2 イケメン3人組の転入

第2話 夢かマコトか異世界か

 カバドラゴンの背中はゴツゴツしていた。これは小さい頃によく行った公園の恐竜像に乗った時の触感だ。

〔ケツが痛え……もうちょっと何とかならないのかよ〕

 そんな事を考えながらしばらく飛んでいると前方に町のようなものが出現した。煙の筋が立ち上っているのもそこからだ。

 グングン進み、町の上空に差し掛かる。赤い屋根の家が立ち並ぶ町の中央にはポッカリとスペースが空いている。破壊された家々からは出来立てのホヤホヤみたいに煙が上がっている。それを見て不謹慎ながらレンジで加熱しすぎたコンビニ弁当を連想した。

 ミーユが叫ぶ。

「あ! あの子は!? 危ないでミュ!」

〔あの子って誰だよ? てか、ここから良く見えるなぁ〕 

 上空から見ると中央の広場で誰かが対決しているのが分かった。恐らくこの漫画の他のキャラが戦っているんだろう。

 高度を下げながら中央広場に近付く。さらによく観察してみると戦っている連中の片方には見覚えがあった。

〔あいつ……あれがこの漫画の主人公だったような気がする。でも名前が思い出せん!〕

 どうやら主人公の少年が苦戦している模様。対峙している敵が武器を振り回すと小爆発が起こり、主人公が吹っ飛ばされる。

〔やれやれ。ご苦労なこった〕

 敵の攻勢に一方的にやられる主人公。まあ、よくある話だ。どうせ一発逆転の必殺技とか思わぬ援軍とかで結局はピンチを脱するんだろうが……。

 敵が「止めだぁ!」と、叫んだのがここまで聞こえてきた。

〔ほうほう。で、どうなるのかな?〕

 野次馬気分でそれを眺めていた。まさに他人事。が、次の瞬間、また身体が勝手に反応した!

〔ちょっ! 何だ!?〕

 何がどうなったのかさっぱり分からない。けど、気がついたら地表に立っていた。

〔こいつ、勝手に飛び降りやがった〕

 正面には敵キャラ。それがこっちを睨んでいる。一方で身体が振り返ると主人公が地面に這いつくばっている。ということは二人の間に自分が割って入ったような形になるのだろう。

『何とか間に合ったようだな』

 またしても口が勝手にそんな台詞を吐く。

〔全然そんなつもりは無かったんだけど……〕

 主人公の少年が顔を上げてこちらを見る。

「ダン!? なぜ君が?」

『借りは作らない主義なんでね。これでチャラだ』

〔借りってなんだよ? 聞いてねえし!〕

 主人公が顔を歪めながら忠告する。

「気をつけて……奴の名はソヤロー。四天王のひとりだよ」

『問題ない』

 一応、会話が成り立っている。けど、自分にはチンプンカンプンだ。

 そこでソヤローという敵役が怒鳴る。

「何だお前は! 邪魔をするならまとめて消してやる!」 

どうやら彼は戦いの邪魔をされて苛立っているらしい。

『フン。やれるものならご自由に』

〔何でそこで煽るかなぁ……〕

 こちらの意思などお構いなし。身体が勝手に動いて話の流れに参加している。

 それを聞いてソヤローが顎をしゃくる。

「面白い。なら相手をしてもらおうか」

 ソヤローはトリケラトプスの頭みたいな兜にトゲだらけの鎧を着込んだ大男だった。それらは動物の骨や牙を寄せ集めて作ったように見えた。

〔骨のコレクターかよ……〕

 それに奴の武器は剣というよりは槍に近かった。マンモスのキバにトゲトゲを継ぎ足したような槍。ケツを刺されると痛そうだ。

 ふと気がつくと他の人間はみんな遠巻きに成り行きを見守っている。

〔え? やっぱり俺が戦うの?〕

 いつの間にかソヤローと一騎打ちの形になっている。

〔聞いてないよ……〕

 そこで風が『ヒュゥゥ』と大げさに吹いた。

 それを合図にソヤローが骨の槍を振り回した。

「イッパツヤー!」

〔何だそのネーミング。ダサくね?〕

 そう思った瞬間、ソヤローの頭の辺りが真っ赤に染まった。続いて何かが飛んで来る! 思ったよりスピードは無いがヤバそうな火の玉がこっちに向かって来る。 しかし、避けたくても身体は動かない。迫りくる熱気をはっきり感じた。

〔ちょ、なんで避けない? て、熱っ!〕

 そこで棒立ちの状態から身体が勝手に反応する。

『ラマジカ!』

〔なんじゃそりゃ!? て、避けろよバカ!〕

 訳の分からない言葉と同時に剣を振る。するとどうしたことか急に周りがひんやりした空気に包まれた。ついでに頬に水しぶきを浴びる。

〔お? おおっ! 水のカーテンか?〕

 なんと自分の周りを南極のオーロラみたいな水壁がガードしている!

〔なんだ。やればできるじゃん!〕

 と、喜んだのも束の間。今度はソヤローがジャンプで突っ込んでくる。しかも例のトゲトゲ・ランスをこっちに向けてやがる!  

 ソヤローが「クイッパグレ!」と、怒鳴る。

〔またバカな名前を……て近いよお前! おまけに全身燃えてるし〕

 全身が火に包まれたソヤローが宙を舞い、突進してくる。

 その攻撃に対して身体は勝手にバックステップを繰り出し、距離を取る。

『ギマジカ!』

 またしても意味不明な呪文を口にしながら剣で敵の槍を受ける。

火に包まれた敵の槍からは炎がこぼれて、こちらの身体にまとわりつこうとする。

〔熱っ! いやマジで熱いって!〕

 一方で自分の両脇からは水が噴出してそれを受け止めようとする。

 そこで敵がいったん下がる。

 ソヤローの顔が歪む。

「クッ! やはり水使いとは相性が悪いか!」

〔お? チャンス! ここから反撃か?〕 

 そう期待したのに身体は無反応。なぜそこで追い討ちをかけない?

 ソヤローが再び戦闘体勢を取ろうとした時だった。前方で『ズガガガガッ!』という音がして何かがキラッと輝いた。良く見ると竹の子みたいに地面から氷の柱が生えている。

 ソヤローがキッと周囲を伺う。

「この氷柱は!?」

 奴の言葉につられて身体も反応する。

『これは!?』

〔今のは自分の技じゃないよな?〕

 確かに呪文とかそういうアクションとかを繰り出した覚えは無い。しかし、ソヤローもこの身体も氷柱に覚えがあるらしい。

 ソヤローが呟く。

「これは……噂の女剣士か?」

〔またそうやって知らないキャラを出す……いい加減にして欲しいよな。まったく〕

 さらにソヤローは忌々しそうに唾を吐く。

「ケッ! この状況で女剣士まで相手にするのは流石に分が悪いか」

 そう言ってソヤローは槍を背中に収めると「命拾いしたな」と、捨て台詞を残して後退していった。

〔見かけによらず逃げ足が早えなぁ〕と、感心したのも束の間、今度は身体が勝手に別な方に向く。見るといつの間にか黒いドラゴンがすぐ側まで迫っていた。そしてその背中には剣士らしき風体の女。金髪ロングに青い瞳。凛とした感じの美人だ。

 身体は冷静にその女に話し掛ける。

『余計なことを……アンタがあの有名なポスト王国の女剣士か?』

〔誰だよそれ? ポストってどこだよ……〕

 くだんの女剣士はドラゴンに乗ったままこちらを見下ろしている。そして一言。

『死なないで』

 彼女の視線の先では主人公が死に掛けている。その側で知らない女の子キャラが回復の呪文だかなんだかで手当てをしている。女剣士は微かに眉を顰め、手当ての様子を見守る。

 なんだか仲間外れにされてるようで面白くない。けど、あまり深く関わらない方が良さそうだ。この素性の知れない女剣士も結構、強そうに見える。第一、乗ってるドラゴンのスペックが全然違う。まずあっちのドラゴンは頭が小さくてV字型の角が格好良い。金色の眼も精悍さを表わしている。羽も尻尾も牙も、ひとつひとつの造形がシャープな印象を受ける。それに黒光りする身体は筋肉質でミーユのメタボなドラゴンとはえらい違いだ。

 しばらくして主人公の少年がヨロヨロと立ち上がった。そして彼を介抱していた女の子キャラの肩を借りて歩き出した。全身ボロボロでその目はうつろだ。

〔おいおい。助けて貰っておいて礼も無しかよ……〕

 イマイチ納得がいかなかったが誰も彼等を追う素振りをみせない。主人公と女の子が引き上げるのを見送ってから女剣士は笑みを浮かべた。

『こんなところであの子を失うわけにはいかないから……』

 彼女のそんな台詞と一連の流れに完全にしらけてしまった。そこで(なんだかなぁ)と、頭を掻こうとして気がついた。

(およ? 動くぞ!)

 確かに手が動く。試しに右手をブンブン振り回してみる。

「よっしゃあ! やっと動ける!」

 今までのは何だったんだ? 身体は言うことをきかないわ自分の意思では喋れないわと、まるで操り人形みたいだった。

「畜生。酷い目にあったな」

 そうボヤいてから首をグリグリ回す。

「なんで勝手に行動しちゃうかなあ、もう」

 そんな自分の独り言を聞いていた女剣士が驚いたような表情をみせる。

「あなた、もしかして……」

「へ? 何か?」

 女剣士が真剣な顔で尋ねる。

「あなたも記憶があるの?」

「え? 記憶って……何の?」

「勿論、ここに来る前の記憶よ」

「それって眠る前の世界ってこと?」

「眠る前って、あなた。これが夢だと思ってる?」

 そう言って女剣士はケタケタ笑い出した。

 ムッとして言い返す。

「これは現実じゃないってぐらい分かってるよ!」

 確かにこれが夢の世界というのには疑問を持っている。しかし、面と向かってそれを否定されると益々自信が無くなってくる。

 ひとしきり笑い倒してから女剣士が言う。

「その様子じゃ、まだこっちに来たばかりのようね。じゃ、しょうがないか」

「え? ひょっとして……仲間?」

「まあ、そんなところ。あなたで4人目よ」

(4人。じゃあ他にも……)

 女剣士が髪をかき上げながら尋ねる。

「ね。ところでこの漫画、今どうなってるの?」

 漫画……ああ、この人は分かっているんだ。それで少し安心した。

「まだ続いてる。でもあんまり人気無さそうだから連載終わっちゃうかも」

 それを聞いて彼女は眉を顰める。

「……参ったわね」

「なんで? 連載が終わったら何かマズいことでも?」

「分からない。ただ好ましくないことになるわ。お互いにね」

「何だよ。はっきり言えよな。気になるじゃんか」

 すると女剣士は何か考え事をする素振りを見せて軽く首を振った。

「さて、どうなるんでしょうね。作者のみぞ知るってとこかしら」

 この女が言うことはどこまで真実なんだろう? もしかしたらこの不可思議な現象の説明を聞けるかもしれない。そう思って質問しようとした時だった。女剣士がハッとしたように遠くに視線をやった。

 そんな彼女の反応に違和感を覚えた。

(どうしたんだろ?)

 すると女剣士は唐突に口を開いた。

「ゴメンね。どうやら次の場面に行かなきゃなんないみたい」

「次の場面? 何それ?」

 すると彼女はチラリとこちらを向いてすまなさそうに返事をした。

「その内、あなたにも分かるわ。さっきのあなたと同じで自分の意思とは無関係に身体が勝手に動くのよ。ストーリーに参加する為にね」

 そう言って彼女はドラゴンの手綱を引いた。

「な!?」

 呆気に取られているうちに女剣士の黒いドラゴンは『バッサ、バッサ』と豪快に羽ばたきをして空に飛び上がった。

「ちょっ! 待ってよ! まだ聞きたいことが!」

 しかし彼女は行ってしまった。

 その様子を眺めながら彼女の言葉の意味について考えた。

(ストーリーに参加する為……)

 突然に身体のコントロールを失った理由が本当にそれだったとすると……。

(どうなっちゃうんだ? 俺)

 転生したというのは、ほぼ間違いない。けど、この身体は完全に自分のものではないらしい。こいつはこの漫画のキャラクターだ。つまり、俺はこのキャラに憑依したことになる。いわば、連載漫画の脇役キャラに俺の意識が居候させてもらっている状態だ。

「参ったな……」 

 ちょっとこれは厄介なことになってきた……。

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