第43話 悪魔のマジック・ショー
チグソーは余裕の表情で下を覗き込む。そして女剣士の姿を確認すると指をパチンと鳴らした。
「マジック・ショーは、まだまだ続くヨ! お楽しみはこれからサ!」
奴は完全に楽しんでいやがる。フィオナが言っていた『悪夢のマジシャン』という名の通りだ。
チグソーがすっと右手を挙げる。すると女剣士が乗っている箱が動き出した。
(箱が……縮んでる!?)
2メートル四方の箱が徐々に小さくなり、半分ほどの大きさになってしまった。相対的にその上に倒れている女剣士の体が箱からはみ出しそうになる。と、そこで箱の上部が凹んで、女剣士が箱の内部に吸い込まれてしまった。
それを見てディノが「ミディアさん!」と叫ぶが、辛うじて助けに入るのは思い止まった。
チグソーはフンフンと鼻歌を歌っている。そしてまたパチンと指を鳴らすと『ボンッ』と箱が煙に包まれ、次の瞬間には1メートル四方の立方体と一体化した女剣士が現れた。立方体から頭と手足だけが出ているようにも見える。それはまるでバラエティー番組で被り物を着ているような滑稽な姿だ。名付けるならば『サイコロ・マン』といったところか。
(箱から手足が出てる……どうなってんだ?)
これぞまさにマジック・ショーだ。箱の中に美女が入り、手足は箱の外に出される。そこに剣を突き立てたりノコギリで箱を真二つにしたりするのだ。
(まさか、あの箱ごとどうにかするんじゃねえだろうな?)
そんな不安が的中した。チグソーが次に煙から出したのは十数本の剣だった。奴は両手に剣を6本ずつ持ってサイコロ姿の女剣士を見下ろす。
「クスクス。お待ちかね! まずは1本!」
チグソーがシュッと投げた剣が女剣士の箱に『ザクッ!』と突き刺さる。
「ハグゥ!」と、女剣士が顔を歪める。
剣は女剣士の顔が向いている面の右肩の部分に根元まで刺さっている状態だ。
「クスクス。続いて2本、3本!」
立て続けに投げられた剣が今度は女剣士の左右側面に突き刺さる!
「アグッ!」と、女剣士の口から鮮血が吹き出る。
何が手品だ……どう見ても刺さってるんじゃないか?
「おいっ! 刺さってんじゃねえか! ド下手!」
そう怒鳴りつけてやったが、チグソーは今度は3本の剣を同時に投げる。そして投げ終わった後にこちらを向いて涼しい顔で答える。
「予め断っておくけど、実はこれってタネが無いんだよネ」
「は?」
「クスクス。これはネ。演出」
「ちょっ! ふざけやがって!」
「クスクス。手品っていうのはネ。些細なトリックを大げさに見せるのがコツなんだヨ」
そう言ってチグソーは女剣士の方に向き直ると剣を持つ両手を頭上に掲げた。
「クスクス。もう面倒だから残りは全部いっぺんに行こうかナ!」
そして奴は振り下ろした手を体の前でヒュッとクロスさせた。その動作で放たれた剣が一斉に女剣士に襲い掛かり『ザクザクザクッ!』と、箱に突き刺さる。もはや悲鳴をあげる気力も無いのか女剣士は項垂れたまま微動だにしない。
チグソーがそれを見て残念そうに首を竦める。
「あーらら。ノーリアクションだなんて助手失格だネ。それとも、もう既に死んじゃったのかナ?」
とその時、チグソーの頬に『ピッ!』と赤いものが跳ねた。
「なっ!?」と、チグソーが顔を歪めて自らの頬に手を当てる。そして手の平の血を見て驚愕する。
「う、嘘ダロ!?」
何が起こったのか分からなかった。少なくとも女剣士が反撃したようには見えなかったが……。
チグソーが、わざわざこちらに聞こえるような独り言で解説する。
「こ、これは『鎌イタチ』……高速回転する空気の渦が作った真空部分に触れると切れてしまうという。しかし、いつの間に空気の渦を……」
そこで説明が終わらぬうちに『ズパパパッ!』と、チグソーの全身が切り刻まれた。「ヌアッ!?」と、チグソーが防御姿勢をとろうとする。が、千切れた衣服と噴出す鮮血がバッと広がる。衣類が粉々になる演出といえば、自らの肉体を活性化させて筋肉膨張で服を引きちぎる場合と見えないスピードで敵の衣服を一瞬にして切り刻む場合に分かれる。今の場合は勿論、後者だ。だが、遠目にそれは、まるで裂けた枕を叩き付けた時に中身の羽根が飛び出したみたいに見えた。
チグソーがワナワナと震える。
「お、おのれ……ゆ、許さないゾ!」
上半身裸のチグソーは筋肉質ではないがガリガリでもない。いわゆる『細マッチョ』というやつなのだろう。が、異様に青白い。まるで白人の死体みたいでキモい。
「絶対に許さないゾ! ユーの手足を一本ずつ引き千切ってやるヨ!」
そう言ってチグソーは右手を突き出して小さ目のブラックホールを出した。そして女剣士に向かってジャンプする。
(マズいっ!)
思わず目を背けそうになった。が、次の瞬間、女剣士の箱が『ボンッ!』と破裂した! ちょうど立方体の各面が分解して展開図が出来上がるみたいに、女剣士の箱が爆音と共に広がったのだ。
そこに向かっていたチグソーの動きが止まる。と同時に女剣士がチグソーと交錯して『ズバッ!』という音がした。
「ウグッ!」と、チグソーが空中で屈みこむ。それを尻目にチグソーの飛んできた方向に向かってジャンプする女剣士。
(な、何が起こったんだ!? 死んだフリ?)
どうやら箱がバラけた瞬間に女剣士が飛び込んできたチグソーを迎撃したらしい。それが見事なカウンター攻撃となったのだ。
高くジャンプする間にチグソーに一撃を加えた女剣士は、先ほどチグソーが立っていた箱にスタッと下り立った。が、足元が覚束無い様子。しかも全身、血だらけだ。
(やっぱダメージがデカそうだ……)
そこで女剣士は「ゴフッ!」と、吐血して両膝をついてしまう。一方のチグソーは下の方の箱に着地したものの、やはりうずくまって痛みに耐えているように見えた。
(クソッ! 致命傷って程ではないか)
果たして、あの状態の女剣士に止めを刺すだけの力が残っているだろうか……。
やきもきしているとチグソーがゆらりと立ち上がった。そして女剣士を見上げて叫ぶ。
「ユー! やっちゃうヨ!」
そして奴は両手を前に翳してブラックホールを作る。今度のは大きい。いや、どんどん大きくなる!
(マジかよ! あんなの喰らったら……)
はじめはバレーボールぐらいの大きさだった玉が、バランスボールぐらいに成長した。そこで再び『ズパパパッ!』と、チグソーの全身から血しぶきが噴出した。
「グァッ!」と、絶叫したチグソーの作るブラックホールが急速に萎んでいく。
(な、何をしたんだ?)
チグソーが忌々しそうに言う。
「またしても空気の渦か……中々しつこいネ」
(……空気の渦? てことはやっぱり女剣士の魔法か?)
注意深く奴の周りを観察してみると確かに細長い竜巻のようなものがチグソーを取り囲んでいるのが識別できた。1本、2本……8本ぐらい。そしてそれらが奴の周囲を時計回りに公転しながらうねっている。
チグソーは、やれやれといった風に首を振るとキリッと女剣士を睨み付けた。
「もうその手は食わないヨ! 見えない攻撃っていうのはいいアイデアだけどサ。タネが分かってしまうと興ざめなんだヨ!」
確かにあらゆる攻撃を吸い込んでしまうチグソーにダメージを与えるには『目に見える攻撃』は有効ではない。だから、どこから攻撃されるか分からないというのがポイントだったのだ。だが、それもバレてしまった。
チグソーは両手を広げると「ハァ!」と、左右にブラックホールを作り出した。するとそこに空気の渦が次々と吸い込まれてしまう。
(しまった! アレまで吸い込まれちまったらもう……)
チグソーは空気の渦をすっかり吸い込んでしまうと勝ち誇ったように笑った。
「クスクスクス。空気の渦といっても所詮はエネルギーなんだよネ。これで問題無し!」
しかし、そこで女剣士の口角が微かに上がったように見えた。チグソーはそれに気付くことなく再びブラックホール作りに取り掛かる。
(何だ? 今、笑ってたように見えたけど……何か策があるのか?)
女剣士は相変わらず何のアクションも起こさない。ニヤリと笑ったように見えたのは見間違いだったのか?
チグソーはクスクス笑いながらブラックホールを育てる。
「クスクス。覚悟しなヨ! これは絶対に外さないから……ン!?」
突然『ボトボトボトッ!』という音と共にチグソーの上から何かが大量に落ちてきた。
「な、なんだァ!?」というチグソーの叫びは滝のように流れ落ちてくる茶色い物体に埋没していく。
(ちゃ、茶色ぉ!?)
何だか汚らしいなと思っていたところで女剣士が動いた! 彼女は茶色の雨に乗じて一気に間合いを詰めるとチグソーの居た場所で居合い斬りの要領で剣を2回振り抜いた。
「グギャァ!!」
今の悲鳴はチグソーか?
ようやく茶色の落下が収まった。よく見るとそれは泥のようだ。
(泥か? けど、何で泥が降ってくるんだ?)
確かに箱の群れの下は沼地だ。そこには泥が大量にあるのだろうが……。
「うわぁぁ!! 手がぁ! 手がぁ!」
見ると泥だらけになったチグソーが両腕を前に突き出して狼狽えている。その手先に注目すると手首から先が無いように見えた!
ディノが「よし!」と、隣でガッツポーズをする。
「さすがミディアさん! うまくチグソーの手を切り落としたぞ!」
「へ!? そ、そうなんだ?」
「あの手さえ奪ってしまえば勝てる! あの泥は隙を作るためだったんだ」
「それが分かんねえ。何で泥が降ってくるんだ?」
するとディノはドヤ顔で答える。
「竜巻だよ。竜巻が沼地の泥を上空に吸い上げてたんだ。だけどチグソーが竜巻を吸い込んでしまったから時間差で泥が降ってきたのさ」
そんなバカな、という突っ込みはともかく、あの竜巻にはそういう意味があったのか……。
(隙を作る為にそんな仕込みをしてたとか……そんなもん分かるかよ~!)
もしソレが事実だとしたら何手先まで読んでいるんだ? という話だ。
それはさておき、ここはチャンスに違いない。そう思って「止めを刺せ!」と、思わず叫んでしまった。その声は女剣士に届いているはずだが、彼女も直ぐには動けない。跪いてチグソーの様子をじっと見ている状態だ。両手首を失ったチグソーは号泣しながらも死に到る程のダメージではなさそうだ。それどころかまだ叫ぶだけの元気がある。
女剣士は剣を杖にして立ち上がると、止めを刺そうと剣を振り上げた。数歩、歩けば刃がチグソーに届くはずだ。
「いけっ! ミディアさん!」と、ディノが拳を握り締める。
が、女剣士が一歩踏み出した時、チグソーの右手からオレンジ色の液体が噴出した。女剣士は体を捻ってその直撃を辛うじて交わした。だが、その場に倒れこんでしまう。目標を外れた液体は箱の表面に落下して『ジュッ!』と鋭い音を発し、その部分を溶かした。
(何だ?! あの液体? 酸か?)
いや、それは製鉄所で見られる高温で溶かされた鉄のように高温の液体だ。或いはマグマか?
驚く女剣士に向かってチグソーが笑い掛ける。
「クスクス。前はこんな器用なこと出来なかったんだけどネ。闇帝様のお力で新しい能力が開花したんだヨ!」
チグソーは手首から先が無い右手を示しながら不気味な笑みを浮かべる。確かに奴の手首から先はきれいに無くなっていたが、サッカーボール大のブラックホールが出来ている。
それを見てフィオナの声が震える。
「そ、そんな……手を切り落としたのに……」
ディノも信じられないというような顔つきで呻く。
「まさか……さっきのマグマはあそこから出したのか?」
そこでチグソーがクスクス笑う。
「悪いネ。本当の手品なら鳩でも出すところなんだけどサ」
女剣士はゆっくりと立ち上がり、後退しながら言う。
「やっぱり簡単にはいかないようね……」
それに対してチグソーは胸を張って応える。
「以前は吸い込んだものを消すだけだったのに、それが自由に取り出せるようになったってことサ!」
そう言ってチグソーは左手を女剣士の方向に向ける。そして手首の無い左手からブラックホールを出した。
「クスクス。死ネ!」
その言葉と同時にブラックホールから稲妻が繰り出された!
『バリバリバリ!』と爆音を轟かせながら稲光が女剣士に向かって飛ぶ。女剣士は斜め後ろに大きくジャンプしてそれを回避する。
(稲妻が真横に伸びるなんて……初めて見た)
チグソーは攻撃の手を緩めない。
「そらそらそら!」
チグソーの発する稲妻が次々と女剣士を襲う。
「危ない!」と、ディノが身を乗り出す。
「近付いちゃダメ!」と、女剣士はギリギリで稲妻の猛攻を交わしながらディノをけん制する。彼女は右に左に大きく避ける、というよりも箱から箱へ飛び移る。それを追いかけるように稲妻が箱に当たっては爆発音を響かせる。それが触れた箱は全体が真っ黒に焦げている。やはり凄まじいエネルギーのようだ。
(右手からはマグマ、左手からは稲妻……ということは口からも何か出すのか?)
嫌な予感がした。そしてそういうものは得てして的中するものだ。チグソーはガパッと大口を開けるとまたしても口からブラックホールを吐き出す。そしてそこから太いレーザー光線が飛び出したのだ!
「キャア!!」と、いう悲鳴をあげて女剣士がバランスを崩す。レーザーの直撃は受けていないようだが稲妻に感電したのだろうか?
何という恐ろしい能力だろう。奴は過去にあのブラックホールで吸い込んだエネルギーをストックしておいて、好きな時にそれを取り出せるというのだ。
気がつくと隣のフィオナがガチガチ震えている。ディノがそんな彼女の肩に手を伸ばして抱き寄せるがディノの表情も硬い。
「ミディアさん……」
チグソーの攻撃は続く。稲妻が縦横無尽に走り、マグマが舞い散る。そこにアクセント代わりのぶっといレーザービーム。もう辺りはメチャクチャだ。宙に浮いていた箱は次々と破壊され、女剣士の逃げ場も次々と失われていく。
(ちょっ! これ……どうすんだよ?)
さすがに焦ってきた。これをどう収める?
(止めて! もう女剣士のヒットポイントはゼロよ~)
女剣士にとっておきの奥義でも無い限り逆転は難しそうだ。
いい加減に周囲を破壊し尽したチグソーが一旦、攻撃を止める。そして肩で息をしながら言う。
「ハァハァ……そろそろ終わりにしようか。でも、エンディングは派手な方がいいよネ?」
何をする気なのだろう? チグソーは左右のブラックホールと口から出したものを合体させる。三つのブラックホールが一体となってバランスボールぐらいの大きさになった。
そこでチグソーが予告する。
「特別サービスだヨ。前に吸い込んだエネルギーの中でも最高のモノを放出させてもらうヨ! バハムートのメガフレアを!」
(何てことをしやがる! あいつ、バハムートのメガフレアも吸い込んでいやがったのか!)
メガフレアの威力は女剣士もディノも経験済みだ。ここでアレを放たれたら女剣士は避けきれない。それどころかここも含めて半径数百メートルが吹き飛んでしまうだろう。
奴のブラックホールから青白い光の筋が幾つも漏れ出した。『ゴゴゴ』という地鳴り音が徐々に大きくなっていく。
(ま、マジでヤバいだろ!)
振動がこちらの足元まで伝わってくる。
(これはもう参戦した方が良くないか?)
いよいよ来るか? 覚悟した。それでも無意識に身構えてしまう。あのメガフレアの記憶が生々しく甦る。
「え?」
音が……止んだ。恐る恐るチグソーの様子を伺う。
(あれ? どうしたんだ?)
チグソーの様子がおかしい。奴は、まるで生まれたばかりの子馬のようにガクブルしている。それに高エネルギーを孕んでいたブラックホールも消え失せている。
それを見てディノが叫ぶ。
「凄い! きっとミディアさんが何かやったんだ!」
いやいや、そんな都合よく……いや、有り得るか。
チグソーがガクブルしながら辛うじて声を出す。
「バ、バカな……ユー! な、何をした?」
最後に残された箱の上に立っていた女剣士が答える。
「やっと効いてきたようね。間に合わないかと思ったわ」
それを聞いてチグソーの顔が一段と歪む。
「こ、これはまさか……痺れ毒!?」
「そうよ。グストに入った時に毒の砲撃を受けたの。こんなこともあろうかと思って取っておいて良かったわ」
そう言う女剣士もかなり消耗している。立っているのもやっとのようだ。しかし、彼女は続ける。
「泥はフェイク。本当の狙いはこっちだったのよ。ほんの微かの濃度になるように毒を含ませたの。あの竜巻に」
それを聞いたディノが感嘆する。
「そういうことか! それを知らずにチグソーは毒を吸い込み続けたんだ」
そこで今までの経緯を思い起こす。女剣士は竜巻を出した時、既に毒を仕込んでいたのだ。いや、もしかしたら、もっと前から少しずつ毒を垂れ流していたのかもしれない。恐らく、あまり高い濃度だとチグソーに気付かれてすぐにブラックホールに吸い込まれてしまうし、女剣士自身も毒を吸ってしまうリスクがある。だから超低濃度の毒を散布して、チグソーの吸い込む能力を逆手に取ったのだ。確かに奴は調子に乗って能力を使いまくっていた。が、その度に毒を自らの周りに吸い寄せていたのだ。
(凄い先読みだ。にしても絶妙のタイミングで効果が出たな……)
女剣士はぐっと拳に力を込めて、チグソーに向かって宣言する。
「どんなマジックでも必ずタネはあるものよ。それを見破れなかったアナタの負けね!」
その言葉にちょっとヒヤッとした。
(勝ち宣言は死亡フラグなのに、いいのか?)
しかし、女剣士はまだ奥義を出していない。ポスト王国で修行をした成果を出すならここしかない!
女剣士が握り締めていた拳を前に突き出した。
「昇華烈風!〔しょうかれっぷう〕」
茜色に染まった突風がブワッと彼女の周りから送り出される。それがチグソーを一瞬、包み込み、通り抜けた。
(何だ? そんだけ?)
拍子抜けした。なんかもっと凄い技だと期待していた。それなのに突っ立ったままのチグソーにダメージは無さそうだ。というか風を送っただけにしか見えない。だが、女剣士は満足そうな笑みを浮かべてドサッとその場に崩れ落ちた。
(おいおいおい! それで終わりかよ!?)
と、その時、チグソーが固まっているのに気付いた。さっきまでガクブルしてたはずなのに今は石像のように動かない。
「あ!」と、先にディノが何かに気付いた。
「な、どうした?」と、聞くとディノがチグソーを指差す。
「死んでる……」
ディノそう言った次の瞬間、チグソーの体が崩れ始めた。まるで砂で出来た像が自然に崩落するように細かい粒が『サァー』と流れ落ちていく。やがて人の型を成さなくなったチグソーの体は『パサッ』と完全に崩れ落ちた。
それを見てフィオナが呟く。
「凄いわ……ミディアさん、あの技をマスターしたんだわ」
そこでディノが尋ねる。
「フィオナ、あの技を知ってるの?」
「うん。伝説の技よ。過去1200年の間に5人しか習得できなかった伝説の技……あの風を受けた者は一瞬で体中の水分を失って石化してしまうの」
「だから昇華なんだ。なるほどね」と、ディノが感心する。
「でも……反動も大きいの」
「え? なんだって?」
ディノが慌てて女剣士の方を見る。ちょうど彼女を乗せた箱がゆっくりと降下してくるところだった。多分、チグソーが死んだので箱も魔力を失ってしまったのだと思われる。
「ミディアさーん!」
ディノを先頭に皆で女剣士のもとに駆け寄る。
女剣士は精根尽き果てた様子で仰向けに倒れていた。
ディノが彼女の上体を起こして尋ねる。
「大丈夫ですか?」
「ええ……なんとか生きてるわ」
「箱に剣を刺された時には、もうダメかと思いましたよ」
「ああ……あれね。実はあの時、箱の中で空気圧を極限まで高めていたのよ。刺さった剣が急所に当たらないようにね。でも、だいぶ喰らっちゃったわ」
フィオナが心配そうに女剣士の顔を覗き込む。
「出血が激しいわ。早く治療しないと……」
「ダメよ。フィオナ。まだ先は長いのよ。自分のことは自分でなんとかするから」
「でも……」
「クーリンの言ってたこと忘れたの? 私はあなた達に託すのよ。だからもう行って」
ディノが涙声で「ハイ。分かりました」と、返事をする。ここは本来、感動させるシーンなのだろう。だが、そんなことより聞いておきたいことがある。
―― 女剣士はどこまで自力で戦ったのか?
問題はそこだ。今や自分と女剣士はこの漫画のキャラに同化してしまっている。自分の意思が主体でキャラの人格は『おまけ』に成り下がっているのだ。となると戦闘でピンチとなった時に、今までみたいに人格が入れ替わることが出来るかどうか分からない。
(さっきの戦いを見る限りは元キャラに助けてもらってたような気がするんだけど……)
それを確かめたくてディノとフィオナを女剣士から遠ざけた。そして2人を転送の魔法陣で待たせている間に女剣士に質問した。
「あのさ。どこまで自力で戦ったの? やっぱキャラは出てこなかったのか?」
女剣士は薄っすらと目を開けてぽつりと一言だけ答えた。
「心の声……」
「は? 何それ? てか、おおい! 眠るな!」
思わず彼女の肩を揺さぶってしまった。が、明らかに反応が無くなっていく。
「おい! 嘘だろ? 死ぬのか? マジで?」
「わかんない……でも大丈夫……落ち着いて聞けばいいの。心の声を……」
そこまで言って女剣士は瞼を閉じた。そして、ガクリと頭を垂れた。
「ちょっ! ヤバッ! てか、死ぬなよ!」
慌てて彼女の手首の脈を測る。とはいえ、この世界で脈を測っても意味は無い。救急車が頭を過ぎったが勿論、そんなものは無い。無理に起こすにもどうすれば良いのか思いつかない。おまけにあっちではディノが早く来いと催促してくる。
(クソッ! これじゃ確かめようがねえ!)
後ろ髪を引かれながら止む無く女剣士のもとを離れる。次の戦いの為に……。
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