そこでストーリーが大きく進展するということだ。それに乗り遅れるのは嫌な気分だ。バハムートの時みたいに蚊帳の外というのは勘弁して欲しい。一応、自分も主要キャラなんだから…。

〔困ったことになったなぁ〕

 女剣士はこちらの思いなど知る由もなく、さっさと行ってしまった。


   *   *   *


 3日間後、田舎の病院をやっと退院できたものの、ディア・シデンがいない中、徒歩でポスト王国に向かうのは憂鬱だった。

(酷い扱いだなぁ……やれやれ。脇役は辛いよ) 

 虚しい。仕方なく適当に道を選んでトボトボ歩く。足取りが重いのはケガの後遺症もあるが精神的なものの方が大きい。周りは畑ばかりでいかにも地方の農村といった趣だ。進行方向には真っ直ぐに伸びる道。見ただけでうんざりする。このまま数百メートル歩いてもきっとその光景は変わらない。それが分かりきっているから辛い。

 どれぐらい歩いただろう? 2時間? それとも3時間ぐらい? もしかしたら逆に1時間も経っていないかもしれない。そんな風に思えてくるほど田舎の時間はゆったりと流れる。そろそろ焦りがピークに達してきた。と、その時、背後から名前を呼ばれたような気がした。

(おや?)と、振り返ろうとした時、不意打ちのようにターンが切り替わった。

〔助かった! 何か展開があるかも!〕

 いい加減、歩くことに嫌気が差していたのでこれは良いタイミングだ。こうやって身体のコントロールを奪われることに、もはや抵抗は無い。

「ダーン! やっと見つけたミョー!」

 懐かしい声が上の方から降ってくる。

『ミーユか?』と、身体は声のする方向を見上げる。

〔すっかり忘れてた。やっと追いついてきたのか……〕

 しかし、視界に入ってきたのは見慣れないスマートなドラゴンだ。例のカバドラゴンではない。

〔あれ? あいつドラゴンを乗り換えたのか?〕

 不思議に思いながらミーユが追いついてくるのを待つ。ミーユはピンクのドラゴンを着地させてぴょこんと降り立った。

 身体はミーユが乗ってきたドラゴンをしげしげと眺めてから言う。

『そのドラゴン……盗んできたのか?』

 それを聞いてミーユが慌てて首を振る。

「ち、違うミョ! これはカバちゃんだミョ」

〔かーばーちゃーん? 嘘だろ? だってあいつは……メタボだろ〕

 身体が首を捻る。

『あの『ずんぐりむっくり』がこいつだと? どう見ても別モノだが?』

「進化したんだミョ」

『し、進化しただと!?』

 この世界のドラゴンは進化するのか……はじめて知った!

 ミーユが目をクリクリさせて言う。

「ダンは元気だったミョ? こっちはダンに置いていかれて大変だったんだミュ」

『ジョイルスは今どんな感じだ?』

「メチャクチャだミョ……もう誰が味方で誰が敵か分からないような状態だミョ」

 ミーユの話によるとグスト連邦の侵攻を受けたジョイルスは今、内戦時代に逆戻りしてしまった状態だという。元々、グストの影響が強かった南部地方には中央政府に対する不満が蓄積しており、それが一気に爆発したというのだ。また、その中央政府もグストにそそのかされて開戦に踏み切ったのだが、結局はハシゴを外されたばかりかグストから騙し討ちを喰らったこととなり、国家としての機能は空中分解しているという。グストに侵攻され、国内は分裂という二重苦でジョイルスは大変なことになっている。ミーユはその混乱に乗じてジョイルスを脱出したのだ。

「大変だったミョ。出国の時には色んな人に助けてもらったミョ。それで何とかデーニスに行ったのに、ダンはもうサイデリアに行っちゃったって聞いたミュ。ひどいミョ!」

 ミーユは頬を膨らませてプリプリしているが、こっちについてきてたらもっと酷い目にあってただろう。

『とりあえず無事なようで良かった。だが、戦争はまだまだ続くぞ』

 それを聞いてミーユはコクリと頷く。そして神妙な顔で尋ねる。

「ダンはどうするミョ? やっぱり故郷に戻るミョ?」

『いいや。今のところポスト王国に行く予定だ』

「ジョイルスには戻らないミョ?」

『ああ。戻るつもりはない』

「だったら、ちょうどよかったミョ。お師匠様がダンを呼んでるミュ!」

『お師匠……水の女神か? 俺に何の用が?』

「わかんないミョ。でも絶対に来い。今すぐ来い。来ないと殺すって言ってたミョ」

『寄り道している余裕は無いんだが……』

 そこで四天王リーベンの姿が思い出された。早くポストに行かないと乗り遅れてしまう。だが、このままリーベンと対決しても倒せる自信は無かった。

〔ここいらでもう一丁、パワーアップが欲しいとこなんだよなぁ……〕

 バトルものの漫画ならこういう時に必ず『修行』のイベントがあるはず。それがあるなら寄り道する価値はあると思うが…。

 身体は一寸、考えてから言った。

『やむを得まい。行くぞ!』

「了解だミュ!」と、ミーユがにっこり笑う。これで女の子なら可愛げがあるのだが、ティンコがついているのを知っているので萌える気にはならない。この俺ですらついていないというのに…。

『急げ! 時間が無い』

 とりあえず水の女神さまに会いに行くことにした。


   *   *   *


 カバドラゴンの飛行能力は格段に進歩していた。スピードはディア・シデンの平常飛行にも劣らない。むしろ背中の安定度が優る分、乗り心地はこちらの方が上だ。

「もうすぐだミョ」

 幾つかの山を越えたところで白っぽい開けた場所に出る。眼前に広がるは砂漠地帯。そこに点在する矛先のような岩は相変わらず一様に天を指している。広大な白い地表にオアシスを取り囲む緑の輪がぽつんぽつんとアクセントをつけている。その中でとりわけ碧いオアシスが水の女神さまの住処になっている。

〔久しぶりだな……〕

 そういえばここを訪れたのは、この世界に来て間もない頃だった。あの頃はまだこの世界のことが良く分かっていなくて流されるままだった。それが昨日のことのように思い出される。その反面、これまでに体験したイベントの『濃さ』に感心する。

 碧い湖に向かってゆっくりと高度を下げていく。湖の真ん中に浮かぶ小島には蕾のような形に岩が重なりあった岩山が見える。

 その時、ミーユが驚いた。

「ミョ!? お師匠様!?」

『……どこだ?』

「岩の上だミョ。なんであんなトコに立ってるんだミョ?」

 身体が目を凝らすと確かに蕾型の岩山にそれらしき姿がある。

〔なんでまた、あんな所に……〕

 岩山のてっぺんでドレスと長い髪をなびかせて佇む女神さまは、まるで空撮したPVみたいに颯爽としていた。

 カバドラゴンを岩山の頂上に接近させる。女神さまは腕組みをしたまま黙ってこちらを見ている。心なしかその目つきに敵意がこもっているように感じられた。

 ドラゴンの背中に乗ったままミーユが報告する。

「お師匠様~! ダンを連れてきましたミュ!」

 すると女神さまは怒りを抑えたような口調で一言。

「遅いわよ」

「ご、ごめんなさいでミュ」

 女神さまの反応が冷たい。

〔何かイラついてね?〕

 なぜ女神さまが怒っているのかまるで見当がつかない。来ないと殺すというのはてっきり冗談だと思っていたが、この様子だと何か理由がありそうだ。

 そこで身体が余計な一言を口にする。

『何の用だ? アンタと違ってこっちは暇ではないんだが』

〔どうしてこういう時に人の神経を逆なでするような言い方をするかなあ〕

 女神さまは微かに眉を吊り上げて命令する。

「下に降りなさい」

 そう言うと彼女は岩山からぱっと飛び降りた。身体は無言でミーユと顔を見合わせる。ミーユも黙って首を傾げる。ただ、女神さまはフワフワと岩山の下に降りてしまったので仕方なく我々も着地することにした。

 カバドラゴンの背中から降りるなり、女神さまに強い口調でなじられた。

「ダン! あなたはなぜ祖国を捨てたの? ジョイルスは今、大変なことになっているわ。なぜその力を祖国の為に使わないの? それどころかサイデリアの味方をするなんて! 恥を知りなさい!」

 何をそんなにキレてるのか全く理解できない。そもそも、なんでサイデリアに住む女神さまがジョイルスに肩入れするのかが分からない。それは身体も同じようで素朴な疑問を口にする。

『なぜアンタがジョイルスに肩入れする?』

「それは戦ってみればわかるわ」

『戦う? なぜだ?』

「今度は本気でいかせて貰うわ。さあ、剣を取りなさい!」

『ちょっと待て。アンタと戦う理由が無い』

 妙な展開にさすがの身体も戸惑っている。だが、女神さまはすっかりその気でいるようだ。

 女神さまはトライデント(三又の鉾)を手にしながら不敵な笑みを浮かべる。

「戦う理由ね。いいわ。教えてあげる。それを聞けばきっとあなたもその気になると思うわ」

『何を企んでいる? 何を言われようが無意味な戦いは……』

「そう? 『南ジョイルスの悲劇』と聞いても?」

 それを聴いた瞬間、身体がぴくっと反応した。と同時に血の気が引くのと引き換えに怒りが全身を巡るのを感じた。

『どういうことだ?』

 その口調は明らかに怒りを含んでいた。

 女神さまは口元に冷たい笑みを浮かべたまま言う。

「南ジョイルスの悲劇。あなたはまだ幼かったから真実を知らないんじゃないの?」

『ふざけるな! アンタに何が分かる?』

「もし、私が加害者だと言ったらどうする?」

『な、何だと!?』

 明らかに身体は動揺していた。心臓がバクバクいってる。

「間接的にだけど……加害者なのは本当よ」

『いい加減なことを言うと……』

「力ずくで聞いてみれば? 真実を知りたければ私を倒しなさい!」

『そういうことなら話は別だ』

 どうも合点がいかない。何で女神さまが今更そんなことを言い出すのか? そして身体は『南ジョイルスの悲劇』という言葉になぜ過剰反応するのか?

 気がつくと身体の周りに青白いオーラがまとわり着いていた。『ゴゴゴ……』という効果音も聞こえる。これは本気モードだ。

〔マジでやるのかよ。まさか女神さまとガチでバトルするとは……〕

 前回の対戦は女神さまの替え玉とだった。あの時に比べればこの身体は随分と成長した。しかし女神さまの本気がどれぐらいの強さなのかは見当がつかない。

 女神さまは突然大きなバックステップを連続で繰り出し、適度な距離を取って鉾を豪快に振った。

「ツゥマジカス!」

 女神さまの鉾が描いた軌道から水の刃が飛び出してきた。それに対して身体は、軽く左手を前に突き出して『ハッ!』と、気合を入れる。

 その一発で女神さまが放った水の刃は『パーン!』と弾けて霧散した。

「やるわね。じゃあこれならどうかしら?」

 女神さまはそう言ってもう一度、鉾を振りかざした。

「ツゥマジカス!」

 同じように水の刃が生じてこちらに向かってくる。が、今度のはちょっと様子が違う。先ほどと同様に気合で掻き消そうとした身体が『!?』と、反応する。

〔黒いっ! なんだあの刃?〕

 今度の水の刃は真っ黒だ。身体が大きくジャンプしてそれを寸前で交わす。

『黒い水刃……光を通さないほど密度が濃いのか?』

 空中で振り返ると身体にスカされた黒い水刃が岩山の端っこを豪快に切り取って突き進むところだった。

〔確かに威力はありそうだけど……〕

 身体は着地するとすぐさま反撃に出た。

『クルトゥマジカ!』

〔出た! いきなり濃紺の球かよ!〕

 身体が放ったのは高密度で分裂する貫通弾だ。初端からこれを繰り出すとは相当、気合が入っている証拠だ!

 禍々しい球は真っ直ぐに女神さまに向かっていく。そして倍々に分裂しながらその距離を詰めていく。その攻撃の途中で身体が『デェヤァ!』と、妙な声をあげる。すると分裂した濃紺の球が軌道を変えると同時に一斉に加速し始めた。まるで器械体操のクライマックスみたいにそれぞれの球が目的物に集まって行く。

〔これは避けきれねえだろ!〕

 それに対して女神さまはトライデントを構えた状態で何か呪文を唱えた。

〔バリアか? 水の盾ごときじゃ止められねえぞ!〕

 いや……違う! 防御の魔法ではない!

『な!?』

 女神さまはバトミントンのように身体の前で鉾を回転させている。まるで回転するプロペラのようだ。さらにそれを中心に黒い気体が発生する。渦を巻く黒い気体……そこに吸い込まれていく濃紺の球達…。

〔何だ!? 吸い込まれてる? ブラックホールかよ!?〕

 女神さまの胸のあたりに出来た黒雲のようなブラックホールは周囲に小さな黒い稲妻を放ちながらバチバチと音を立てている。そして気が狂った掃除機のように周りの物体を吸い込み、貪欲に飲み込んでいく。そのうちに身体の方まで引き寄せられていく。

『クッ!』と、身体が踏ん張る。が、その引力は益々強まっていく。

 アドン村で水竜に飲み込まれた時の記憶が甦る。

〔ちょっ! 吸い込まれる!?〕

 堪らず身体が足元に『グラマジカ!』と、水の魚雷を大量に発射した。魚雷は次々と目の前で爆発し、至近距離でその爆風を利用したバックステップで身体は後方に逃れる。そして最後の一歩で大きくジャンプしてさらに距離を取ろうとする。これだけ離れれば引力からは逃れられる。が、背後で『ズォオオ!』と、不穏な音がした。

『これは!?』と、身体が何かに気付いて大ジャンプ中に振り返る。すると水の壁が目に入ってきた。

「逃がさないわよ!」と、女神さまの声がここまで聞こえてきた。

 その言葉通り、巨大な水の壁がこれ以上の後退を許すまいとすぐ背後まで迫っている。まるで巨大な滝を背にしているみたいだ。いや、正確には水の壁は下から上に向かって噴出している。そして、やがてそれが上空まで昇り、ドームの屋根のように広がっていく。

『囲まれた!?』

 見るとこの小島をすっぽり覆うような形で水の壁が出来上がっていた。これでは逃げ場が無い。恐らく女神さまは湖の水を利用して巨大な壁に仕立て上げたのだ。

『なるほど……逃がさぬよう囲い込むだけが目的ではないということか』

〔言っている意味が分からない。他に何があると?〕

 すると身体がその疑問に独り言で答えてくれる。

『こちらに周りの水を使わせないということか!』

〔ああ、そういうことか。つまり、こっちが湖の水を使えないように先手を打ったわけね〕

 そんな風に感心してる場合じゃない。この女神さま、ああ見えて結構、えげつない。

 これでは島から脱出することは出来ない。ちょうど鳥籠の中でデスマッチを行うような形に持ち込まれてしまった。恐らく、この水壁は粘着性があってこれに触れると動けなくなってしまうとかダメージを食らうとかの細工がしてあるに違いない。

 身体はいったん着地して体勢を整える。すかさずそこで女神さまが「ツゥマジカス!」を放ってくる。またしても黒い刃がこちらに向かってくる。そこで身体は左に動くことを選択。が、目の前で黒い水の刃が急激に膨らんだ! まるでトウモロコシの粒がポップコーンに生まれ変わるみたいに一瞬のうちで刃が何倍にも大きくなったのだ! 

『バカな!?』と、身体が横飛びに回避しようとする。

 右手で水の盾を出しながら寸前のところで刃の端を交わす。が、水の盾が『ゴガッ!』と引っ掛かって粉々に破壊されてしまう。その反動で右腕が持っていかれそうになる。

〔ちょっと触れただけでこれだ……てか、何で同じツゥマジカスでこんな差が出るんだよ〕

 これが魔力の差とでもいうのか? 女神さまの水刃は一発が異様に重いのだろう。

 その時、ヒラヒラと何かが落ちてきた。はじめは一片。サクラの花びらのように見える。色は水色。それがふたつ、みっつと増えて、やがてはサクラ吹雪のように周りに降り注ぐ。

〔なんだこれ?〕

 いつの間にか周囲は淡いブルーの花びらに覆い尽されてしまった。

『これは……』

 と、そこで1枚の花びらが爆発した! そして連鎖的に花びらが次々と爆発していく。その勢いは徐々に加速して、ついには四方八方で断続的に爆発が起こり、やがて大きなうねりとなって大爆発に変わっていく。

〔やべ……逃げ場がねえ!〕

 そこで身体が急に回転し始めた。

『ムォォ!』

 体が回る。目も回る。回転の勢いが強すぎて遠心力で体がバラけそうに感じる。その間にも爆発音の合唱は止まず、それどころかクライマックスに向かっているように思われた。

 訳が分からない。やがて音は気にならなくなった。というか自分が回転する音の方がうるさい。結局、呆れるぐらいに回り続けて止まった頃には何が何だか分からなくなっていた。ただ、あれだけの爆発に巻き込まれながら痛みが全く無いのが意外といえば意外だった。

 視界はようやく点滅するゲロみたいな残像から解放されたのだが、周りは水蒸気と土煙に酷く汚染されている。

〔こんな状態で戦うも何も視界悪すぎだろ……〕

 半ばうんざりしていたら、身体がピクリと反応した。右手に気配を感じる!

〔ちょっ! 危ねえ!〕

 気がつくと女神さまが三又の鉾を手に突っ込んでくるところだった。しかも、まさにあとひと伸びで矛先が到達するような間合いだ。が、なぜか身体は避けようとしない。

 トライデントの矛先が眼前に迫る。まるでスローモーションのように。

〔ちょっ! 顔面直撃!?〕

 ダメだ! 終わった! 

 こういう時に普通なら反射的に目を閉じたり無意識に身構えたりするもの。だが、自分のターンではないのでそれすら出来ない。棒立ちでそれを受け入れるしかないのだ。

〔え? 止まった……〕

 異変に気付くのにそう時間はかからなかった。

 矛先はちょうど鼻先を掠めるぐらいの距離で寸止めされた。

 女神さまと目が合う。鉾を突き出した女神さまの動きは完全に止まっている。

 しばしの沈黙。それを身体の一言が破る。

『もうこれぐらいで良いだろう』 

「どうして?」

『自分に向けられた刃に殺意がこもっているか、そうでないかぐらいは分かる』

「そう……やっぱり無理があったか」

 女神さまはペロっと舌を出して鉾先を下げる。

『流石に水の女神を名乗るだけのことはある。水を集める引力、スピードともに文句なし。それに火の魔法と風の魔法をうまく織り交ぜている』

「なにそれ。随分と上から目線じゃない。けど、それだけ軽口を叩くぐらいは成長してるようね」

 女神さまは、しげしげとこちらの体を眺め回してため息をつく。

「この私が傷ひとつつけられないなんてね。本気でやったんだけどな」

 その言葉を聞いて身体はやれやれと首を振る。

『まともに喰らっていたら確実にやられていた』

 それは正直な感想だと思う。女神さまは「お世辞はいいわよ」と謙遜するが、あんなトウマジカスは初めて見た。光を通さないまでに圧縮された水の刃は普段、自分達が使っているものとは威力が桁違いのように思えた。上には上がいるものだと痛感した…。

 身体が女神さまに尋ねる。

『さて。そろそろ説明してもらおうか。俺をここに呼んだ本当の理由を』

 相変わらずぶっきら棒な態度だが女神さまは怒りもせずに答えてくれる。

「託したい物があるの。スプリングフィールド家、最後の生き残りであるあなたに」

『なぜその名前を!?』

「気がついていないとでも? 最初に会った時から分かってたわ」

『フン。人を試しておいて良く言う……』

 身体は不満そうだが内心はガッツポーズだ。託すということは何か貰えるということ。恐らくは強力にパワーアップするアイテムだろう。

〔へへ。輝石だといいな〕

 前に女神さまに貰った輝石はスペアがあるような物だったから、今度はちゃんとしたレア物を頂きたいものだ。

 身体は冷静に言う。

『確か南ジョイルスの真実と言ったな。どういうことか話してもらおう』

 それを聞いて女神さまが少し表情を曇らせた。

「いいわよ。じゃあ、話してあげる。あなた達の父君の話を」

『父君だと……』

 そこで足元に細かい石畳のビジュアルが、まるでジュースをこぼしたみたいに広がった。

〔何だこれ!?〕

 水浸しの地面は石畳に、岩山は城の壁面にという具合に足元から背景が切り替わっていく。

〔これは……まさしく回想シーン!〕

 どうやら本格的な回想シーンではこんな風に場面そのものが切り替わるらしい。

 そして女神さまの回想が始まった。

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