第34話 因縁の対決
洞窟深部に続くトンネルは意外に明るかった。内壁は古代の遺跡風で目新しいものではない。石を隙間無く積み重ねた床や壁、模様が刻まれた石柱、頭でっかちで意味不明な石像……どうしてもこの手の建造物は似通ったものになってしまう。映画でもゲームでも古代遺跡には共通するものが多い。ただ、ここの場合は通路ひとつとってもドラゴンが低空で飛べるぐらいのキャパがあるので助かる。
(こんなものを山奥によく作ったよなぁ……さすがに『王家の』っていうだけはあるな)
手製の水ドラゴンに乗って順調に進んでいると、前方右手に強大な球体が壁にめり込んでいるのが目に入った。それは侵入者を押しつぶす為のトラップなのだろう。通り過ぎる際に観察してみると、壁のひび割れや球が擦ったであろう箇所が周りに比べて真新しい。ということはこの罠はごく最近に発動したということになる。それがディノ達を狙ったものなのかリーベンの侵入を拒もうとしたものなのかは分からない。
(うわぁ……こんなのが転がってきたら超ウゼエな)
他にもトラップは沢山見受けられた。落とし穴だらけの床、火を吹いたと思われる石像、壁一面に配された鋭い突起物、さらには野球場ぐらいの大きな穴に細い石橋が一本、それが途中で崩れている。何のアトラクションだと呆れるほどトラップ満載の洞窟だ。
「良かった。俺達は飛んでいけるから楽だな」
やっぱり水ドラゴンを作ったのは正解だった。この調子なら一気に遅れを挽回できるかもしれない。一本道だったので迷うことなく順調に奥まで入ってこれた。そんな具合で三十分近く飛んだだろうか。そこで通路が四本に枝分かれしているところに出てしまった。
「ありゃ? どっちだ」
「ミョミョ? 道が分かれてるミョ?」
大抵こういう場合は正解以外の道を選んでしまうとトラップが用意されているか、仕掛けに引っ掛かってループしてしまうものだ。時間を節約するには最短コースで行きたいところだが…。
少し目を閉じて考える。そして何となく閃いた。
「分かった。右から二番目だな」
「なんで分かるミョ?」
「そういう気配がする。何時間か前にここを通ったような気がするんだ」
まるで警察犬が匂いで犯人を追跡するように、目に見える形跡が無くても識別できる。ここへきてその感覚がより強くなった。
さらに進んだところで異変を感じ取る。
「あれ? なんか聞こえね?」
「どうしたミュ? 何も聞こえないミョ?」
「いや、爆発音だ……近いぞ!」
確かに前方から聞こえてくる。焦る気持ちを抑えて先を急ぐ。徐々に狭くなっていく通路を水ドラゴンで突っ切る。そして急に開けた場所に出た。
(こ、これは!?)
「ミョ~ すごく広いトコだミョ」
「だな。こりゃ凄い……」
こんな開けた場所が洞窟の奥にあるとは驚きだ。最初は巨大な地中湖かと思った。見渡す限り水面が広がっていて、天井からは所々に氷柱型の大きな石が垂れ下がっている。水面からはとんがり帽子みたいな石がポツポツ顔を出している。中には上下の石がくっついていて柱のようになっている箇所がある。
(鍾乳洞が水没した感じだな……)
よく見ると中央辺りに島がある。そして音が聞こえてくるのはその島からだと分かった。
「あそこか……早速、やり合ってるみたいだな」
飛行速度を保ちながら島に接近する。だが、島だと思っていたのはどうやら人工物のようだ。それは水面に顔を出している巨大な神殿だった。接近して見下ろすと大中小の正六角形が三つあって、その一番上の層で誰かが戦っている。
「ミョミョ! あの子達だミョ!」
ここからみて左側に背の高い男が突っ立っている。あれがリーベンであるのは容易に判別できた。一方、ディノ達は右に陣取っているが、端っこの方でフィオナがクーリンを手当てしている。ディノと女剣士は並んでリーベンに対峙しているが、二人とも肩で息をしている。それに比べてリーベンは随分と余裕があるように見える。
「まあ思った通り劣勢だな」
あと少しで到着するというところでリーベンが動いた。
リーベンは「とどめだ!」と、ディノ達に宣告する。
(とどめって、クソ! こっちはまだ到着してねえってのに!)
リーベンはダッシュと同時に姿を消した。そして次の瞬間、あっという間に女剣士との間合いを詰め、剣による攻撃を繰り出した。
そのスピードに驚愕する。
(速っ!? てか、全然見えねえ……)
女剣士はリーベンの動きに、まったくついていけない。そこにディノが割って入った。が、女剣士を庇おうとしたディノが無防備に背中をリーベンに向けてしまう。
(あいつ!! バカ!)
咄嗟に剣を抜いて「ツゥマジカス!」を放つ。水ドラゴンの背中から地上の神殿に向かって黒い水の刃が猛烈な勢いで向かっていく。
突きを狙ったリーベンの剣先がディノの背中に迫る。
(間に合うか!?)
水の刃はリーベンとディノの間に割って入る。それに気付いたリーベンが攻撃を中断し、バックステップで後退する。間一髪のところで届いた!
(ふぅ、危なかった。ギリギリ間に合ったか)
ホッとしながら水ドラゴンが神殿の上空に差し掛かったところで颯爽と飛び降りる。そして『ストッ』と降り立ったところで両陣営を一瞥して一言。
「待たせたな!」
飛び降りた時に、ちょっと足が痛んだのは内緒だ。が、登場の仕方としてはまずまずだ。
そこでリーベンとディノが同時にこちらを見る。
ディノが「ダン!」と、助けを求めるような顔をする。
(こっち見んな~! なんだよ。情けない顔しやがって。主人公のクセに相変わらずヘタレだなぁ……)
呆れながら彼等が立つ場所に向かう。
リーベンは不機嫌そうにこっちを観察している。そしておもむろに口を開いた。
「貴様……あの時の水使いだな?」
「そうだ」
「名を名乗れ」
リーベンにそう求められて困った。このキャラのフルネームが思い出せない。
(あれ? 真ん中の名前ってなんだっけ?)
そこで変な間が空いてしまった。ヤバい。とりあえず何か答えとかないと…。
「ダンクロフォード・スプリングフィールド」
この際、ミドルネームは省略だ。
「スプリングフィールドだと?」と、リーベンは首を捻る。
「この名前を忘れたとは言わせんぞ!」
今のは良かった。咄嗟に出た台詞の割にはこの漫画のストーリーに合っている。ここは準主役級の自分と因縁の相手であるリーベンが対決する見せ場なのだ。しかし、それを聞いたリーベンはいまいちピンときていない様子。ふざけた野郎だ。
しばらくしてリーベンが思い出したように言う。
「ああ、そういえば聞いたことがあるな。だが印象に残るほどでは無い。俺は真に強い者しか認めんからな」
(なんだそれ? スプリングフィールド家を思いっ切りディスってるじゃん!)
それは暗に弱いと言ってるようなものだ。マジでぶっ殺してやりたくなってきた。ここで何と言い返せば相手に精神的なダメージを与えられるだろう?
少し考えてから台詞を口にした。
「ならば俺が刻み付けてやろう。お前の人生最後の記憶として」
ちょっと遠まわしすぎたかもしれない。つまりは『ぶっ殺す』ってことなんだけど読者に伝わったか自信がない。一応、それは大きなコマで使ってもらえるように意識した決め台詞だった。が、リーベンは鼻で笑う。
「フン……がっかりさせるなよ」
そう言ってリーベンが剣先をこちらに向けて不敵な笑みを浮かべる。その剣はノコギリのようなギザギザがついていて先端は肉食恐竜の爪みたいな形状をしている。剣としては格好悪いが、どこに触れても痛そうだ。あの先端は斬るというよりも突きでダメージを与えるものなのかもしれない。
(マズったなぁ……思い切り煽っちまったか)
大口を叩いたものの、まだこのキャラの意識は戻ってこない。
(やっぱ自力でやんなきゃダメか……)
段々不安になってきた。しかし、このまま睨み合っていても始まらない。
(畜生……こうなったらヤケだ。やれるだけやってみるか!)
覚悟を決めて戦うことにした。まずは得意の水刃を仕掛けてみる。できれば複数の刃を撃ち込みたいところだ。
(なんとか連発できねえかな……)
大事なのはイメージだ。とにかく攻撃の形を強くイメージする!
「ツゥマジカス!」と、唱えて、その後も心の中で「ツゥマジカス!」を連呼する。するとどうしたことか縦横・斜め、斜めの4連発で水の刃が繰り出せたのだ!
(やった! できた!)
奴はこれをどう交わす? しっかりと観察する。
黒い水刃が立て続けにリーベンに襲い掛かる。と、その時、奴が視界から消えた。
(え? 消えた!?)
目標を失った水の刃は4つとも虚しく空をきる。
(やっぱ、瞬間移動なのか?)
ハッとして右方向に視線を移す。
「ゲッ!?」
狙いを定めた地点から右へ約30メートル。そんな位置にリーベンが立っている。しかも剣を下ろして完全にリラックスしている。まるで最初からそこで待機していたようにしか見えない。
(速い……てか、残像すら見えなかったぞ?)
高速で移動したのならそれなりのアクションがあるはずだ。しかし、奴はそこに突っ立っているだけだ…。
(舐めやがって!)
イラっとした。
「グラマジカス!」
駄目もとで水魚雷を叩き込む。攻撃範囲は広がるが、あの動きで避けられたら効果は期待できない。だが、ここで攻撃の手を緩める訳にはいかない!
水魚雷が数十発、扇状に広がりながらリーベンに向かっていく。そして奴の目の前で次々に誘爆する。威力がアップした魚雷の爆発はここまで爆風を送り込んでくる。ちょっと目を開けていられない。薄く目を開けて確認するが水魚雷の爆発範囲内にリーベンの姿は無い。
(これもダメか!?)
まさかと思って最初にツゥマジカスで狙った場所に視線を戻す。するとそこには先ほどと同じように余裕をかましているリーベンの姿が!
(クソ! 分身の術とか幻術じゃねえだろうな……)
攻撃が当たらないことには話にならない。ならば追尾式のあの技だ。
「デルグマジカ!」
思い切り剣を横に振った。その勢いに比例するかのように剣先からエネルギー弾が鋭く飛び出す。エネルギー弾は十数発。それぞれが異なる放物線を描いて、かなりのスピードでリーベンに向かっていく。そしてある一点にそれらが一斉になだれ込む。だが『パーン!』という破裂音がしただけで、やはりそこに奴の姿は無い。
(またかよ!?)
エネルギー弾のホーミング機能をもってしても捕らえられない。というよりホーミングの軌道には何の変化も無かったように見える。つまり目的物を見失ってしまったということだ。
(どんだけ高速なんだ? やっぱワープだろこれは……)
その時、すぐ近くで声がした。
「興ざめだな」
(な!?)
声のした左方向を見る。なんとリーベンは自分の真横に立っている! その距離2m。しかも先ほどと同じポーズのままで…。
一呼吸置いてリーベンは「フン!」と、剣を突き出してきた。
「クソッ!」
剣を振り切った直後だったので不意を突かれた。咄嗟に剣を盾代わりにする。『ギュイン!』と嫌な金属音が生じて、剣と剣が接触する形でリーベンと押し合う。
(重い……てか、馬鹿力め!)
そこで剣に体重を預けたまま右回りに体を反転させる。いったん剣を引いて敵の押す力をいなす。そして手首を返して突きを放つ。
「えいっ!」
が、リーベンは何の前触れも無く消え失せた。
(また消えた!?)
唖然としていると、またしても奴の声が別な方向から聞こえてきた。
「いい太刀筋だ。だが、まだ甘いな」
声のする方向を見て萎えた。奴はちゃっかり最初の位置に戻っている。
(そういうのが一番ムカつくんだよな……)
バトル漫画では圧倒的なスピード差を見せ付けるという演出がある。片方が一生懸命に繰り出す連続攻撃を、もう一方が余裕で交わす。そのリアクションの差が大きければ大きいほど交わす側のスピードが桁違いであることを強調するのだ。まさにそれを目の前でやられている…。
(目で追っちゃダメだ)
それは自分でも分かっている。悔しいけど奴の動きを肉眼で捉えるのは無理だ。何かカラクリがあるのだろうが…。
(まさか奴には本当に『時間を止める能力』があるとか? だとしたら倒しようが無いだろ)
そこでディノが安全地帯から声を掛けてきた。
「ダン! そいつに魔法は効かないよ!」
それを聞いて心底ゲンナリした。
(何を今頃……)
だいたいディノ達は今まで何をやっていたのか? リーベンに傷ひとつつけていやしない。
(とにかく一発でも技を当てないと……このままじゃ人のこと言えないな)
何か意外性のある技はないかなと考えて、アレをやってみようと思いついた。出来るかどうか分からないけれど女神さまの技をパクらせてもらう!
大きく深呼吸して集中力を高める。そして力を込めて剣を振る。
『ツゥマジカス!』
黒い水の刃が生じる。真っ黒とまではいかないが、かなり濃度の高い水刃が出来た。出したのは横方向の一発のみ。
(よし! これをどう避ける?)
たった一発の水刃が地面スレスレを滑るように飛んでいく。それを見たリーベンが「おや?」というような表情をみせた。そして右方向をチラ見したように見えた。
(ここだ!)
水刃がリーベンの手前に迫った瞬間を見計らって手の平に貯めていた力を「はっ!」と、解放する。
(広がれ!!)
そこで黒い水刃がぶわっと厚みを増して縦に膨らんだ。リーベンの足元に向かって低い位置を飛んできた刃がいきなり巨大化したのだ。その幅、数メートル。それがリーベンの立っていた空間を一気に後方へ持っていった。
(どうだ? 流石に今のは読めないだろ……)
水刃が通り過ぎた後にリーベンの姿は無かった。勿論、あれで奴がくたばったとは思えない。恐らくはまたどこかに移動したに違いない。すぐさま左右を確認、最初に奴が立っていた場所から左方向に30mほど離れた所にリーベンの姿を発見した。流石に奴も今の攻撃は予測していなかったのだろう。目を見開き、腰を落として身構えている。
リーベンが叫ぶ。
「やるな! 今のは危なかったぞ!」
怒っているという感じではない。『おら、ワクワクしてきたぞ』的な顔つきだ。
(やっぱりダメージは無しか……)
リーベンの動きを注視しながら次の手を考えていると、またしても奴の姿が消えた。本当に鮮やかに消え失せる。残像を残して消えるという類ではない。で、次にどこだと周囲を見回すといつの間にか別な場所に現れているのだ。
そこで気付いた。
―― 最初のところに戻ってないか?
奴はこちらの攻撃を避けた後は必ず最初に居た場所に戻っている。まるでその場所が起点になっているみたいだ。それともうひとつ。リーベンの足元を見て疑問を持った。
―― なんか変だぞ?
奴自身が動いた形跡は無い。となると瞬間移動的な能力を疑うしかない。ただ、確信は無いが、ある仮説が浮かんだ。そこでジャンプして確かめてみることにした。
(とりゃっ!)と、真上に大きくジャンプする。
確かめたかったのは最初のツゥマジカスで水刃が地面を抉った跡だった。今現在、リーベンが立っている位置は起点と思われる最初の場所だ。そこに向かって自分の立ち位置から真っ直ぐに一本の直線が跡となって地面に残っている。が、良く見るとリーベンの足元にはそれが無い! 正確には奴の手前で跡が途切れている。それなのにリーベンの後方数メートルの地面には同じように直線が跡になって続いている。つまり、地面を抉りながら飛んだ水刃の跡はリーベンの周囲を除いて一直線に繋がっているということだ。それは上から見ると一目瞭然だった。
(動いたのは奴だけじゃない!)
そう思って次にグラマジカを打ち込んだ場所を見る。水刃を寸前で交わしたリーベンが最初に移動した場所だ。
(あった! やっぱりそうか!)
グラマジカをぶち込んだ場所の地面に短い直線の跡があったのだ。
そこで滞空時間の長いジャンプが終わって着地した。
(直線の跡が移動先にあったということは……なるほどね。パズルと同じだ)
最初の直線が途切れている部分に移動先の直線跡をはめ込めば、丁度一本分の直線が出来上がる。それで理解した。
―― 奴が高速で動いてるんじゃない。奴の周りの空間がまるごと他の空間と入れ替わっているんだ!
それもある一定の時間が経つと元通りになる。つまり、奴は空間と空間を入れ替える特殊能力を持っているのだ。
(ひょっとして奴は移動したい方向をチラ見するんじゃないか?)
膨らむ水刃で攻撃した時、奴はそんな仕草をみせた。だとすると奴の目の動きで移動先が予想できるかも?
試してみる価値はある!
「ツゥマジカス!」
ダミーの水刃を一発、放った。そしてリーベンの目の動きに注目する。細かい場所までは特定できないかもしれない。が、奴が現れる場所に先回りできれば攻撃のチャンスが生じるはずだ。
水刃がリーベンに迫る。そこでリーベンがまた他所をチラ見する。
(左斜め下……)
それを確認すると同時に一歩を踏み出す。目指す方向はリーベンの左斜め前だ!
(チャンスは一回……)
イチかバチかだがあの技を使う。剣にキレを与え、最速の突きを繰り出す技…。
「メルマルク!」
そこでぐっと一気に加速度が増した。というよりも背中から押し出されたみたいな加速力に身体がバラバラになりそうだ。視界は一点に集約され、それ以外の世界は瞬時に後方へとなだれ込んでいく。そんな狭まる視界の端に人影が映る。
(見えた!! もうちょっと左だ!)
右のつま先で地面を蹴って方向を修正、全速でぶつかっていく。迷いは無い。
「うぉおおりゃあ!!」
目的物に向かって目一杯、刺す!
(手応えあったぞ)
剣先から伝わる抵抗力を確認。そして顔をあげて剣を向けた方向を見る。
(やった……)
全力で突き出した剣を受け止めているのはリーベンの左肩だった。
「な、なんだと!?」と、リーベンが仰天する。
剣をぐっと強く押してみるがこれ以上は前にいかない。
リーベンはギロリとこちらを睨む。
「よくぞ見破った! なかなか楽しませてくれる!」
グリグリと剣先を押し付けながら答えてやる。
「見破ったというのは空間チェンジ能力のことか?」
「ホウ……それを知った上でこの攻撃か。益々、面白い」
これ以上は押し込めないと諦め、いったん剣を引く。リーベンのアルマジロみたいなヨロイはバカみたいに堅かったが剣先が数センチは食い込んだだろう。
(どうだ? ダメージは?)
リーベンの左肩には剣が刺さった跡が残っている。が、その部分にも剣先にも血はついていない。リーベンはヨロイの傷を眺めながらニヤリと笑う。
「フフ……いかなる武器をもってしてもこの身体を貫くことは出来ん」
そう言ってリーベンはクイッと顎をしゃくってみせた。そしてなぜか手にしていた剣を背中に仕舞った。
(なんで剣を仕舞う? どういうつもりだ?)
リーベンは逆立った紫の髪を右手で軽く撫でると妙に親しげな口調で言った。
「いいだろう。認めてやる。貴様は強い」
因縁の相手に褒められてもあんまり嬉しくない。なので言い返す。
「フン! だったら本気になったらどうだ?」
「そうだな。お言葉に甘えてそうさせてもらうことにしよう」
(チッ! やっぱりまだ本気出してなかったのかよ……)
リーベンは自信満々に言い放つ。
「では、褒美に見せてやろう。オレの変身した姿を」
その言葉に(は!?)と、目が点になった。
(今、なんて? 変身? マジで?)
奴は確かに『変身』と言った。冗談じゃない。やっとの思いで傷をつけたというのにこれ以上パワーアップされたら…。焦った。これってそういう漫画だったのか? 剣と魔法で戦うんじゃなかったのか? 変身はいくらなんでも反則だろ!
(ど、どうすんだよ!)
リーベンはバッと両手を広げて「はぁぁ……」と力み始めた。力を溜めに溜めているリーベンの周りには不穏な空気が充満していく。まるでゴッホの絵みたいに奴の周りで何かが渦巻いている。それは黒い人魂のようにも見える。ビジュアル的にかなりヤバイ雰囲気だ。
「はぁーっ!」と、リーベンが叫んだところで奴のヨロイに異変が起きた。ローマ帝国の戦士みたいにのっぺりしていたヨロイの表面が『ボコボコッ!』と沸騰し始めたのだ。やがてそれは太陽のコロナのようにあちこちで盛り上がり、固まっていく。そしてついにはスペインで未だ建築中の何とかファミリアみたいにごちゃついた形状に変形した。おまけに無防備だった頭の部分もヘルメットみたいに覆われてしまった。
思わず声が漏れた。
「な……なんだと!?」
変わりすぎだろ! そんなツッコミを入れたくなるほどの変化だ。
ヨロイの変形が落ち着いたところでリーベンが言う。
「この形態になったからには先ほどの比ではないぞ。いかなる武器であろうと、この身体を貫くどころか表面に傷すらつけることもできん!」
それを聞いて心が折れそうになった。こんな状況だと今までの自分だったら簡単に諦めていただろう。だけど今はどうしても奴を倒したいという気持ちだけは残っている。
そこでリーベンが追い討ちをかけるように宣言する。
「ああ、ひとつ言い忘れていた。ちなみに俺はあと2回、変身を残している」
(ええええええ!? マジかよ!?)
どこかで聞いたような絶望的な台詞!
(これは本格的にヤバい!)
膝がガクガクしそうになるのを必死で堪える。
(魔法もダメ、剣もダメとなったら……いったいどうすれば?)
その時、背筋にピーンとくるものがあった。ようやく、というかやっときてくれた!
〔遅ぇよ!〕
まったくもってハラハラさせやがる。正直、もう二度とこのキャラのターンになることは無いんじゃないかって思っていた。
このキャラクターのコントロール下に置かれた身体はゆっくりと剣を構えながら言った。
『勿体ぶるな。なんなら今のうちに変身しておいた方が身のためだ』
この状況でよく言ってくれたもんだ。だが、その言葉と同時に静かなる闘志が再び湧き上がってきた。
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