第46話 闇帝の正体
決戦の地は(どこの宇宙空間?)というぐらい星空が近い場所だった。
満天の星はイルミネーションのように群れとなって瞬き、そこからこぼれ落ちた流れ星が、まるで雨粒が車窓をなぞるように斜めに流れ落ちていく。大地は青く、月面のように荒削りで、そのうえまるで生物の存在など許さないという決意を秘めているように見えた。
(あいつら、どこで戦ってるんだろ?)
ぐるりと周囲を見回す。左手の方角から微かに爆発音のようなものが聞こえる。
「あっちか!」
取りあえず水ドラゴンを作ってその方向に向かう。
(それにしても酷い所だな……何もねえや)
上空から見下ろす光景は、まさに月面のそれに近い。点在するクレーターと岩で埋め尽くされた地表は、生物が死に絶えた惑星を連想させた。せめて朽ち果てた木でも存在すれば良いのだが、それすら無いということは本当に月面に来てしまったのだろうか? もしかしたら地球が見えるかもしれないと思って捜してみたがそれは見つからなかった。
しばらく飛んでいくと目的地が見えた。動く物が何ひとつ存在しない地表では少しでも動きがある物体は凄く目立つ。
(多分、あそこだ)
その場所に近付くにつれてディノ達の姿がはっきり目視出来るようになる。
(やっぱ、もう始まってるか……)
ディノ達のいる場所には爆発の跡や不自然な地割れなどが集中している。それを見る限り序盤戦という感じではない。恐らくは主人公とラスボスの対話などとっくに終わって、戦いは中盤以降といった雰囲気だ。面子を確認すると人数は揃っている。ただ、途中参加なのでイマイチ状況が飲み込めない。
(あれ? 闇帝はどこだ?)
ディノとフィオナが攻撃をするでもなく盛んに何かを訴えている。右手にディノ達、それに対峙する形でなぜか左手にクーリン、そして女剣士が彼等から離れて手前側という位置関係だ。女剣士は跪いて右手で左肩を押さえている。どうやら彼女は肩を痛めて最前線から外れているようだ。取りあえず手前にいた女剣士のもとに向かう。
「おーい! 大丈夫か?」と、ドラゴンから飛び降りながら女剣士に声を掛ける。
それに気付いた女剣士が振り返る。
「あら! 遅かったわね!」
「申し訳ない。で、どういう状況?」
なぜクーリンとディノ達が向かい合っているのかが分からない。まるでディノとフィオナは、飛び降り自殺を図る人間を説得しているみたいに見える。
「何やってんの? あいつら」
「闇帝の魔法よ。『ゾンビーム』でクーリンがゾンビになっちゃったの」
クーリンがゾンビ化したと聞いて驚いた。
「ゾンビーム? そんな魔法があんのか?」
「たぶんそんな名前だったと思う」
「ホントかよ~! で、ゾンビ化しちゃったから敵味方が分からずに襲ってくると?」
「ええ。だからディノ達も攻撃できないのよ」
なるほど、ゲームなんかではよくある話だ。仲間の誰かが混乱状態になって味方を攻撃してくるというパターンだ。ただ、ゲームみたいにそれを回復する薬か魔法があれば良いのだが、フィオナが何も出来ずに泣き叫んでいるところを見る限り、そんな便利な方法は無いらしい。
ゾンビ化したというクーリンは顔色が浅黒く目が真っ赤だ。そして闇雲に炎の魔法を撃ちまくっている。一応はディノ達を狙っているのだろうが精度は著しく低い。まるで狂ったスプリンクラーのように周囲に迷惑を撒き散らしている状態だ。
「クーリン! お願いだ! 止めてくれ!」
「兄さーん! 正気に戻って!」
ディノとフィオナのお願いなどゾンビ化したクーリンに届くはずも無く、クーリンは拳を握り締めると今度はディノに狙いを定め、殴りかかる体勢に入った。
(あらら、こいつはマズイな。作者が狙っているのはそれか……)
――涙を堪えて大儀の為に友を斬る!
この漫画の作者が何を考えているかは分かった。敵を倒す為に仲間を犠牲にせざるを得ないという状況。そんなピンチを演出するのが狙いなのだ。だが、肝心のディノにそれが出来るのかちょっと心配になった。
力を貯めたクーリンが「うぉぉ!」と、ディノに向かって突っ込んでいく。助走をつけての全力パンチを狙っているようだ。なのにディノはまだ迷っている。
そこで思わず叫んだ。
「バカッ! 斬れ!」
「ダメだ! 出来ないよ!」
そう言ってディノはこともあろうに顔を背けてしまった。
(ちょっ! 間に合わない!?)
剣を抜きつつディノの前に飛び出して、クーリンの拳を剣の柄で受け止める。
バカ力で強く押し込まれる。『ズザザザ』と、踏ん張った足の裏が熱い。間近で見たクーリンの顔は異常だった。顔の皮膚が錆びた鉄扉みたいな質感に変色していて目も半端なく充血している。
(アンデッド……こりゃダメだ)
これはもう戻らないなと直感した。
「やらなきゃ殺られる!」
クーリンは「うぉぉっ!」ともう一方の拳で殴りかかってくる。その拳には炎のオーラが纏っている。
(まさか、あの『爆裂パンチ』か?)
もしもそれがソヤローに止めを刺したあの技だとしたらマズい!
(クソ! しょうがない!)
一旦、バックステップで距離を取り、剣を高く振り上げる。そして殴りかかってくるクーリンに向かって両手で振り下ろす! すると『ズパッ!』という音と共に手応えがあった。嫌な手応えだが……。
「きゃあ! 兄さーん!」というフィオナの悲鳴を背中に受ける。
咄嗟の行動とはいえ胸が痛む。斬られたクーリンは拳を振り上げたままのポーズで動きを止め、バタンと仰向けに倒れた。
「クーリーン!」と、ディノが悲痛な叫びをあげる。
(参ったな。これじゃ俺が悪者みたいじゃ……ん?)
待てよ! いいことを思いついた!
「フィオナ! 急いでこれを飲ませろ!」
ミーユに貰った女神様の『よだれ』! ひょっとしたらこれが利くかもしれないと思ったのだ。
「え? こ、これは!?」と、フィオナがボトルを受け取りながら戸惑う。
「動きが止まっている内に早く! アンデッドなんだぞ! また起き上がる前に」
それを聞いてフィオナが慌ててクーリンに駆け寄り、ボトルの中身を奴の口に注ぎ込む。するとしばらくして急にクーリンが咳き込んだ。
「兄さん!」と、フィオナに体を揺すられてクーリンが目を覚ます。
「あれ? オレ……何してたんだ?」
そう言うクーリンは寝ぼけ眼で周囲を見る。そのアホ面にムカッとした。
「アホか! 助っ人に駆けつけておいて足引っ張ってんじゃねぇよ!」
思わず本音が出た。まったく役に立たない野郎だ。
フィオナが元に戻ったクーリンとボトルを見比べて感心する。
「凄い……アンデッド化を無効にするなんて。この薬は……」
「水の女神様の特製だってよ」
そう教えてやると彼女はなるほどといった風に頷いた。
「これのおかげで兄さんが助かったわ。女神様に感謝しなくちゃ……」
(まあ本当のところは、よだれを垂らして寝てただけだけどね)というのは内緒にしておいた。
結果オーライで何とかこのピンチは凌いだ。だが、肝心の闇帝の姿が見当たらないようなんだが……。
遅れてきた身分で今更聞くのもなんだが、マジで敵の姿が確認できないので聞いてみた。
「で、闇帝はどこに?」
その言葉で皆の顔に緊張が走った。そして一斉に同じ方向を向く。それにつられて同じ方向に目を向ける。
(は!? あ、あれが闇帝!?)
ぽつんと立っているそれを見て呆然とした。
宇宙服みたいな全身銀色のタイツ。なで肩で頭でっかち……電車のシルバー席のマークを斜めに見たような顔……どう見てもグレイ型宇宙人じゃん!
(……マジかよ……嘘だろ?)
あまりに存在が空気なのでそこに居るのに気付かなかった。いや、気付けという方が無理だ。それぐらいショボイ物体なのだ。
「……闇帝イーベン……だよな?」
そんな疑問が漏れた。それに対して女剣士が答える。
「ええ。闇帝イベーン。この世界を滅ぼそうとしている悪の根幹よ」
「イーベンでもイベーンでもどっちでもいいけど……想像してたのと違う!」
何だか無性に悲しくなってそう訴えたが誰も取り合ってくれない。
「ああ見えて恐ろしい力を持っているんだ。とても勝てる気がしない」と、ディノ。
「悪魔よ。さすがにあの四天王を操るだけのことはあるわ」と言うのはフィオナ。
「やべえぜ。アレは! 俺達の想像を遥に超えてやがる!」と、クーリン。
3人とも真顔でそんなことを言う。
(みんな本気で言っているのか? 大丈夫か頭?)
いや、頭がおかしいのはこの漫画の作者だ。ラスボスを描くにあたって斬新さを狙ったのかもしれないが流石にこれは無い! 有り得ない!
(こんなもん誰が納得するかー!!)
フィクションの世界におけるラスボスは最強でなくてはならない。その強さは、やたらと高い体力であったり、卑怯ともいえる即死攻撃であったり、戦いを挑む者に心的外傷を与える物言いだったりする。そして、重力や時間、宇宙の法則さえ自由自在に操り、神の如く振舞うことを厭わないキャラでなければならない。また、見た目も大きなファクターだ。底知れぬ巨大さ、得体の知れぬ造形、嫌悪感を与えるヴィジュアル、それまでに出現したどんな敵よりも強烈なインパクトとスケールを要する。そして強すぎるに越したことは無い。突出した悪意の持ち主でなければならない。出来ればほんのちょっとのシンパシィがあった方が印象に残る。しかし、殆どの読者は主人公の勝利を確信している。そんな中で負けるという宿命を背負いながら『強さ』を誇示しなくてはならないラスボスという孤高の存在は、ある意味、最も高いレベルが要求される脇役なのかもしれない。
(それがこの古臭い宇宙人……舐めてんのか?)
自分が抱いていたラスボスに対するイメージとは間逆の存在に酷く幻滅した。裏切られた気分だ。それが怒りに変わるのに時間はそうかからなかった。
「ぶっ殺す!」
剣を持つ手に自然と力が入る。手首をクイッと返して敵を睨む。
(こんな奴がラスボスとか絶対、認めねえ!)
その時、宇宙人の目が微かに光った。
「ダン! 危ない!」と、ディノに突き飛ばされる。
「痛って! 何すんだ……!?」
文句を言うつもりが鼻先を掠めるように通り過ぎた光線に言葉を失った。ピンクっぽい光線。それが直ぐ目の前を通り過ぎ、一寸、間を置いて大分離れた所で大爆発が起こった。
「な、なんだ!? 今のは!」
あまりに巨大な爆発に目を奪われてしまった。もしディノに突き飛ばされてなかったらアレをまともに喰らうところだった……。
「気をつけて! ああいう攻撃を突然、仕掛けてくるんだ」
ディノの説明を聞いてさらに怒りが湧いてきた。
(しょぼい見かけのくせに……気に食わねえ!)
メルマルクでぶった斬ってやる!
「ふざけんな! メルマルク!」
剣を振りかぶったままダッシュする。一気に距離を詰めて「せいっ!」と、目一杯に振り下ろす。『ズバッ!』と、豪快な縦斬りがヒットした!
(決まった。けど……手応えが無さ過ぎる?)
体の前面を切り裂かれた闇帝は傷跡を晒しながら地面に倒れている。そして『シュー』という音をあげながら激しく溶けていく。まるでナトリウム片をビーカー内の水に浸したみたいに。そしてあっという間に日光を浴びたバンパイアの死体みたいに土と同化してしまう。その間わずか数秒の出来事だ。それを見下ろしていると突然、ディノが叫んだ。
「ダン! 後ろ!」
「なに!?」
振り返りながら敵の輪郭を確認する。そして再びメルマルクの魔法で急加速し、剣と敵の距離を測って斜めに斬り上げる! 再び『ズバッ!』という景気の良い音が生じて目的物をぶった斬る。
援護の為に側まで来ていたディノが感心したように言う。
「流石だね。見事な剣捌きだよ」
どうもピンと来ない。こんなはずは無い。断じてこんな程度では無いはずだ。
「違う……こいつはさっき斬った奴じゃない」
「え? どういうこと?」と、ディノが驚く。
「分からない。けど、手応えが微妙に違う」
「複数居るってことかい? 凄い勢いで再生してるとかじゃなくて?」
「ああ。同じ奴が何度も再生してるとは思えない。多分、別物だ」
先ほど斬り捨てた物体は一瞬のうちに溶けて土に染み込んでいったように見えた。そして今斬ったこいつはそれとは違う……。
ディノが「まさか」と前置きして尋ねる。
「あれは本体じゃないってことかい?」
「その可能性が高い」
「だとしたら幾らあれを攻撃してもキリがないってことか……」と、ディノが考え込む。
「ダミー、もしくは同じようなのを何体でも作り出せるってことかもしれん」
「……じゃあどうすれば?」
「片端からやるしかねえだろ! で、良く観察するんだ。きっとどこかに本体が潜んでるはずだ」
そう言っているそばから左手にまた宇宙人型の闇帝が現れた。例の光線を撃たれる前にツゥマジカスで先制攻撃する。すると敵は『ズパッ!』と上下真二つに千切れて倒れる。それと入れ替わるように20メートルほど左に別な姿が出現、今度はディノの光の矢でそれを討つ。倒したと思ったら間髪入れずにまた敵が奥の方に現れる。水刃で討つ。それでも終わりではない。まるで射的ゲームの的のように次から次へと闇帝が現れる。そして徐々にそのペースが上がってきた。出現する場所もいつの間にか数十メートル以内に狭まり、密度が高まる。それに応じる我々もモグラ叩きみたいに忙しくなってくる。やがて敵は一体ずつではなく複数の個体で同時に出現するようになった。
ディノが技を繰り出しながら悲鳴をあげる。
「これじゃキリが無いよ!」
そこでフィオナが「待って!」と、叫んだ。
「下よ! 地中の奥に強い邪悪なものを感じるわ!」
どうやらフィオナの感知能力が敵の本体を捕らえたらしい。
それを聞いて女剣士が言う。
「
それを聞いてクーリンが、にわかに張り切る。
「よっしゃあ! そういうことなら俺に任せろ!」
クーリンはそう言って腰を落とした構えから足元の地面に向かって『地爆深破!《ちばくしんぱ》』と拳を突き出した。それと同時に『ズゴーン!』という爆音と共にバカッと地面がすり鉢状に陥没した。何しろ一瞬で地面が凹んだものだからその猛烈な振動で危うく、すっ転がるところだった。
(せめて予告してからやれよ! まったく……)
陥没した地面の底を眺めながらそう思った。
クーリンが作ったクレーターはその足元に出来たマンホールほどの穴を中心に半径30メートルぐらいの大きさだった。
女剣士が穴の中を覗きこみながら言う。
「もう少し深さが必要ね……」
そう言われてクーリンが言い訳する。
「ええ? これでもだいぶ力を一箇所に集中したんだぜ? 深さ重視で!」
「そうねえ……」と、女剣士は少し考えてから何かを思いついたように急にこちらを見る。
「ダン! 水を出して! 目一杯よ!」
いきなりそう振られて戸惑った。
「え!? 水? そんなこと急に言われたって……」
「そうよ。みんな穴から出て!」
そう言って女剣士が大きなジャンプでクレーターから脱出する。皆がそれに続いてクレーターの外に出たところで女剣士がもう一度水を出せと言う。
その意図が分からなかったので尋ねる。
「攻撃魔法じゃなくて出すだけでいいのか? で、どんぐらい?」
「出来るだけ大量に! そうね池一個分ぐらいの量をお願い」
「は? マジかよ!」
特に意識した訳ではないが『マジカヨ』の呪文で『どっぱーん』と大量の水が降ってきた。これはこの世界に来て最初にマスターした技だ。だがその時とは比べ物にならない水の量だ。幸いにも自分達は水を被らなかったが空中から湧き出す大量の水が滝のように落ちてきてクレーターに吸い込まれていく。底に穴が開いているものの流れ込む水量の方が多くてクレーターから水がダバダバ溢れる。
しばらく水が流れ込む様子をみていた女剣士が「そろそろね」と言ってから「ハッ!」と、クレーターに向かって手の平を向ける。すると溜まっていた水が瞬時に凍り始めた。見る間に氷はその領域を広げ、クレーターがスケートリンクみたいになった。
「ミディアさん。凍らせてどうするんですか?」と、ディノが首を傾げる。
すると女剣士は無言で一歩前に出ると、すっと両手を翳した。
「
これもクーリンと同じで大げさな技の名前だ。多分、呪文ではないから魔法ではなく修行でマスターした秘伝なのだろう。
ところが特に変わったことは起こらない。
(あれ? 何も無いけど……)
拍子抜けしていると不意に足元が揺すられた。それも段々、強くなる。やがてそれが下から突き上げてくるような振動となって地鳴りを呼び起こし『ドーン!』という爆発音を伴って氷のリンクが内側から破裂した!
(な、何をしたんだ?)
粉々になった氷の破片が無数に飛び散る様を茫然と眺めるしかなかった。
女剣士は事も無げに言う。
「地中に浸み込ませた氷を爆発させたの。水は氷になると体積を増すでしょ。それに堅い方が爆発の威力があるからわざと凍らせたの」
女剣士の説明ではクーリンの作った穴では『核』まで届かないのでそこに水を流し込み、凍らせてから爆破することで穴を広げたというのだ。つまり、クーリン、自分、女剣士の3人で連携して地中奥深く潜む核への突破口を開いたことになるというのだ。
その説明で疑問に思ったことを素直に口にする。
「けどそんなんでコアにダメージは与えられたのか?」
「致命傷ではないと思うわ。でも、あぶりだすことは出来ると思う。伝説どおりならね」
「出たよ。また伝説か……」
半ば呆れながら次の動きを待つ。この後もしコアが出てこなかったら、こちらから穴の中に突入しなければならないのだろうか?
束の間の静寂が辺りを支配した。そして、我々が固唾を呑んで見守る中、穴の表面からピンク色の液体が溢れ出してきた。青白い土とスライムみたいなピンク色の液体の組み合わせは異様だ。
「まさかこれも伝説通りだなんて……」
そう呟いて女剣士が後ずさりする。
「おい! あのピンクは何なんだ?」
「……血、みたいなものよ。人間でいうところの」
「は? あれが血? 意味わかんないんだけど?」
「私たちが闇帝の体に傷をつけたから……」
女剣士の言葉を聞いていると、まるでこの惑星そのものが闇帝の本体のように……え!?
「ま、まさか! この惑星そのものが闇帝だと!?」
「ええ。そうよ。伝説の通りだわ」
信じられない思いでふと別方向を見た。驚くほど大きな青の片鱗が地平線からせり上がって来た。間違いない。あれは地球だ。ということは、ここは……。
(つ、月かよ……)
この作者はバカだろ? ラスボスが星一個分とか奇をてらいすぎる!
闇帝の正体が『月』だったとは予想外だ……。
どうりであの宇宙人にはまるで手応えがなかった訳だ。確かにこの星そのものが本体だったとするとあの宇宙人との戦いは、その表面に出来たニキビを退治するようなものだ。こいつを倒す為にはこの星ごと破壊するしかないのか?
「先人達はこんなのどうやって封印したんだ?」
ここが仮に月だとして、呼吸ができることも宇宙線が無害なことも、まあ漫画の世界だから許そう。しかし、設定では過去に闇帝はバラバラにされて封印されたはずだ。先人達はこの星ごと核を破壊したのだろうか? あるいは核だけを引きずり出して戦ったのか?
そこで考えを整理する。
リーベンと初めて手合わせした時、王家の洞窟ではコターレが壷のようなものを大事そうに抱えて先に撤退した。あの中にあった胴体というのは『
(ということは……核は人の形をしてるんじゃないか?)
そういうことになる。つまり核は独立した人型の物体で、それさえ倒せば実質、闇帝を倒したことになるのでは?
色々と考えを巡らせている間にもピンクの液体は穴から溢れ出してくる。それを観察していたディノが「うっ!」と、呻いた。
「こ、この液体は……」
フィオナがディノに尋ねる。
「ディノ、どうしたの?」
「これはただの液体じゃない! 生きてる!」
「え? なんですって!?」と、フィオナが驚愕する。
確かにディノの言う通り、ピンクの液体はうねうねと蠢き、まるで行き場を探っているようにも見える。それが一旦、静止したと思ったところで『ブシュー!』と、穴から液体が吹き上がった。ピンクの噴水なんて初めて見たがゲロみたいで気持ち悪い。
(これは……実体化が来る!)
何となくそんな気がした。それは多くの漫画、ゲーム、アニメを制覇した豊富な経験からくる勘だった。そしてその勘は当たった。見るからに粘り気のある液体は小山のように盛り上がり、ボコボコと形を整え始めたのだ。ちょうど自分が水ドラゴンを作る時のように。
女剣士が警戒しながら言う。
「みんな準備して! いよいよ核が出てくるわよ!」
その言葉に各メンバーが攻撃の態勢をとる。
盛り上がったピンクの液体は見る見るうちに人の形を形成していく。
そして出来上がったのは……。
(金剛力士像!?)
歴史の教科書で見たことのある形……それは鬼のような形相で見るものを圧倒するあの筋肉男の像だ。恐らくこの漫画の作者もアレをイメージして描いているんだと思う。
(てか、ほとんどパクりじゃね?)
教科書と違うのは下半身が無いことぐらいだ。まるで下半身が地面に埋まってしまったみたいに腹から上の部分しか露出していない。
ディノがそれを見上げながら呻く。
「で、デカい……」
その通りだ。大きい。上半身だけなのに優に20メートルは超える高さだ。その拳ひとつがちょうど我々の身長に匹敵する。
(畜生……ラスボスらしくなってきやがったじゃねぇか……)
見るからにヤバイ相手だというのは分かる。筋骨隆々に加えて体のあちこちに棘のような突起物がある。そして腕輪、首輪、額宛、耳飾り、とアクセサリー類はどれも禍々しい模様でその邪悪さを物語っている。全身の色もピンクから赤茶けた色に落ち着いてきた。
女剣士が呟く。
「こ、これが闇帝の真の姿……」
その圧倒的な姿を観察しながら色々と考える。
(この巨体からどんな攻撃を繰り出してくるんだ? 弱点はどこだ?)
と、その時、「うりゃー!」という叫び声が聞こえた。
(え?)と、思った瞬間には既にクーリンがジャンプで特攻するところだった。
「ちょっ、あのバカ!」
フライングにも程がある! さあ、これからという時になぜ闇雲に突っ込む?
クーリンは拳に大きな炎を纏わせて『爆裂パーンチ!』と、闇帝の顔面に一直線に向かっていく。が、次の瞬間にクーリンの行く手に壁が出現した。よく見るとそれは闇帝の右手だ!
(速い!?)
手の動きが見えなかった! しかし、勢い良く飛び込んだクーリンに手を避けることは出来ない。クーリンは「壁ごとぶち抜いてやらぁ!」と、拳を突き出す。
次の瞬間に『ドゴーン!』という爆発音が発生した。かなりの量の光も生じた。が、眩しさを堪えながら問題の箇所を見ると、クーリンの突撃が失敗に終わったことがすぐ理解できた。なぜなら闇帝の手の平は何ら変わることなくクーリンの行く手を遮っていたからだ。それとは対照的にクーリンは空中でワナワナと震えている。全力で放った技がまるで効かなかったことに対するショックと怒りが入り混じっているのだろう。
そこで女剣士が叫ぶ。
「危ない! 離れて!」
見ると闇帝の手がデコピンをする時のような形になり、まるで消しゴムを弾くみたいにクーリンを吹き飛ばした。
「ぐああっ!」と、絶叫しながらクーリンは地面に叩きつけられる。
「兄さん!」
「クーリン!」
フィオナとディノが急いでクーリンに駆け寄るが、クーリンは白目を剥いてひっくり返っている。全身を痙攣させながら……。
(一撃かよ……しかもあんなしょうもない技で戦闘不能とか……)
自業自得とはいえクーリンは瞬殺されてしまった。闇帝の強さを読者に印象付けるためとはいえ、あまりにもあっさりとした演出だ。
「やれやれ。これは死ぬ気でいかないとな……」
自らにそう言い聞かせるように気を引き締めた。
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