第18話 脱出! デココ収容所

 デココ収容所はジョイルスの首都に近い山岳地帯にあった。

 ここまで慎重に山間を縫って接近したので、幸いジョイルス国立軍の警備に気付かれることはなかった。

(さすがにこんな所までは監視の目が行き届かないか……)

 しかしそれにしてもカバドラゴンの飛行は相変わらずまどろっこしい。

(焦るなあ……多分、まだ大丈夫だと思うけど)

 ここまで随分と遠回りをしてしまった。少なくともフィオナのSOSをキャッチしてから数日は経っている。本当なら直ぐにでも駆けつけてピンチを救ってあげた方が好感度はアップするはずなのに。だが、よくよく考えてみればこれは漫画の世界なのだ。ヒロインがそう簡単に死ぬようなことは無いはず。いや、無いと思いたい。

(そういや、あの女剣士もジョイルスに向かってたんだよな?)

 確かあの女剣士はディノを見守る役目をしていたはずだ。ということはディノと一緒にいる限りフィオナも守られるだろうという期待もあった。いずれにせよ自分を含めてこの物語の主要人物がそこに集結するということは、何か大きなイベントがあることを意味する。だったら逆に自分が到着するまで大きな動きは無いともとれる。

 そこで突然、地図とにらめっこしていたミーユが顔を上げる。

「そこの山を越えた所ミョ!」

 手前の山を迂回すると突如、前方に圧倒的な白が出現した。よく見ると山と山の隙間を埋める形で白い壁が鎮座している。しかしその規模は圧倒的で、まるで周りの緑を押し退けるような存在感だ。

「でかっ! てか、これってどう見ても……」

 それは一見すると巨大なダムのように見えた。残念ながらダムの実物を目にしたことが無いので、これがどれぐらいの規模なのかは分からない。だが、遠目に見てこれだから近くで見たらもっと凄いことになると思う。

 突然、そこで背筋がピンと伸びる。

『あれがデココ収容所か……聞きしに勝る代物だな』

「ミョ! このまま行くとさすがに見つかるミュ?」

『そうだな。とりあえず左手の山から回り込んでくれ』

「了解だミョ!」

 身体の指示でミーユがカバドラゴンの進路を変更する。大きく左に進路を取り、そこからダムの一部になっている小高い山を目指す。

『あの山の裏側に下りるんだ。そこで夜まで待つ』

〔なるほど。侵入は闇に紛れてってことか〕

 飛んでいる時に気付いたのだが、デココ収容所の向こう側に湖のような青がチラリと見えた。

〔やっぱりダムなんじゃね? もしかしたら巨大なダムを収容所に改造したのかもしれないな〕

 そんなことを考えながらデココ収容所脇の山に向かう。


   *  *  *


 明るいうちに徒歩で山の頂上に登り、期を窺っていた。そして辺りがすっかり暗くなったところで身体が行動を起こす。

『ミーユ。お前はここで待機してろ』

 いつもなら自分も行くと言い張るミーユが珍しく素直に従う。

「分かったミョ。気をつけるミョ」

 山頂から見下ろした夜の収容所は青白く見えた。左方向にはのっぺりとした貯水池が黒く広がっている。ダムの仕切りがちょうど背中を丸めたような具合でカーブして水面を受け止めている。一方、不自然に切り取られた右手の空間はどこまでも深く、夜の闇を貪欲に飲み込もうとしている。均等に並んだ小窓から力なく漏れるオレンジの明かりは長いトンネルの非常灯の並びを連想させた。

『さて、と』

 身体は軽く息を吐くとダムに向かって豪快にジャンプした。まるで高層マンションの屋上から夜の底に飛び込むような感覚だ。

〔この落ちてる感が嫌だ……〕

 着地までほんの数秒。そして膝から下の部分にズンと重い痛みが突き上げる。

が、身体の方はといえば、まるで何事も無かったかのようにスタスタと歩き出す。

〔毎度のことながら痛いのは俺だけかよ!〕

 ぐるりと見回すまでもなくダムのてっぺんは工事中の高速道路みたいに殺風景だった。左手には貯水池。右手は目がくらむほど高い絶壁。そしてそれらを分断するように一本道が向こう側の山に至るまで弓なりに続いている。

 身体が鼻を鳴らす。

『妙だな……潮の匂いがする』

 そう言われてみると微かながら海の匂いがする。

〔確かに変だよな。これって貯水池じゃねえのか?〕

 そんな疑問を持ったのも束の間、身体は絶壁側に寄ると下を覗き込む。

『入るとしたらあそこか……』

 そう言って注目したのがダムの壁面からちょこっと飛び出した出っ張りの部分。恐らく、見張り台か何かの出っ張りなのだろうが、ここからでは耳かきの先っちょぐらいの大きさにしか見えない。

『さて、と』

 身体は上半身を乗り出して手すりに足を掛ける。

〔ちょっ!? 危な……〕

 何てことをするんだ! まさかここからあの出っ張りに飛び移るつもりとか?

『ヨッと』

 身体は手すりをまたいでヒラリと身を宙に投げ出した。

〔死ね! てかマジで死ねよこいつ!〕

 死ね死ね死ねと心の中で連呼するしかなかった。さっき山から飛び降りた時よりもずっと怖い。比較にならないぐらいヤバいことは明らかだ。もう、落ちていく勢いでポコチンがもげると思った。それぐらい強烈な加速力に全身が囚われている。しかも落下の途中で身体が『ありゃ?』とか言いやがる!

〔ありゃって何だよっ!〕

 目測を誤ったのか? チラリと数メートル先に見えたのはさっきの出っ張りじゃなかったか? 

〔てことは失敗!? やっぱ死ねよこいつ!〕

 もう諦めた。これは助からない。このまま夜の底に引きずりこまれ、地面に叩きつけられて粉々だ……。 

『ラム・ジマジカ!』

 その台詞と『ぼよん!』という擬音がほぼ同時に発生した。そして自分達を縛っていた加速力が突然、消え失せた。

〔な、なんだ!? 止まった?〕

 状況を把握するのに数秒かかった。背中に受ける感触。これは多分、水のクッションだ。

『少し目測を誤ったようだ』

 そう言って身体がゆっくりと上半身を起こす。

〔少しじゃねえだろ!〕

 いちいち突っ込まずにはいられない。この身体が無茶をする度に中の自分は酷い目に合わされる。というかよく今まで気が狂わなかったと思う。その点では自分を褒めてやりたい。

『ル・グラマジカ』

 その呪文でグイッと水のクッションが上昇する。そして右にスライドしてダムの出っ張り部分に到達した。どうやら今のは水を誘導する魔法のようだ。まるで百円を入れて動かす子供の乗り物みたいな動きではあったが、水のクッションはご丁寧に自分達を目的地に運んでくれたのだ。

〔だったら最初から使えよ……無理に飛び降りる必要なんかないじゃんか〕

 心底うんざりした。が、これもまあ演出のうちなのかとも思う。これから敵の収容所に潜入しようかというのに、ある程度の緊張感がないと漫画としては物足りないからだ。ただ、肝心のこの身体にはその緊張感が足りないような気がする。

 まるで何事も無かったかのように身体が呟く。

『やはりここから中に入れるようだ』

 そんな独り言に辟易しながらも身体の行動に任せることにした。


   *  *  *


 ダムの壁面に付いていた出っ張りは、やはり見張り台のようで内部の通路と繋がっていた。

 内部通路は薄暗く、左右どちらを見ても奥の方は闇に溶け込んでいるように見える。随分と長い一本道だ。

〔広すぎだろ……こんなんでどうやってフィオナ達を探すんだろ?〕

 建物の規模を考えると短時間で内部を探索するのは不可能に思える。が、身体は迷うこと無く進路を右にとった。しかも相変わらずスタスタと落ち着き払った様子で歩を進める。ここがアウェイであることなどまるで気にしていないらしい。

〔見張り兵に出くわしたらどうすんだよ……〕 

 ここに捕らわれているフィオナ達を救出する為にはジョイルスの連中と敵対せざるを得ない。このキャラの戦闘力をもってすれば仮に戦闘になったとしても負けることは無いと思う。だが、派手にやってしまうと救出が面倒になることは覚悟しなければならない。

 長い通路の左手には数十メートルおきに鉄扉がある。そのうちのひとつを身体が無造作に開ける。

『鍵はかかっていないようだな』

 扉を開けると窓の無い空っぽの部屋だった。室内にあるのは質素なベッドに簡素なトイレだけ。恐らくこれは囚人を放り込んでおく為の部屋なのだろう。

 しばらく室内を眺めてから身体が剣を抜く。

『フィゲ・マジカヨ!』

 その一言でドサッと水が降ってきた。というよりも、あっという間に部屋が水没した。

 部屋に収まりきらなかった水は外に漏れ出して廊下に川を創り出す。まるでこの部屋が源泉になったみたいに尋常ではない湧き水がどんどん水を放出する。身体はそれを放置して通路を先へと進む。

〔おいおい……結局、何がしたかったんだ?〕

 だが、しばらくしてその意味が分かった。異変に気付いた兵士が騒ぎ出したのだ。

「た、大変だ! み、水漏れだ!」

 さっき通った方からそんな叫び声が聞こえてきた。

「何だと!? ど、どこだ!? どこが漏れてる?」

「緊急事態発生! 緊急事態発生! 至急、穴を見つけて塞げ!」

「もたもたしてると決壊するぞ!」

「ひっ! どうしよう! 大変だ!」

「畜生! もうこんなに水が! こりゃ本気でヤバイかも!」

「総員、撤収! た、退避だ! 退避せよっ!」

〔なるほどそういうことか〕

 兵士達はダムが決壊したと思い込んでパニックになっている。身体はこの隙にフィオナ達を助けにいくつもりなのだ。

 身体の思惑通りに兵士達は大量の水の発生に右往左往している。それを尻目に身体の方はといえば淡々と長い通路を抜け、階段を上り、別なフロアに辿り着いた。

〔ここは……なんだか雰囲気が違うな〕

 このフロアは紫の淡い明かりが奥の方まで続いている。天井にへばりついた照明はなぜか紫色で怪しい雰囲気を醸し出している。それを眺めながら身体が呟く。

『フン。魔封光か……』

〔マフウコー? 何だそりゃ?〕

『どうりでディノ達が脱出できないわけだ』

 そう言って身体がスラリと背中の剣を抜く。そして軽くジャンプすると『フンッ!』と、縦斬りを一発ブチかました。すると剣先から繰り出された衝撃波のようなものが『ピシピシッ!』といった具合に手前の照明だけでなくずっと奥の方まで破壊していく。まるでアニメのワンシーンのように地割れが広がっていく。

〔ひと振りで全部ぶっ壊しちゃったのか!?〕

 身体が照明を破壊してしまったので一瞬、真っ暗になった。が、それなりには見える。まあ、本当に真っ暗だとコマを全部ベタで塗り潰さなければならないから、それでは読者にとっても不都合なんだろう。

 身体はスタスタと先に進む。本当にフィオナ達の居場所が分かってるのか疑問だが、多分、彼らとは再会できるだろう。そして予想通り怪しい場所を発見した。

〔牢獄だ~! まんまじゃん!〕

 テレビや映画でよく見る鉄格子。説明不用の設備内容だ。気が付くと鉄格子の向こう側に居た監視兵がサーベルのような剣を構えている。

「な、な、なんだお前ら?」

 新米なのかビビリ君なのか声が震えている。

『そこを離れた方がいい』

 身体はそう忠告すると剣先をぬっと突き出した。それを見て監視兵は「ひぃぃ!」と、後ずさりする。それに構わず身体は鉄格子の扉に向かって『イ・ゴスゲ』と、呪文を唱えた。すると『ボンッ!』というベタな爆発音と共に扉が吹っ飛んだ。煙もちょっと出た。

〔あれ?〕

 今の魔法はなんかいつものと違うような気がした。呪文に『マジカ』の言葉が入っていなかったし、水が爆発したようにも見えなかった。

〔だとするとこの身体、水以外の魔法も使えるのか?〕

 そんなことを考えている間にも身体は鉄格子の扉を抜けてさらに奥へと踏み込んだ。監視兵は壁にもたれかかったまま気絶しているらしい。身体は監視兵がベルトからぶら下げている鍵束を拝借して通路を進む。

 通路を挟んで両側に独房らしき部屋が並んでいる。左右それぞれに20部屋ぐらいだろうか。身体はその真ん中辺りで歩みを止める。

『3045……反応はここか』

 扉に表示された番号を読んでから身体が鍵を開ける。本当は小窓から室内が見られるのだが、いきなり扉を開けてしまうところがこのキャラらしい。

〔重っ!〕

 意外に重たい扉だ。鉄製なうえに分厚いもんだから手応えが凄い。おまけに錆びているせいか開く時に野獣のあくびみたいな音を出しやがる。と、中から「誰?」と、聞き覚えのある声が返ってきた。

〔やった! フィオナだ!〕

 一気にテンションが上がる。ようやくここまで来た。

 が、こちらの感動に反して身体は覚めた口調で声を掛ける。

『出るぞ。あまり時間が無い』

 ぶっきらぼうな言い方だ。ふざけている。『遅くなって済まない』の一言ぐらいあってしかるべきだ!

 フィオナが不安そうな顔を見せる。

「ダンさん? ダンさんなの?」

 その表情に激しく萌えた。震えた! マジで溶けそうだ……。

〔か、可愛い……〕 

 もっとフィオナを見ていたい。それなのに身体は彼女を急かす。

『いいから出るぞ。で、ディノはどこだ?』

「あ、たぶん二つ隣の部屋だと思う……」

『分かった』

 そう言って身体は彼女から顔を背けてさっさと次にいこうとする。

〔マジでふざけんな! 畜生! せっかくフィオナに会えたのに……〕

 うらめしく思いながらも身体の動きには逆らえない。

 身体は次にフィオナが捕らえられていた部屋の二つ先にある部屋を解放した。そこでディノと再会し、その流れで通路を挟んで反対側の部屋も解放することにした。ところが扉を開けた途端に部屋を飛び出してきた奴が「ウォオオ!」と、殴りかかってきた。それも助走をつけての大振りパンチだ。

 身体がひょいとそれを避けると、そいつは勢い余って通路の壁に激突しそうになった。

〔なんだこいつ?〕

 唖然としているとディノが叫ぶ。

「クーリン! その人は味方だって!」

 それを聞いてクーリンと呼ばれた少年が動きを止める。

「ありゃ?」

 それがクーリンの第一声だった。

〔こいつがクーリン? なんかイメージと違う……〕

 なんだか目つきが悪い奴だなというのが第一印象だった。それに髪の量が多くて逆立っている。それも髪の色がオレンジで所々赤くてなんだかオリンピックの聖火みたいだ。

〔どうみてもヤンキーじゃん……〕

 こんな奴の為にと思うと気が滅入った。

 バツが悪そうに苦笑いを浮かべるクーリンに向かってディノが言う。

「この人がダンクロフォード。今まで何度も助けてもらったんだ」

 するとクーリンは値踏みするような目つきで言う。

「ほう。こいつが噂の水使いか」

 だが身体はノーコメントを貫く。

『……』

 しらけた空気……。

 ディノが必死に場をとりなす。

「ちょっ、クーリンてば! と、とにかくここを脱出しようよ!」

「は? ん、まあそうだな」

 そう言ってクーリンはふてぶてしく耳をほじった。

〔こいつ最悪……なんだ? その態度は!〕

 クーリンはサイデリア王立軍の一員と聞いていたが、こんなのが軍人とか信じられない!

 が、こちらの思いなど関係なく、クーリンはテンションが高いようだ。

「よっしゃ! まずは武器を取り戻すぜい!」

 彼はニヤリと笑うと急に走り出した。クーリンに付き合わされる形でディノとフィオナもそれに続く。そして奥の小部屋で没収された武器を回収する。

 さらにクーリンはしたり顔で言う。

「よっしゃ! 次はドラゴンだな! 皆、俺に続け!」

 それを聞いて呆れた。

〔何だよコイツ。皆を巻き込んでおいて、何勝手に仕切ってんだよ!〕

 しかしクーリンはまったく我々の反応などお構いなしに皆を急かす。

「走れ! 時間がないぞ!」

 ドラゴンが捕らえられている場所を目指して全力で走る。皆で走る。その場所を知っている訳ではないはずなのに迷いは無い。途中で三回ほど監視兵に遭遇したがどれもクーリンが殴り飛ばしてスルーした。問答無用で手を出すところなんか『ヤンキー』そのものだ。

「よっしゃ! あったぞ!」と、先頭を走るクーリンが振り返る。

 闇雲に走り回っていたようでも、ちゃんと目的地には到達する。やはりそのあたりは漫画だなと思う。

〔細けぇことはいいんだよってことだな……〕

 クーリンを先頭に飛び込んだのは天井の高い大部屋だった。

 室内では壁に沿ってドラゴンが十数頭、鎖で繋がれている。そこで各自、各々のドラゴンに駆け寄り鎖を外す。クーリンは白いドラゴン、フィオナとディノはデーニスを発った時のドラゴンに其々騎乗する。

〔あれ? 俺達はどうすんの?〕

 そう思っていると身体が見覚えの無い黄色のドラゴンの前に立った。そして軽く手を伸ばしてドラゴンの頭に触れようとする。黄色ドラゴンは一瞬、警戒したような唸り声をあげるが、身体に頭を撫でられるとすぐに大人しくなった。

『悪いがおまえに付き合ってもらうことにしよう』

 どうやら他人のドラゴンを拝借するつもりらしい。

「急げ! 出るぞ!」と、クーリンが叫ぶ。

 ただ、飛び立つといってもどこから出るのか分からない。見たところ、この部屋には人間が出入りできるぐらいの扉しかない。

 そこでクーリンが天井を見上げて『イッパン・ジーン!』と、叫んだ。すると『ズン!』という爆発音と共に天井がバカッと開いた。天井に穴を開けたのではなく、蓋をこじ開けたような感じだ。どうやらこの大部屋には大きな鉄扉で蓋がされていたらしい。

「いくぞ! いっせーのっ」

 クーリンの掛け声でドラゴンが一斉に飛び上がる。ぶわっと浮き上がってドラゴンが羽ばたく風圧が辺りを支配する。まずはクーリンのドラゴンが先頭を切って天井の穴に突入する。続いてディノとフィオナ、そして自分がそれに続く。

 穴を抜けるとその先は煙突のようになっていた。そこを垂直に上昇しながら出口を探る。しばらく上昇したところで外に出ることができた。下を見ると収容所が真下にある。

〔とりあえず脱出成功か……〕

 特に追っ手が来るような気配はない。

 ディノが「やった! やっと出られた」と、笑顔を見せる。

 その後ろでフィオナもほっとした表情で頷く。

〔なんかムカつく……〕

 ディノとフィオナのやりとりを見て激しく嫉妬した。

〔誰のおかげで脱出できたと思ってるんだ……〕

 横一列で飛行しながら収容所を離れる。

 しばらく飛んでから身体が収容所を振り返る。昼間見た時も異様に感じた巨大なダムは邪悪な存在のように思えた。まるでそこにあってはならない物がその巨体を晒すことで逆に居直っているようにすら感じられる。

 いまいましそうにクーリンが言う。

「まったく酷い所だぜ。あんなとこに閉じ込めやがって! 覚えてろよ!」

 どうやら監視員をぶっ飛ばしたぐらいでは腹の虫が収まらないらしい。彼は舌打ちの後でこちらに向き直る。

「とにかく全速でサイデリアに戻るぞ! 時間がないからな」

 そこで身体がドラゴンをクーリンのドラゴンに寄せてから尋ねる。

『何をそんなに焦っている?』

 その質問に対してクーリンの顔色が変わった。その変化は、祭の時などに無理にテンションを上げていた人間が急に覚めてしまったような変わりようだった。

「ジョイルスは本気だ」

『どういうことだ?』

「戦争さ。ジョイルスは近々サイデリアに宣戦布告する」

『なんだと!?』

 クーリンがやれやれといった風に首を振る。

「密書を届けたけど無駄だった。既に彼らは準備を終えたらしい。無敵艦隊もサイデリアに向けて出航したようだし……」

『無敵艦隊だと?』

「ああ。世界最強、いや最悪の海軍だ」

 これまでの話から推測するに、どうやらクーリンはサイデリア王立軍を抜けたのではなくジョイルスに密書を届ける任務を受けていたらしい。ディノはそれを知らずに『親友を連れ戻す』とここまで追いかけてきたが捕まってしまったということなのだ。

〔バッカじゃねーの?〕

 普通に考えりゃ主人公の親友が祖国を裏切るなんてことはあまりない。まあ、主人公のライバルというならそれもアリかもしれないが……。

 クーリンから戦争のことを聞かされた身体はしばし黙り込んでしまった。そして重い口を開く。

『なぜだ……なぜそんな愚かなことを……』

 クーリンが「フン」と鼻を鳴らして言う。

「多分、グスト連邦が裏で動いていやがるんだ」

 その台詞にディノが顔を曇らせる。

「グスト連邦だけじゃないような気もする……」

「は? 何だよ。お前まさか『闇の勢力』とか信じてんのかよ?」

 クーリンにそう言い返されてディノがうつむく。

 そして代わりにフィオナが答える。

「四天王が動いてるの。私たちも遭遇したわ」

 それを聞いてクーリンが絶句した。そして呻く。

「マジかよそりゃ……だとしたらますますヤバイな」

 そんな会話によって重苦しい空気に包まれた時、背後から何者かが追いかけてくるのに気付いた。

「追っ手か?」と、クーリンが警戒する。

 が、これは違うと思った。と、同時にすっかり忘れていたミーユのことを思い出したのだ。振り返るとカバドラゴンが必死こいて追いかけてくるのが目に入った。

「待ってミョー! ひどいミョー!」

 ミーユはカバドラゴンの背中でぷりぷり怒っている。仕方が無いので我々がスピードを落としてやる。それでようやく追いついてきたミーユが喚くのを身体がなだめながら事情を説明する。

〔足手まといだってはっきり言ってやれよ……〕

 しかし、身体はミーユを置いていくことには積極的でないらしい。

『ディノ達は先にサイデリアに行け。俺はデーニス経由で後を追う』

〔えええ!? またフィオナと離れ離れになっちゃうのかよ!〕

 ディノが頷く。

「分かったよ。ダンも気をつけて。そしてまた力を貸して欲しい……」

 ディノの頼みに身体は何も答えなかった。そりゃそうだ。これから戦争をおっぱじめようというジョイスルはこの身体の故郷なんだから……。

 結果として、クーリン・ディノ・フィオナは最短ルートでサイデリアへ、我々は黄色いドラゴンはここで解放してカバドラゴンでデーニスに向かうことになった。

 全速で先を行くディノ達を見送りながら身体が呟く。

『戦争……か』

 どうやら事態はややこしい方向に向かっているようだ。

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