二次元ヒーロー・ダン
GAYA
第1話 プロローグ
通学路をダラダラ進むと、いつも大通りで信号に引っかかる。
(ああ……なんか面白いことねぇかな)
信号待ちしながら今日何回目かでそう思った矢先だった。突然、眩しさと立ちくらみが襲ってきた。
(やべ……これは倒れる!)
そう直感した。前後左右が分からなくなる。なんだこの感覚? 頭の上に向かって引っ張られる。これって落ちてんのか?
(どうなってんだ?)
勇気を出して目を開く。けど完全に手遅れだった。眼の前に広がるのは白っぽい地面。それが有り得ないスピードで迫ってくる。
(ぶ、ぶつかる!)
目から火が出るというのは本当だ。おまけに鼻がスパークした。てか、多分潰れた。
(モロに顔から落ちた……)
鼻血の予感。顔面が激熱だ。なんとか起き上がろうとした時、上の方から「だいじょうミュ?」と、声を掛けられた。
「いや。それが結構、痛くて……」と、言いながら声のした方向に顔を向ける。
と、その拍子に声の主と目が合ってしまった。そして固まる。
(ポスターが喋った?)
目の前には漫画に出てくるような幼女が描かれている。マシュマロみたいなでっかい帽子を被った萌えキャラだ。
「頭から落ちるなんて危ないミョ」
確かに幼女の絵は動いている。これはアニメか? いやいや、恐らく背後にでっかいモニターがあるものと思われ……。
(あれ? 無い。無いぞ? だったらどうやって動かしてるんだ?)
視界がクリアになるにつれて疑問が湧いてきた。これは絵なのか映像なのか?
(なんだこれ!?)
視界がやけに白っぽい。というより背景に色が足りないのだ。遠近感もまるで無い。これは激突のせいで目がイカれてしまったのかもしれない。
「珍しいミョ。ダンが着地に失敗するなんてネ!」
また幼女が喋った!
(これは何ていうゲームなんだろう? けど夢じゃないよな……)
思わず目をゴシゴシこすった。しかし、白っぽい視界はちっとも回復しなかったし、目の前の幼女は小首を傾げてこちらを見つめている。
その時、上空で『ギャー!!』と誰か叫んだ。
「ダン! 早く剣を拾うミョ!」
「は? 剣だって?」
「早く早く! ドルイマが戻ってきたミュ!」
幼女が空を見上げてソワソワしているのでその方向に注目する。すると上空から一直線にこちらに向かってくる物体が目に入った。
「鳥!? ゲ! 超デカくね!?」
その姿はまさに巨大な鳥だった。しかもプテラノドンかと見まがうような形状だ。
幼女が頭を抱えてしゃがみ込む。
「さっきの攻撃で完全に怒ってるミュ!」
周りを見回すが隠れられそうな所は無い。つまり戦えということだ。そうこうしてるうちに急に暗くなった。と同時に『ブワッ!』と、突風が押し寄せてきて後方に放り出される。
(なんだなんだ!?)
訳が分からない。すると『ザクッ!』と、また漫画みたいな擬音がして、すぐ目の前の地面に三本の筋が深く抉られた。そして風は猛スピードで去っていく。見上げると紫色の羽を広げた怪鳥がさっそうと上昇していくところだった。
(ビビった! 危ねえな!)
そう思って幼女を確認する。一応、無事なようだ。しかし、このままでは何だかやられてしまいそうな雰囲気。いくら夢の中とはいえ、このままやられっぱなしというのもシャクに触る。
「よし! 一丁、やったるか!」と、勢い良く立ち上がり、目についた剣を拾う。
もう一度上空を見上げると、さっきの怪鳥が悠々と旋回している。まるで地上にいる自分達に狙いを定めているようだ。
(次、降りて来たらぶった斬ってやる!)
そう心に決めて右手に持つ剣を見る。青白くスラリと伸びた刃は日本刀のように少し反っていてなかなか格好良い。
(一発で仕留められるかな……でも夢だしな。まあ何とかなるだろ)
気楽に行こう。どうせリスクの無い戦闘なんだからゲームと一緒だ。そう思って敵の動きを観察する。怪鳥は狙いを定めたらしく、また急降下してくる。
やっぱり異様にデカい。けど負けていられない。
(カウンターで反撃だ!)
敵の進路に合わせて大きくジャンプする。身体がブワッと浮き上がり、風を切って加速する。ところが飛び上がったはいいが、切るのか突くのかを決めてないことに気付いた。
(やべ……どっちにしようか)
敵とぶつかる! と、思った瞬間、反射的に目を閉じてしまった。それと同時に右斜め上から左下に向かって剣を振り切った……という感覚はあった。剣を介して振動は両手に伝わった。『ズバッ!』という擬音もしたように思う。
(やったか? けど凄いリアルな夢だなぁ)
半ば呆れながら目を開ける。が、周りに何も無いのに気付いた。で、下を見る。
「うあっ! 高っ!」
足元に広がるのは地上との圧倒的な落差だけだ。
(まさかここまでジャンプしたとか? 30メートルぐらい跳んでないか?)
振り返ると怪鳥の残骸と思われる物体が二手に分かれて落下するところだった。どうやら敵は倒したようだ。
「にしても高えなぁ」
落下しながら周りの様子を眺める。どうやらここは森のようだ。特に建造物は見当たらず、道らしい道も無い。ただ、木や岩や自然物のどれもが絵に描いたように質感が無い。というか、どれも存在感が軽いように思える。
高く飛んでしまった割には着地は『ストッ』と、スムーズだった。
そこに幼女が嬉しそうに駆け寄ってくる。
「やったミョ! さすがダンだミョ」
やっぱりこの幼女も絵にしか見えない。なんか3Dアニメみたいだ。
「ここはどこだ?」と、試しに聞いてみる。
「なにを言ってるミョ? あたま打ったからか変になったミョ?」
恐る恐る幼女に手を伸ばしてみた。そしてほっぺたに手を添える。はじめてフィギュアに触れた時みたいに照れ臭い。試しに頬肉を摘まんでみた。すると『むにゅっ』という擬音がどこからともなく発生した。
(なんだこの音? やっぱり漫画っぽいな)
感心していると幼女が「フギ~」と、妙な反応を示した。そして怒り出す。
「もう! 心配して損したミョ~」
ふくれっ面でプンプン怒り出す幼女のこめかみには怒りを示す例のマークが浮かぶ。
「やっぱり漫画だ……」
そこまでのやり取りで確信した。これは『漫画の世界に入り込んだ夢』なんだ。だったら別に悩む必要は無い。物語の流れに身を任せていれば良いだけの話。所詮、目が覚めるまでのお遊びだ。そう考えると気が楽になった。
(そういえばこの子、俺のこと、変な名前で呼んでたな)
そこで正直に尋ねてみる。
「俺の名前って何だっけ?」
「フギー! やっぱり変だミョ。ダンが故障しちゃったミョ!」
「ダン……それが俺の名前? ださ……」
ちょっとがっかりだ。
「ねえダン! ホントに何も覚えてないミョ? まさかミーユのことも覚えてないミョ?」
そう訴える幼女は涙目だ。そんな彼女の上目遣いに少し胸がときめいた。
(やべ、可愛いじゃねえか! けどこの絵。どっかで見たことあるような……)
漫画、アニメ、ゲーム、などなど。この17年間の人生で巡り合った少女達の記憶を辿る。そしてハタと閃いた。
(もしかして……)
そこで思い出したのが愛読している漫画週刊誌だ。その中に人気が微妙で、いつも後ろの方に掲載されている冒険物があった。だけどタイトルが思い出せない。
(何だっけ? 読み飛ばしてたから覚えてねえや)
ここまで出掛かっている答えが出てこない。
(まあ、いいか。そのうち思い出すだろ。でもどうせなら好きな漫画の夢をみたかったなぁ)
少し冷静になって周りの様子を確かめる。するとあんなに色あせた光景だったのがそれなりに着色されている。木々が枝を広げたところには緑が、ゴツゴツした岩場に見える箇所は茶色く、遠方の山間には空の青が、それぞれ収まっている。
(無理やり脳内補完したような感じだけどな……)
そのくせミーユとかいった幼女の服は実にいい加減だった。さっきは白地にピンクだったような気がする。しかし、今はベージュに赤が基調になっている。
(着替えた? そんな訳ないか)
多分、夢の中だから色合いなどは適当なんだろう。
しげしげと景色を眺めているとミーユが袖を引っ張る。
「何、ぽーっとしてるミュ? 頭はだいじょうぶミョ?」
「ああ。何とか」
そう言って額を拭った。顔の痛みは引いていた。が、自分の手の平を見て驚いた。
(ツルツルじゃねぇか! 何だこれ?)
指紋どころかシワ一本すらない。これはこれでかなり気持ち悪い。次いで恐る恐る顔を撫でてみる。
(なんだこれ……)
凹凸が無い。触感もスベスベだ。逆に鼻は高く、頬と顎の境目は角ばっている。
(マスクでも被ってるみたいだな)
自分自身の変化に戸惑う。そして段々自信が無くなってきた。リアルな夢だなと思う反面、得体の知れない不安感が湧き上がってきた。
(確かに夢にしては感触がリアルすぎる。てか、これで目が覚めないとか俺の身体は大丈夫か? 意識不明の重体とかなんじゃね?)
そんな考えが浮かんできてぞっとした。
「どうしたミュ? 師匠のとこに帰るミョ」
のん気にそんなことを言うミーユを眺めながら自分の顔が引きつるのが分かった。
(まさかこれって……夢じゃないのか?)
そこで『転生』という言葉がよぎった。現実の世界から架空の世界に迷い込んでしまうという設定。行き先は魔法の世界だったりSFの世界だったり色々だ。けど、所詮そんなものはフィクションに過ぎない。だとすれば、やっぱりこれは長い夢なんだ。いや、夢というのは正しくないかもしれない。正確には脳が作り出している世界というのが妥当かもしれない。
前を歩くミーユが振り返る。
「なにポーっとしてるミュ?」
「いや。何でもない……」
「そうかなぁ。やっぱり今日のダンは変だミョ」
それには答えずに歩きながら考えた。こうやって客観的に分析できている時点でこれは夢ではない。ということは脳内で作り出された仮想世界に騙されているんだ。
(ゲームにハマりすぎて現実との区別ができなくなったようなもんか……)
いやいや、それもおかしいだろう。自分の場合、それは無い。ゲームは好きだがそこまで没頭した覚えはない!
道ならぬ道をしばらく歩いていくと遠方で地響きがした。
「ミョ? 町の方から聞こえるミョ」
ミーユに言われるまでもなく『ドッカーン!』とか『ズズーン!』とか、またしても漫画の擬音が聞こえてきた。その表現方法は言葉にすれば簡単なんだろう。けど、リアリティという点においては絶望的な嘘臭さだ。それが目に映るアニメ風の光景と相まって、仮想世界っぽさを強調している。
進行方向に細長い煙が幾筋も立ち上っている。どうやら先の方で立て続けに爆発が起こっているらしい。
突然、ミーユが慌てだした。
「た、大変ミュ! グスト連邦軍かもしれないミュ!」
ここからは何も見えない。しかしなぜかミーユには何が起こっているのかが分かるらしい。
「ふーん。で?」
「助けに行くミョ!」
「何で?」
正直、気が乗らない。さっきみたいに痛い目を見るのはゴメンだ。
そこでミーユがほっぺたを膨らませる。
「なに言ってるミュ! 助けるのは当たり前ミュ!」
(ミューミューうるせえなぁ……)
いい加減うっとおしくなってきた。ここいらではっきり意思表示をしておいた方が良い。そう思って「断る」と言いかけた。ところが自分の口から出た言葉に我が耳を疑った。
『よし! 急ぐぞミーユ!』
〔え? 俺、何言ってんの?〕
一瞬、他に誰か居るのかと思った。しかし今の台詞は確かにこの口から発せられたものだ。
〔思ってることと全然違う!〕
頭では拒否するつもりなのに身体がいうことをきかない。
『ミーユ! ドラゴンを呼べ。町まで飛ぶぞ』
またまたこの口が勝手な台詞を吐きやがった。
〔おいおいおい! 誰がそんな危険な所に行くって? 冗談だろ?〕
「分かったミュ!」
ミーユは敬礼をしてにっこり笑う。そしてカタツムリみたいな笛を取り出すと甲高い音色を撒き散らした。すると間もなく上空から何かが飛んでくる。どうやらそれがドラゴンらしい。
〔どこから現れたんだろ? このドラゴンは近くでずっと待機していたのか? 何というご都合主義!〕
ミーユの笛で呼ばれたドラゴンは随分と太っていた。しかも目がぱっちりしていてちっとも強そうに見えない。まるで羽の生えたカバだ。
地上に降り立ったドラゴンの背中にミーユが飛び乗る。
『カバちゃんお願いミョ!』
〔ちょ~! カバちゃんって、そのまんまじゃん!〕
ここは笑うところなんだがやっぱり身体が反応しない。それどころか、自分もミーユに続いてカバドラゴンの背中に飛び乗ってしまった。何とか抵抗を試みるが身体も口もまるで言うことをきかない。自分の意思に反して勝手に行動してしまう。まるで腹話術の人形になってしまったような気分だ。
『チッ! 間に合うか? 町が心配だ』
〔またまたそんな事を! そんな知らない町なんてどうでもいいよ! てか止めろよ!〕
自分の身体がコントロールできないというのは夢の中でもたまにある。ただしこれはちょっと酷い。酷すぎる! 気持ち悪いを通り越して泣きたくなってきた。
そんな気分をよそにカバドラゴンは我々を背に勢い良く大空に飛び出した。
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