第32話 秘密のミーユ
女神さまは慌ててミーユを抱きかかえる。
「凄い熱! まずいわ! もう始まっちゃってる!」
女神さまが慌てているところを見ても、正直、何がそんなに問題なのか分からない。熱があって体調が悪いなら医者に連れて行くか薬飲ませて寝かせればいいと思う。
〔そもそも『始まってる』って何が?〕
女神さまは急いで岩山の建物内にミーユを連れて行く。止む無く身体もそれに続く。
〔けど……死ぬとか、いくらなんでもそれは無いだろ〕
楽観的に考える根拠ならある。なぜならこれはバトル漫画だからだ。主要な登場人物でもないミーユの生死がストーリーを左右する可能性は低い。そんなものは読者から求められていないからだ。
〔しっかし、何でいつも足を引っ張るかね? せっかく『リーベンぬっ殺す!』で盛り上がっていたところなのに……〕
我ながら冷たい人間だと思う。が、焦りがあった。恐らく、女剣士達はもうポスト王国に到着しているはずだ。ひょっとしたら、既にリーベンと接触したかもしれない。まさかとは思うが、自分が間に合わないなんてことも有り得る。普通に考えれば、リーベンと因縁のあるこのキャラが奴を倒すのがスジなのだが…。
階段を上りながら女神さまが「あ!」と、急に振り返った。
「忘れてた! あなたは砂糖を調達してきて!」
『〔は?〕』
その言葉が完全に身体と被った。少しイラっとしたニュアンスも含めて。
女神さまの言葉に身体が疑問を持つ。
『なぜ俺が砂糖を?』
すると女神さまは断ることは許さないというような勢いで怒鳴った。
「いいから早く行きなさいっ!」
『仕方が無い。で、どれぐらい必要なんだ?』
「最低でも30ポムコは要るわ。できれば40は欲しいところね」
『な!? バカを言え! そんな大量に……』
「だからボヤボヤしてないで、さっさと行きなさいっ!」
30ポムコというのがどういう単位なのかは分からない。が、身体が困惑しているからには結構な物量なのだろう。
『やれやれ……ミーユのドラゴンを借りるとするか』
「それなら南西のバゴに向かうといいわ。大きな町の方が手に入り易いから」
やれやれ。本当に面倒くさいことになってしまった。
〔ミーユを置いてこのままポストに行っちゃえばいいのに〕
多分、自分ならそうする。体の自由が利けばの話だけど…。
* * *
30ポムコ分の砂糖というのは、やはりとんでもない量だった。大き目の麻袋で6袋分。1袋を片手で持とうとするとズッシリと重い。感触としては20kgぐらい。なので、それを調達するだけで相当苦労したし、運ぶのにも時間を要した。さすがにその重量だとバージョンアップしたカバドラゴンでも辛かったようで、帰りの飛行スピードは行きの半分程度まで落ち込んでしまったのだ。
なんとか夜までに女神さまの住処に戻り、女神さまにそれを届ける。
『なんとか調達してきたぞ……』
ハァハァしながら身体がそう報告すると女神さまはピシャリと一言。
「遅い!」
そのリアクションにムッとした。
〔そりゃねえだろ……訳のわかんない命令しておいてよ〕
女神さまは次の命令をくだす。
「それを全部これにぶち込みなさい」
女神さまがこれと言うのは部屋の中央にあるドラム缶のことか? 床にじか置きしたドラム缶がポツーンとひとつ…。
『何だ? それは?』
身体が戸惑いながら麻袋を運ぶ。ドラム缶は見た目どおり工事現場などに転がっていそうな普通のドラム缶だ。
身体が麻袋の中身をドラム缶にぶちまける際に中を覗きこむ。
『こ、これは!?』
身体が驚くのも無理はない。自分も驚いた。
〔し、死体!?〕
ドラム缶の中は水で満たされていた。その中にミーユが沈んでいる。裸にされたミーユは膝を抱えた格好でピクリとも動かない。
〔ちょっ、これって死んでるんじゃね?〕
良く見ると時折、小さな泡が浮かんでくる。だからといって生きてる保証はないが…。
身体が女神さまに尋ねる。
『生きているのか?』
女神さまは「ええ」と即座に答える。
「大丈夫よ。死んでるわけじゃないから。さ、早く砂糖を入れなさい」
なぜ砂糖なのか意味不明。だが、言われた通りに身体は黙々と砂糖をドラム缶に注入していく。
全部入れ終わったところで女神さまからOKが出た。
「これで良し! あとは私がやっておくからあなたは休んでいいわ」
『どういうことだ? 何が何だか……』
「いいから! 明日になれば分かるわ。今夜がヤマなの。邪魔しないでね」
そう言って女神さまは俺を部屋から追い出した。
* * *
翌朝、目が覚めてすぐにミーユの様子を見に行くことにした。
昨日の部屋を訪れると女神さまはドラム缶と『にらめっこ』をしていた。缶の前に置いた椅子に膝を揃えて上品に座っているものの、両手をドラム缶に翳しながら険しい表情をしている。
『何をやっている?』
身体に声を掛けられた女神さまが答える。
「適切な温度をキープするのが大変なのよ」
『いったい何の儀式だ? そもそもミーユはなぜ死に掛けている?』
「は? 知らないの? だってこの子『マフミュ族』の子供じゃない!」
『なんだそれは?』
「これはね、マフミュ種族のせ……」と、女神さまが言いかけたところでドラム缶に変化が生じた。ポコポコとお湯が沸騰するような音がしてドラム缶から湯気が出始めたのだ。
〔おいおい! 煮立ってるんじゃねぇか!?〕
湯気のように思われたそれは、ドライアイスで作った煙のようにドラム缶から溢れてはゆっくり下に降りていく。
女神さまが立ち上がって大声を出す。
「きたわ! いよいよね!」
ガタガタッとドラム缶が揺れたかと思うと、ざばっと水が溢れる音がした。煙のせいで良くは見えないがミーユが水から出てきたんだなと思った。
「ミュゥゥ……」
欠伸のような背伸びする時のような声。それは女神さまの声ではない。
『ミーユ……か?』
そして、煙の中から出てきたミーユは…。
〔えっ!? だ、誰だ!?〕
そこに立っていたのは全裸の女だった。煙が絶妙な位置取りで大事なところを隠している。が、腰のくびれからお尻にかけてのライン、測定不能サイズのおっぱい、腰まで届くようなピンクの髪、女神さまを遥に凌ぐナイスバディ……そして何より目がクリクリしたアニメ顔の美少女!
〔か、か、かわええ……〕
強烈な萌えに襲われた。これはフィオナに恋した時以上のインパクトだ。
しかし、身体は冷静に口を開く。
『ミーユか……また随分と急に成長したな』
女神さまがドヤ顔で自慢する。
「見てよ! 大成功でしょう。マフミュ種族の子が成人する時はね、この砂糖水が大事なのよ。やっぱり私が調合したのが良かったのよねぇ」
そのコメントに〔進化するんかい!〕と突っ込みたくなった。
真っ裸のミーユはきょとんとしている。
「ミョミョ? なにがあったミョ?」
〔喋り方はそのままかい!〕とズッコケそうだ。
そこで身体が冷静に忠告する。
『服ぐらい着たらどうだ?』
それを聞いてミーユは自分が裸であることに気付く。
「ミョミョミョーッ! なんで裸なんだミョ!? 恥ずかしいミョ!」
右手で胸を、左手で股間をあわてて隠すところなんかまさに女の子のリアクションだ。
〔余計なことを!〕と、思ったが同時に疑問も湧く。
――こいつ、男の子じゃなかったっけ!?
確か、アドン村のカッパ野郎はミーユを肥らせて連れて来いと言った。ガチホモのカッパ野郎がミーユに興味を示したということは『ミーユ=男の子』ということだ。一応、本人確認も行ったと記憶している。
〔ミーユは何て答えたんだっけ?〕
あの時の会話を思い出す。確かティンコが「ついてる」「ついてない」で確認しようとしたら単語の意味が伝わらなくて、結局はおしっこを立ってするかどうかで判断したんだっけ…。
〔待てよ!? 女の子だって立ってすることがあるのかも!?〕
いや、それ以前にこの世界では排泄行為は殆どない。それにこの身体にすら大事なティンコがついていない。となると性別判定にそれらの情報を当てはめること自体が間違っていたのかもしれない。
拍子抜けした。
〔なんだ。ミーユは女の子だったのか……〕
にしても、いきなり大人の女になってしまうのは想定外だ。
身体がミーユを急かす。
『どうでもいいが、さっさと出発の準備をしろ。一刻も早くポスト王国へ行かねばならん』
〔なんだこの冷静さは? この状態でミーユに興味なしとかあり得ん! だってこれから一緒に……おお!?〕
そこでハッとした。
〔一緒に旅をする。美女と二人きりで……これは!!〕
最初に『エロ』という単語が浮かんだ。それに対するワクテカ感と『長時間女と2人きり』というプレッシャーがせめぎあう。
〔どうしよう? これから決戦だっていうのに……それどころじゃねえ!〕
思わぬ展開で困ったような嬉しいような妙なテンションで戦地に赴くことになってしまった…。
* * *
女神さまの住処を後にして一路、ポスト王国へ向かう。
本当はデーニスに寄って女神さまから預かった輝石を腕輪にセットしたかったのだが『女神の逆鱗』は持っているだけで効果を発揮するものだと女神さまが言うので、そのままポスト王国へ行くことにしたのだ。
生まれ変わったミーユは女神さまから、お下がりの服を貰ってウキウキしている。そんなミーユを後ろから見るのは凄い違和感がある。今までドラゴンの背中に乗る時はミーユが前にちょこんと座り、自分はその後ろに陣取っていたのだ。ところがミーユが大人になったせいで視界が遮られてしまう。それは自転車を自分で漕ぐのと二人乗りさせてもらっているのと同じぐらいの差がある。
身体はいつもと変わらぬ口調でミーユに命じる。
『急げミーユ。ポスト王国がまずいことになってなければ良いが……』
「了解だミュ!」
ちょうどそのやり取りをしたところで身体の自由が戻った。
(お? こっちのターンか!)
身体のコントロールを手にしたところで改めてミーユの後姿を観察する。
(いい身体してんな)
素直にそう思った。ドラゴンに跨ったミーユのお尻をマジマジと見てその変貌に驚く。腰のあたりからお尻にかけての女らしいラインは、ついガン見したくなってしまう。
(後ろから抱きついたらどうなるかな?)
ふと、そんなイタズラ心が芽生えた。いや、単にエッチな気分をぶつけてみたくなった。
(落ち着け……落ち着け、自分。大丈夫。大丈夫だから)
はじめて一線を越えるまでに要する勇気の必要量は異常!
(えいっ!)
思い切って後ろから両腕をミーユの腰に回してみた。抱きしめるというよりは捕まえるみたいな感じで。
「ミョ!?」と、ミーユが反応する。
なんだか自分でも唐突だなと思った。だけど、ミーユは驚いてはいるが嫌がっているわけではない。そう判断した。
(じゃあ、これはどうだ!?)
調子に乗って右手を上にずらして胸のあたりにタッチした。その柔らかさに一瞬、怯む。が、自らを奮い立たせて右の手の平で膨らみの頂点を覆う。そしてどう動かしてよいのか分からないまま、適当にもぞもぞさせる。
すると即座にミーユが反応した。
「ミョ! ミョミョ~ン」
甘えたような声を出してミーユが身をよじった。その拍子に手が離れそうになったので咄嗟に両手でがっちりと左右のおっぱいを捉える。ワシッと掴んだが心もとない。柔らかさが手の平から零れ落ちそうだ。
「ちょ、な、なにをするミョ! くすぐったいミョ!」
ミーユがクネクネしながら抗議する。だが、そんなのは無視だ。
(とにかく今はやるだけやったれ! 中途半端が一番、気まずい!)
勝手な理屈でミーユのおっぱいをこねくり回す。と、その時、左手がすべって指先が表面を擦るような形になってしまった。そこでミーユがひときわ大きな声を出す。
「ミョン!」
ミーユはビクンと体を硬直させ、あらぬ方向に身をくねらせた。そこでおっぱいを捕らえていた手を振り切られ、突き出してきたお尻にドンと弾かれ、ズルッとバランスを崩してしまった。
(やべ! 落ち……)と、慌てた時には遅かった。頭が猛烈に下に引っ張られる! ドラゴンの背中から振り落とされたということは…。
「ひええっ! 落ちるー!」
あっという間に落下する。そして頭から森に突っ込んだ。
四方八方で『バリバリメキメキ』と枝が折れる音がする。まるで気が立った猫の集団に袋叩きにされるみたいに顔面と耳周りと後頭部がガリガリ引っ掻かれる。
「痛だだだだ! やめれ! でででで!」
やっと止まった時には体じゅうが熱くなっていた。おそらく全身、切り傷と擦り傷だらけだろう。
「マジで死ぬかと思った……けどこの体勢をどうしろと?」
いわゆる逆さ吊りの状態で木の幹と枝の連携でキャッチされた形になっている。こんな風に半端に引っ掛かるぐらいなら、いっそのこと下まで落ちてた方が良かった…。冷静になればなるほどヒリヒリ感が存在感を増してくる。ひとつひとつの傷は極めて小さい。だが、それが集団となって暴動を起こしているから参る。火傷みたいな熱のこもった痛みが全身を這いずり回るようだ。
(パラダイス・モードは終了か……)
調子に乗って『おさわり』しまくった代償がこれか。少々やりすぎたことは認める。それは反省するしかない。確かに興奮しすぎた。でも、そうなってしまったのは経験不足の一言に尽きる。もし、乳のひとつでも気軽に揉ませてくれる彼女が居れば多分こんなことにはならなかったはずだ。そんな具合にどうしてもマイナス思考になってしまうので、逆さ吊りの状態というのは考え事をするには不向きだ。
(相当、怒ってるんだろうな……このまま放置かな……自業自得だけど)
ところが、しばらくしてドラゴンの羽音が近付いてくるのに気付いた。
(マジで? 捜しにきてくれたとか?)
てっきり見捨てられたと思っていたので嬉しくなった。そこで体を支えていた枝の一本がボキッと折れたのをきっかけに、重みに耐えられなくなった木に放り出されてしまった。そのまま頭から地面にガツッ! ゴンッ!と叩きつけられる。
(いでで……頭が割れたかも)
頭を擦りながら顔を上げるとミーユがドラゴンに乗ったまま手を差し伸べてきた。
ミーユは手を伸ばしながら顔を赤らめる。
「もう! ダンが変なトコ触るからだミョ!」
「ご、ごめん……」
「くすぐったかったんだミュ。今度やったら置いていくミョ!」
そう言ったミーユの表情から彼女の胸の内は読み取れなかった。凄く怒っているという感じではない。かといって完全に許したという風でもない。どうして女の子はこんな風に中途半端な表情をみせるのだろう? その微妙な表情や仕草、台詞から女の子の本心を読み取るなんて自分にはハードルが高すぎる…。
取りあえずミーユの手を借りてドラゴンに乗る。一応、気を遣ってミーユが座っている位置から少し距離をとって座る。が、手の置き場所に迷う。止む無く両手はドラゴンの背中に乗せた。その間、互いに言葉は無い。
(なんで沈黙するんだよ……こういう間が嫌なんだよな)
相手が自分のことをどう思っているのかをどうしても考えてしまう。他の連中は女の子と気まずい雰囲気になった時に皆どうしてんだろう?
前に座るミーユが言う。
「じゃあ、行くミョ」
ちょっと声のトーンが低いような気がした。それに振り返りもしない。
やっとの思いで「よろしく」と、返事をしたが、本当は不安に押しつぶされそうな心境だ。
* * *
ポスト王国との国境を目指して西南西にサイデリアを横断する。進化したカバドラゴンは途中で休むこともなく安定した飛行速度で自分たちを目的地まで運んでくれた。
ミーユが地図を見ながら尋ねる。
「もうすぐ国境だミョ。ちゃんと入国手続きするミョ?」
「任せるよ」
「分かったミョ。だったらこのまま真っ直ぐ行ってパレルヤ関所に寄ってくミュ」
「うん……」
何のことかさっぱり分からなかったが、ここはミーユに任せておいたほうが無難だと判断した。
朝からずっと飛びっぱなしで辺りはもう夕暮れ時になりつつある。高い山々を左手に臨みながら、その裾野と隣接する深い森が延々と続く単調な光景。それがようやく終わった。グストとの国境である険しい山々は変わらないが、右手に平らな緑地帯が出現したのだ。大きな町とまではいかないが村のような集落がちょくちょく見える。牧場や畑の他に道もある。いかにも農業が盛んな地域という牧歌的な光景にホッとする。そして、その平地の先が分断している箇所があるのに気付いた。ちょうど二つ並べた机を少し離した時のように平地と平地を溝が分断しているような形になる。それを一本の巨大な吊り橋が結んでいるのだが…。
ミーユに聞いてみた。
「ひょっとして、あの橋の向こう側がポスト王国?」
ミーユは地図を指差し確認しながら頷く。
「そうだミョ。サイデリアとポストはあの谷で分かれてるんだミョ」
「峡谷なんだ。それで橋が……」
「橋の手前に着陸するミョ。そこにサイデリアの関所があるんだミュ」
「なるほどね。で、橋を渡って出国するってことか。けど、面倒臭い時はドラゴンでひと飛びなんじゃね?」
恐らく橋の前後で双方の機関が入出国を管理しているのだろう。だが、ドラゴンならそんなのを軽くスルーして密入国し放題なんじゃないかと思ったのだ。
「できなくはないミュ。でも、密入国は両方の国から指名手配されてしまうミョ。サイデリアとポストは仲が良いからまだ罪は軽いけど、グストへの密入国は厳しく罰せられるミョ。もちろんグストからの侵入は即、射殺だミュ」
「へえ。だったら手続きはしとかないとな。後で厄介なことになるのも面倒だし」
お尋ね者になってしまったらポスト国内での行動が制限されてしまう。先を急いでいるのは事実だがここは急がば回れだ。
サイデリア側の関所は、三階建ての建物が橋の入口に隣接しただけのシンプルなものだった。一応、大きな鉄門をくぐらないと橋を渡れないようにはなっているが、厳重に管理されている風ではない。どちらかといえば橋を渡ろうとすると警備兵が寄ってきてちょっと尋問される程度のものだ。実際に自分達が歩いて橋を渡ろうとすると警備兵が気さくに声を掛けてきた。
警備兵はミーユを見てドギマギしながら質問する。
「ポ、ポストへは何の用で、しゅ、出国するんだい?」
ミーユは屈託の無い笑みで答える。
「助っ人に行くんだミョ!」
(バカ! なにバカ正直に答えてんだよ!)
旅行だって適当に誤魔化しておけば良いものを…。
それを聞いて警備兵は顔を顰めた。
「助っ人……それは……」
(あらら。やっぱ警戒されちゃったよ)
一瞬、そう思った。しかし、警備兵は突然、目を輝かせて歓喜した。
「ワオ! アンタ、噂の水使いだね! その腕輪! 間違いない!」
警備兵の反応に他の警備兵が集まってくる。建物内からも次々と人が出てきて、たちまち取り囲まれる。
もみくちゃにされながら色んな言葉を掛けられる。
「バハムートを止めてくれたんだって? アンタは英雄だ!」
「すげえオーラだ。流石、一流の水使いは違うな」
「サインしてくれ! うちの子が大ファンなんだ」
「思ってたより格好いいじゃねえか! 見かけによらず凄いんだってな!」
そういえば前にもこんなことがあった。が、平凡な人間がヒーローになれる機会なんてそうは無い。そう考えるとこの漫画世界での経験は正直、悪い気はしない。
ちょっといい気分になっていると年配の警備兵が輪の中に割って入ってきた。そして真顔で訴える。
「あっちは今、大変なことになってるみたいだから是非、助けてやってくれ」
あっちというのは言うまでも無くポスト王国のことだろう。
「どういう状況?」と、尋ねると年配の警備兵は説明を始めた。
「我々は橋を挟んでるだけで別に敵対してるわけではないんだ。だからそれなりに交流もあった。けど、ここからずっと南へ行ったところにあるグストとポスト王国の間にある『ルーニー関所』が一週間前にグストに突破されてからパタっとそれが止んだ。おそらくそれどころじゃないんだろう。ここの連中も随分と前線に徴集されてしまったらしいからな」
ルーニー関所というのは女剣士も言っていた場所だ。そこがグストに突破されたことに彼女はショックを受けていたが…。
「なんでその関所が突破されたんだ?」と、詳しい説明を求めた。
「ああ。グストとポストは、ここと同じで巨大断層で国境を分け合っているんだ。しかも国交は無いから互いに前線基地を設置して相手を監視してた。特にルーニー関所は過去に何度かグストがポストに侵攻しようとした場所でね。ポストはそれなりに守りを固めてたはずなんだが……」
それを聞いていた眼鏡の警備兵が口を挟んだ。
「これは本当かどうか分からないんだけど、ルーニー関所は内側、つまりポスト国側から砲撃を受けたとか……」
別な警備兵が腹を掻きながら言う。
「んなバカな。じゃあグストはどうやって砲台を運んだんだよ?」
眼鏡の警備兵は指で眼鏡の位置を直しながら答える。
「グストの戦車隊は一夜のうちにポスト領土内に送り込まれてきたらしい」
その言葉に警備兵達が勝手に議論を始める。
「有り得ないだろ! 戦車1台運ぶのにドラゴン何頭を使うんだ?」
「大型のスルナ種を使ったとしても最低でも10頭は必要だぜ」
「バーカ! 10頭で戦車が持ち上がるかよ! 30は必要だ」
「けど戦車隊っていうからには何十台だろ? どんだけドラゴンが要るんだよ!」
「数を揃えれば出来なくはない。ただ、目立ちすぎると思うがな」
「違うって! 多分、グストは前からポストの領土で戦車を手配してたんだよ」
なんだか警備兵達は盛り上がっているようだが、こんなところで議論しても始まらない。向こうに行って何か問題があったらそれはその時だ。そう思って、とっとと橋を渡ってしまうことにした。
* * *
門をくぐって橋の上に出た途端、足がすくんだ。幅は十分にある。それこそドラゴンを5頭ぐらい横に並べるぐらいの余裕がある。だが、そのひたすら真っ直ぐに伸びる前方への長さは想像以上だった。
(結構、距離あるよな?)
十や二十の話ではない。数百メートルは離れている。
(これは……)
強風が吹き荒れる中で橋は上下左右に波打った。前に雑学ネタで聞いたことがある。こういった大きな吊り橋は、振動を吸収できるような構造になっているのだと。
橋の真ん中辺りまで来た時に南側を眺めてみた。
(あっちがグストとの国境か……にしても凄い断層だなあ)
V字型の峡谷は呆れるほど巨大だった。その深さは何百メートルにも及ぶ。下を覗き込んで後悔した。はるか下の方にはエメラルド色の川が流れている。が、ここからではヨレヨレのビニール紐のように見える。
「こんなのが国を分断してるとか凄すぎだろ」
呆れるやら感心するやらでそんな言葉が出た。するとミーユが地図を見ながら解説する。
「もともとこの断層は大昔に地震があって出来たんだミョ。そこに川が流れて谷になったんだミュ。それにこの断層はまだ毎年少しずつ動いてるミョ」
「へえ。今でも広がってんのか。どれぐらい?」
「大人の歩幅3歩分ぐらいミョ。多い年は20歩ぐらいミュ」
その後はやや早足で橋を渡り終えてポスト側の領土に足を踏み入れる。
門をくぐってポスト側に出るが警備兵の姿が見えない。
「ミョ? 誰も居ないミュ?」
「妙だな。静かすぎる」
ポスト側の関所はサイデリア側と大して変わりはない。門に隣接して兵舎のような建物がひとつあるだけだ。
「いいんじゃね? このまま行っちゃえば? ポストの入国チェックはなしということで」
すると建物の中から誰かが慌てて飛び出してきた。
出てきたのは警備兵ではなく、髪の生え際が少し寂しいオッサンだった。
オッサンが息を切らせながら文句を言う。
「こ、困るよ……君達! ハァハァ……身分証明を、フゥ……見せてくれないと」
オッサンは民間人にしか見えない。不思議に思って聞いてみた。
「あんた誰? ここの警備兵はどこいっちゃったのさ?」
「ああ、それは……ハア、ハァ、自分はアルバイトなんだよ」
「は? バイトで国境警備? なんだそれ」
オッサンはやれやれと首を振って言い訳する。
「だってしょうがないだろ。グストの戦車隊が暴れ回ってんだから。ハァハァ……この辺の兵士はみんな駆り出されちゃったんだよ」
国境を越えてきたグスト連邦軍の規模はどれぐらいか知らないが、一週間経っても排除できないとか情けない。
思わず本音を口にする。
「だっせ……ポストの軍事力ってそんなにショボいの? 幾らなんでも手薄すぎだろ?」
するとオッサンは顔を真っ赤にして怒り出した。
「し、し、失敬だなチミは! 我がポスト王国軍は世界最強なんだぞ! ただ、このあたりは外れにあるから主力部隊が駐留していないだけだ。それに、まさかあんな本格的な重装備で攻めてくるとは想定してなかったし……」
つまり油断してたということか。確かにこの断崖絶壁を越えて戦車隊がなだれ込んでくるとは誰も予想できないだろうが…。
オッサンは言い訳を続ける。
「おまけにグストの戦車隊はあの悪名高い『フェリパ鉄鋼団』なんだ。30台以上の重戦車にドラゴン兵が20騎。奴らは町を襲っては補給を繰り返している。だけどこっちは歩兵とドラゴン兵しか集められなくってね」
「それで未だに鎮圧できていないと。で、本国は派兵してこないの?」
「それが……ここに重戦車を運ぶのは時間がかかりすぎるって」
なるほど。それで好きなように引っ掻き回されていると。
「その何とか鉄鋼団ってのはリーベンが率いてるのか?」
「リーベン? 誰だそれは? 指揮しているのはフェリパ大佐だと聞いてるが?」
「あっそ。なら、関係ないね」
大体の事情は分かった。だけど、自分の目的と関係がないならここはスルーの一択だ。四天王が暴れまわっているなら話は別だが。
(まあ放っておこう。どのみち相手にしてる暇もないし)
そこでバイトのオッサンには必要最小限の説明をして、この先はドラゴンで飛んで行くことにした。ただ、何とか鉄鋼団は無視するとしても、リーベンが別行動してるとなると、それを探さなければならない。
(参ったな。この後どこに行けばいいんだろ?)
前にも次にどこに行けばよいのかで詰まったことがあった。あの時は身体が妙な魔法でディノ達の居場所をサーチしていたのだが、それでは身体のターンにならないとストーリーが進まない。
ミーユが痺れを切らしたように急かす。
「ダ~ン。早く行こうミョ~」
(こんな所で滞在しててもしょうがない。とりあえずカバドラゴンに乗ってポスト王国内を飛んでいれば何とかなるだろう)
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