第10話 新たな力
腕輪を入手して自信満々なのは結構だがホントに大丈夫なのか?
〔ぶっちゃけ10倍とか言いすぎじゃね?〕
バトルものの漫画ではキャラの能力が敵味方に関係なく急激に上がりすぎる傾向がある。大抵の場合、こっちがグンと強くなっても敵も同じかそれ以上にパワーアップしていて苦戦してしまう。で、もっと強くなってそれを倒したとしても今度はさらに強力な新手が出現しての繰り返し……本当にキリが無い。しかし、今はこの身体を信じるしかない。目の前には巨大な火の玉が迫ってくるのだ。とりあえずこれを何とかして欲しい。
身体は実に落ち着いた様子で左手を前にして『デルマジカ!』と、呪文を唱える。すると手の平辺りに『キィィ……ン』と、水が急速に集まり、大きな水の玉が出来上がった。それは宙から生まれたといっても良い。はじめはうっすらと、やがてその輪郭がくっきり、そして最後にはっきりと水の集合体である事が確認できた。
〔どんどん大きくなってくな……大きさでは互角か?〕
ソヤローの作った火の玉に大きさでは負けていない。大人が1人すっぽり納まるぐらいの大きさに成長したそれは、ゆっくりと手元を離れてソヤローの放った火の玉に向かっていく。
〔それにしても遅っせぇな……〕
これも漫画独特の現象なんだろう。エネルギー弾同士が正面からぶつかり合って押し合いをするという奴だ。
予想した通り、ソヤローの火の玉と身体が放った水の玉が本当に運動会の玉ころがしみたいにノロノロと移動して中間辺りで正面衝突した。
〔ここから力比べか?〕
双方の玉がぶつかったところで『バシュッ!』と、強烈な水蒸気が撒き散らされる。おかげで視界が塞がれて何が何だか分からなくなる。が、そこは大事な見せ場。すぐに蒸気はかき消され、ふたつの玉がせめぎあうところがはっきり見てとれた。
勢いは五分五分。が、状況に変化が見られるようになった。
〔おお! 押してる!〕
水の玉が徐々にソヤローの方に向かっていく。ここからでは奴の様子は伺えない。が、明らかに形勢はこちらに傾いている。しかも身体の方はまだ余裕がありそうだ。
〔いいぞ! 押せ! 押せっ!〕
水の玉が徐々にソヤローに向かっていく。そこで身体が『ハッ!』と、最後の一押し! それが利いたのか水の玉が『ズオッ!』と、勢いを増して一気に押し込んでいくのが分かった。そして激しい爆発音!
〔うおっ! やったか!?〕
押し切ったという手応えはあった。今の爆発で奴がどうなったかは分からない。が、しばらくして水蒸気の幕が消え去ると、肩で息をしながらこっちを睨んでいるソヤローの姿が目に入った。
「チ、畜生ッ! なんでだぁ!」と、ソヤローが天を仰ぐ。
そこで身体が勝ち誇ったように首をコキッと鳴らす。
『同じ大きさなら水の方が質量は大きいということだ』
「ク、ふざけやがって!」
『ついでに言うと、ひとすくいの水を短時間で蒸発させるのに必要な熱エネルギーを考慮すればどっちが有利かは明白だ』
なるほど、奴の火の玉がどういう原理かは知らないが、こっちが押し合いに勝った理由がよく分かる。なかなかどうしてこの身体、良い仕事をする。だが、その後がいけない。
『水使いの自分からみれば貴様は燃費が悪すぎる。つまり無駄が多いということだ』
そうやって相手を余計に刺激する。普通、こういうキャラは長生きしないタイプなんだが、こっちにとばっちりがくるから困る。
その時、ソヤローが片膝をついた。
間髪を入れず身体が追い討ちをかける。
『グラマジカ!』
次の瞬間、足元にどこからともなく水が集まり、続いて幾つかの塊となって跳ねた。水の塊はすぐさまその形状を鋭い棘に変え、列を成してソヤローに向かっていく。
ソヤローは「クソッ!」と顔を歪め、連続したバックステップでそれを避ける。
水の塊はソヤローの着地点を追うように『ガッ、ガッ、ガッ!』と立て続けに地面を抉っていく。
〔なんだよ! 当たんねぇじゃん!〕
と思いきや、離れていくソヤローの動きが止まった。
背中を押されるような形で動きを止められたソヤローが振り返って叫ぶ。
「な、なんじゃこりゃ!?」
いつの間にかソヤローの背後にまるで通せんぼをするかのように網が張り巡らされている。
〔蜘蛛の巣? にしては透けてるな〕
もしかしたら水で出来たネットなのかもしれない。確か女神さまは水の粘性を高めて色んな形を作っていた。
ソヤローは必死で網から逃れようとする。が、暴れれば暴れるほど網はソヤローに絡みつく。そこで身体は容赦なく次の手を打つ。
『ツゥマジカス!』
剣をかざして唱えた呪文は例の水の刃だ! しかも今度は一発ではない。縦に3本、横に4本の刃がほぼ同時に飛び出し、結構なスピードでソヤローに向かっていく。
〔これは! 凄ぇ!〕
確かにパワーアップしている。女神さまに恵んでもらった石ころひとつでこんなにもスペックが上がるとは!
しかし敵もさるもの。ソヤローは『グゥオオ!』と、雄たけびをあげて全身から炎を吹き出し水の刃をかき消した。なかなかしぶとい奴だ。
〔てか、強化してんのに簡単に勝たせてくれねぇのかよ……〕
この漫画の四天王はどれだけ強いという設定なんだろう。この調子ではラスボスの『闇帝』など倒すのに半年ぐらいかかってしまうかもしれない。
「この俺様をここまで本気にさせるとはな!」
ソヤローのその台詞!
〔やった~! これは完全に死亡フラグ~ いや待てよ。まさかここで変身とかマジで止めろよ?〕
一瞬そんなことを心配したがソヤローは怒りの連弾を繰り出してくるだけだった。
「死ね、死ね、死ねい!」
ソヤローの放つテニスボール大の連続火弾は、速さはあるが威力はさほどでもない。身体は水弾を繰り出して余裕でそれを迎撃する。『ズバババッ!』と、しばらく激しい攻防が続いた。けど楽勝だ。こっちは全然疲れていないのに敵はかなり消耗している様子。いい加減、連続火弾に効果がないことが分かったのかソヤローの攻撃がパタっと止んだ。
ソヤローが憎憎しげに呟く。
「なめやがって! まだ全力じゃねぇってことか?」
奴の言葉を借りればこの身体はまだ本気を出していない。それは同感だ。だが、身体は意外なことを言い出した。
『俺が遊んでいるとでも思ったか? 貴様のつまらん技に付き合っているとでも?』
それを聞いてソヤローが歯軋りする。
「グギギ……ふざけやがって!」
『貴様がいちいち水を蒸発させてくれたおかげで、この辺りの湿度が随分高くなった』
「な!? 何を言ってやがんだ?」
『……まだ気付かんか。呆れた奴だ』
「な、どういう意味だ?」
『終わりだ』
身体がそう宣告して静かに右手を挙げた。そしてそれをクイッと下ろしながら呪文を唱える。
『グラマジカス!』
するとソヤローの頭上数メートルのところに無数の氷柱が出現し、それらが一斉に豪雨のように降り注いだ。
『ズドドドッ!』と、猛烈な音がして氷柱がソヤローに向かっていく。
「グギャーォ!」
ソヤローは絶叫しながら降り注ぐ氷柱をモロに喰らったように見えた。
〔……終わったのか?〕
突如訪れた静寂に不安になる。うつ伏せでピクリとも動かないソヤローの様子を見ると決着はついたようだ。
今まで存在が空気だった主人公が明るい表情で歩み寄ってくる。
「やったねダン・クロニクル! やっぱり君は凄いよ!」
ミーユもいつの間にかそばに居てニコニコ笑っている。
「良かったミョ。『女神の涙』のおかげだミョ」
『ああ。そうだな……今までとは水の圧力がまるで違う』
そこでディノが腕輪とこっちの顔を見比べながら不思議そうな顔をする。
「どういうこと?」
ディノの質問は読者の疑問を代弁したものだ。そこでミーユが説明役にまわる。
「ダンみたいな水使いはみんな水を集める能力を持ってるミュ。それもただ集めるだけじゃないミョ。正確には水に圧力をかけることで形を変えたり飛ばしたりするんだミョ」
ミーユの説明を聞いて妙に納得した。
〔ああ、やっぱりそういうことか〕
つまり水だけを引き付ける引力みたいな能力ということなんだろう。恐らく空気中から水が現れるというのも水分子だけを一箇所に集中させた結果なのだ。
そこでディノが尊敬のまなざし。
「ダン・クロニクル。君はどんどん強くなってるんだね……」
その隣では付き添いの女の子、未だ名前が思い出せないあの可愛い子が微笑む。
「ありがとう。ディノを助けてくれて」
結果的に良いところを見せられて良かった。
〔いやあそれほどでも〕
本当はそう言いたいところなのに身体はちっとも反応しない。それどころか彼女から顔を背ける始末だ。
〔頼むからもうちょっと愛想良くしてくれよ……彼女と仲良くなりたいんだからさ〕
ミーユが背伸びをしながら言う。
「これで一件落着ミョ!」
しかし、ふと連れの女の子の表情が曇る。
「でも……四天王の1人を倒しちゃったから只じゃすまないかもしれないわ」
それを聞いてディノが文字通り『ゴクリ』とつばを飲む。
「ちょ、それは心配しすぎだって。まったくフィオナは……」
ほうほう。フィオナというのかこの子の名は!
〔フィオナか……うん。やっぱこの子がいいや〕
今はまだ作中の会話だから何ともならないが、次に身体の自由が利くようになったらフィオナに話しかけてみよう!
そのフィオナが泣きそうな顔で呟く。
「グスト連邦が黙ってないかもしれない。ひょっとしたらデーニスにも迷惑がかかってしまうかも……」
彼女のその泣きそうな顔に萌える。
〔いい……〕
どうしてだろう? 一度、気になり始めるとその相手のことを果てしなく知りたくなってしまう。ひとつひとつの表情や仕草をもっと見ていたい気持ちになってくる。(この子は二次元キャラだぞ!)と、自らにブレーキをかける意識が無いわけではない。でも、今は完全にこの子に魅かれ始めている。それはあまりに分かり易い現在進行形だ。
そんな気持ちとは無関係に身体はのたまう。
『確かに四天王はグスト連邦にべったりだ。これを口実に奴等が何かしでかすことは十分に考えられる』
「考えすぎだミョ! デーニスは周りの国から重宝されてるミュ」
『甘いな。ささいな出来事でも十分きっかけになる。戦争とはそういうものだ』
身体が口にした言葉に対して一同が言葉を失った。
そこにあらぬ方向から声が振ってきた。
「その心配はないと思うナ」
『な!?』
声の元を探す。すると大きく傾いた煙突のてっぺんに人影が認められた。
『ム!? 新手か?』
身体が人影を凝視する。それにならって隣で目を凝らしていたフィオナの声が震える。
「あ、あれはまさか……」
ディノが問う。
「フィオナ!? 知っているのかい?」
「……チグソー。四天王のナンバー2」
フィオナの言葉に場が凍りつく。
〔もう二人目かよ! てか、さっきやっと一体倒したとこだぞ!〕
バトル漫画の宿命とはいえちょっと早すぎやしないか?
煙突の上からこちらを見下ろしながらその人物が感心する。
「ユー達、意外にやるネ。楽しませてもらったヨ」
チグソーというその男はタキシード姿にマントというどこかの男爵みたいな格好をしていた。そのくせ髪は金色でライオンのタテガミみたいな髪型をしている。ただ、ここからでは判然としないが顔はイマイチのように見える。顔が四角くくて目が細い。
ディノが警戒する。
「四天王だって? な、何しに来た?」
チグソーはフフンといった風な笑みを浮かべてそれに答える。
「別に。面白そうだったからネ。でも安心して良いヨ。別にカタキをとろうなんて考えはナッシングだからネ」
『……ふざけてるのか?』
「クスクス。面白いことを教えてあげるヨ。別にユー達が心配しなくても、もうすぐ大変なことになるヨ」
そういうチグソーはやけに楽しそうに見える。仲間のひとりが目の前でやられたというのにその態度は何なんだ?
ディノがイライラしながら尋ねる。
「どういうことだよ? はっきり言えよ!」
「クスクス。もう直ぐ分かるヨ。ま、白い竜でわざわざサイデリアを抜けたあの子は無駄骨だろうけどネ」
〔白い竜? サイデリアを抜けた? それって確か……〕
ウルド養竜場での会話を思い出しているとディノが全身をワナワナと震わせて叫んだ。
「クーリンのことかー!」
その過剰反応に驚いた。どういう背景があるのかは分からない。だけどそれがこの後の展開に大きく関係してくることは想像できる。
チグソーはディノの反応を楽しむように話を続ける。
「クスクス。やっぱりあの子はユー達の仲間だったようだネ。ま、ジョイルスに行けばそのうち会えるだろうけど、彼、大変だと思うヨ」
ディノは完全にキレている。
「お前が! お前なんかがクーリンのことを語るなー!」
そう吐き捨ててからディノは剣を構えた。そして気合を込めて攻撃態勢に入る。
「ドス・ピーボ!」
その呪文でディノの剣先から白い光の矢が発射された。
〔電撃? いや光?〕
光の矢が一直線にチグソーに向かっていく。するとチグソーはすっと左手をかざす。
誰もが命中したと思った。が、チグソーはすました顔で相変わらずこちらを眺めている。ディノの放った光の矢はチグソーの目前で消失してしまったのだ。
「き、消えた!?」
そう呻いたディノは落胆を隠せない。
〔確かに……当たる寸前にすっと消えちゃったように見えたけど……〕
その消え方は、霧散するとか掻き消されるといったものではなかったように思う。まるで深い穴に投げ込んだ石ころが音もなく闇の中に姿を消す時のような消失感だった。
チグソーはゆっくりと手を下ろしながら笑う。
「クスクス。言っておくけど僕には通用しないからネ! そういうのは」
それを聞いてフィオナが悲壮感漂う口調で呟く。
「何でも消してしまう『悪夢のマジシャン』」
「クスクス。良く知ってるネ。もっとも消すのは得意だけど出して元通りにすることは出来ないんだけどネ」
〔こいつ……〕
こりゃまた手強そうなのが出てきやがったなという印象だ。
「クスクス。さてと。そろそろ拾って帰るとするかな」
そう言ってチグソーは一瞬、姿を消した。そして数秒後、次に現れた時、チグソーはソヤローの兜を小脇に抱えていた。どうやら彼は我々が見失っている間にソヤローの所に立ち寄ったらしい。
「クスクス。これを忘れたら大変だからネ」
そんなトリケラトプスの頭骨なんて何に使うのだろうと疑問に思いつつ、チグソーを追うことは出来なかった。
チグソーが去ってからディノが決意を新たにする。
「よし! 行こう。ジョイルスに! 必ずクーリンを連れ戻すんだ!」
大体、次の展開は読めてきた。次はお隣の国、ジョイルスに向かわざるを得ないということだ。やれやれと思って首を竦める。
(お? 動いた!)
コントロールが自分に戻ってきたらしい。ということはどうやらさっきのディノの台詞までがストーリー部分のようだ。
(さてと。こっちはこっちで自由時間を楽しむとするか)
顔には出さないが、ちょっとした考えが自分にはあったのだ。
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