第47話 最終話 Just a Hero
闇帝のデコピンを喰らったクーリンはピクリとも動かない。それをフィオナが介抱するのを見て、改めてヤバイ状況であることを思い知らされる。
(まともに戦えるのは3人だけか……にしてもこいつ、どんだけ強いんだ?)
きっと強烈な攻撃を隠し持っているに違いない。それも即死に到るような強烈なものを。
(次に死ぬとしたら俺か女剣士か……)
ヘビに睨まれた蛙のように我々が固まっていると、どこからかメッセージが聞こえてきた。
〔愚かなる生き物よ〕
その言葉は、直接、頭の中に話しかけられたもののように感じられた。
〔なぜ理解せぬ? 終わりと始まりは同義であることを〕
それは音として伝わってくるのではない。これは俗に言う『テレパシー』という奴だ。それは概念としては理解していても、いざ体験してみるとこんな奇妙なものはない。まるで夢の中で言葉無しに会話が成立するみたいに、相手が何を言わんとしているのかが分かってしまうのだ。
〔愚かなる生き物よ。この朽ち果てた世界に執着することを止めよ〕
そこでディノが叫ぶ。
「止めるもんか! ボクはこの世界を守る!」
どうやらテレパシーはディノにも届いているらしい。
「そうよ。愚かな生き物にも意地があるわ!」
女剣士もディノの言葉に追随する。自分も何か言い返すべきかと思ったが良い台詞が浮かばなかったので止めておいた。するとまたもや闇帝がテレパシーで語りかけてくる。
〔ならば止むを得まい……〕
そこで少し間が空いた。嫌な沈黙だ。
〔我思う、ゆえに我あり!〕
その台詞が脳内で再生された。と同時に急に周りが赤くなった。まるで赤のスポットライトを浴びたみたいに。そして見えない力で下から持ち上げられる感覚が生じた!
(か、体が浮く!?)
それも体のあちこちが痛い。静電気の不意打ちみたいな鋭い痛みが背中を中心に無数に発生する。
(痛ででで! 何だコリャ!?)
ふとディノ達の方を見ると皆、自分と同じように体が浮き上がっている。まるで海中をゆったり浮かんでいく泡のように。そして皆一様に悶絶している。唯一、クーリンだけは気を失っているせいなのか成すがまま浮き上がっていく。
「ぐああ!」と、ディノが吠えた。悲鳴のような怒りのような叫びだ。そして、左手を前に突き出して光の魔法を放った。ディノが出した魔法は螺旋階段のような光線だった。それが闇帝の顔面に命中する。そこで痛みがパタリと止んだ。宙に浮き上がる感覚も消え失せた。
女剣士はホッとしながらも驚きを隠せない。
「信じられない! これも闇帝の力?」
恐らくそうだ。『サイコキネシス』いわゆる念力という奴だ。闇帝は超能力を操るのだろう。
ディノが苦悶の表情を浮かべながら指示する。
「フィオナ! 君はクーリンを連れてここから離れるんだ!」
「分かったわ」
「ここはボク達だけで何とかする!」
そう言ってディノは剣を構えた。
そこで女剣士が耳打ちしてくる。
「ね。水の球を出せる? あの貫通するやつ」
「ああ」
「じゃ、お願い! それに私の魔法を被せるわ」
「分かった」
女剣士に言われた通りに『クルトゥマジカ!』の呪文で濃紺の球を出す。今更、この魔法が通用するとは思えないが、とりあえず放たれた濃紺の球はゆっくりと闇帝に向かって飛びながら分裂を繰り返す。そこに女剣士が『ポルクンダ!』と、風の魔法を被せる。すると米粒大までに分裂した球の群れが風に煽られて急加速した。それが横殴りの雨のように闇帝の視界を塞ぐ。
「今よ!」
女剣士の言葉を合図に、それぞれが一斉に剣で飛び掛った。
『ズバッ!』『バシュッ!』『ザクッ!』と、3人の剣がそれぞれ闇帝を切り裂く。自分は闇帝の右腕を、ディノは腹を、女剣士は左腕をそれぞれ切り裂いた。
(決まった!)
3人がタイミングを合わせて攻撃することで闇帝の防御をかいくぐってダメージを与えることに成功した。
〔ウギッ……〕という闇帝の呻きまでテレパシーで伝わってくる。
我々の同時攻撃を受けた闇帝は、肘から下の右腕が切り落とされ、腹には大きな裂け目ができて、左腕は手首から先が無かった。そして痛みに耐えるように全身を震わせているように見えた。
(よっしゃ! これはいけるんじゃね?)
が、それは甘かった。
〔痛みとはなんぞや?〕
その問いと同時に強烈な痛みが両腕に生じたのだ。
「痛って!」
腕が痛い! 思わず剣を落としてしまうほどの痛みだ。ついでに腹にも何かに抉られたみたいな激痛!
(な、なんで!? 何かされた!?)
激痛に耐えながらその出所を探る。右腕は肘の辺りがその発生源だ。左は手首に痛みが集中している。
(これは……まさか!)
腹の痛みもそうだ。思い当たるのはそれらの痛みが闇帝がダメージを負っている箇所と一致するという事だ!
女剣士もそれに気付いたらしい。
「これも闇帝の能力なのね……」
つまり闇帝のテレパシーは言葉だけでなく、その感覚すら伝達してくるということなのだ。
(これじゃ、攻撃しても自分に跳ね返ってくるじゃん!)
なんというふざけた能力だ!
無理やり痛みを共有させられた我々が苦しむ間に闇帝は〔ウォォーン!〕という雄叫びをあげた。それが頭の中を乱暴に占拠する。これが大音量なら耳を塞ぐことができるが、直接、頭の中に響くのでたまったものじゃない! マジで気が狂いそうだ。
闇帝の方を見ると奴の腕がボコボコと再生している。節操の無い再生能力! これもラスボスに有りがちなスキルだ。しかし、今はそれが心底恨めしく思う。
(クソッ! 腕が生えていやがる!)
ディノがいまいましそうに言う。
「やはり核を破壊するしかないみたいだ……」
「そうね。でも、核はどこにあるのかしら?」
核を破壊するといっても並大抵のことではない。なにしろ攻撃すると痛みが跳ね返ってくるのだ。しかもあっという間に再生してしまう。
(何か手はないか……水の塊で拘束するか?)
いや、それでは根本的な解決にはならない。あくまでも奴の体内にある核を引きずり出して、それを叩かなくてはならないのだ。
再生を終えた闇帝が右手を高く掲げて振り下ろす。
〔懺悔せよ!〕
その言葉の後に嫌な音が頭上から近付いてくるのに気付いた。これはテレパシーではない。耳から入ってくる情報だ。
(う、上?)
見上げると幾つもの赤黒い物体が落下してくるのが目に入った。
(なっ!? い、隕石!?)
赤く見えるのは燃え盛る隕石のようだ。それが群れとなって真っ直ぐこちらに向かってくる。
(ちょっ! 防御の魔法ってなんだっけ!?)
パニックになったところに隕石が押し寄せてきた。あちこちで『ズガッ!』という轟音とともに地面に穴が開いていく。赤い尾ひれを纏った隕石は次々と我々の周囲に降り注ぐ。その絶望的な光景を眺めながら呆然とした。
(これは軽く死ねる……)
いよいよ駄目だと悟った時に人はかえって冷静になるのかもしれない。そのせいかこの状況を客観的に分析している自分に気付く。
(思ったより小さいな)
それが素直な印象だった。落下してくる隕石の規模は小さい。普通、それなりの大きさのものが落下したら一発でも大変な爆発を伴うはずだ。一発の隕石で地球全体の表面がめくれ上がるCGの動画を見た事もある。
(そっか。ゲームに出てくる『メテオ』の魔法って実は隕石が小さいんだなぁ)
それとも近くで調達した隕石をちょっと上空から降らせるだけなので運動エネルギーは大したことが無いのかもしれない。
(けど直撃したら頭が割れるな)
そんなことを考えているうちに隕石の雨は止んだ。ふと見上げるといつの間にか頭上に水の盾が出来ていた。これは無意識に作ったものなのか、或いは心の声が助けてくれたのかは分からなかった。
「ミディアさん!」
ディノの声で我に返った。振り返るとディノが女剣士を抱き起こしているところだった。しかもよく見ると女剣士の背中には……。
(当たってんじゃん!)
黒焦げになった彼女の背中からは大量の血が流れている。それが太ももの裏を伝って彼女の足元に赤く溜まっている。
「ミディアさん! ミディアさん!」
ディノは半狂乱になって女剣士の体を揺する。ぐったりとした彼女は、もはや自力では体を起こすことが出来ない様子だ。
「ねえ、ディノ……」と、女剣士が声を振り絞る。
「ミディアさん!」
「……あとはお願いね。あなたに託すわ」
「そんな。どうして? どうしてボクを庇って!?」
「……あなたは光の継承者。最後の希望なの。それに……最後ぐらい……」
「ミディアさん! しっかりして!」
「……最後ぐらいは……あなたの為に……姉らしいことをしたかったの」
「え!?」
(え!?)
思わぬ単語が出てきたことでディノの「え!?」と自分の「え!?」が重なった。
(姉ちゃんだったのかよ~! いつの間にそんな設定が!?)
実は血の繋がりがあったというのは良くあるサプライズだ。とはいえ、中には後付け設定くさいものも少なくない。
(この場合はどうなんだ?)
きょとんとしているところを見るとディノもこの設定には気付いていなかったらしい。だけど、ディノがポスト国王の双子の兄弟だったことを考えれば伏線が無かった訳ではない。それに最初の頃、女剣士にはディノを影ながら見守っているという言動があったような気がする。
(けど、この期に及んで姉ちゃんだったって告白されてもなあ)
もしかしたらこれはディノが覚醒するフラグなのかもしれない。肉親を殺された怒りでバージョンアップするというやつだ。
「……ディノ……がんばってね」
それが女剣士の最後の言葉だった。彼女はその台詞を残してガックリと頭を垂れた。
「ねえさぁーん!」
ディノはちゃっかり血縁関係を受け入れている。
(でも……本当に死んだ? 女剣士が?)
ふと、目の前の現実に背筋が凍った。
――自分も、死ぬ……?
この物語で重要な脇役だった女剣士が死んだ。しかも彼女は自分と同じく現実世界からこの漫画の世界に飛ばされてきた人間だ。彼女の死は否が応でも自分の死を意識させた。
(次は……俺か?)
結局、この世界で死んだらどうなるのかは分からなかった。もとの世界に戻れるのか? それとも意識が消滅してしまうのか? 現実世界と同様に死とは恐るべき未知の領域なのだ。それを思い知らされて今更ながらに戦慄した。
(仮に生き残ったとして、この漫画が終わったらどうなる?)
もしかしたら連載が終わってもこの世界は無くならないのかもしれない。となると自分はこのダンというキャラのままこの漫画世界で生き続けるのだろう。そこでミーユの顔が思い出された。そして妊娠しているということも思い出してしまった。納得は出来なかったが、ミーユとその子供と過ごす自分の姿を少し想像してみた。
(……それも悪くないかな)
そうだ。死ぬよりはずっといいに決まってる!
生きると決めたからには目の前のこいつを倒さなければならない。これは世界を守るための戦いであり、自分のための闘いでもある。
「ディノ! ぜってえ、奴をぶっ倒すぞ! 姉さんの敵だろ!」
その呼びかけにディノがコクリと頷く。そしてゆっくりと女剣士を寝かせてから立ち上がった。
「ダン! 分かったよ! 必ず闇帝を倒そう!」
そう言い切ったディノの目に涙はなかった。逆に決意を秘めた目という感じがした。
ディノは大きく深呼吸をすると手の甲を天に掲げる。
「光の紋章よ! ボクに力を!」
その言葉に呼応してディノの右手が光を放つ。そして天から光の柱が降りてきてディノの全身を包み込む。
「はああ!」
そしてディノの全身が金色に輝き始めた。髪は逆立ち、金色に染まっている。筋肉が膨張しているのか体が一回り大きくなったように見える。そして、まるでディノの体そのものが発光体になったかのように全身から金色の光を放出している。これはいつかの艦隊戦で見せたあの『暴走モード』だ。
その時、〔ダクル・マジカロ〕という心の声を聞いた。これは闇帝のテレパシーではない。間違いなくダン・クロフォードの声だ。
「ダクル・マジカロ!」
自信をもってその呪文を口にした。すると体の周りに凄い勢いで水が集まってきた。それが体を包み込み、合わせて背中の辺りがゴボゴボと騒がしくなった。何だろうと思って首を曲げると思わぬモノが目に飛び込んできた。
「こ、これは……羽?」
間違いない。背中から肩にかけての感触、その延長線上に水で出来た羽が伸びている。念のために反対側も確かめてみるが、やはり同じように自分の体から羽が伸びている。
(水の翼……そっか。これで戦えってことだな!)
理解した。見上げるような巨大な敵と戦う為に水の翼が用意されたということだ。
「ダン! 何とか闇帝の頭をぶった斬れない?」
金色に輝くディノにそう言われて反射的に「お、おう!」と答えてしまった。一瞬、先ほどのダメージ返しを思い出した。しかし、この期に及んでそうも言っていられない。
「やるしかないだろ!」
気合を入れてジャンプした!
地面を蹴って高く飛び上がる。だが、只の大ジャンプではない。重力をものともせず、むしろ翼の力で加速され、自由に空を駆ける。闇帝の手が前方を塞ごうとするが右に回避してさらに上昇する。顔の高さまで飛んでさらにそこから上へ向かう。
(頭、かち割ってやる!)
剣を掲げ、力を溜めに溜めて狙いを一点に集中する。
「喰らえ! メルマルク!」
メルマルクの加速と落下プラス飛行速度で勢いは万全! 剣を闇帝の頭に力いっぱい叩きつける!
「うりぁぁ!」
全体重を乗せたフルスイングの縦斬りで闇帝の頭を叩く!
『ガゴッ!』と手元に衝撃! 物凄い抵抗力だ! それを抑え込むように力を加える。
「ぐぐぐ……負けるか!」
無我夢中で振り下ろした剣に力を送り込む。そして『ズバッ!』という音で抵抗が弱まった!
(やった、か!?)
手応えはあった。かなり深く切ったはず。その証拠にチラリと見上げた闇帝の顔面は縦に深く切り裂かれている。
〔この痛みはなんぞ!?〕
一寸、間が空いてまたしてもテレパシーが届いた。
「ぐああああ! 痛い痛い痛い!!」
頭が割れるように痛い! 前頭部から顔面の中央にかけて激痛が走る。目を開けていられないぐらいの痛み!
(やっぱダメージ返しが! 畜生!!)
救いようのない痛み。死に直結する痛み。もはや形容する言葉の無い最大級の痛みで目の前が真っ暗になった。それでも意識はまだある。
(いっそ死んだ方がマシだ!)
そう思った瞬間、両脇から大きな圧力を受けた。
「な、何だ!?」
辛うじて目を開ける。そして気付いた。この圧力は闇帝の手によるものだ!
「し、しまった!」
ダメージ返しを受けている間に捕まってしまったらしい。
(く、苦しい……)
首から上と足首から下を残して全身に圧力が加わる。
(狭い、痛い、苦しいの三拍子かよ!)
やがてその圧力は凶暴で無慈悲な殺戮者となってこの体を破壊しにかかった。
「ぐ、ぐあああ!」
ボキッと最初の1本が折れた。
その瞬間に時間の流れがコマ送りになった。骨が折れる時というのは実にくっきりしている。凶暴な力に抗おうとしていた骨が限界を迎える瞬間。それがはっきりと自覚できるのだ。
「ぐぎい!」
最初の1本が折れてからは早かった。立て続けにボキボキという音が発生して体の内部がメチャメチャに壊れていくのを感じた。これは地獄だ。
(ダメだ! 死ぬ! いや殺してくれ!)
あまりの痛みに脳が破裂しそうだった。恐らく痛みの情報が多すぎて脳がパンクしそうになっているのだ!
(これは……おわた……)
すうっと意識が遠のいていく……と思いきや意識ははっきりしている。
(あれ?)
首から下の痛みがすうっと下がっていく。明らかに。
(な、なんだ? どうなって……え!?)
視点が変だ。闇帝の手に捕まっていたはずなのに闇帝の顔が下がっていく。
―― 不思議な感覚だ……。
あんなに窮屈だったのに手を広げることが出来る。あれほど強烈だった痛みがまるで跡形も無く消え去っている。そしてこの視点……もしやこれは……。
(幽体離脱!?)
これが噂に聞く幽体離脱というやつか!
(てことは俺……死んだんじゃね?)
いやいや完全に死んでいる。意識はしっかりしているが、体の感覚が実に怪しい。油断すると肉体の境界線が曖昧になってしまう。
(うおぉ! 死んだらこうなるんだ!)
新たな発見というか感動というか……死んでも自我は残るんだ!
ふわふわ浮いていく感覚は悪くない。あのクソ闇帝は既に足元に見える。
(凄え……死んでも終わりじゃないんだ)
やがて浮き上がる感覚が止まった。高さ的には地上から百メートルもいっていない。だが、ここから見下ろす闇帝の姿はちっぽけなもののように思えた。
(さて……意識があるのはいいんだけどこれからどうする?)
まさか、ずっとこのままここに雲のように浮いているとなると、それはそれで辛いものがある。意識があってほっとする反面、只ならぬ不安がよぎった。
「お疲れ様」
ふいに声を掛けられて心臓が止まるかと思った。
「え? ちょ。誰!?」
声のした方向を見る。見るといっても首を回したり目を動かすという感覚は無く、見たい方向を意識しただけだ。なのに目的の方向がちゃんと視覚で確認できる!
「やっぱアナタも死んじゃったんだね」
そう言ったのは知らない女の子だった。女の子といっても勿論、普通の状態ではない。お互いに幽霊か魂の状態なのだ。まさに透き通るような、ぼんやりしたようなおぼろげなシルエットでしかない。
「ひょっとして……女剣士ミディア?」
口を動かすでもなくそう尋ねてみた。声も出ていなかったと思う。それでも「そうよ」という返事が返ってきた。まさにテレパシーといった具合に。
「でも、なんか見た目が違くね?」
「そういうアナタも」
「へ? そう?」
「たぶん、ここに来る前の姿に戻ったんじゃないかな」
「マジで?」
そう言われてみれば彼女の格好は女剣士のヨロイというよりは女の子っぽい。そして自分の姿はというと……。
(制服だな。こりゃ……)
お互いに解像度の低い防犯カメラの映像みたいな姿ではあるが、だいたいの姿かたちは脳内補完で認識できるレベルだ。
「そっか……それが元の世界の君なんだ。思ってたより可愛いね」
「ありがと」
可愛いとは言ってみたものの、目の前の彼女は随分とぼかされた映像でしかない。それでも可愛らしいという雰囲気は伝わってくる。
「それにしてもずっとこのままなんかな?」
「どうかしら。このまま永遠に幽霊として存在し続けるかもしれないし、もしかしたらこの漫画が終わったら何か変わるかもしれないし……分からないわ」
「だよな。これじゃ中途半端すぎるだろ」
「まだディノは戦ってるみたいだけど、もうそろそろ終わるんじゃないかしら」
彼女がそう言うので下を見ると闇帝とディノの戦いはまだ続いていた。ちょうど自分が見た時にはディノの攻撃で闇帝が傷つくところだった。
「あいつ、いい線いってるじゃん」
ディノが優勢、と思われた。が、突如、闇帝の体に変化が現れた。
「え? 何?」と、女剣士が心配そうに言う。
「げ! 闇帝の頭……」
それは中々グロテスクな現象だった。ぱっかり開いた闇帝の頭部からはモコモコと白い物体が蛆虫の大群のように湧いている。そしてそれが植物の急激な成長のようにどんどん盛り上がって、ついには菊の大輪を咲かせたのだ。しかもよく見ると菊の花びらの部分は白い手が無数に集まってできているようだ。
「やだ。気持ち悪っ! あれって手なのかしら?」
「かもね。でも、ほら! 真ん中のトコを見て。あれが核じゃないか!」
闇帝の頭部から生えた菊は、その頂上に白い手が寄せ集まって出来た大輪を咲かせている。そしてその真ん中に紫色の球が顔を覗かせている。
「あれが核だと思う。確かにそれっぽいし。てことはディノが最後にアレを破壊して終わりなんじゃないかな」
「そうなの? じゃあ、もうすぐこの漫画も終わるのね」
「多分な。いよいよクライマックスだな」
菊の花から出現した紫の球はしばらく不気味に輝いていたが、やがて周囲に光を撒き散らせはじめた。いかにもエネルギーを溜めてるぞといった感じで。
「ああ。やっぱ最後は光線か……」
「え? どういうことなの?」
「恐らく、あそこからヤバイ光線が出るんだと思う。で、ディノが同じように光線を撃ち返す。最後はどっちのエネルギーが勝るかで決着するんだよ」
「なんで分かるの?」
「それが王道だからさ」
その予想は当たった。紫色の核が光線を発すると同時にディノも突き出した両手から金色の光線を放った。それが両者の中間で激しくぶつかり合う。そして押し合う!
(今のところ互角……いや、押されてる?)
少し心配になった。ところが、いつの間にかフィオナが現れてディノを支えるようなポジションに立った。同じようにボロボロのクーリンがディノの手に自分の手を重ねようとしている。まるで3人で力を合わせているような構図だ。
「なるほどね。皆の力を合わせて最後の力を振り絞るという演出か」
他人事のようにそう言った瞬間、ぐいっと下のほうに引っ張られる感覚が生じた。
「うわっ!」
「きゃあ!」
2人同時に引っ張られてしまう。で、気付いたときには地上に戻っていた。そして直ぐ目の前にディノの背中があった。
(ん? これってもしや……)
死んだ人間の魂までが力を貸すという演出!
隣を見ると女剣士が自分と同じようにディノの後ろから手を伸ばしている。その姿はうっすらではあるけれど作品中の姿になっている。
(皆の力をひとつにってか!)
自分と女剣士の存在にフィオナもクーリンも気付いていない。やはり我々の姿は彼等には見えないのだろう。見えているのは読者だけか。
ディノが「うぉぉぉ!」と叫ぶ。フィオナもクーリンも必死にそれに続く。そしてついに我々の押し込む力が一層大きくなった。
「行っけぇ!」
ディノの掛け声で我々の光線が太く、力強く、伸びていくのが分かった。そしてその先にある紫色の光線を押しのけて、一直線に核を貫いた!
「ぐわぁぁ!」という叫びと『チュドーン!』という爆音が同時に聞こえた。
光が、その領域を圧倒的に拡げて闇帝の姿を溶かしていく……。
それを見守るうちに、また上空に戻されてしまった。まさにディノを助ける為に、一瞬だけ地上に戻された形になる。
我々は再び魂となって空の上。
きょとんとして彼女が呟く。
「……終わったの?」
「うん。終わった」
それは下を見れば明らかだった。ディノ達は精根尽き果てて倒れこむところだったが、その表情は皆、達成感で一杯のように見えたからだ。
物語は遂に終焉を迎えた。ディノ達の活躍によって闇帝は倒されたのだ。
(さて、いよいよこの漫画も終わるわけだが……どうなるんだろ?)
闇帝を倒した喜びもあることにはあった。しかし、自分は止めを刺すのに間接的に関わっただけで、既にこの漫画的には死んでしまった存在に過ぎない。何となく寂しいような終わって欲しくないような複雑な心境だ。
「お疲れ様~」
また彼女がそんなことを言うのでそちらの方向を見る。そしてハッとした。
(誰だ? お前?)
彼女のお疲れ様は自分に向けてのものではなかった。そして、彼女に労われた相手は全然見覚えの無い人間だった。
「あーあ。疲れちゃったよ僕」
そう言う相手は見るからに子供だ。どう見ても小学生ぐらいにしか見えない。
「ちょ、誰?」
そいつが誰なのか分からなくて彼女に尋ねる。すると彼女はあっさりと答える。
「私達の仲間よ。この世界に転生しちゃった仲間。闇帝の役をやってた子なの」
「やーみーてーいー!? はああああ?」
全く予想していなかった彼女の言葉に唖然とした。そして気を取り直して聞く。
「仲間って、どう見ても小学生じゃん。それに闇帝だったって? マジかよ!」
するとその子は怪訝そうな表情で返事をする。
「闇帝なんて最悪だよ。だって暇なんだもん。どうせならもっと戦える役が良かったな」
「はは……そりゃ大変だったな」
「可哀想よねえ。だってこの子、ずっと出てこれない役だったんだもの。せっかくこの世界に来たのにどこにも行けなかったのよ」
「え? 知り合い?」
「ええ。この子にはアナタより先に会ったのよ。なんだっけ? ディノが闇帝のカケラとニアミスした時だったかしら?」
「そうだよ。あのときもひどかったよ。だってカケラだよ? どうしようもないよ」
「そうなのよね。ホントはあの時、もっと話したかったんだけどストーリー上、そうもいかなかったの」
なんてこった! 確かに女剣士はこの世界に何人か仲間が居るとは言っていたが、この子供がそのうちの一人で、しかもラスボスだったとは!
「あら……なんだか体が……」
「ほんとだ。体が消えそうだよ」
2人が急にそんなことを言い出したので我に返った。そう言われてみれば確かに……。
「え? このまま消えちゃうのか? それとも……」
元の世界に戻るのか、それとも消滅してしまうのか、その分かれ道だ!
女剣士はその姿を空色の背景に溶かしながら呟いた。
「この世界も嫌いじゃなかったな……」
闇帝役の男の子も独り言のように言う。
「つまんない役だったけど帰りたくないなあ」
2人ともなんだかんだいってこの世界に未練があるのかもしれない。かくいう自分はどうだ? やっぱり同感だ……。
そうだ! お互いが消えてしまう前に伝えなきゃなんないことがあった。
「あのさ! 前に約束したよな。元の世界に戻ったらまた会おうって!」
「……そうね。戻れたら……会いましょ……」
そういい残して彼女の姿が完全に消えてしまった。最後に見せたその笑顔。それは薄っすらし過ぎてはっきり見えたわけではない。けれども確かにその笑顔は自分に向けられたもののように思えた。
(悪くは無かったな……この世界も……)
最後に残された意識。それもロウソクの火が消える時のような瞬間に、誇らしいような充実したような気分になれた……。
* * *
青い空。白い雲。さわやかな風。
心地よい暖かさに包まれながら背中に柔らかい草と大地を感じる。まさに平和だなあと感じる瞬間だ。
(あれ?)
余りに急な場面転換だったので思わず飛び起きた。
「夢じゃないよな?」
慌てて周りを見る。見たことの無い河川敷の風景に不安になる。
(どこだ? ここは?)
さっきまでの充実感はどこへやら……。
「やあ、こんな所に居たのか!」
後ろで誰かがそう言ったので反射的に振り返る。すると坊主頭の少年がこっちを見ている。
「しょうがないなあ。また学校サボったのか鮫島は」
(鮫島? 誰に向かって言ってんだ? こいつ)
奇妙に思って尋ねる。
「なんだ? お前?」
するとユニフォーム姿の少年はにっこり笑ってこう言った。
「そんなことより野球やろうぜ!」
【二次元ヒーロー・ダン 完】
――GAYA氏の次回作にご期待ください!
二次元ヒーロー・ダン GAYA @GAYA
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