第7話 ドラゴン・フライ

 ケーキ山を臨む町はずれでロイ・カルスは棒で地面に円を描き、その中心部から2本の直線を引いて曲線の一部を消した。どうやらそれはケーキ山を真上から見た図のようだ。

 そしてロイが解説を始める。

「レースは基本、山の輪郭に沿って時計回りに周回する。で、この直線部分がアタック・ゾーンだ。このゾーンは何でもありだから気をつけろ」

『アタック・ゾーンだと?』

「ああ。ドラゴンのみが攻撃を許されるゾーンだ。だからアンタの技は使えない」

『なるほどな……』

 身体の方はその説明で納得したらしい。けどそれは勿体無いというか不利というか……。

 ロイはさらに続ける。

「アタック・ゾーンの真ん中にドラゴン・ゲートがある。必ずここを潜ってくれ。でないと周回をカウントされないからな」

 そう言ってロイがケーキ山の方を指差す。身体がその方向に目をやるとケーキ山の崖の部分、つまり工房やら穴やらが密集する壁面の中央に神社の『鳥居』のようなものがあった。鳥居とはいってもそれは壁に突き刺さるような格好で地面とは垂直な位置関係になる。あそこを通るとなると、まるで火のついたリングをサーカスの猛獣が潜り抜けるようなイメージになるだろうか。

〔やれやれ。必ずあそこを通過しろってことか……〕

 ケーキ山は円を四等分してそのひとつを取り除いたような形をしている。だから普通に考えれば欠けた部分を突っ切るように直線で飛んだ方が最短コースのように思える。しかし円の中心部、それもちょうど凹んだ部分を通らないとならないのならショートカットは使えない。あの直線部分はVの字型に飛べということなのだろう。

 ロイがディア・シデンの頭を撫でながら言う。

「本来なら予選で慣らし運転といきたいところだが、生憎こいつはシードなんでね。決勝での一発勝負になる。だからアンタの腕を信用するしかないんだ」

〔マジかよ! ぶっつけ本番ってことか?〕

 しかし身体は冷静に答える。

『問題無い』

 相変わらずその自信はどこから来るんだ……。どう考えても無理っぽい。まあ漫画だから普通に乗りこなしてしまうという可能性もある。

〔案外、こいつには秘密の過去があってドラゴンに乗せたら超一流だったっていう裏設定があったりして〕

 そんな事を期待しながらレースの開始を待った。抗っても無駄という事は分かっている。しかし、ジェットコースターみたいなのは本当にカンベンして欲しい。それが今の正直な気持ちだ。

〔まな板の鯉ってのはこういう気分を言うんだな……〕

 

   *  *  *


 国王杯当日。いよいよレース開始の時間が迫ってきた。

 出場するドラゴンと騎手は一箇所に集められる。スタート地点はケーキ山から離れた場所に設けられていて、ここからコースに向かう形になるらしい。

〔何だかお祭みたいだな〕

 スタート地点ではドラゴンが一列に並べられて、その周りを騎手や調教師など関係者が取り巻いている。見物人も少なくない。運動会のような飾りに横断幕、そして屋台が幾つも見受けられる。そのせいかあまり緊張感は無いように感じられた。

 ロイが強張った表情で最後のアドバイスをする。

「無理はするなよ。仲間がうまく誘導してくれるはずだ」

『仲間?』

「ああ。デーニス所属のドラゴンはもう何年もこのレースに勝っていない。今年こそはと皆期待しているんだ」

 そう言ってロイがチラリと隣の青いドラゴンに目をやる。するとそのドラゴンに付き添っていた助手と騎手がそれに気付いて「任せろ!」といった風に親指を立ててみせる。

〔仲間ってことはチーム対抗みたいなもんか〕

 ますます運動会みたいなノリだ。

 ロイは大きく頷いて背中をバンと叩いてきた。

「大丈夫! こいつの力を信じてくれ!」

 背中に受ける彼の手の平は湿っているような気がした。

『……』

 そこでちょっと厭な予感がした。何だろう。ロイがわざと明るく振舞っているような気がしてならない。

〔あれ? 何だろ? この感じは……〕

 どうやらその感覚はこの身体が感じた違和感のようで自分には理由が分からない。

 ふいに身体がディノを呼び寄せた。そして耳打ちする。

『ディノ・パルロ。お前はロイについていろ』

 それを聞いてディノが不思議そうな顔をする。

「どうかしたのかい?」

『ロイの様子がおかしい。もしかしたら何者かに脅迫されているかもしれん』

「脅迫? どういうこと?」

『どうやら我々に勝たれては困る連中がいるようなんでな』

 ディノは少し困惑したような表情を浮かべながらも小さく頷いた。どうやら今のヒソヒソ話で事情を察したようだ。

〔そういうことか。この前のダサいオッサン達のことか〕

 なるほどよくあるパターンだ。大事な人を誘拐して「こいつの命が惜しければレースでわざと負けろ」という筋書きなんだろう。つまりは八百長しろということだ。

 ディノは「分かったよ」と、頷いた。

 やがて合図のラッパが鳴り響いて関係者たちがドラゴンと騎手を残して引き上げていく。

〔ついに始まるんだな……〕

 緊張感は相変わらず湧いてこない。それはこの身体が冷静すぎるのかこの雰囲気が運動会臭いからなのかは分からない。

〔もうどうなっても知らんぞ……〕

 ディア・シデンに跨り、半ばヤケクソ気味に覚悟を決めた。

<いよいよ第45回デーニス国王杯のスタートが近付いて参りました。このレースで本年度のチャンピオンが決定します!>

〔あれ? 何だ。今の説明調の台詞は?〕

 どこから聞こえてくるんだろう? はじめはどこかで実況中継をしているのかと思った。けどそうではないらしい。この世界にはTVカメラなんてものはないし、場内放送の設備らしきものも無かったような気がする。

<いずれも厳しい戦いを勝ち抜いてきた精鋭18頭のドラゴンが頂点に挑みます。一番人気は我らデーニスが誇る期待の新星ディア・シデン! 現在のところ単勝オッズは1.7倍と断然の支持を集めています。が、果たして騎手の乗り代わりというハンデを乗り越えられるのか? 注目です!>

 やっぱり、はっきり聞こえる。まるで天の声だ。

<さて解説のオーカーさん。展開をどうみますか?>

<え~ 私は5番のメルト・ライアンが逃げると思います。午前中のレースを見る限り先行有利の流れは変わりないですが、ここに8番のセイフーン・スカルや13番のミフォー・ブルゾンが絡んでいくようだと逆にペースが上がって差しが台頭してくるとみます>

<人気のディア・シデンはいかがでしょう?>

<え~、出来れば3、4番手につけて体力を温存したいところでしょうな。この竜の場合はスピードに勝るタイプですから距離はギリギリ持つかどうか。ですのでスタミナの配分がポイントでしょう>

<なるほど。スタミナの温存ですね。ということは風除けの為に前の竜を行かせて、じっくり構える作戦が有効ということですね?>

<え~ しかし、あまり前を楽に行かせすぎると捉えきれないこともありますから、スパートのタイミングが肝心ですな>

<二番人気の2番ドラゴ・スターはどういう乗り方をするでしょう?>

<え~ この竜は逆にスタミナがあって攻撃力にも自信を持っているでしょうから当然、ディア・シデンをマークするでしょうな>

<そうなるとディア・シデンも苦しくなりますね>

 やっぱりおかしい。何だかラジオを聴いているような感じだ。

〔いや。もしかしてこれって!〕

 そこで思いついた。もしかしたらこの声は読者に向けられたものなのかもしれない。恐らくこの漫画を読む人の為のナレーションみたいなものだ。そう考えるのが妥当だ。

〔凄ぇ~! ナレーションが直接俺らの耳に入るとか、どんだけご都合主義だよ〕

 妙に感心しながらも一方で臨場感があって良いような気がしてきた。

<スターターが立ちました。いよいよ発走の時刻です!>

 どこからともなく締まりの無いファンファーレが流れてきた。まるで吹奏楽部がお腹を壊したような演奏だ。

 正装の紳士が厳かに歩み出て大きな赤い旗を構えた。そしてゆっくりそれを頭上に掲げて……一気に振り下ろした!

<スタートしましたっ! 各ドラゴンが一斉に飛び出します!>

 その瞬間、腹を下から急に持ち上げられたような感覚! と、同時に只ならぬ加速度に包まれる。顔に打ち付ける風。それが自分を振り落とそうとしてる。

〔お! 落ちる……〕

 長い坂道を自転車で下るのならまだいい。あれはタイヤの振動が地に足が着いていることを実感させるから。だけどこれはその保証がまるで無い。屋上の手すりにしがみついているようなものだ。

〔さ、最悪だ!〕

 もはや高さなんか気にしても始まらない。周りの光景など大した問題では無い。いかに慣れるかが勝負だ! 

〔とにかくこのスピードをねじ伏せるっ!〕

 こんな理不尽な罰ゲームに屈してたまるか! 気合で平常心を保とうとする。それにしてもなんという我慢比べだろう。それでも何とか慣れてきた。で、徐々に安定したところでふと思った。

〔おいおい。いいのか? こんなに飛ばして。解説のオーカワさんにスタミナに不安ありみたいなこと言われてなかったか?〕

 身体がチラリと後方を見る。すると自分の背後にピタリとついて飛ぶドラゴンが3頭、視界に入った。どうやら自分を先頭に列を成しているらしい。それとはやや距離を置いて黒いドラゴンを先頭にした4頭の群れがこれまた一列になって飛んでいる。そこからやや遅れて来るのが赤ドラゴンを先頭にした集団、そして緑の集団だ。

<ここで隊形が固まりました。先手を取ったのはディア・シデン率いる我らがデーニスのラインです! 続くグスト連邦ライン4頭。その最後尾には二番人気のドラゴ・スターが控えています。ポスト王国ラインの5頭は3番手、そこにジョイルス・サイデリア連合の5頭が迫ります!>

 なるほど国によってグループを形成しているというわけだ。そういえばオリンピックで見たことがある。確か3人一組になって競争するという競技がスケートにあったような気がする。なんでも3人が交代で先頭に立ち、風よけとなって後ろを引っ張るらしい。

<なんとなんと! まさかディア・シデンがレースを引っ張る展開になるとは! いかがですか? オーカーさん>

<え~ これはちょっと意外でしたな。しかし、このまま逃げ切るのは無理でしょう>

 間もなくケーキ山に到達する。みるみる内にケーキ山の切り立った崖が目前に迫ってくる。

〔確かここの直線部分はアタック・ゾーンとやらで、ここから激しいバトルになるとか言ってたな〕 

 崖の壁面にぶつかりそうなぐらいに接近したところで身体が左の手綱を引き、それに反応したディア・シデンが急に方向を変えた。そして壁面に沿ってギリギリを飛行する。

〔最短距離を行く気だな……〕

 右手に壁面、正面には水柱が幾つか行く手を阻んでいる。

〔あれに触れたら大変なんだよな〕

 恐らく上から降ってくる水の勢いは相当なもので、それにドラゴンの身体が接触してしまうとバランスを崩してしまうだろう。身体は器用に手綱を右に左に操り、水柱を寸前のところで交わしていく。

<最初のドラゴン・ゲートを潜ったところでアタック・ゾーンの攻防が始まります! おっと、ここで早速グスト連邦ラインがスピードを上げて先頭集団との距離を縮めた!>

 スタート地点から遠く離れても相変わらず実況中継の声はハッキリと聞き取れる。おかげでレースの状態が良く分かる。

 間もなく件のゲートが目前に迫ってきた。あそこを通過したらバトルが始まるらしい。

<先頭でゲートを抜けたのはデーニス、続いて差が無くグスト、ポスト、やや遅れてジョイルス連合がきれいに通過していきます!>

 ここまではあっさり来れた。只、予想外のスタートダッシュでスタミナを使ってしまったのが気にかかる。そこで身体が左右の手綱を強く引いてスピードを落とした。そして背後につけていたドラゴンに先頭を譲り、自らは列の最後尾につける。ところがそれが良くなかった。まったく予期せぬアクシデントが背中で起こったのだ。

『ザシュッ!』と、砂利を引っ掻いたような音が自分の背中で発生した。と同時に背中に焼けるような痛みが走る! 

〔痛っ! てか熱っ!〕

 これは酷い! 直ぐに救急車を呼んで良いレベルだ。

<ああっと! グスト連邦の8番セイフーン・スカルが前足でディア・シデンを引っ掻いた!>

〔違ぇよバカ! 引っ掻かれたのは俺だって!〕

 実況アナに文句を言っても仕方が無い。本来なら熱湯を浴びたゴキブリみたいに、のた打ち回るところだ。だけど身体はそれに耐えている。てか、痛い思いをしてるのは俺だけなんじゃないかと疑った。でなきゃこんな状態でのん気にドラゴンなんかに乗ってられないはずだ!

〔マジでヤバい……こんなんじゃ気絶した方がよっぽどマシだ〕

 それに何だか痺れてきた。手先とか足とかにピリピリするような感覚がまとわりついてくる。

『クッ! 毒を仕込んでいたか……』

 身体はそんな台詞を吐いて少しよろめいた。だがドラゴンの手綱は決して放さない。仮にその言葉が本当だとしたら反則じゃないのかと思った。

<グスト連邦ラインはデーニスラインの上をキープしたまま次のアタックを狙っています!>

 実況アナの言う通り、グストの反則野郎どもは真上の位置をキープして飛行していやがる。さっきの調子でまた上から攻撃されたらたまったものじゃない。

〔畜生! 反撃できないのかよ!〕

 正面から乱暴な風が容赦なく押し寄せてきた。耳元で跳ねる風の音は油断すると耳の穴をほじくりそうな勢いだ。 

<デーニスラインは水柱の間を縫って必死の逃走だ! オーカーさん。この展開をどう見ますか?>

<え~ デーニスにとってここでの反撃はマズいです。終盤での体力勝負に影響してしまいますからな>

<しかしグスト連邦はスタミナを無視して序盤から仕掛けてきますねえ。これは何が何でもドラゴ・スターを勝たせる為の作戦なんでしょうか>

 そうか。グスト連邦は二番人気のドラゴ・スターを勝たせる為に他のドラゴンを捨て駒にしてまで徹底的に俺のディア・シデンを潰しにくるつもりなんだ。まだレースは始まったばかりだというのに……。

〔こんな調子で本当に三周もするのかよ……気が遠くなりそうだぜ〕

 直線コースを抜けたら周回コースに変わる。まずはここを凌がなくては……。

<おやおや? ここでグスト連邦の後方からポスト王国ラインがするするっと上がっていきます。おおっとここで5番メルト・ライアンが得意の炎を吐き出した!>

 実況アナの言葉に耳を疑った。

〔炎だって? 何でもアリかよっ!〕

<しかし最後尾のドラゴ・スターは悠々とそれを交わします! 水柱の前方に回りこんで炎をブロック! これはうまい!>

〔チッ。当たれば良かったのに!〕

 もうちょっとでアタック・ゾーンを抜ける。我々デーニスのラインはグスト連邦勢の攻撃を警戒しながら隊列を守って飛ぶ。そしてアタック・ゾーンを抜け、曲線コースに入る。そこで前を行く先頭のドラゴンがふわっと浮き上がった。それにつられて一団が上昇する。

<おっとここでデーニスがコーナリングと上昇気流を利してグストの進路をカット! そしてグスト連邦の上を取った! さらに上から被せる形でプレッシャーを与えます!>

 今の我々の動きでグスト連邦は明らかに隊列を乱した。若干、慌てたのか少しフラフラしている。どうやら上のポジションを取った方が有利になるらしい。

〔グルグル回るだけかと思ってたけど、意外に駆け引きするんだなあ〕

 思ったより奥が深い。

〔とりあえずヤバい所は越えたけど……まだ身体が痺れる! てか毒で死ぬとかナシだよな?〕

 それに安心するにはまだ早いようだ。右手にはケーキ山の険しい壁面が迫る。ギリギリのところを飛んでいるので、そのスピード感は実際の速さを遥に超えているのだろう。前方からすっ飛んできた岩の凹凸が猛烈な勢いで脇を抜け、後方に流れていった。まるで落下しているんじゃないかと錯覚するような速さだ。そのくせ左手の方ではのどかな森林地帯が広がっている。おまけに白い鳥達がまるで紙吹雪のように『ぱらっ』と、後方に流れた。それはまるで走行中の車の窓から灰皿の中身をぶちまけたのを眺めているように見えた。

<グスト連邦はデーニスのマークを外そうと右に左に隊列を振っています。が、デーニスは冷静にそれを抑えている!>

 やがて前方の視界に茶色の町並みが入ってきた。ということは再び直線コースに入るということだ。 

<先頭はグスト連邦、その真上にデーニス! 両ラインが上下に並んで間もなくアタック・ゾーンに入ってきます! それを追走するポスト王国ラインの動きも気になります! ジョイルス・サイデリア連合は少し遅れたか>

 先頭のドラゴンがお尻を左に振って右に曲がろうとする。それに合わせて身体が右の手綱をグイッと引いた。4頭の息がピッタリ合う形で隊列をキープする。一方のグストは勢い余って若干、大回りで直線コースに侵入する。コーナリングでは我々の方に歩があるようだ。

<おおっと! ここでデーニスが前に出た! 外に膨らんだグストはどうする? 上昇するか、いやデーニスがそれを許さない! 前に出ながらもポジションは上をキープしている!>

 なるほどこれは楽だ。ロイが言った通り、この仲間達は実に頼りになる。少しほっとしたところで前を行く2頭が首を下げた。

〔なんだ? なんかバチバチ光ってねえか?〕

 と、次の瞬間、2頭が時間差で稲妻を放出した! 

 『バリバリバリ』という音と共に青い稲妻が下方に広がる。それが丁度、グストの進行方向を妨げる!

<キター! デーニスの電撃がグスト連邦の行く手を遮った!>

 満を持しての攻撃にこっちもテンションが上がった。

〔よっしゃあ! ザマーみろ!〕

 グストの足並みが大きく乱れた。そして明らかにスピードが落ちる。それを尻目に我々はスピードを維持して引き離しにかかる。

<素晴らしい攻撃! この間にデーニスは大きくリードを取って敵の攻撃から逃れる作戦のようです!>

 さらにここで先頭を入れ替える。今まで先頭に立っていたドラゴンが自分の後ろに回る。その結果、またペースが上がった。

〔よしよし! 奴等がもたついてる間にさっさと直線を抜けようぜ!〕

 だがその時、ふっと影が差してきた。

〔上からなんか来る!〕

 身体が上を見上げるといつの間にかグストとは別のドラゴンが自分達の上を飛んでいた。

<しかしポスト王国ラインがデーニスの独走を許さない! これは危ないぞ!>

 実況アナに言われるまでも無くヤバいのは直ぐ分かった。恐らくはさっきグストにやったみたいに炎を吐いてくるはずだ。

〔今度は火あぶりかよ!〕

 激痛を覚悟して身構える。といっても身体の自由が利かない状態では心の準備をするぐらいだけど……。

 そこで前方に水柱!

〔マズい! 右に避けるか? 左か? 先頭の判断はどっちだ?〕 

 前に注目する。すると意外なことに先頭は右に二番手は左にバッと散った!

『クッ!』

 前の動きに一瞬戸惑ったのか身体の反応が遅れる。

〔あ、当たる!?〕

 辛うじて水柱の左側に回り、時計回りに体勢を整える。急に二手に分かれたせいか上からの攻撃は無い。

<危ないところでした! デーニスは辛うじて水柱を回避、と同時にポストの攻撃も封じ込めました。いやあ実に良い判断でした。いかがですか。オーカーさん>

<え~ ツキもありましたね。水柱ギリギリに接近したことが良かったということでしょう。結果的にポスト王国側に迷いが生じたということですな>

 そんな具合にのん気に解説をされている間にもポスト王国のマークは続いている。自分達のドラゴンはすぐさま合流して再びラインを形成する。ポストも一団となって追跡してくる。

<やはりそう簡単に独走は許してもらえません。ポスト王国も虎視眈々と優勝を狙っています。何しろ今年のポスト王国は二枚看板のギラ・アギトとグマ・クウガのどちらも優勝できるだけの実力を持っています>

〔なるほどね。敵はグスト連邦だけじゃないんだ。てっきりグストは嫌われていると思ったんだけどな……〕

 確かにこの世界の勢力図ではグスト連邦が他国に侵攻を繰り返す暴力的な国で、ポスト王国はそれをいさめる長老的なポジション、そしてここデーニスやサイデリアはグスト連邦にやられないように頑張っている小国という位置づけだ。だけどこのレースではどの国もライバルということのようだ。

<先頭のデーニスが間もなくドラゴン・ゲートを通過して二周目に入ります。しかし、ポストがその前に何か仕掛けてくるのか? 油断は出来ません!>

 ドラゴン・ゲートに近付いてきた。その幅はドラゴン3頭が並んで通り抜けられるぐらいだ。一方の高さは5頭ぐらいが縦に並んでも何とか通れそうだ。

〔後ろから炎が来るんじゃないか……〕

 身体のコントロールが利かないので後ろを振り返りたくてもそれが出来ない。その分、後ろから狙われているというプレッシャーがお尻の穴をムズムズさせる。あるいは、さっきの毒が尻の穴にまで回ってきたのかもしれない。

<ここでポストラインの先頭が変わります! そしてグングンとスピードを上げてデーニスとの距離を詰めてくる! そして同時に攻撃の態勢を取ります! これはゲート前の攻防になるのか?>

 そこでようやく身体が後方をチラ見した。そして前方を確認する。すると前を行く仲間2頭の騎手がこちらに向かって指でサインを送ってくる。

〔なんだ? 何をする気なんだ?〕

 ドラゴン・ゲートは目前。敵は直ぐ側まで迫っている。

<あーっ!> 

 そこで実況アナが妙な声を上げた。

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