第22話 揺れる思い

 カイトの工房を出る時にミーユが来たらサイデリアに向かったと伝えるよう頼んでおいた。その後、女剣士のドラゴンでウルド養竜場を訪れてロイと再会した。その際にロイが貸してくれたドラゴンは、なんとディア・シデンだった。ドラゴン・フライでコンビを組んだのでそのスペックは分かっている。だが、デーニス国王杯を制した大事なドラゴンをこれから戦地に赴く自分が貸りるのは、ちょっと気が引けた。ところがロイは「下手に疎開させるよりもアンタに預かってもらった方が安全だ」と言ってくれたので遠慮なくディア・シデンでサイデリアに向かうことにした。そして女剣士はポスト王国へ戻ることになった。


 養竜場を出る時に身体のコントロールが戻ってきた。女剣士も同時に素の状態に戻ったらしい。すると彼女は開口一番「昨日はあなたにばかり喋らせてごめんね」と、昨夜のことを詫びた。正直、そこで謝られる方が辛い。昨夜の『自分語り』のことを思い出して自己嫌悪に陥ってしまった。

 別れ際に彼女はぽつりと呟いた。

「私なんて狭い世界でただ息をしてるだけの女だから」

 急にそんなことを言い出すので戸惑った。

「狭い世界?」 

「壁と高速道路に囲まれた小さな町。時の流れから忘れ去られたようなところ」

「何だそれ? ちょっと想像できないな」

「いいの。あなたにはまだ早いかもしれない」

「え? ますます意味不明……」

「サキ」

「え、何が?」

「名前よ。花が咲くの『咲』。それが私の名前。それを覚えててくれたら、きっと会えるわ」

「きっと会えるって……それは二人とも現実世界に戻れたらの話だろ?」

「それもそうね。うん。戻れたら、だよね」 

 そう言って彼女は笑った。

(なんて顔するんだよ……)

 その笑顔に思わず見とれてしまった。綺麗な笑顔としか言いようが無い。よく顔をクシャクシャにして笑うというのがあるが、彼女の場合、その美しい顔がちっとも崩れない。女剣士はどちらかというと、いかにも気の強そうな女というルックスだ。だが、その笑った顔はまるで別人のように愛らしい。

(ヤベ……マジかよ……)

 胸の奥が猛烈に収縮するような気がした。彼女に強く魅かれていることを自覚する。 

「じゃあ、またね」

 そう言って軽く手を振った彼女を見送りながら後悔した。

(もっとしつこく聞けばよかったな……)

 彼女のことをもっと知りたい。

 そんな欲求を抑えながらサイデリアへの旅路についた。


   *   *   * 


 サイデリアへは思いのほか早く到着した。

 さすがに現役バリバリのドラゴンはレベルが違う。女剣士のドラゴンも結構な飛行スピードだったが、ディア・シデンはさらにその数段上をいく。おかげで退屈することなくサイデリアに戻って来ることができた。だが、肝心のディノがどこにいるのかが分からない。

(参ったな……どこに行けば会えるんだろ?)

 国境を越えて大きな町の上空に差し掛かった。しかし、そこにディノ達がいる確率は極めて低い。かといってこの広大なサイデリア国内の町を片端から訪ねて回る訳にもいかない。

(マジでかったりぃ……てか、場所、教えとけよ!)

 途方に暮れるやら怒りを抑えきれないやらでモンモンとしていると背筋がピンと張った。

『さて……』

 そう呟いて身体は冷静に周囲を180度見回す。

『フン。あっちか』

 身体は手綱をしごいてディア・シデンの進路を変える。

〔え? なんで分かるんだよ?〕

 犬みたいに抜群に鼻が利くのだろうか? 或いは魔法か。まあ、ディノ達と合流しないと物語の進行上、都合が悪いことは確かだ。


 身体がドラゴンを操ってくれたおかげで楽に目的地に辿り着く。

〔この町にあいつらが居るんだな〕

 到着したのは海を臨む大きな町だった。町の中心には中世風の大きな城がある。それを中心に建物がびっしり並んでいるところをみると、どうやらこの町は城下町らしい。

〔ひょっとして首都なのかな?〕

 この国の地理など分かるはずもない。只、身体は迷うことなくこの町を選んだ。そして一直線にとある建物に向かった。


 建物の屋上にドラゴンで乗り付ける。そして身体はドラゴンを降りて屋上から建物の中に入っていく。

〔いいのかな? 勝手に入っちゃって〕

 こちらの心配などお構いなく身体はズンズンと歩を進める。階段を下り、廊下を渡り、そしてある部屋の前で立ち止まった。途中でパジャマ姿の怪我人や白衣の女性とすれ違ったから、おそらくここは病院なのだろう。

〔てことはあいつ、入院してる?〕

 何でディノが病院に居るのかが分からない。不思議に思っていると病室で誰かが口論するのが聞こえた。

「だからそうじゃねぇって!」

「違うよ! 彼等だって本当は戦争なんて望んでない」

「そんなの一部の人間だけだろ! いいか、ディノ。お前は甘すぎる。その考え方は『お子ちゃま』だ!」

「だったらクーリンは戦争を嫌がってる人々が苦しんでも何とも思わないのか?」

 そのやりとりに身体が割り込む。

『何を言い争っている?』

 その一言で二人が同時にこちらを振り返る。

「ダン! どうしてここが分かったんだい!?」と、ディノが目を丸くする。

『フン。お前達の居場所など水が教えてくれる……』

「はは、さすがというか、相変わらずだね」

『なぜこんなところでお前達が枕を並べているのかは知らんが、ジョイルスは待ってくれんぞ』

 それを聞いてクーリンが「はん! そんなこたあ分かってらい!」と、吐き捨てる。そして改めてディノの方に向き直って持論を展開する。

「だから! 何度も言ってるように戦争をするのに理由もヘチマも無いんだよ。例えどんな理由があったにせよ、先に突っかかってくる方が悪いんだ」

「そんな! でも彼等だってやむを得ない事情があるかもしれない。それを解決することの方が重要だと思う」

「出たよ。で、話し合いでもすんのか? ディノは甘すぎるんだよ! だいたい戦争を仕掛ける側の理由なんて屁理屈なんだよ。戦争をしたがる連中っていうのはな、白を黒と言いくるめてコトを起こすんだ」

 どうやら好戦的なクーリンに対してディノは反戦論を唱えているらしい。議論といっても元々仲の良い二人だからせいぜい言い争いといったレベルのものだが。

「まだやってるの?」

 背後で声がしたので身体が振り返ると水差しを持ったフィオナが病室に入ってくるところだった。

〔やったー! フィオナ来たー!〕 

 飛び上がって喜びたいのはヤマヤマだが、動けないのがもどかしい。無論、ガッツポーズも出来ない。こっちはこんなにテンションがマックスなのに身体との温度差が激しすぎる。

 フィオナを見てクーリンが大きな声を出す。

「おいフィオナ! 医者に掛け合ってきたか? 早く退院させろって」

 それに対してフィオナは困ったような顔で首を振る。

「まだ無理だと思う」

「は? ふざけんな! ちゃんと交渉して来いって言ったろ!」

「ご、ごめんなさい……」

 フィオナが萎縮しているところにディノが助け舟を出す。

「まあ、クーリンも冷静になりなよ。今は傷を治すのが先だって。焦ったところで軍の足でまといになっちゃ意味が無いだろ?」

 クーリンは包帯でグルグル巻きにされた右腕を振り上げて反論する。

「へん! 軍は俺を必要としているんだ。この程度の傷、て、痛てっ!」

 強がっていても自爆してりゃ世話は無い。

〔バッカじゃねぇの? ざまあみろ!〕

 こいつはもっと痛い目をみた方がいい。

 そう思っていたらクーリンが痛みを堪えながらまた怒鳴る。

「おいフィオナ! 水!」

「あ、はい」

 クーリンに命じられてフィオナが水を用意する。

〔なんだ? このハゲ!〕

 クーリンはハゲではないが、おでこがかなり広い。だからこいつのことは『ハゲ』と呼ぶことにした。

〔このハゲ、マジでむかつく!〕

 まるで自分の彼女にあれこれ命令するようなクーリンの態度に怒りが湧いてきた。フィオナもフィオナだ。こんな奴の言いなりだなんて……。

〔まさか……いや。違うよな? 本当に彼女とかじゃないよな!?〕

 フィオナが思いを寄せているのはディノのはずだ。デーニスで話した時、彼女は片想いだというようなことを言っていた。だからといってこの数日の間に鞍替えしたなんてことは無いはずだ。

〔クソッ! 何だ? このやりきれない気分は……〕

 好きな女の子が他の男に振り回されているところを見せ付けられて胸が痛む。

 そこで身体が話題を変える。

『ディノ。預かり物がある。お前宛てだ』 

 そう言って身体が女剣士から預かった小皿をポンと放り投げる。それをキャッチしたディノが『?』という顔をする。

『例の女剣士から預かった。敵の機密情報だ』

 それを聞いてディノが青ざめる。

「え? あの人が……」

 逆にクーリンは興奮する。

「ほ、本当かよ!? で、どういう情報なんだ?」

 このハゲに答えてやる義理は無いのだが身体はご丁寧に答えてやる。

『ジョイルス海軍の戦力や配置図だそうだ』

「ダン。どうして君がこれを? あの女剣士は何者なんだい?」

 ディノの台詞は少し意外だった。てっきりディノはあの女剣士と古くからの知り合いだと思っていたからだ。

『さあな。戦争ともなると色んな思惑が交錯するんだろう』

 ディノは敵の機密情報を手にしたというのに浮かない顔だ。それに比べてクーリンは能天気なものだ。目を輝かせながら拳を握り締める。

「よーし! よし! 早速、それをポルコ将軍のところに持っていこうぜ!」

 そんなクーリンを見てディノが悲しそうな顔をみせる。やはり彼は戦争に加担することに抵抗があるのだろう。

 一方のクーリンは鼻息が荒い。 

「おいディノ! 多分、将軍は軍艦島に常駐してるはずだぜ。ここからそう遠くはないし、すぐ行こうぜ!」

『軍艦島? 何だそれは』

「へ? 何だよ。知らねえのかよ。まあ、アンタはよそ者だからな」

 クーリンの馬鹿にしたような言い草にムッとしているとフィオナが代わりに説明してくれた。

「軍艦島っていうのは、この町の沖合にある小さな島のことよ。輝石の地下鉱山があるの」

 フィオナの説明にディノが付け加える。

「サイデリア随一の輝石の産地であり首都を守る要でもあるんだ。だから海軍の司令部が置いてあるんだよ」

『なるほど。そこが拠点となるわけだな。そういうことなら早速その島に向かうとするか』

 身体がそう言ったのでクーリンが喜ぶ。

「お! アンタ意外に話が分かるな!」

 クーリンはすっかりその気になっているがディノは煮え切らない。

「ボクはあまり賛成じゃないんだけど……」

「何言ってんだよ! お前が行かなくてどうする? 俺達も行くんだよ!」

『悩んでいる場合ではないだろう。お前にはその情報を伝える義務がある』

 身体にそう諭されてディノがようやく頷く。

「分かったよ。じゃあ司令部に行こう」

『決まりだな。よし。10分で支度しろ』

 そう言い残して身体は病室を出た。


 病室を出るとフィオナが追いかけてきた。

「待って!」

〔え?〕と、思って振り返る。と同時に身体のコントロールが戻ってきた。

(グッドタイミング!)

 こんなに早くフィオナと二人きりになれるなんて! しかも自分のターン! これは神に感謝しなければならない。神様なんて初詣の時ぐらいしか縁は無いけど。

 フィオナが心配そうな顔つきでこちらを見つめている。

(ヤバイ……ヤバすぎだろ、これ)

 胸いっぱいに熱いものがじんわりと広がっていく。フィオナに会ってしまうとダメだ。まるで電子レンジに特攻した『とろけるチーズ』みたいにトロけてしまう。

(可愛いすぎだろ。萌えすぎて死にそう……)

 何も言えずにぼんやりしているとフィオナが申し訳無さそうに言う。

「もう少し待って貰えない?  10分じゃ準備できないと思うから……」

「え? ああ、いいよ。そ、それぐらい」

 声が上ずってしまった。胸の内がバレてしまったんじゃないかと焦った。

 が、フィオナは特に気にすることなく言う。

「ごめんなさいね。二人ともあんな調子で」

「大丈夫。気にしてないから」

 そう返して無理に笑顔を作った。それを見てフィオナがようやく笑顔を見せる。

(これだ! これが見たかった……)

 満たされる、というのはこういうことなのだろう。幸せな気分を噛み締める。

 するとフィオナがやれやれといった風に呟く。

「まったく無茶なんだから……兄さんは」

「へ!?」

 一瞬、聞き違えかと思った。今しがた耳にした単語を反芻する。

〔ニイサン……兄さん……兄さんって誰が? まさかとは思うがあのハゲ? 嘘だろ?〕

 きょとんとしているとフィオナが大きな目をクリクリさせる。

「どうしたの? 私、何か変なこと言った?」

 変なことも何も……それはあまりに酷すぎる。愛しのフィオナの兄貴があの野蛮なハゲだと?

「ひょっとして君の兄さんていうのはあのクーリンのこと?」

 そう尋ねながら、頼むから違うと言ってくれと願った。

 しかし、そんな願いも虚しくフィオナは何の屈託も無い笑顔で頷く。

「そうよ」

 おいおいおい! これは誰を恨めばいいんだ? 神様か? 作者か? 

(何でそういうクソ設定にしやがるんだ! バカ作者め!)

 心が折れた。根元から……。

 しばらく言葉を失っていた。なんともいえない空気に耐えるには病院の廊下は静か過ぎた。

(けど……フィオナはフィオナだ。うん。そうだ。家族がどうとか関係ねえ!) 

 何とか前向きに自らのテンションを立ち直らせる。

「そうだ。待ってる間に散歩でもしようか」

 サラリとそんな事を言ってしまった。が、自分から女の子を誘うなんて大それたことをしでかしてしまったことに気付く。

(やっちまった。てか、ヤバい! 既にテンパってる!)

 墓穴を掘るとはこのことか。果たしてまともな会話が出来るのか? 一杯一杯なところを見られて呆れられるのではないか? 下手したらつまらない奴だと認定されてしまうのではないか? などなど次々と不安が過ぎった。

「そうね。じゃ、天気も良いことだし、屋上に行きましょ」

 思いのほかフィオナの反応が良くてほっとした。

 二人並んで廊下を歩き、屋上への階段を上る。屋上に出るとディア・シデンが大人しく待っているのが目に入った。取りあえずベンチがあったので先に腰掛ける。そこへフィオナが並んで座る。たったそれだけのことなのにやけに嬉しくなる。

(隣に来て座ってくれるんだ……)

 女の子と接する機会が皆無の自分にとって、彼女の何気ない行動は新鮮な感動を与えてくれた。我ながら情けないと思うけど……。

 何から話そうと考えて困った。こういう場合、何を話題にすれば良いんだろ? けど、ここは肩肘張らずに頭に浮かんだことを話した方がいいだろうと思い直した。

「ところでさ。あいつら、何であんな大ケガしてるんだ?」

 その質問にフィオナは軽く答える。

「チグソーと戦った時にやられたの」

「え!? チグソーって四天王の?」

「ええ。海を渡ってる時に先回りされてたの」

「で、戦ってどうなった? まさか倒したとか?」

「うん。三人がかりで何とか……」

 思わずマジかよと口にしてしまいそうになった。危うくフィオナを水浸しにしてしまうところだ。

(よく倒せたな。ていうか、とんだ肩透かしじゃん!)

 せっかく兄貴から譲ってもらった輝石で凄いパワーを手に入れたというのに、自分と関係ないところで話が進んでしまった。でもそれは仕方が無い。この物語の主人公はディノなのだ。骨骨野郎のソヤローは成り行きで自分が倒してしまったが、流石に脇役の自分が四天王をバッサバッサと倒していくわけにはいかないのだろう。

「どうやって倒したんだい? あいつ、確かデーニスに現れた時は変な能力を使ってたよね?」

「ええ。物質を消す能力を持ってたわ」

 そこでフィオナがチグソーとの戦いについて話してくれた。

『悪夢のマジシャン』こと四天王のチグソーは手をかざしただけで何でも消してしまう為、ディノ達の攻撃はことごとくかき消されてしまったという。ディノの光の弓は跡形も無く消え去り、クーリンの爆発系攻撃もことごとく消失、それどころかディノが斬りつけようとした剣の半分まで消されてしまった。一方、チグソーの攻撃は飛び道具を投げつけてくるという地味なものだった。しかし、問題は手から出す黒い玉で、それは超小型のブラックホールみたいに周りのものを吸い寄せては内部に取り込んでしまうという極悪なものだった。とはいえ、その生存時間は短くて、約80秒で黒い球は消滅することが分かったという。

「ディノと兄さんが戦ってる間、私に出来ることは観察することだけだったの」

 さらにフィオナはあることに気付いた。それはチグソーが決して背中を見せないことだった。確かにチグソーの前面防御は完璧で、どんなにディノ達が激しい攻撃を浴びせようともダメージを与える前に奴の作るブラックホールに吸収されてしまった。が、チグソーはブラックホールを作る時に必ず手の平をその方向へ向ける。ということは背後を取れば良いのではないかと考え、フィオナはクーリンに伝えたというのだ。

「それで兄さんが急に『熊っ子つつき』だなって言い出したの」

「なんだそりゃ? 聞いたことないな」

「子供の遊びよ。この辺りでは有名な遊び。でも急にそんなこと言い出すから驚いたんだけど、その後の兄さんの攻撃を見て、ようやくその意味が分かったの」

 フィオナの説明ではどうやらそれは『缶蹴り』と『かくれんぼ』を混ぜたような遊びで、要は幼なじみだった彼等がその遊びの時に使っていた作戦で敵の虚を突いたということなのだ。で、結果としてそれに引っ掛かったチグソーの腕を隠れていたディノが剣で切り落としたところで勝敗は決した。

〔チグソー弱え……てか、間抜けすぎだろ〕

 話を聞いてると、それはショボイ戦いだったように思える。まあ、実際の誌面ではもう少し迫力ある表現にはなっているのだろうが……。

〔これで四天王のうちの半分は倒したことになるのか。どういう形でもストーリーはそれなりに進んでるんだな〕

 そんな事を考えながらフィオナが話している間、ずっとその横顔を見ていた。

「かわいい……」

 感じたままをつい口にしてしまった。自分のターンであることをすっかり忘れていた!

「え?」と、フィオナがこちらに視線を向ける。

 その戸惑ったような顔もいい。ごめんと言いそうになるのを我慢する。フィオナの眼差しというプレッシャー! でもここで負けてはいけない。視線を逸らしてはならない!

(逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ……) 

「今なんて?」と、答えを求めるフィオナの困惑したような顔。

「君は可愛い」

 今度は意識してそう言った。

「なんで急にそんなこと……」

 フィオナは頬を赤らめて困惑したような素振りをみせる。

「本当にそう思ってる。前からずっと」

 調子に乗ってフィオナの手の甲に自分の手の平を重ねる。

 ぴくんと反応する彼女にさらに萌える。

「だめ……」と、身をよじるフィオナの手を離すわけにはいかない。

「フィオナ。君のことが好きだ」

「ダン……」

 彼女の目は潤んでいる。

(チャンス! ひょっとしたら、いけるんじゃね!?)

 ここでぐっと抱き寄せればキスできるかも!?  ここはもう最後までやりきるしかない! 

「フィオナ……」

 彼女の名を呼びながら抱きしめる。

(や、や、や、柔らけえ……うあああああ!)

 それだけでハートが溶けてしまいそうになる。至福の時間。もうこのまま逝っても我が人生に一片の悔い無し!

「よ! 待たせたな!」

 その言葉に幸福感はかき消されてしまった。

 振り返ると出発の準備を終えたクーリンとディノが立っていた。慌てて身体を引き離すフィオナ。自分達が抱き合っていたところを見ていなかったのかディノは無反応だった。

 一方、邪魔者のクーリンは能天気に言う。

「よっしゃ! さっそく行こうか。いざ、軍艦島へ!」

 ノリノリのクーリンを見て殺意が湧いた。

(このハゲ……やっぱりこいつだけは許せねえ……)

 それぞれの思いを抱いて次なる目的地『軍艦島』に向かう。

 ジョイルスとサイデリアの開戦まで、残された時間は少ない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る