第28話 悪夢の象徴
こんな時に不謹慎なことは分かっている。だけど男にとってこれは大変なことだ。具体的に何が不都合かと問われると困るが、とにかく一大事だ。
〔な、何で今まで気がつかなかったんだ……〕
あるべきものが無い……なのにどうして今頃?
〔そういや、こっちにきて一回もションベンしてねえ〕
思い当たるとしたらそれしかない。確かに二次元の世界では排泄なんてものは原則、必要ない。ましてや少年誌に連載中の漫画であれば大々的にティンコを描くことはまず有り得ない。
〔ちょっと待てよ……ティンコが無いってことは勿論!?〕
フィオナの股間が思い出された。と同時に絶望的な気分になった。
〔これじゃ絶対にエッチできねえ!〕
女キャラとどんなに恋仲になったところで最後まで出来ないなんて……はじめて元の世界に帰りたいと強く思った。
「いい? じゃあ行くわよ!」
突然、女剣士が言葉を発したので驚いた。いや、正確には自分が茫然としていただけで作戦についての話し合いは続いていたのだろう。結局、大事なことを聞き逃してしまったが、身体の方がちゃんと聞いていれば多分大丈夫だろう……。
そこでディノがすっと手を差し出してきた。
「ダン。また君にこんな大変な役を押し付けちゃってごめん」
身体は握手を拒否してそっぽ向く。
『お前に心配して貰わねばならんほど『やわ』ではない』
相変わらずの愛想の無さだ。けど気持ちは分かる。裏方は辛い。
「ハハ。やっぱりダンは頼りになるよ。でも本当に気をつけて」
『お前こそ一回で仕留めろ。あまり俺の手を煩わせるな』
女剣士が急かすように口を挟む。
「時間がないわ。急いで!」
女剣士の黒ドラゴンが飛び上がったのに続いてディノがクーリンのドラゴンで、そして最後に身体がディア・シデンでさっそうと離陸する。フィオナとクーリンは置いていく形になる。
女剣士を先頭にバハムートが現れたと思われる場所へ急行する。が、正直、今はそれどころではなかった。
〔どうしよう……どうすれば? クソ! 生えてこねえかな?〕
テンションはだだ下がりだ……。
* * *
幾つかの山を越えたところで例の『紫』に出くわした。
闇の中にぽつんと浮き上がる雲は、自らの周囲に綿菓子のような薄雲を吐き出している。しかもそれはまるで意思を持っているかのようにゆっくりと移動していた。薄紫の中心にはバハムートの輪郭が見え隠れする。そこで視線を大地に移すとバハムートが通過したであろう部分に大きなクレーターが見える。
〔うわあ……酷ぇ……〕
クレーターの縁に町並みの残骸がへばりついている。まるでポスターが乱暴に破り取られたみたいに町並みがあるラインを境目に消失している。おそらくはメガフレアの直撃で町が消し飛んだのだろう。
それを眺めながら身体が呻く。
『皆、避難していれば良いのだが……ここで何とかしなくては終わりだ』
確かにこんなのを放置していたらサイデリアは確実に滅亡する。もしバハムートが夜ごとサイデリアの空を徘徊し、町を見つけてはメガフレアで破壊して回ったら一ヶ月もたたずこの国は廃墟と化してしまうだろう。
前を行く女剣士が振り返って叫ぶ。
「行くわよ!」
まずは彼女が紫雲に接近して剣を抜く。そして何やら呪文を唱える。するとどこからともなく突風が発生し、紫の雲をあっという間に吹き飛ばしていった。そしてその中からはバハムートの巨体が出現する。
〔へえ! 彼女、風の魔法を使うんだ〕
多分、女剣士は風系魔法の使い手なのだろう。
「じゃあ作戦通りね!」という女剣士の掛け声で我々は三方に分かれた。
女剣士はバハムートの進行方向に先回りしてその上空を旋回する。
ディノは高度を下げ、スピードを落としてバハムートの背後でマークする。
身体は剣を抜いた臨戦態勢でバハムートの左側から接近を試みる。が、ディア・シデンが思うように動いてくれないのでうまく接近できない。どうやらディア・シデンはバハムートを怖がっているようだ。やはりドラゴンとて生き物である。
身体は左手に見える小さな湖に着目した。
『仕方が無い……アレをやってみるか』
そう呟いて身体は湖に向かった。
月明かりを微かに含んだ夜の湖は、漆黒の大地にぽつんと佇んでいるように見えた。そこに向かってディア・ドラゴンを飛ばす。そして、湖面ギリギリまで下がったところで身体が左手を翳して『はあぁぁ!』と力を込める。すると真っ黒な水面がまるでその部分だけが沸騰しているみたいに泡立ち、やがてモコモコと黒い塊を噴出すようになった。それが徐々に膨らみ、ある一定のところから爆発的に膨張し始める。
〔のわっ!? でけぇ!〕
盛り上がった水面は一気に数十メートルの高さまで成長する。そして根元がブッツンと千切れて大量の水が宙に浮いた。これは結構な水量になると思う。湖面の水位もぐっと下がった。
〔湖の水、半分ぐらい汲み上げちゃったんじゃないか?〕
黒い湖面の上に数十メートルの水の塊がふわふわ浮いている。実に奇妙な構図だ。
『デメル・ド・マジカ!』
その呪文で手の平から『ズンッ!』と、衝撃波が出た。それを受けた水の塊がブルブルっと震えて、次の瞬間に急速に縮みはじめた。
〔これは……何の魔法だっけ?〕
しばらくすると水の塊はちょうどバハムートと同じぐらいの大きさまで収縮した。
『ジョクノ・マジカ・デリス』
その呪文はまったく聞いた覚えが無い。身体は前方に突き出した左手の指をゴニョゴニョと動かす。するとまるで指の動きに合わせるかのように水塊がボコボコと音をたてながら形を変えていく。
〔何だ何だ!? 何がしたいんだ?〕
はじめは何の形か分からなかった。が、やがてそれが生き物の輪郭、それもドラゴンを模ったものであることが徐々に判明する。足、手、爪、頭、羽、と各部の輪郭がしっかりと造形されていく! これもエスピーニ譲りの技なのだろう。が、規模が違う。彼が作り出した2頭の水ドラゴンはディア・シデンと同じぐらいの大きさだった。それに比べて今作ろうとしているドラゴンは……。
〔まさかバハムートに対抗したのか!?〕
身体が作った水のドラゴンは巨体を震わせて咆哮を繰り返す。そして勢い良く飛び上がった。身体がそれに続いて再びバハムートに向かっていく。
〔こりゃ凄ぇや! こいつに戦わせる気か!〕
なるほど接近戦が臨めないなら遠距離戦、それもリモートコントロールなら安全だ。おまけにこの巨体ならバハムートと互角に渡り合えるかもしれない。
『いけっ!』
身体が左手を力強く押し出すと水ドラゴンの飛行スピードが上がった。そして一気にバハムートに突っ込み、アメフト選手のタックルみたいに肩口で相手を突き飛ばした。
バハムートはふいをつかれたのか大きく吹っ飛ぶ。が、そこはさすがに伝説の巨竜だけあって空中でぐっと踏ん張るとカウンターとばかりに右腕を振り上げて水ドラゴンに向かって突進してくる。それに負けじと水ドラゴンは爪で引っ掻く仕草をみせる。『ゴッ!』『ガツッ!』と、重い響きが生じる。巨大なドラゴン同士の取っ組み合いは、恐らく誌面上では迫力のある描写になるだろう。ところが離れたこの位置から眺める分には今ひとつその迫力が伝わって来ない。まるで最後は必ず巨大化した敵とロボットで戦う何とか戦隊のバトルを見ているみたいだ。一発一発は重そうに見えるがスピード感には乏しい。もっとも、そういう特撮もので両者の動きが速かったら重量感は伝わらないのだろうが……。
そのとき身体が『ムッ!?』と、少しよろめいた。
〔そういえば何だかダルいような……〕
この技は思ったより体力を消耗するのだろうか? それともこの水ドラゴンがあまりにデカ過ぎるから余計なエネルギーを使ってしまうとか?
身体が力を緩めてしまったせいか水ドラゴンの動きが鈍った。そこにバハムートの熊パンチが炸裂! 水ドラゴンの肩口に命中した。
〔やべ! 腕が崩れてる!?〕
パンチをくらった箇所が明らかにひしゃげている。そこで身体が『クッ!』と、手先に力を込める。それを受けて水ドラゴンの腕と肩がボコボコと再生する。
〔そっか! 水だから再生できるんだった!〕
それなら負けは無い。こちらの体力が持てばの話だけど……。
肉弾戦ではなかなか決着がつかない。そこで業を煮やしたのか、ついにバハムートはメガフレアの準備にかかった。奴のそれは周りの空気を一気に吸い込んでから吐き出す必要があるらしい。なのでその仕草で予測は出来る。だが問題はあの反則的なメガフレアに対抗するだけの技が水ドラゴンにあるかどうかだ。
〔エスピーニの水ドラゴンは水鉄砲を撃ってきたけど……〕
飛び道具には飛び道具というのがバトル漫画では常識だ。それも同等、もしくは片方が少しだけ優勢で、互いに放ったエネルギー弾が両者の間で拮抗するのが望ましい。その方が盛り上がる。しかし、水ドラゴンには飛び道具が無いのか、距離を取ろうとしたバハムートにボクシングの試合みたいなクリンチを仕掛ける。あくまでも接近戦で臨むつもりのようだ。
水ドラゴンとバハムートが、がっぷり四つに組む。バハムートは周りの空気を吸い続けている。
〔ヤバい! 強引に撃ってくるつもりだ!〕
幾ら再生可能でもこの近距離でメガフレアはヤバい!
水ドラゴンは右腕を伸ばしてバハムートの顔を押さえにかかる。が、払いのけられてしまう。ならば左手で、と思いきや、こちらも同じようにブロックされて相手の顔まで届かない。このままではマウス・トゥ・マウスであれを喰らってしまう。
〔おいおいおい! マジで危ないって!〕
バハムートが『かぱっ』と口を開いた。その口が青白い光を帯び始める。
両腕を封じられて「万事休す!」と、覚悟した。が、身体が『フンッ!』と、気合を入れると水ドラゴンの胸のあたりがボコボコっと盛り上がった。
〔何だありゃ!?〕
水ドラゴンの胸から突起が飛び出した!
〔いや、あれは第三の手!?〕
まるでエイリアンの幼虫が寄生された人間の胸を食い破って飛び出してきたように水ドラゴンの胸から腕が出てきた。そして間一髪のところでバハムートの顎を突き上げる。と、次の瞬間に強烈なフラッシュに包まれる。
〔のわっ!〕
一定の距離をとっていてもメガフレア炸裂の振動が伝わってくる。そして夜空の向こう側へと真っ直ぐに伸びる青白い光の軌跡。それは夜空を切り裂く雷光のようにも見えた。多分、逆立ちをして雷を間近で見たらこんな感じなんだろう。
〔危ねぇ……〕
夜空のずっと先の方で光が爆発的に広がる。遅れること数十秒、今度は爆発音が上の方から響いてきた。恐らくは大気圏近くまで到達したのだろう。きっと誌面には宇宙から見た地球の絵に爆発が広がる描写が載るに違いない。
『ハァ……ハァ……』と、身体が肩で息をする。
〔ヤバい。さっきより体がダルい〕
またしても力が抜けてそれが水ドラゴンにも伝わる。バハムートはそれを見逃さない。
「グギャア!」と、バハムートが雄たけびをあげながら水ドラゴンを突き飛ばす。そして回し蹴りの要領でくるりと1回転すると、その太い尻尾を水ドラゴンに打ちつけてきた。
『ウグッ!』と、身体は苦しそうに呻く。手の平に力を込めてはいるものの水ドラゴンが大きく仰け反る。そこに追い討ちをかけるようにバハムートが口から何かを発射した。
〔何!?〕
それは青白い火の玉だった! 先ほどのメガフレアほどではないが青白い火の玉が水ドラゴンの腹を撃ち抜いた!
『な!? 連発だと?』
〔嘘だろ? メガフレアを発射する前のモーションは無かったはず!?〕
その一撃で「ジュッ!」という只ならぬ大音量が発生した。そして水ドラゴンが消滅……どうやら一瞬で蒸発してしまったらしい。
『グッ!』
爆風、それも湿った空気が正面からぶつかって来た。続いて大量の水が横殴りの雨みたいに飛んで来る。
〔これってお湯じゃん!〕
目を開けていられないような水圧。熱湯シャワーを全開にして至近距離で顔に受けるようなものだ。
〔熱い! 熱いって!〕
顔を掻きむしりたくなるような感触! じっとしていられない。なのに身体が動いてくれないので余計にパニックになってしまった。
やっと熱いのが去った頃にはすっかり戦意を失ってしまった。
〔もう嫌だ……いつまでこんな奴の相手をしなきゃなんないんだ?〕
心底、早く終わらせて欲しいと思った。
〔だいたいディノは何してんだ?〕
あいつがバハムートの弱点とやらを攻撃しないとこの戦いは終わらない。段々腹が立ってきた。さっきの痛みもディノがモタモタしているせいだ。
身体が周囲を見回す。
〔いた! あいつ何やってんだ?〕
ディノはバハムートの足のあたりにつかず離れずで飛びながら何やらしきりに覗き込んでいる。多分、わき腹にあるという弱点を探しているのだろう。
〔マジで使えねえ……今まで何やっていたんだ?〕
何と要領の悪い主人公だ。イライラする。出来ることなら頭を張り倒してどやしつけたい。しかし、身体はなおも冷静に状況を把握しようとする。
『ム? あれは!?』
身体が再びバハムートに視線を移すとバハムートがまるで人差し指と親指で十円玉を拾うように女剣士をつまみ上げているのが目に入った。
〔ちょ、なんで捕まってるんだよ!〕
バハムートの動きは決して速くはない。それなのに女剣士はバハムートに捕まってしまったのだ。彼女の足はバハムートの巨大な爪と爪に挟まれている……。
それを確認して身体が舌打ちする。
『チッ! 世話の焼ける女だ』
そう言って手綱を引くが、やはりディア・ドラゴンは思うように操れない。そこで何を思ったのか身体は半ば強引にディア・シデンの頭を真上に向けると、急上昇を試みた。ちょうど直角になるような姿勢でディア・シデンはグングン上昇していく。加速時に生じるGと引力が同時に押し寄せてきてディア・シデンの背中から引き剥がされそうになる。はじめはバハムートの真上に回るのかとは思ったのだが、それ以上に上昇していくので心配になってきた。
〔ちょっ!? どこに行くんだ? まさか……逃走?〕
必要以上に上昇してしまったような気がする。その証拠に身体が上昇を止めて下を見るとバハムートは米粒みたいに小さくなっていた。
『よし……』
何が良しなのかさっぱり見当がつかない。
と、次の瞬間に身体は、ぱっと手綱を離すとまるでスカイダイビングのように宙に飛び出した。
〔は!? ちょっと! ちょっと!〕
今度は自由落下のGに完全支配されてしまう。怖いのは怖い。というか何でこんな展開になるのかさっぱり理解できない。
『……』
身体は一点を見つめる。そして落下しながら剣を抜き、両手でしっかりと構える。恐らくは上からバハムートの頭上を叩き斬るつもりなのだ。
〔勢いをつけるにしても高すぎだろ〕
どこに狙いを定めているのかは分からない。が、あっという間にバハムートの姿が目の前に迫ってきた。そして〔ぶつかる!〕と思った瞬間に身体が『ヌォォォ!』と、上段に構えた剣を振り下ろす。
超高度から落下する際の加速度を利用した渾身の一撃!
すれ違いザマに斬る。そんな感じだった。が、剣先に物凄い抵抗力が生じた。バハームートの皮膚が剣の侵食を頑なに拒もうとする。やはり切るには硬すぎるのか?
『ウォォ!』
腕がもげるのが先か、剣を振り切るのが先か?
〔いだだだ……腕が!? 腕が!〕
目の前にあるのはバハムートの腕。手の甲のあたりか?
『せいっ!』
全体重をかけて剣を振り切る。メリメリメリっと食い込む感触! そこからはダンボールにハサミを入れたみたいな抵抗を受けながら刃先が走る。
頭上で「グギャァア!」という悲鳴のような叫び声があがった。今のはバハムートの叫び声!
〔やったか!?〕
斬り終えた途端にまた落下が始まった。そこに上から何かが落ちてくる。
〔な、何だ!?〕
身体は素早く剣を背中に収めると両手を広げた。そしてすかさず落下物を受け止める。
〔うあ!? ありゃ?〕
ドスンという衝撃の後すぐにその『柔らかみ』を感じた。重いけど妙に温かい。それで気付いた。落ちてきたのは女剣士だった。
つまり、身体はあの超上空から飛び降りて超ピンポイントで女剣士を捕らえていたバハムートの手の甲を斬り付けたのだ。
女剣士がうっすら目を開ける。
「ありがと……助かったわ」
『礼を言うのはまだ早い。アレを片付けないことにはな……』
それ以前にこのままだと二人とも地面に叩きつけられてしまう! 一瞬、心配になったが、背中の方でバサッと羽音がしたかと思うと難なくディア・シデンにすくい上げられた。どうやらこのドラゴンは相当に賢いらしい。呼ばなくても自主的に主人を助けにきてくれる。まあ、うまいこと助かるもんだ。
と、一息ついたのも束の間、女剣士が「ディノ!」と、叫ぶ。
彼女の叫びを聞いて身体がディノの姿を探す。
〔いたいた。お?〕
見るとディノがドラゴンの背中から大ジャンプをしてバハムートのわき腹に突撃するところだった。
〔おお! ちょうど突っ込むところか!〕
剣を突き出したポーズで一直線に飛んだディノの剣先がバハムートのわき腹に当たった! けど、何も起きない。それどころかバハムートが身をよじった拍子にディノは、まるで壁に当たって跳ね返ったテニスボールみたいに真っ直ぐに自分がジャンプした地点に戻っていった。その一部始終を少し離れた位置で真横から見ていたのでなんだかコントを見せられているように思えた。
〔全然ダメじゃん……〕
身体が半分呆れたような口調で尋ねる。
『やれやれ。傷跡が弱点だと言ってなかったか?』
「そんなはずないわ! バハムートと43日間戦い続けた勇者様が命がけでつけた傷なのよ! 前回、前々回もあの傷に光の魔法を注いで鎮めたって記録が……」
『しかし効果はなかった』
「まさか……傷が癒えたとか?」
『あきれたものだ』
バハムートに攻撃を跳ね返されたディノがスゴスゴと引き下がってきたので3人で作戦を練り直す。
『どうやら失敗したようだな』
身体がそう言うとディノはドラゴンの背中でしょぼーんとうな垂れた。
「ねえ。もしかして傷が無くなってたの?」
女剣士に問われてディノが首を振る。
「いいえ、傷は確かにありました。剣先はすっと入りましたから。でも……」
「でもって何よ? 言ってみなさい」
「封印、かもしれません。妙な弾かれ方をしたから」
「なんですって!? そう……敵もさるものね」
『敵というのはこいつを召喚した奴のことか?』
「ええ。多分、弱点のことを知ってて対策してたんだわ。やれやれ。簡単にはいかないものね」
ディノが泣きそうな顔で訴える。
「無理ですよ。もう……ここは軍に任せた方が」
情けない。それが主人公の台詞か? どこまでヘタレなんだ?
『封印……か。力ずくで引っぺがすか、あるいは術者を見つけ出すか』
「そうね。でも、術者を探すには時間が無さ過ぎるわ」
そこでディノが提案する。
「そうだ! 国中の専門家が集まってるじゃないですか! 封印術の」
確かにクーリン達を残してきたクレーターのところにはバハムートを封印しようと集まってきた専門家がまだ居るはずだ。
「わかったわ。じゃあ、わたしがいったん戻って誰か連れてくる!」
女剣士は指笛を鳴らして黒ドラゴンを呼び寄せるとそれに飛び移った。
「わたしが戻るまで無理はしないでね!」
「はい」と、ディノが頷く。
〔……そこは『はい』じゃねーだろ。主人公なんだからもっとガッツみせろよな。まったく覇気のない主人公だ〕
女剣士と入れ替わりにドラゴンに乗ったサイデリア軍の兵士が我々に接近してきた。
ドラゴン兵は怪訝そうにこちらを眺めて言う。
「こんな危険なところで民間人が何をやっている!?」
『見れば分かるだろう。なんとかアレを止めようと努力しているところだ』
「な!? バカなことを言うな!」
『一応、許可は得ているんだがな。ポルコ将軍の』
ポルコ将軍の名を出した途端にドラゴン兵が姿勢を正す。
「こ、これは失礼しました! ですがここは危険です。すぐ避難してください」
『そういうわけにもいかないんでな。待ち合わせ場所なんだ』
「いえ、しかし……間もなく陸軍の一斉射撃がはじまるんです。巻き添えを食ってしまいますよ」
今頃になって一斉射撃とは……でも、あまり期待はできないと思う。
『分かった。少し下がっていよう』
「それが良いと思います。砲撃隊はあちらの丘からその先の山のふもとまで展開していますから……あの山の辺りまで避難すれば大丈夫だと思います」
ドラゴン兵の指差す方向に目を向ける。
『随分と遠いな』
「ええ。念のためです。もしかしたら海軍のギガント砲が使用されるかもしれませんから」
そこでディノが「ギガント砲!?」と、目を丸くした。
『ギガント砲ね……』
身体とディノが互いの顔を見ながら苦笑する。
〔あんな欠陥品にまで頼らざるを得ないとはな……てか、ここまで届くってことはだいぶん首都まで近付いてるってことか〕
そうなると今晩中がヤマということだ。まさかメガフレアで主人公サイドの首都が壊滅なんてことは無いとは思うが、今のところどうやってバハムートを止めるのか目処はたっていない……。
ドラゴン兵は警告を終えるとさっさと戻っていった。それを見送って我々もバハムートからもう少し離れる。あまり離れすぎても何なので、バハムートの大きさがこぶし大に見える位の距離をキープして右から左へ移動するバハムートを斜め後ろから見る形で追跡する。そんな調子で三十分ぐらい経っただろうか。さっきのドラゴン兵が言っていた砲撃隊の待機する丘の手前数キロの上空にバハムートが差し掛かったところで一斉射撃が始まった。
最初の1発がバハムートの前方で炸裂する。その光でバハムートの前身がオレンジ色に照らされる。それを合図に2発目以降の爆発が立て続けにバハムートのいる位置で炸裂する。打ち上げ花火の中に火花みたいなのがバチバチバチっと長くスパークするやつがあるが、まさにそんな感じだ。砲撃の精度はまずまず。八割がた命中しているように見える。だが、バハムートの移動スピードはあまり変わらない。 バハムートの進路に立ち塞がるように爆発は絶え間なく続くが効いているという感じには見えない。煙を掻き分けながらストロボ連射の中で動くバハムートはコマ送りのように見える。風に乗って火薬の匂いがここまで漂ってくる。
身体がぼそっと呟く。
『弾丸の無駄遣いだな』
ディノはバハムートの様子を食い入るように見ている。その時、バハムートがピタッと止まった。
〔まさかここでメガフレア!?〕
そう思ったのだがバハムートは顎をしゃくるような具合で頭を軽く振っただけだった。ところが次の瞬間、バハムートの前方でレーザーのようなものが頭の動きにリンクするみたいに弧を描いた。と同時に丘を含む大地が轟音とともに跳ね上がった!
『あれは!?』と、身体が驚く。
まるでレーザービームで広範囲をなぎ払うみたいだ。
「ああっ! 砲撃隊が……」と、ディノが悲鳴にも似た声を絞り出す。
『恐らく全滅だろう。彼らにとっては相手が悪すぎた』
「酷い……なんてことを」
『これで終わりじゃない。アレを止めないともっと悲惨なことになる』
「そんな……」と、呟いてディノは唇を噛む。
今の一撃で砲撃隊からの砲撃はパタリと止んだ。丘の斜面から平地に下り隣の山の裾野まで黒煙が上がっている。おどろおどろしい黒煙の足元にはオレンジの炎が広範囲に渡って広がっている。恐らくあの付近は焼け野原になっていることだろう。
再び動き始めたバハムートの斜め上に何かがキラリと光った。
「あれは!?」と、ディノが声をあげる。
〔なんか見覚えがあるような……〕
降ってきた光の塊がバハムートと重なったように見えた。
そして一際大きな光が生じる。
「うわっ!」と、ディノが身を縮める。衝撃波がここまで押し寄せてくる。
耳をつんざく爆発音、巨大な火柱、上空のきのこ雲!
『当たっただと? あのギガント砲が?』
身体がそんなことを口走った。そういえばよく命中したものだ。無敵艦隊の時は全然、外れてたくせに……。
熱風が嵐のように押し寄せてくる。まるでいっぺんに日焼けしたみたいに顔が火照る。目を開けていると目の中が火傷しそうだ。
〔さすがにこれで無傷とかはねえだろ……〕
自然にそう思えてくるほどその威力は絶大だった。
〔けど、あの精度の低いギガント砲をよく発射する気になったな。下手したら味方も巻き添えだぞ〕
爆風を凌ぎながら冷静に考える。ただ、バハムートのなぎ払いを喰らった砲撃隊に生き残りがいる可能性は限りなくゼロに近いとは思うが……。
しかし、やはりというか何と言うか……赤々とした火柱の中には黒い物体が確認できる。炎の勢いが徐々に削がれたところで相対的にバハムートの存在がくっきりと浮かび上がる。巨大なきのこ雲の足元で、焦土からの照り返りで浮き出るそれは、まさしく悪夢が実体化したものだった……。
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