第4話 VS女神さま

 夜、部屋で独りなって急に不安になってきた。

(このまま戻れないのかな……)

 これってホームシック? いや。それは無いと思いたい。

(別にリアルが充実してたわけじゃないし……)

 自分の場合、現世に未練は無いはずだ。

 ベッドに横になって天井を見上げる。天井にはしみひとつ無い。見れば見るほどそれはのっぺりとしていてまるで質感が無かった。

(もしこれが夢だというのなら、そもそもこんな退屈な時間が堂々と存在するはずがないよな……)

 授業中や通学途中は勿論、自宅で暇を持て余すことはよくある。何となく眠れない夜もそうだ。何をするでもなく意識だけが宙を彷徨う状態。そんな時にいつも感じるのは、時間という存在の圧迫感だ。無駄な時間という奴はいつも妙なプレッシャーを与えてくる。まるで充実していないリアルは罪だと言わんばかりに……。

 そんな風に弱気になりながらウトウトしていた。で、気がつくとスタスタ歩いていた。

〔また始まった。今度は何だ?〕

 無意識のうちにまた身体が勝手に行動している。

 どうやらロウソクの明かりを頼りにどこかに向かっているらしい。

『師匠の寝室は……あっちか』

 自分の口から漏れた独り言なのにビックリした!

〔女神の寝室! おいおいおいおい!〕

 これは、まさか、いや、本気で……いきなりそれはちょっと……。

 様々な思いが駆け巡る。こんな夜中に女の寝室に潜り込むということは当然、どういう展開になるのか? 期待せずにはいられない。

〔けど、今この身体は全然コントロールが利かないんだよな……〕

 それがまず心配だ。自分の意思とは違う行動を取ってしまう恐れがある。「触りたいのに触れない」とか「そこじゃないんだよ! そこじゃ」とか、もどかしい思いも覚悟しなければならない。それにここで女神さまとエッチな関係になったからといって、自分の本体はここにはない。それで本当に経験したことになるのか? 

 ところが、言うことをきかない身体は女神さまの部屋らしき箇所を華麗にスルーしてしまった。

〔なんだよ。心配して損した〕

 ガッカリすると同時にホッとした。よくよく考えれば、この漫画が連載されているのは少年誌だ。少々、エッチな場面はあっても流石に露骨な描写は無いだろう。

 そう思っている間にも身体は神殿の奥へ奥へと進み、どこかの部屋に入っていく。

『女神の涙はここにあるようだな』

〔女神の涙? なんだそれ? このキャラは何をしたいんだろう?〕

 部屋に入ると目の前に滝が現れた。部屋の中に滝というのも変な話だが水の勢いが半端ではない。身体がそこに腕を差し込むと強烈な勢いで下に押し流されそうになる。

『水のトラップだな』

 そう言ってから身体が両手を広げ『ドルマジカス!』と、呪文を唱えた。するとまるで手に吸い寄せられるように水の流れが変わって水のカーテンがすっと左右に開いた。ちょうど換気扇が煙を吸い込むような具合だ。

〔こいつの魔法って水を吸い寄せる力なのか!〕

 感心している間にも身体は滝をくぐり、先へと進む。そして開けた場所に出る。

〔広い! それになんだこれ?〕

 目に飛び込んできたのはバスケのコート3面分に匹敵する場所だ。そこに部屋一杯の水が張られている。はじめは池かと思った。が、四角く縁取られているからにはプールか馬鹿デカい風呂なのだろう。

〔真ん中に何かあるぞ?〕

 丁度、中央のあたりにピラミッドのてっぺんのような物体が水面から顔を出している。よく見るとそこから水が湧き出しているように見える。

〔あれって噴水かな?〕

 もう少し様子を見ると思いきやコントロール不能な身体は躊躇することなく水に足を差し込んだ。

〔おい! ちょっとは警戒しろよ! 溺れたらどうすんだよ……〕

 幸いにも足は着くようだ。そこで膝まで水に浸かりながら中央の出っ張りを目指す。そしてそこに到達してから、てっぺんに手を伸ばして何か石のような物をつまみ上げた。

『これが女神の涙か……』

 そう言って身体が手にしたのは水滴を模った石だった。大きさは親指と人差し指で作った輪ぐらい。表面は水色でダイヤのようなカットをしている。中心部は濃いブルーだ。

『力か……しかし……』

 身体は石を見つめながら何だか迷っているようだ。

〔こいつ。この石が欲しいのか?〕

『ええい。何の為に俺は……』

 そう呟いて身体は勝手に首を振る。どうやら盗るかどうかを躊躇しているらしい。が、そんなに首を振り回されるとこっちの目が回りそうだ。

『悪いがこの際、やむを得ない』

 散々迷った挙句に身体はそれをポケットに入れた。

〔結局パクるんかい!〕

 そう思った時、背後に気配を感じた。

「諦めてなかったのね」

 振り返ると女神さまが仁王立ちしている。

〔怖ぇええ! 白目剥いてるし。髪が逆立ってるし。それに地鳴りが!〕

 本当に『ゴゴゴ……』という音が響く。これも漫画ならではの表現か。

『……』

〔おい! 何とか言えよ! 女神さまが怒ってるじゃんよ!〕

 女神さまの髪は逆立つどころかそれが浮き上がって、まるで大木が目一杯に枝を広げているように見える。

『元々、長居するつもりは無かった。もうここに用は無い』

「そう。言い残すことはそれだけ?」

『邪魔だ。そこをどけ』

「嫌だと言ったら?」

『力ずくで通るまでだ』

〔おいおい。宣戦布告かよ……〕

 女神さまが武器を構える。身体が背中に収納していた剣を抜く。

〔これは只じゃすまないな。結局、強制参加かよ〕

 これも強制参加なんだろうか。また痛い思いをするのは嫌なんだけど……。

 女神さまは太ももを露にした服を着ていた。それは昼間の衣装よりも布の面積が少なめでカジュアルな印象を受ける。けど胸の膨らみは相変わらずでソフトボールが二個入っているように見える。多分、その辺りはこの漫画の作者の好みなんだろう。

〔まだ身体が言うことをきかないってことは……これも強制参加なんかな?〕

 あの女剣士の言葉通りならこの戦闘もストーリーの一部として読者に披露されるんだろう。

「行くわよ!」

 どうやら先に女神さまのターンのようだ。

 彼女がモゴモゴと呪文を唱える。が、特に変化は見られない。妙だなと思いつつ次いでこちらのターン。剣を右手に身体が間合いを詰めようと前進する。が、大きく前につんのめる。

『ム!? 足が……』

 身体は前に進もうとしているが足が動かない。足の裏が地面にくっついてしまった感触だ。

 女神さまが解説する。

「フフ。動けないでしょ。水の粘性を極限まで高めたのよ」

 術者がその効果や原理を親切に解説してくれるのは漫画ではよくある手法だ。

『クッ!』

 身体は抵抗を試みるが足元はビクともしない。足元の水が絡みついてくるらしい。

〔おいおい。どうするんだよ……〕 

 よく見ると女神さまは宙に浮いている。

〔汚ぇ! 自分だけ浮いてるし!〕

 女神さまが手にするのは先端が三又になった鉾。確かトライデントとかいう名前でポセイドンとかシヴァ神とかが持ってる武器だ。あれに刺されたら相当痛そうだ。

「行くわよ!」

 そう宣言して女神さまは鉾を豪快に振った。

「ツゥマジカス!」

 女神さまが呪文を唱えると鉾先が光に包まれた。そして『ビシュッ!』という大げさな擬音と共に細い水の筋が飛んできた。それは刃の形をしている。

〔やば!〕

 そう思った瞬間、自分の意思とは無関係に身体がよじれる。それで何とか直撃は避けたものの水の刃は目の前をかすめ、後ろにあった柱に到達し『ズパッ!』とそれを分断した。 

〔真っ二つじゃん……〕

 女神さまは感心したように言う。

「あら。よく避けたわね。さすが私が見込んだだけのことはあるわ」

 台詞だけとれば好意的。けど今のは当たったら死んでるだろ……。

「でもこれならどうかしら」 

 女神さまは容赦ない。今度は「ツゥマジカス!」と、2回鉾を振る。すると水の刃が二連発! それもその軌道が交差して迫ってくる!

〔そ、それは無理!〕

 さすがに覚悟した。と、その時、視覚がグルンと切り替わり、一瞬、天井が目に入った。 軽い目眩。感覚的には身体が回った感じだ。

 一周して再び女神さまの姿を捉える。視点は見下ろす感じ。ということは上に跳んだらしい。

〔バク転で避けたのか?〕

「あら!」と、女神さまが目を丸くする。

 それを見下ろしながら『パチャッ』と、着地。そして体勢を整える。

「ふふ。やるわね」

『フン……』

〔随分余裕かましてんじゃねぇか。てかどうなってんだ? 足、固定されてたんじゃなかったっけ?〕

 その疑問には女神さまが答えてくれた。

「なるほどね。足元の水を蒸発させた訳ね。おまけにそのエネルギーを使って高くジャンプするなんて。水の使い方、分かってるじゃないの」

〔ああ、そういうことか。なるほど。意外と考えてるじゃん〕

 これはちょっと期待できそうだ。まあストーリー的にこいつがここで死ぬことは無いとは思うけど。

 そう思った矢先、女神さまが意地悪そうな笑みを浮かべた。と同時に『ズパッ!』という音がすぐ近くで発せられた。

〔何だ?〕と、驚くや否や左胸から左肩に向かって衝撃が走った。やや遅れて派手に血が噴出す。

〔痛っ!〕

 しゃれにならない痛みが襲ってきた。紙で指を切った時の痛みを百倍にしたような激痛だ!

〔やばい。痛すぎて気絶しそうだ! てか左腕がちょん切られたんじゃないか?〕

『グッ?!』

 ワンテンポ置いて身体が反応する。

〔反応遅いよ! こんなに痛えのに!〕

 身体は左膝を地面について倒れないよう踏ん張ろうとする。かくいう自分は半分気絶中……。

 いつの間にか女神さまの笑みが消えている。

「油断したわね。さっきの連弾はダミーよ。時間差でもう一撃、残ってたの」

〔何てコトするんだよ! にしてもクソ痛え……〕

 やばい。泣きそうだ。いや、確実に泣いてる。今は身体のコントロールを失っているから泣きたくても泣けないというのが正解だ。

 痛みを堪えながら女神さまを恨む。と、その時、女神さまがハッとしたようなリアクションを見せる。

「キャッ!」と、女神さまがその場を飛びのく。

 そこへ上から何かが連続で降ってきた。

『バシュッ!』という音が立て続けに女神さまを追い立て、地面に水柱が連なる。

〔水?〕

 女神さまの頭上を襲ったのは水の弾丸らしい。それが連弾となって女神さまを狙ったようだ。結局、一発も当たらなかったけど……。

 身体の方はといえばまだまだやる気だ。

『時間差が使えるのはアンタだけじゃない』

「へえ。天井に水を貯めていたってことね。ますます気に入ったわ!」

 そう言って女神さまは、またしても聞き取れない呪文を唱えて身を翻した。

〔消えた!?〕

 いつの間にか辺りは深い霧に包まれている。女神さまはスモークの向こう側に隠れたようだ。

『霧で目くらましか……ならば』

 そう言って身体が急に目を閉じる。視界を塞がれて何も見えない。

〔只でさえ見えないのに目閉じたら余計ダメじゃんか〕

 呆れてしまうが自分の意思ではどうしようもない。なすがままだ。

 すると急に目が開いた。

『そこだ!』

 そして左斜め前に向かって凄い勢いで突進する。

〔うわっ!〕

 心の準備が出来てないのに急にダッシュなんかされるとまるで背中を突き飛ばされたような感覚に陥る。

何も見えない中で真っ直ぐに突き進む。で、重心を低く、剣を下から救い上げる! すると『ズパッ!』と、何か切り裂くような音が景気良く響く。手応えもそれなりにあった。 

 霧の中に人影が現れて、ゆらりと揺らぐ。

「よくこの位置が分かったわね……」

 今斬ったのはやっぱり女神さま!?

 身体がその質問に答える。

『音だ』

「音? 水音はたててないはずだけど?」

『衣が擦れる音を聞き分けた』

〔どんだけ地獄耳だよ!〕

 漫画だからと言ってしまえばそれまでかもしれないけど犬より凄くないか?

「あなたには驚かされるわ……」

 そう言った女神さまの姿は良く見えない。が、一瞬、そのシルエットが膨らんだように見えた。

『なに!?』

〔何だ?〕 

 虚を突かれた。いきなり人影が『パーン』と、破裂した!

 爆風に吹き飛ばされながらパニックになった。

〔なんだそりゃ? 今のは偽物か?〕

 吹っ飛ばされた勢いで宙を彷徨い、背中から落ちていく。

〔落ちる! 下は水面だけどモロに落ちたら痛そうだ〕

 そんな予測をしていたら下の様子が目に入ってきた。

〔ゲ!〕

 なんと下は水面だとばかり思ってたのに、いつの間にやらトゲトゲが敷き詰められている!

〔串刺しかよ!〕

 覚悟したと同時に『ザクザクザクッ』という音と複数個所で激痛が発生した! 

〔痛すぎ! 確実に穴空いたって!〕 

 勝手に身体が動くのは我慢する。けど、痛みを感じるのはこっち担当っていうのはどうよ? 多分、このキャラはダメージ食らってないだろ? 

『クッ……』

〔クッとか嘘こけ! お前、本当は痛くねぇだろ! 痛いのは俺だけじゃねぇの?〕

 身体と精神の不一致は続く。女神さまの攻撃も容赦はない。突然、水が跳ねる音で周囲が騒がしくなり、それが四方を取り囲む。霧はまだ残っている。

〔うぁっ!〕

 音の正体が判明して腰を抜かしそうになった。といっても身体は冷静に動いている。

〔馬? マッチョマン?〕

 顔は馬で首から下は筋肉質な大男が四方八方から押し寄せてくる! が、良く見ると色が透けて見える。というより新発売の『グミ』みたいだ。

「水はどんな形にもなれるから素敵なのよ!」

 女神さまのそんなコメントが耳に入った。ということはこの物体は水で出来ているということか?

〔ゲッ! グミのくせに強ぇ!〕

 馬マッチョの繰り出す斧の攻撃は意外と手強い。剣で受けるがその圧力に押されてしまう。

『しまった!』

 身体が急にそんなことを言うもんだから思わず〔え? 何が?〕と、呆けてしまった。で、足元の光景を見せ付けられてビビる!

〔ヘビ?! しかも大量!〕

 馬マッチョに気を取られていたら足元からヘビの大群が襲ってきたの図。まるで茹でたての素麺を鍋ごとひっくり返したみたいに無数のヘビが足元に迫ってくる。

それを避ける為にジャンプ! 空中で半回転して馬マッチョを剣でなぎ払う。一振りで7体ぐらいの馬マッチョを倒した。宙に浮いた状態で右に左に剣を振り回す。ばっさばっさと斬られる馬マッチョは形を崩して水に還る。

〔これは気持ちいい!〕

 なかなかいい感じで馬マッチョを撃退して水面に着地する。と同時に『ギガルマジカ!』の呪文で自分の足元に衝撃波を発生させる! その勢いでヘビも水に還った。

〔何の呪文か知らんが一瞬、自爆かと思ったぞ〕

 自分の意思ではないけど、この身体なかなか良い仕事をする。多分、自分の力ではこうはいかないだろう。

 徐々に自信が芽生えてきたところで女神さまに対峙する。先ほどの爆風は霧を払いのけたようだ。

「今の技……只の水使いじゃないわね」

 そう言った女神さまの表情は強張っている。美しい女が眉を顰めるのは悪くない。というより好きだ。

 女神さまは続ける。

「火と風の属性を使いこなす水使い……まさかあなた。ジョイルスの……」

『みなまで言うな!』

 まるで女神さまのコメントを遮るかのように身体が剣を振りかざす。

 女神さまは胸の前に両手をかざして水を集め、盾を作ろうとする。

 だが、身体は一気に攻撃に移る。

「はや……」と、女神さまが口にすると同時にその脇をすり抜けた。

 その言葉通り、自分も「ワープ」したと思った。

〔何だ今のは……〕

 身体はゆっくりと振り返る。そして無言で女神さまを眺める。

 女神さまが作ろうとした水の盾が崩れ落ちる。そして女神さまが声を振り絞る。

「剣に水の刃をまとわせてキレ味を……極限まで上げたってわけね」

 相変わらず女神さまの解説は読者に親切だ。 

〔けどマズいんじゃないか? 女神さまを倒しちゃったら後々……〕

 急に不安になってきた。少なくともミーユは女神さまのことを師匠と慕っていた。この身体が何でさっきのしょぼい石を欲しがるのかは分からないけど……。

 そんな心配をしてると女神さまがバタッと倒れた。

〔あれ? なんかやけにあっさり……〕

 そう思っていると身体も同じ感想を持ったらしく『妙だな……』と、首を傾げる。 

 しばらく女神さまの遺体(?)を観察して気がついた。というより女神さまがみるみるうちに縮んでいく。

〔おいおい。また変わり身の術か?〕

 その予想は当たっていた。女神さまが倒れているはずの場所にはナマズの親玉みたいなのが転がっていたのだ。

『フ……どうりで手応えが無い訳だ』

〔なに余裕こいてんだよ! 結構、本気出してたんじゃないのか?〕

 そんな突っ込みなど関係なくストーリーは進行する。

 気が付くとナマズの死骸の隣に女神さまが立っている。

「たいしたものね。いいわ。あげる。あなたには『女神の涙』を手にする資格があるわ」

『いいのか? これではアンタを倒したことにはならんと思うが……』

そう言って身体はナマズの亡骸を眺める。

「いいのよ。その影武者、元々は凶暴な死刑囚だったし、私の力を半分上乗せしてたから強敵だったはずよ。それをあっさり倒したんだから自信を持っていいと思うわ」

〔死刑囚ってこのナマズが? なんじゃそら……〕

『女神の涙……至高の宝ではないのか?』

「大丈夫よ。あと6つぐらいスペアがあるから」

 女神さまは悪びれもせずそう言って舌を出した。

『な、なんだと?』

〔はじめからそう言えよ……てか何の罰ゲームだよ。痛い思いをして割りに合わないだろ。まったく何の為にこっちは痛い思いをしたんだ。マジでこの女神、張り倒してぇ!〕

 本気で殺意が沸いてきた。が、意外にも女神さまは真面目な顔つきで呟く。

「でもその石は憎しみには力を貸さないわよ」

『……分かっている』

 その答えに女神さまが意味深な笑みを浮かべる。

〔なに和んじゃってる訳? 俺だけ蚊帳の外かよ!〕

 何が何だか分からない。でも、この場面ではそれで意味が通じているらしい。

〔こんなことならもっと真面目にこの漫画読んどけば良かった!〕

 心底、後悔した。


   *  *  *


 翌朝、何事もなかったかのように女神さまは食事を振舞ってくれた。

「たくさん食べてね。長旅に出るんだから」

 これもまた語尾にハートマークが付くような言い方だ。だけどその言葉をありがたく受け取るわけにはいかない。

(たくさん食べるも何も……無理じゃね?)

 うんざりするのも当たり前だ。大体、昨夜のナマズを食卓に乗せるその神経が理解できない。幾ら女神さまでもこれは酷い。せめてもの救いは今のところ身体の自由が利くので食べるのを拒否できることぐらいだ。

「どうしたミョ? こんなに美味しいのに!」

 そう言うミーユは全然、抵抗が無いらしい。漫画の世界だから映像的にグロテスクではない。しかし、見たことも無いような物体、それも死刑囚を食するなど考えただけで萎える。

「俺はいい。それよりさっさと準備しろよ」

「フギー! そんなに急がせないでミョ!」

(やれやれ。本当にこんなのを連れて行くのか……)

 でも身体が連れて行くと決めたからには仕方が無い。物語の都合上、この幼女とは行動を共にしなければならないんだろう。それにしても女神さまが『ナイス・バディ』ならこの子は幼稚園児みたいな体型だ。それにマシュマロみたいな帽子も幼稚っぽい。可愛いんだけど恋愛の対象じゃないような……。

(といっても漫画のキャラに恋愛もヘチマも無いか)

 とにかく食事が終わったら次の目的地『デーニス』に向かうという。小国ながら優れた技術を持つというこの国もまたグスト連邦の脅威にさらされている。もしかしたらまた道中でグスト連邦の敵と戦う羽目になるかもしれない。というよりも確実にそうなると思う。

(基本バトル漫画だからな)

 そんな漫画の一員として物語に参加するんだと思うと妙にワクワクする。と同時に不安になってくる。この後、主人公とどういう絡みを展開するのか? どんな戦いを繰り広げるのか? そしてどんな結末を迎えるのか……。

(この漫画が終わったら元の世界に戻れるのかな?)

 それは現時点では分からない。只、ひとつ気になるのがあの女剣士の言葉だ。あの口ぶりから彼女は自分より先にこの世界に来てたらしい。が、この漫画の連載が終わりそうだと自分が言った時の反応……彼女はそれを歓迎していなかった。

(まあ、それはそれで次に会った時に確かめておこう)

 一抹の不安を希望的観測で封じ込め、いざ次のステージへ!


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