第27話 バハムート襲来!

 バハムートの容姿は一言で言えば凶悪なものだった。

 その巨体は10階建てのビルに比べても遜色は無い。むしろ体育館の屋根みたいな規模の羽が左右に2枚ついている分、都会のターミナル駅か大工場かと見紛うような大きさを誇る。そして全身を覆う紺色の皮膚はタツノオトシゴみたいに表面が環状にギザギザしていて、その凸凹もひとつひとつがやたら大きい。体型はやや下半身がガッチリしていて二本足で歩けそうな一方、肩から腕にかけてもしっかりしている。しかも手先から爪にかけてが『熊手』みたいな構造をしている。

〔あれで引っ掛かれたら粉々だな……〕

 というよりも、アレに触れた時点でハンマー何百発分のダメージを食らうようなものだ。また、バハムートの全身にはあちこちに角のような鋭い突起が生えている。そして小さめの後頭部から伸びる角は幾つも枝分かれしてそれぞれに鋭い。

〔これで生きてるとか……悪夢だろ……〕

 その存在自体が凶悪だ。RPGなら間違いなくボスキャラ・クラスだ。ただ、ドラゴンと名のついたフィギュアを手にした事は何度もあるが、こいつはやけに質感が生々しい。この世界にきたばかりの頃は背景も物体もあらゆる構成物が作り物のように感じられた。が、今では記号化された物体やツルツルな手の甲にもすっかり慣らされてしまった。むしろ複雑な色合いとか細かい模様とかは長らく目にしていない。そんな中で急にリアルな造形を見せ付けられたものだから恐怖どころではない。正直、生きた心地がしない。吐きそうだ。きっき、こいつの目玉と出くわしてしまった時もそうだった。こいつを見た時の強烈な違和感は、例えば市民プールにクジラが打ち上げられたとか運動場に旅客機が着陸したとかみたいなショックに似ている。つまり、あってはならないものがその圧倒的な存在感によって見る者の常識を粉々に打ち砕いてしまうような恐怖なのだ。

 身体がバハムートの放ったメガフレアの痕跡を眺めながら呻く。

『まさかこれほどまでとは……』

 その攻撃力は極悪といって良いレベルだ。

〔どんだけ威力あんだよ!〕

 火の玉が着弾した大地にはポッカリと穴が空いている。それは軍艦島の採石場よりもずっと大きい。範囲としては小さな町がまるまる収まるぐらいの規模だ。しかし、あれほどの爆発だったというのに土煙や粉塵がほとんど消え去っているところなんかは漫画的ではある。

 そういえば女剣士ミディアやクーリン達の姿が見えない。

〔まさか、さっきので吹き飛ばされた?〕

 そう思って周囲に気を配ると、上空からクーリンのドラゴンが飛んでくるのが確認できた。バハムートを見てからそっちを見ると何だかツバメが飛んでるように見えてしまう。そのさらに向こう側にもうひとつドラゴンらしき陰影が見えたので女剣士も何とか無事なようだ。

 ホッとしたのも束の間、今度は身体の方が反撃に出た。身体はディア・シデンを駆ってバハムートを追い越し、正面に躍り出る。

〔何もこんなワケわかんない相手にすぐに反撃しなくてもいいのに……〕

 自分としてはどうしても消極的にならざるを得ない。どうせすぐに倒せる相手ではないのだ。余計なことをして痛い目をみるのはまっぴらというのが正直なところ。だが、そんな自分の思いなどお構いなく身体はバハムートに対峙して攻撃の体勢をとる。

『ツゥマジカス!』と、身体がわりかし強めの刃を放った。

 大きくて鋭い水の刃が猛烈なスピードでバハムートに飛んでいく。そして左腕の辺りに命中した。が、遠めにもそれが無力であることは一目瞭然。バハムートの皮が厚いのか硬いのかは分からないが、水の刃では傷ひとつつけられないようだ。

〔全然、効いてねえじゃん……〕

 続いて身体は『グラマジカ!』で水の魚雷を発射する。狙いは頭。数十発の水魚雷がバハムートの顔面を捉える。が、これも効果は期待できなかった。爆発によってバハムートは一瞬、ひるんだようにも見えたのだがダメージは受けていない。

 性懲りも無く身体は三度目の正直を狙う。

『ならば……クルトゥマジカ!』

 耳慣れない呪文だ。

〔けど、それってどっかで聞いたような……〕

 そこで濃紺のドッジボールみたいな球を見て思い出した。これはエスピーニが使ってた技だ。確かこの球が倍々に分裂して散弾みたいになるんだった。しかも一発あたりにメチャクチャ貫通力がある。

〔これならダメージが通るかも!〕

 期待しながら球の軌道を見守る。禍々しい濃紺の球は、なんだか球自身が強烈な悪意を持っているようにも思えた。それが1回、2回と3秒ぐらいの間隔で球が分裂し、最終的には数百発の弾となってバハムートに向かっていく。

 球の群れはバハムートの左足に突っ込んだ。特に衝突音などは聞かれない。効いているのかどうかは目視で判断するしかない。バハムートの左足から僅かばかりの血しぶきが上がったようにも見えるが……。

『ム!?  これでも駄目か……』

 身体はやれやれと首を振って攻撃を止めた。ディノというお荷物を抱えているせいで動きが不自由なのは否めない。にしてもこれほど魔法が無力だとは気力が萎える。

 身体が攻撃を仕掛ける間にバハムートは大幅に距離を詰めてきた。その身体が馬鹿デカいせいでスピード感はまるで無いが、そこそこの速度は出ているようだ。しかし身体の方はといえばバハムートの急接近に回避するつもりはないらしく剣を構えて迎え撃つつもりのようだ。左手はディノを抱えつつ手綱を握っているので使えない。

〔おいおい! 接近戦はやめとけ!〕

 どう考えても剣1本で対抗できるとは思えない。バハムートにとってみればこんな剣など針ぐらいにしか感じないだろう。

〔うえっ! マジで逃げてぇ……〕

 ちょっと有り得ないぐらいの圧迫感だ。この距離ではバハムートの全身が既に視界からはみ出している。と、そこでバハムートが咆哮した。この至近距離での咆哮はあまりに凄まじすぎて一瞬、目の前が暗くなった。続いて風圧なのか衝撃波なのか強烈な圧力で後ろに飛ばされそうになる。

 なんという咆哮! 耳が痛いだけじゃない。下っ腹に響く。というか尻の穴から内臓を引っ張り出されるように腹が痛む。

〔マジで腹痛ぇ! 今、屁こいたら確実に『み』が出るっ!〕

 パニックになったディア・シデンを押さえつけながら身体は必死で体勢を整えようとする。が、次の瞬間、バハムートの手がこっちに向かってくるのが目に入った。

『グッ!?』と、珍しく身体が慌てる。無理も無い。ダンプカーみたいな手が突っ込んでくるのだ。

〔つ、爪が…・・・ヤバい!〕

 身体が強引に手綱を引くが、ディア・シデンの反応が無い。恐らく恐怖で固まっているのだろう。 

 もう駄目だと思った時に『ザルドマジカ!』という叫び声と『パーン!』という破裂音がほぼ同時に発生した。

〔うわっ!〕

 視界をシャッフルされて混乱する。こんな時に目を瞑れないのが辛い。吹っ飛ばされてるのは分かる! だけどそれがバハムートの張り手のせいなのかは判別できない。『ブン!』という音を聞いたような気もする。

 しばらくはビジュアルが安定せず方向感覚もメチャクチャだった。ようやくそれが収まった頃には「張り手は喰らっていない」ということだけは確信した。もし、あんなのを一発喰らっていたとしたら死ぬほど強烈な痛みが襲ってくるはずだ。

『ク……危なかった。まさかあんな回避を強いられるとはな』

〔さっきのが回避? どんな手を使ったんだ?〕 

 その疑問は直ぐに解けた。身体が自ら解説をしてくれたのだ。勿論、それは読者の為に……。誰に語るでもなく独り言のように自分の行動を説明するなんて普通ならちょっと危ない人だ。だが、これは漫画の世界。少なくとも読者には何が起こったのかを説明する義務がある。そこで身体は、自ら作り出した水爆弾を至近距離でわざと爆発させ、その爆風で難を逃れたことを回想してみせたのだ。多分、誌面上はイラスト付で示されたことだろう。

〔無茶するよなぁ。あんまり痛くなかったから良かったんだけど〕

 流石に水の盾を作る余裕もなかったのだろうと、そこは好意的に解釈した。

〔けど、やっぱ全然、相手になんないじゃん……どうすんだよコレ?〕

 こいつは今までの戦いとは勝手が違う。強いて挙げるならあのカッパ野郎のところで水竜と戦った時に近い。が、スケールがまるで違う。魔法でどうこうできる相手ではない。

 半ば途方に暮れていると敵に動きがあった。バハムートが急速に高度を下げ始めたのだ。

『む?』と、身体も首を捻る。

 よく観察するとバハムートは自らが作り出したクレーターに向かって下降していくように見える。

〔え? 穴に向かってる!?〕

 バハムートを見下ろす形で併走するように飛ぶが、やはり穴に下りようとしているようにしか見えない。

『どういう事だ?』

 身体も敢えて攻撃はせずに黙ってそれを見守る。そこへ女剣士の黒ドラゴンが近付いてきた。

「一旦、下りるわよ!」と、女剣士ミディアが声を張り上げる。

 我々はバハムートの動きに注意しながらゆっくりと高度を下げた。

 やがてバハムートはクレーター内に下りると穴の真ん中に着地した。その勢いで『ズシン』と大地が揺れる。

〔止まった……〕

 バハムートは天に向かって大きな咆哮をひとつ見せてから地面に頭をこすりつけるような仕草をする。そして次の瞬間、大きな腕をフルに使って足元を掘り始めた。

『な……地中に潜るつもりか!?』

 身体は慌てて剣を抜くとチラリと女剣士の方を見る。本当にこのまま見逃して良いものかどうかを尋ねるつもりだったのだろう。それを知ってかミディアは大きく頷く。

 我々は只、黙ってバハムートが地面を掘るサマを低空飛行で見守った。

 土や岩が物凄い勢いでほじくり返され、バハムートの周りに盛られていく。

〔狂ったモグラみたいだな……〕

 半ば呆れ気味に眺めているとミディアが大きく肩で息をついた。

「何とか凌いだようね」

『あれで良かったのか?』

「ええ。取り敢えずは時間稼ぎ出来るわ」

『取り敢えずだと?』

「また夜になると出てくるから油断はできないけど」

『なに? 光に弱いのか……それも古い言い伝えか?』

「そうよ。もうすぐ朝日が差し込んでくるわ。その前に地面に潜ったとこをみると、やっぱり伝承の通りなんだわ」

 なんだかドラキュラみたいだなと思った。もしかするとバハムートのメガフレアは穴を掘って日光を避ける為のものだったのかもしれない。にしてはデカ過ぎる穴だけど……。

 バハムートの姿が穴に消えたのを確認してから我々はクレーター近くの高台に着地した。

 朝の日差しが大地を鮮やかな黄緑色に染め上げる中、不自然に窪んだクレーターは妙に浮いていた。まるでそこだけ地面が陥没してしまったかのように明暗がくっきりとしている。高台から見下ろしたクレーターは、まるで木を植える為に芝生の真ん中を掘り下げた穴のように見える。この時間帯の日の高さではクレーター内部にまだ日光が差し込んでおらず、バハムートが掘った穴は肉眼では見えない。

 女剣士が腕組みしながらクレーターを眺める。

「それにしても信じられない威力だわ……」

『穴の底が見えないとはな。あの一撃で相当に深い部分まで抉り取ったということか』

「ええ。あんなのを喰らったら町がひとつ吹き飛んでしまうでしょうね」

『今は小休止だとしてもサイデリア軍はどう対処するつもりだ?』

「さあね。軍隊ごときじゃどうしようもないと思うけど」

『バハムートが夜行性だとすると夜までには対策を練らねばなるまい』

「そうね。首都ブラームまではまだ少し距離はあるけど、仮に日没から明日の夜明けにかけてバハムートがさっきと同じ速度で移動したら……」

『首都に到達するのは?』

「最速であさっての夜中ぐらいじゃないかしら」

 冗談じゃない。夜ごとあんなのが暴れまわったらこの国は壊滅だ。本当にアレを止める方法はないのだろうか?

〔そういえば誰かが召喚したとか言ってなかったけ? ひょっとしたらそいつを捕まえてボコるしかないんじゃないか?〕

 ありがちな話だ。だが、現時点では誰がバハムートを操っているのか皆目見当がつかない。

 そこで身体が女剣士に尋ねた。

『そういえば、考えがあると言っていなかったか?』

 それを指摘されて女剣士が首を竦める。

「ええ。自信はないけど一応、あることにはあるわ。でも、あの子が目を覚まさないことにはそれも実行できないんだけど……」

『話してみろ』

「分かったわ。バハムートを止めるにはどうしても光の魔法が必要なのよ」

『ほう。で、具体的にはどうする?』

「バハムートの左わき腹に弱点があるの。そこにピンポイントで強い光系の魔法を撃ち込めば大人しくなるはず」

『本当かどうか怪しいもんだな。そんな話は聞いた事が無い。どこかの古文書にでも載っていたのか?』

「いいえ……これは我々『光の民』だけに伝わる伝承よ」

 それを聞いて微妙な気分になった。

〔出たよ。光の民だってさ……ちょっとベタすぎないか?〕

『それでディノを無理やり連れてきたのか。しかし、奴が起きないことには話にならんな』

「そうなのよ……困ったわね」

『で。俺に何をしろと? まさかディノを運搬するだけの役目ではあるまい?』

「当たり前でしょ。あなたにはもっと重要な役目をお願いするわ。とにかく、バハムートを怒らせて欲しいの」

『フン……軽く言ってくれる』 

 何という無茶振り! 要は自分が囮となってディノのピンポイント攻撃をサポートしろということか。

〔そんで、おいしいとこだけ主人公がもっていくってことなんだな〕

 やれやれ。脇役は辛いよ。


    *   *   *


 昼過ぎにサイデリア陸軍がようやく到着した。

 取り急ぎ集まったという感じで装備としては物足りないものだが、一応、移動式大砲は備えている。それがクレーターのふちに沿ってずらりと並べられる。狙いはバハムートの消えた穴に定められている。恐らくはバハムートが出てきた時に一斉射撃するつもりなのだろう。

 女剣士がそれを眺めながら眉を顰める。

「アレじゃどうにもならないわね」

『ああ。焼け石になんとやらだ』

 時間が経つにつれ、大型火器やら野営テントなどがクレーターを取り巻くように設置されていく。さらにはクレーター内部に下りた部隊がバハムートの掘った穴の周りに魔方陣だか術式だかをせっせと描いている。その様子は遠くから見ているとまるで運動会の前日に大勢が集まってラインを引いているみたいだ。それにしても漫画だとほんの2、3コマで済むような描写をこうやって延々と続けるものだから実にご苦労なことだ。

 そんな具合で着々とサイデリア軍はバハムート包囲網を作り上げていく。やがてそこに立派な馬車、といっても馬の代わりにドラゴンが引いているので竜車というのが正しい表現なのだが、それが次々に到着する。

 いつの間にか我々に合流していたクーリンがそれに気付いて叫ぶ。

「あれは大教会の竜車! ということはもしかして!」 

 王様でも乗っているのかと見紛うような豪華な造りの竜車からは、真っ白い衣装に包まれた聖職者のような人物が降り立った。続いて乗りつけられた別な竜車からは奇妙な格好の坊さんが現れる。そんな調子で次々に竜車がやってきては独特のいでたちの人間を下ろしていく。まるでどこかの映画祭に集まってくるスター達のようだ。

 クーリンは続々と集まってくる面子を見て興奮している。

「おー! あれはタリラリラの大司教様! あっちはコニャニャチの大法師様! それにカボーンの魔導師様まで! 凄い! 凄すぎるぜ!」

 クーリンは駆けつけた連中の伝説だか武勇伝をいちいち説明してくれるのだが、正直あんまり意味が無いような気がした。どう考えても彼らは本筋からは外れている。はっきり言って彼等が活躍するシーンは無いと思う……。


 それにしても準備が長すぎる。それを見ているのにもいい加減、飽きてきたところで身体のコントロールが戻った。なので、何となく女剣士ミディアに話し掛けてみる。

「なんだか凄いことになってるね」

 それに対してミディアは小首を傾げながら答える。

「そうね。お祭りみたいで賑やかね」

「あれでバハムートを封印するつもりなんだね。けど、多分、失敗すると思う」

「私もそう思う」

 彼女が素っ気なくそう答えたので何だか可笑しくなった。

 笑いながら彼女の横顔を見る。

「ハハッ。酷いなぁ。あいつらは大真面目だっていうのに」

「だってストーリー的にあの人たちにバハムートが止められるはずがないもの。ちょっと可哀想だとは思うけど」

「クーリンの奴、さっきは興奮して解説してたけど『この人こんなに凄いんです』的なエピソード付きで登場したキャラって大抵は引き立て役なんだよね」

「言えてる」

 そう言って笑った彼女の顔を見てはっとした。

(か、可愛い……)

 たまにゲームのグラフィックに目を奪われることがある。今のがまさにそれだ。

(いや。これは……)

 漫画やアニメで特定のキャラを気に入ることはよくある。ただ、ある瞬間に一発で好きになる『きっかけ』例えば漫画なら1コマ、アニメならワンシーン、ハッと心を奪われる瞬間というやつが確かにある。

(今のがそれなのか?)

 ドキドキが収まらない。違うだろ? と、自問する。

 フィオナじゃなかったのか? と、自分に言い聞かせる。

(なんで今更、この女剣士に?)

 なんだか自分で自分のことが分からなくなってきた。

「ん? どうかしたの?」

 ふいに声を掛けられてさらに動揺する。

「べ、べ、別に……」

 不自然に目を逸らしてしまったことに気付く。これじゃバレバレだ。そう思って改めて彼女に向き直る。

(ヤバい……てか、何でこんな気持ちになっちゃうんだ?)

 訳が分からない。なぜさっきの笑顔にそんなに強く魅かれたのか? それはもしかしたら、素の彼女が見せた笑顔だったからなのかもしれない……。考えられるとしたらそれしかない。

 やはり胸の鼓動は収まらない。それを必死で隠しながら言う。

「ちょっとあっちで休んでくる。疲れたから」

 それに対して彼女は「そう」とだけ答えた。特に不審がっている様子は無い。だけど、このまま一緒に居たら本当に気付かれてしまいそうで、ここは逃げるしかなかったのだ。


   *   *   *


 ようやく日が暮れた。というより日陰でウトウトしていたら、いつの間にかこんな時間になっていた。辺りはすっかり暗くなっている。

(昨日は徹夜だったからなぁ。ああ眠……)

 ふとクレーターの方を見下ろすとバハムートの掘った穴を中心に幾つものオレンジ色が点滅している。あれは松明だろうか? ひとつひとつの明かりは小さく、かすかに揺らいでいる。よく見るとそれらは等間隔に配置されていて、もしかしたら昼のあいだに作ろうとしていた魔法陣をなぞっているのかもしれない。

 しばらくそれを眺めていると女剣士が声を掛けてきた。

「あら。やっと起きたのね。随分お疲れのようだけど大丈夫?」

「うん。連戦が堪えたかな」

 そう答えながらも欠伸が出る。そこでチラリと女剣士の顔を盗み見る。

(大丈夫だ。そんなにドキドキしねえや)

 少しホッとした。やはり時間を置いて正解だった。そうでなければあのまま女剣士に恋してしまっていたかもしれない。

 こちらのそんな思いなど知る由もない女剣士は軽く頷く。

「そう。でも休んでおいて正解ね。この後が大変だから。今夜も徹夜になるかも」

「うげぇ……またアレとやりあうのか。泣けてくるな」

「男の子は大変ね」

「ちぇっ。そっちはいいよな。どうせ、あんまり戦わないんだろ? こっちは命がけで特攻するってのに」

「しょうがないでしょ。作者の方針なんだから」

 もしかしたらこの漫画の作者は女に甘く男のキャラに厳しいのかもしれない。今まで味わってきた苦痛を思い起こせばそんな気がする。

「そろそろ始まるみたいよ」

 女剣士にそう言われて再び穴に注目する。

「へえ。結構、大人数だな」

 バハムートの穴の周りでは松明を持った人々がゆっくりと移動している。ちょうど穴を幾重にも取り囲むような形で松明の明かりが動く。最内の円は時計回りに、二番目は半時計回り、そんな具合で交互に7重の円が動いている。さらにその円と円の間にも松明が幾つか配置されていて、その場でグルグル回るもの、反復横跳びみたいに左右に忙しく振れるもの、変形した三角形を描くものなどが見受けられる。それはちょっとした集団演舞のようにみえた。

 女剣士がある方向を指差す。

「ほら。あそこの明るいところ。あれが有名な大司教さまなんじゃない?」

「どれ……あ、本当だ。なんか有名どころは一応、配置が決まってるんだな」

「しーっ! ね、聞こえない? お経みたいなのが」

 彼女に言われて耳を澄ます。

「ホントだ。呪文だね。あれが封印術なんだ」

「どうするつもりなのかしら。あの穴から出て来れないようにするのかな。それとも穴から出てきたトコをキャッチするのかな?」

「キャッチは無理だろ~」

 その絵を想像してウケてしまった。が、その時、背筋がピンと伸びた。

〔お! 来たか……〕

 今回はある程度覚悟が出来ていたので驚きは無い。むしろ気合を入れなくてはという気持ちだ。彼女の方も同時にキタようで相変わらずエッチな感じで「んっ!」と、身体をくねらせる。

 お互いに身体のコントロールを失ったところで先に口を開いたのは女剣士の方だ。

「なかなか出てこないわね……封印がうまくいってるのかしら?」

『それは楽観的すぎるな。あの程度の術式でバハムートを封印できるなら先人も苦労はしなかったろう』

 しばらくして右方向から強い光が視界に飛び込んできた。

『なんだ?』と、身体が光の来る方向に目を向ける。するとここからずっと先の山の辺りが青白く輝いているのが見えた。

『あれは!?』

 女剣士もその方向に目を向けながら驚きの声をあげる。

「嘘でしょ!? あれってまさか……」

 光が到達して数秒後、今度は地響きのような爆発音が届いた。

『間違いない。アレは昨日のと同じメガフレアだ』

「信じられないわ。バハムートは地中を移動したってこと!?」

『モグラもビックリだな。奴は日中、せっせと穴を掘り進めていたというわけだ』

「マズイわ! あの方向には大きな町があるはず! それに計算が狂ったわね。このペースだと今夜中に首都ブラームに接近してしまうわ」

 なんともマヌケな話だ。昼のあいだじゅう大勢でよってたかってあんな準備をしたというのに、肝心のバハムートは遥か先の方に移動していたのだから。

〔何だそりゃ? 有名な術師をいっぱい集めた意味がないじゃん……〕

 まあ、彼等に見せ場があるとは思えないが『引き立て役』にもなれないとは……この漫画の作者は鬼だなと思った。

 女剣士が黒ドラゴンに飛び乗る。

「急いで! 取り返しのつかないことになるわ!」

 そう言われてもクーリン達の姿が見えない。昼間は川の近くの木陰でフィオナがディノを看病していたらしいけど……。

 身体はディア・シデンに乗りながら尋ねる。

『ディノはどうするんだ? バハムートを止めるには奴の力が必要なんだろう?』

「勿論、連れて行くわ」

『だが、まだ目を覚ましてないぞ』

「だったら叩き起こして!」

『そうか。そういうことなら遠慮なく』

 そう言って身体はグイと手綱を引くと川のある方面へとディア・シデンを向かわせた。そして目的地の上空に差し掛かると下をチラリと見て『ゲ・マジカヨ』と、小さく呪文を唱えた。

〔ん? マジカヨって……〕

 確か『マジカヨ』はこの世界に来たばかりの頃によく間違って使っていた水を引っ掛ける魔法だ。ということは気絶している人間にバケツで水を引っ掛けるというのをやろうとしているのだろう。が、そんな甘いものではなかった。只のマジカヨではない。『ゲ』がついている。身体の放った魔法は空中に大量の水を作り出すと、今度は猛烈な勢いで凍らせはじめたのだ。

〔おいおい! あんまりやりすぎると……〕

 学校のプールを満タンにするぐらいの水を氷にして落としたら、ディノ達がペチャンコになってしまう。

 女剣士もそう思ったのか目を丸くしてそれを止めようとする。

「ちょ、それはいくらなんでもマズいでしょ!」

『大丈夫だ。勿論、加減はしている』

 その言葉通り、身体は巨大な氷に向かって手の平を突き出して『ハッ!』と、気合を入れる。すると『バシュッ!』と、氷が細かく砕けて地上に降り注いだ。パチンコ玉ぐらいの大きさに砕かれた氷は、ゲリラ雨のように『ドドドド!』と、地面に降り注ぎ、滝のように地面を激しく連打した。下の方ではフィオナが「キャッ!」と悲鳴をあげ、クーリンは「わわわ!」とパニックになる。横たわるディノの身体にも氷は激しく降り注いだが、それでもディノは目を覚まさない。

 呆れたように身体が呟く。

『これでも起きないとはな。仕方が無い。ジル・サマジカ!』

 またしても聞いたことがあるような呪文。すると今度はディノが寝ている辺りから水柱が吹き上げて、胴上げのようにディノの身体を宙に運んだ。その高さはちょうど我々がいる高さまでにも及ぶ。まるで噴水の頂点でバランスを取るような具合でディノの身体が宙に浮く。

『おい! いつまで寝ている?』 

 身体にそう言われてようやくディノが目を開ける。

「う……ここは?」

 寝ぼけ眼のディノが起き上がりながら下を見る。

「ひっ! な、なんで!?」

『お昼寝の時間は終わりだ』 

「だ、ダン? ちょ、これって何なんだい!?」

 さすがにこの高さまで吹き上げられているのでディノは焦っている。そこで身体は水の勢いを弱めてディノを下ろしてやる。と同時に自分達も地面に降りて、女剣士の口から事情を簡単に説明する。

 それを聞いてディノが青ざめる。

「そんなことが……」

『そうだ。今度は悩む時間など無い。直ぐに飛ぶぞ』

 そこで「ヘッキュシュン!」というクシャミの音。振り返るとクーリンがびしょ濡れの体を震わせて恨めしそうにこちらを見ている。

「つ、冷てぇよ……」

 その隣では同じくびしょ濡れのフィオナがペタンと座っている。

「やだ……びしょ濡れになっちゃった」

 なんと! フィオナの服が濡れてスケスケではないか!

〔こ、これは!!〕

 上目遣いの表情。意外に大きなおっぱい。くびれも申し分なし! それによくよく見ると……。

〔も、もしかしてアレは乳首!? フィオナの『ティクビ』キタァー!〕

 これはいわゆる読者サービスというやつか! にしてもエロい! エロすぎる!

〔け、けしからん! クゥウウ……〕

 フィオナのそんなあられもない姿を見て下腹部にギンと来るものが……あれ?

 その瞬間に気付いた。いや、気付いてしまった。とんでもないことに。

〔あれ? 嘘? 股間……え!?〕

 どうして今まで気付かなかったのだろう? これは大変なことだ。

 ヤバい! ヤバすぎる!

〔テ、ティンコがねぇえええ!〕


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