第33話 王家の洞窟
カバドラゴンを休ませる為に昨夜は空っぽの兵舎に泊めてもらった。ポスト側の関所は殆ど無人で勝手に泊まっても誰も文句は言わなかった。
そして朝になって取りあえず飛び始めたものの、どれだけ飛んでも代わり映えのしない光景に辟易する。
(ああああ。ヒマだ。早く戦いてえのに……)
身体のターンになるのをずっと待っているのに一向にその気配が無い。この身体が目的地を定めて真っ直ぐそこに向かっているのならまだ我慢できる。だが、現状では当ても無く知らない場所をうろついているだけだ。それに大人になったミーユとの会話は相変わらず弾まない。どうも他人行儀というか親近感が感じられないのだ。まるで遠距離列車のBOX席で知らない人と同席しているような感じだ。
(昨夜だって別々の部屋に寝たしなぁ……)
体が自由なうちにエッチなことを仕掛けてやろうかとも考えた。でも結局、出来なかった。ミーユに本気で嫌がられたらと考えると、どうしてもその気になれなかったからだ。我ながらヘタレだと思うが…。
ふと、左手から砲撃音が風に乗って流れてきた。
ミーユが反応する。
「ミョミョ!? どこかで戦争してるミョ!」
「ああ、そうだね」
「ひょっとしたらフェリパ鉄鋼団かもしれないミュ!」
「そうかもな……」
「だったら行ってみるミョ!」
「いや。止めとく」
「なんでミョ!? 助けてあげないとダメだミョ! 警備の人にも頼まれたミョ?」
「だが断る!」
なぜわざわざ寄り道しなければならない? それに今は全然、身体が反応しないのだ。もし鉄鋼団と戦うことがストーリーに組み込まれているのならここで身体のターンになるはず。
(それが無いってことはスルーでOK)
だが、ミーユは勝手に進路を変えてしまった。
「グスト連邦の横暴は許さないミュ~!」
「おい! 勝手に決めんな!」
「ああっ! やっぱりだミョ! 町が攻撃されてるミョ」
「戻れってば! 乳揉むぞコラ!」
そこまで脅してもミーユは方向を変えない。
(どうすんだよ……余計なことすんなよ)
しばらく飛ぶと前方に丘が連なる草原が目に入った。右手には小さな町。所々に黒煙が上がっている。赤っぽい屋根瓦に統一された家々の真ん中あたりには教会の鐘らしきものが見える。カンカン鳴っているのはそれかもしれない。
「やっぱりだミョ! 町が攻撃されてるミョ!」
「わりとどうでもいい」
「フギー! 助けないとダメだミョ! 助けるミョ!」
「そんな熱くなるなって……」
正直、何の義理もない町がどうなろうと知ったこっちゃない。それにこの世界ではストーリー上、戦争が勃発したという設定なんだから仕方が無い。
「ダン、あっちを見るミョ!」
「は?」
乗り気がしないところに強く腕を引っ張られて不機嫌な声を出してしまった。が、ミーユはそれを気にも留めず興奮気味にまくし立てる。
「丘のトコだミョ! あの黒い粒々が戦車だミョ! あれがきっとフェリパ鉄鋼団だミョ! どうすればいいミュ? 町に向かってるミョ! ミョミョ!? 町のほうは兵隊さんがちょっとしか居ないミョ? あれじゃ止められないミョ!」
ミョ~ミョ~うるさくて敵わん。
「はいはい。で、俺に何をしろと?」
「もちろん助けるミョ!」
「あんまり他人の揉め事に首を突っ込むべきじゃないと思うがなあ」
「なに言ってるミョ! 罪も無い町の人たちが危険にさらされてるんだミョ!」
(出たよ。そういう思想はあんまり好きじゃないんだよな。だからといって自分に何が出来るってわけでもないのに)
町と鉄鋼団は丘を二つ隔てて対峙していた。右手に町、左手に鉄鋼団という構図だ。鉄鋼団はゆっくりと確実にその距離を詰めて行く。そして我々が町の上空に差し掛かる頃には戦車隊がひとつめの丘を上りきって下りにはいろうとしているところだった。
ミーユは町側に近い丘に向かって真っ直ぐに進路を取る。右手の町からは避難を促す鐘の音と怒号が聞こえてくる。我々はちょうど鉄鋼団と町が対峙する中間地点の丘に差し掛かった。
(まだちょっと距離があるけど……あのペースだと20分ぐらいで町になだれ込んでくるな。そうなりゃ即アボンだ)
そう思いながら鉄鋼団の進軍と町の様子を見比べていると突然、ドンと背中を押された。
「うわっ!?」
落下しながらカバドラゴンを見上げる。
「頑張ってくるミョ~」という呑気な言葉が追いかけてくる。
(突き落としやがったな! ミーユのヤロー!)
落とされた先はまさに戦場の真っ只中。おまけに丘のてっぺんなので周りには何も遮る物が無い。左手からは戦車隊、右手からは寄せ集めの歩兵による単発射撃。そんな場所にポツンと一人ぼっち。
(てか、あいつ。ちょうど真ん中に置いていきやがった!)
なにも敵と味方の中間地点に下ろしていくことはないだろう。
(ここでどうしろと? 盾になれってか?)
正面の丘を戦車隊が駆け下りてくる。そして、たまに思い出したように砲撃を繰り出す。
「変な形の戦車だなあ……」
例えるなら親子三代の亀が三つ重なったようなフォルムだ。親亀にキャタピラ、真ん中の子亀に操縦室、孫亀の両サイドに砲身が備え付けられた具合だ。モッコリした敵戦車はいかにも漫画チックで近未来っぽく見えなくも無い。その戦車隊が丘の斜面にキャタピラの跡を残しながら迫ってくる。
(まだか? なんで身体の出番にならない?)
敵戦車は勢いを保ったまま丘を下ってくる。
「クソ……やるしかねえのか」
ここまで無反応となると自力で戦わざるを得ない。はっきりいって自信は無い。けど、自分だって成長しているはずだ。これまでに学んだ技を出せれば負ける相手ではない!
覚悟を決めて剣を抜き、戦車隊を睨み付ける。
そして取りあえずは困った時の……「ツゥマジカス!」
出た! 振り切った剣先から放たれたのは紛れも無く水の刃!
(ちょっ! 黒くね?)
水の刃がいつもより黒っぽい。
(これは女神さまに貰った輝石の効果!?)
地面と水平になる形で水の刃は地形に沿って丘を駆け下りまた上る。そして先頭の車両にズパッと命中……あれ?
「嘘だろ? あんまり効いてねえ?」
違う! 技は完璧だった。だが黒い水刃は、戦車の手前で地面にめり込んでしまったのだ! ちょっと角度が悪かったらしい。それでも技の威力は上々のようで、大きく地面を抉った結果、そこに突っ込んできた戦車がつんのめったのだ!
(よっしゃ! ラッキー!)
水刃が作った深い溝に先陣の戦車が次々と引っ掛かる。
「これはチャンス!」
次は何を出そう? ならば使用頻度の多いアレをいってみるか…。
「グラマジカ!」
水の魚雷を発射する。それもうまい具合に30発ぐらいの魚雷が作れた!
(やった! いけてる!)
一気にテンションが上がった。はじめて試みた技なのに一発で成功した。やはり成長してる!
が、水の魚雷は丘を駆け上がる時にバラバラとだらしなく分散してしまった。なんだか飛んでいくスピードも物足りない。それでも何発かが戦車の近くに到達、爆発した。それも『ズバババーン!』と、意外にデカい!
(ちょっ! 前より威力あるんじゃね?)
スピードは落ちるが一発あたりの爆発力は明らかに前よりも上だ。これも新しい輝石で火の属性を強化した効果なのか?
水魚雷の連続爆発で後続の戦車が数台ひっくり返った。そして黒煙を漏らしながら沈黙する。それを見て(よっしゃ!)と思ったのも束の間、扇状に陣形を組んだ第二波の戦車隊から機銃掃射を喰らった。
「危ね! メマジカ!」
咄嗟に左手を伸ばして水の盾を作る。と同時に右手一本で剣を振り切って「ジル・サマジカ!」を唱える。それは無意識に出た呪文だ。自分でも良く覚えていたなと感心する。
(で、どういう効果だったけ?)
そこで地面から太い水柱が噴出す。そうだ。確か水柱を出す技だった。巨大な水柱に乗って上空まで浮かび上がる。敵の機銃攻撃を避けて、なおかつ戦車隊を見下ろす格好になった。
「ええと……他に覚えてるのが……デルグマジカ!」
これも技の内容がうろ覚えだ。だが、剣から出たのは数十発のエネルギー弾。おまけにホーミング機能で勝手に飛んでいく。
(これはいいタイミング!)
エネルギー弾は第二波の戦車十数台に向かって飛んで行き、次々と命中していった。そしてそれぞれに膨らみ始める。
(そっか! これって相手を水に閉じ込めるやつだった!)
エネルギー弾を喰らった戦車は球体の水にすっぽり包まれる。そして水圧に耐えられなくなった戦車のボディが『メキメキメキ』と音を立ててペシャンコになる。これで完全に動きを封じ込めることが出来た。
(よっしゃ! 次!)
水柱の頂上で立ち位置をキープしながら続いて第三波に目を向ける。戦車隊の最後尾は同じく十数台の戦車が扇状に広がっている。さらにドラゴン隊がその上空を固めている。
(ドラゴン隊がウザいな……よし! 一気に潰す!)
そこで思いついた技。
「グラマジカス!」
それは頭上から無数の氷柱を降らせる荒業だ。狙いをドラゴン隊の頭上に定める。と同時に『ズドドドッ!』と、大量の氷柱が敵に襲い掛かった。その結果、ドラゴン隊は降り注ぐ氷柱に成す術もなくバタバタと落下していく。これで残るは戦車だけだ!
(あと何かあったっけ?)
一寸、考えてあの技をやってなかったことに気付く。
(エスピーニ譲りの貫通弾! これでケリをつける!)
「クルトゥマジカ!」
全力で放った濃紺の球はゆっくりと戦車隊に向かっていく。そして球は二つ、四つ、八つと順調に倍々で分裂。そして最後には何百もの弾に分かれて戦車に突撃、穴を開けていく。強烈な貫通弾を受けた装甲はいとも簡単に穴を開けられ、そこから内部爆発を繰り返す。無事なものなどあるはずもない。十数台の戦車はもれなく黒煙を噴出し、炎に包まれながら次々と力尽きていく。
(よし! これで終わりだ!)
一通り敵軍の惨状を眺めてから水柱から飛び降りた。本当は水柱を止めたかったのだが技の出し方は知ってても、解除の方法は知らなかったのだ。
「うえっ! なんだこの匂い?」
辺りは油の匂いと焦げ臭さが充満していた。戦っている最中は気付かなかったが、地上はエラいことになっている。
(これ……俺がやったんだよな? 自力で……)
たった一人でやれた。圧倒的な力で敵軍を蹴散らした。しかもノーダメージで。
「俺、強ぇぇー!! なんという無双!」
それと同時に疲れがどっと噴出した。
(けど……マジで疲れた)
とにかく夢中で技を出しまくった。余裕なんてなかったのだ。その反動が疲れとなって一気に押し寄せてきた。(ボクもう疲れたヨ)と、セントバーナード犬を枕にして眠りたい気分だ。そこで座り込んで空を見上げる。呆れるぐらいに青い空はまるで何事も無かったかのように上空に佇んでいる。
「ダーン! やったミョ!」
いつの間にか高度を下げていたカバドラゴンの上でミーユが笑っている。
「てめぇ! 突き落としやがったな!」
文句を言いながらカバドラゴンに飛び乗る。
「格好よかったミュ」と、ミーユは悪びれる様子も無く上目遣いでこっちを見る。
「やれやれ。今回は何とかなったから良かったものの……次やったらぶっ飛ばす!」
そう宣言して拳を振り上げるふりをするとミーユは「ミギョー!」と、両手で頭を覆った。
それにしても自力でここまでやれることが分かったのは収穫だった。だがこの先、強敵と対峙した時にはそう簡単にはいかないだろう。
(もし、このキャラがこのまま出てこなかったら……)
これまで女剣士が言っていた『同化』というのは、自分の意識がこのキャラに吸収されてしまうのをイメージしていた。しかし、逆に自分の意識がこの身体を完全に乗っ取ってしまったとしたら、それも同化といえるのでは?
(そんなこと考えてなかった……)
今までピンチの時はこのキャラに主導権を譲ることで切り抜けてきた。それはある意味『甘えていた』ということだ。
(ところで今の戦いは誌面に載ったのかな?)
それも気になるところだ。誌面に載らないから、このキャラが出てこなかったのか? だとすればまだ望みはある。でも、もしそうじゃなかったら……その時は覚悟が要るかもしれない。
「そろそろ目的地に行くミョ」
「ああ。そうだな」
ミーユに促されて再び進路を西に取ることにした。
しばらく飛んだところでミーユが聞いてくる。
「方向はどうするミョ?」
「そうだな……」
リーベンを捜すべきか、それとも女剣士たちとの合流を優先すべきか?
(どのみち手段がねえや。やっぱ身体に出てきて貰わないと……ん!?)
突然、閃くものがあった。何となくではあるが、2時の方向に行くべきだという気がしてきた。無論、根拠は無い。だが 『気配』というのだろうか。その方向に進めばその先に知っている人間が存在することを無条件に確信している自分がいる。
(勘? いや、案外これが正解かも……)
前に身体は、探し物は「水が教えてくれる」みたいなことを言っていた。もしかしたらこの感覚はそれに基づいたものかもしれない。
「もう少し右だ。2時の方向に進め」
「わかったミョ」
少なからず不安を抱きながら先を急ぐ。
* * *
勘を信じて飛んできたのは良いが、その先に何があるのかはみえなかった。
「ミョミョ~なんだか寒くなってきたミョ」
ミーユに言われて気付いた。そういえば周りの光景が随分と変わっていた。白っぽいなとは思っていたが、いつの間にか雪がちらついている。おそらくこの辺りは海抜の高い山岳地帯なのだろう。
(確かに寒いな……)
雪の跡が多く残った山肌には緑が極端に少ない。その代わりに少しでも平坦な場所があると、あれは針葉樹というのだろうか、それが緑を構成する中心となってここぞとばかりに隙間を埋めようとしている。
「寂しいところだミョ。こんなところ絶対、誰も来ないミョ」
「そうだな。山登りするにも険しすぎるしキノコも生えてない」
人里から離れているどころではない。生き物の気配すらない。そんな場所をどれぐらい飛んだだろうか。前方に巨大な岩肌が現れた。よく見ると一際、大きな山の一角が削り取られたような形で岩肌が露出している。ダムに作られたデココ収容所も大きかったが、自然に出来たであろうこの岩肌はやはりスケールが違う。
ミーユが呟く。
「あれは『王家の洞窟』ミョ……」
よく聞き取れなかったので「え? なんだって?」と、聞き返す。
ミーユが解説する。
「王家の洞窟だミョ。ポスト王室の血筋を引く者だけが入ることを許された洞窟ミョ。噂で聞いたことがあるミョ」
「ホントかよ? にしても場所が辺鄙すぎねえか?」
こんなに不便で寂しい場所にそんなものを作る意味が分からない。ポスト王室はドM体質なのか?
「ミョ~! でもどこが入口か分からないミョ」
確かに岩肌の面積が広大すぎて、どこが洞窟なのか見分けがつかない。が、勘はまだ冴えていた。
(向かって左、上から四分の一ぐらいの高さ……あれだ!)
多分、そこに間違いない。ピンポイントでその部分が白く光ったように見えたのだ。
ミーユに指示してその場所に接近する。で、近付いてみて気付く。何のことは無い。洞窟の入口近辺で日光が反射しているのだ。
「なんだ? このクリスタル風の洞窟は?」
その一角だけキラキラしている。で、その真ん中にひし形の裂け目があって中に入れるようになっている。
「このまま行くミョ?」
「ああ」
カバドラゴンに乗ったまま岩肌の裂け目に突入する。
洞窟の中は真っ暗というわけではなかった。入り口から差し込んでくる光がクリスタルな壁に反射して内部を照らしているからだろう。しかし所々にコケのようなものが壁にへばりついている。
(あんまり手入れされてる感じじゃないな……)
しばらくして開けた場所に出た。流石にここまでは入口からの光が届き辛い。だが、真っ暗ではない。見上げると上の方に光が差し込んでくる穴が幾つかある。
「これで終わりか? 何も無いじゃん」
ガランとした空間は市営体育館ぐらいの大きさだ。足元には草がボウボウで、巨大な木の根が幾つか壁際で渦巻いている。それは外人の胸毛を連想させた。
「ミョ? ほらあそこだミョ! 入口があるミョ」
ミーユが指差した方向。よく見ると神社の鳥居みたいな飾りと穴がある。何の変哲も無い入口のように見えるが、とても嫌な予感がした。妙な汗が額を伝う。
(この邪悪な感じの入口はなんだ? まるで悪魔の口……この奥に何が?)
ミーユはあれを見ても何とも感じないらしい。
「どうするミョ? 中も見学していくミョ?」
「見学ってお前……多分、この先なんだろうな」
「ミョ? 何がミョ?」
「女剣士達が居るはずだ。で、おそらく四天王のリーベンも」
それを聞いてミーユが眉を顰めた。
「ミギゥ~……じゃあ入るしかないミュ?」
「ああ。行くしかねえ」
幸いにも入口は広い。カバドラゴンに乗ったままでも先に進めそうだ。そう思ってミーユを促した。が、カバドラゴンがそれを拒否した。
「ん? どうした?」
「ミョミョ? カバちゃんどうしたミョ? 行くミョ?」
カバドラゴンはどうしても鳥居の先に入りたがらない。ミーユが押しても引いても頑なに侵入を拒否する。その時、入口の向こう側から風が漏れてくる音がした。それを耳にした途端、カバドラゴンが狂ったように首を振り回し、終いにはゴロゴロと地面をのた打ち回った。
ミーユ共々振り落とされて唖然とする。
「痛てぇなクソ。どうしたってんだよ?」
「分からないミョ。カバちゃんが狂ったミョ~」
半泣きのミーユが何とかカバドラゴンを宥めようとするがまったく効果は無かった。そこであることに気付いた。
「おい。ちょっと待てよ」
薄暗くて分からなかったが天井まで届く根のお化けの近くに、なんだか見たことのあるドラゴンが一頭、二頭…。
「あれ? あの黒いのは女剣士の……」
確かにあれは女剣士の黒ドラゴンだ。少し離れたところにはディノとクーリンのドラゴンがそれぞれ身体を休めている。そこからさらに離れてもう一頭。
(あの紫は! あれは確かリーベンの!)
ということはやっぱり皆この中に集結している!?
突然ミーユが叫んだ。
「分かったミョ! 音だミョ!」
「は? 何言ってんの? 何も聞こえないじゃん」
「前に聞いたことあるミュ。人間には聞こえないけどドラゴンには聞こえる嫌な音があるんだってミョ」
「はあ……それって犬笛みたいなもんか。で?」
「きっとこの穴からそれが聞こえてくるんだミョ」
「だったらこいつの耳にティッシュでも詰めとけばいいじゃん」
「ミョミョ? 『てっちゅ』って何だミョ?」
「だから! 要は耳栓すればいいだろ」
「ダメだミョ! カバちゃんは連れて行けないミョ。こんなに嫌がってるんだミュ」
「だったら歩いて行けってか? 時間がねえんだけどな」
それでドラゴン達がここで待機しているのか……さて困った。
洞窟の奥に行くにはドラゴンを置いていくしかないのか?
(いいや。待てよ……そうだ!)
閃きは健在だった。
「そうだ! 水ドラゴンを作ればいいんじゃね?」
俺、冴えてる! 今なら水ドラゴンの魔法も使えるはずだ。そこで早速、手の平を正面に向けて『デメル・ド・マジカ!』を唱えた。その呪文で『ズンッ!』と、手から衝撃波が出た。しかし何も起こらない…。
「あれ? 呪文間違えたかな?」
いや。これで合っているはず。
「そっか! 先に水を確保しとかないと! だったら……えぇっと『マジカヨ!』」
その呪文でバッシャンと大量の水が落ちてきた。勿論、自分達も頭から水を浴びてしまった。
ミーユが「ミョ~ン! ちゅめたいでミュ」と、身をくねらせる。女神さまにもらった薄いドレスが濡れてスケスケになっている。おまけに身体のラインがくっきりと。
「ちょっ!」と、自然と目がそっちにいってしまう。男なら仕方が無いことだ。けど、今はそんなことに気を取られている場合ではない。
「もう一回だ。『デメル・ド・マジカ!』」
それを受けて地面の水がふわっと浮き上がって水の塊になった。それがブルブルっと震えて縮みはじめる。
(えっと……あとはジョクノ・マジカ・デ……なんだっけ?)
最後の言葉が思い出せない。『デリカ』だったか『デリヘル』だったか? 仕方が無いのでちょっと語尾を誤魔化す。
『ジョクノ・マジカ・デリュフュ…』
そして格好良いドラゴンを想像しながら指をゴニョゴニョと動かす。それに合わせて水の塊がボコボコと形を変えて……出来た。
(出来たことは出来たけど……なんかイマイチだなあ)
記憶を頼りに絵を描いたみたいになってしまった。バランスの問題というか、ちょっと頭が大きすぎたかもしれない。まるで小学生が粘土をこねて作ったようなドラゴンになってしまった。
ミーユが水ドラゴンを眺めながら言う。
「可愛いフクロウだミョ」
「フクロウじゃねえ! ドラゴンだ!」
自分でも出来には満足していない。けど、あからさまに馬鹿にされるとムカつく。
「とにかくこれで行くぞ! こいつなら音もクソも関係ねえ!」
贅沢は言ってられない。飛べばいいんだ。飛べば。
とにかく今は先に進まなければ!
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