第24話 特攻あるのみ!?

 会議を終えて出航を待つ間に考えた。やっぱりポルコ将軍の作戦は無茶苦茶だ。

 そもそも『ギガント砲』には欠陥がありすぎる。なぜなら敵の位置を把握して司令部に伝達するまでに3分、砲撃の方向と角度を計算するのに5分、砲台を動かすのに平均して15分かかるというのだ。おまけに弾を飛ばして着弾するまでが80秒前後。どう考えても命中は望めない。戦闘中の敵が30分ほど一休みしてくれるというのなら話は別だが……。それに対して将軍は「精度が低い分を圧倒的な攻撃範囲で補うのであーる」と胸を張っていたが、それだって考えようによっては大きな弱点だ。ムチカ大佐が言っていた爆発範囲の約30メルモがどれぐらいのものか知りたかったので身体の自由が利くようになってからディノに尋ねてみたが『1メルモ』は大体20メートル位だという。ということは半径600メートルにわたって着弾地点が吹き飛ぶという計算になる。なので、予めどの辺に着弾するかを知っておかないと誤爆で味方が大打撃なんてことも十分に有り得る。だから例の『円盤』で砲弾の軌道修正をするというのだが、よくよく聞けば円盤で誘導できるのはせいぜい『5メルモ』程度、つまり100メートルぐらいでしかないのだ。

 頭の中で簡単にシミュレートしてみる。

 まず、敵の攻撃をかいくぐりながら敵の位置を司令部に知らせる。次に着弾予定地点から敵が離れすぎないように注意しつつ、円盤を放り込むベストな場所を定める。その為にはギリギリまで敵を引き付けて、最低でも20分間は敵のど真ん中で立ち回る必要がある。ただし敵が大きく動いたらアウト。逃げ遅れても爆発に巻き込まれる。

(どう考えても無理ゲーじゃね?)

 まるでクリア不可能なゲームに挑むような心境だ。そもそもこの作戦は円盤をセットする人間が生きて帰ることをハナから想定していないような気がする。

(それって……軍用犬の特攻みたいだな)

 小学生の頃に見た本の挿絵を思い出して憂鬱になった。図書館の目立たない本棚のそのまた片隅に背表紙がボロボロになった本の墓場があって、その一角で何気なしに手にとった本に対戦車用の地雷を背負わされた軍用犬がまさに特攻しようとしている挿絵があったのだ。犬の種類は確かシェパードだったと思う。それがやけに印象に残っていて「酷いことをするなぁ……」とえらく気が滅入ったのを覚えている。

(まったく損な役回りだよな。なんでこんなこと引き受けちゃったんだろ?)

 そんなことを考えながら船の甲板から夜の海を眺める。

 黒く静まり返った海は町の明かりを表面に映しながらそれを星の瞬きのように揺らせている。波の音は海風に運ばれて闇に溶けていく。遥か遠くで光の集合体がサイデリア首都の輪郭を浮き立たせていた。

「ダン……」

 名前を呼ばれて振り返るとディノが立っていた。

(なんだ。フィオナじゃないのか)

 少々ガッカリしながらディノの顔を見る。

 ディノは申し訳無さそうな表情で言う。

「何て言えばいいのか分からないけど……君をこんなことに巻き込んでしまってゴメン」

 まったくだ。だいたい、こいつが手を貸せなんて言うからだ。とはいえ、この漫画の主人公であるディノにはどのみち逆らえない。それにこいつは主人公のクセに妙に内気すぎるように思える。

(普通、少年漫画でこういう性格はウケないんじゃないか?)

 でもディノのしょぼくれた様子を見ているとあまりキツイ言葉は口に出来ない。

「気にすんな。まあ、やってみるさ。死なない程度に」

 今のはこのキャラの台詞ではない。自然に出てしまったものだ。素の状態でそんなことを言ってしまった自分自身にちょっと驚いた。そんな台詞を吐くつもりなんてなかったのだ。

(どうしちゃったんだろ?)

 凄く違和感を覚えた。いつの間にかストーリーを受け入れている自分に気付いてしまった。それはこの世界に馴染んでしまったという証拠なのか? 或いはこのダンというキャラの考えに感化されつつあるのか? 

(まずいな。このままだと自分の意思が無くなってしまうかも……)

 同化という言葉が過ぎった。

 その時、『ズフォー! ズフォー!』というカバが鼻を噛むような音が響いた。どうやらそれは出航だか出撃だかの合図らしい。

 ディノが眉間にシワを寄せる。

「いよいよだね。多分、明け方には味方と合流するんだろうね」

 恐らく今から軍艦島を出て味方の艦隊と合流する予定なのだろう。どうりで船の数が少ないと思った。

「そうか。じゃあ決戦は明日の朝だな」

「うん。少し眠った方がいいよ。ムチカ大佐が部屋を用意してくれてるよ」

 これから戦地に赴くという実感は無かった。だが、出港準備で慌ただしくなった周りの様子を見てちょっとだけ気合が入ってきた。


   *   *   *


 船内の仮眠室は狭くて妙な匂いが充満していたが幾らかは眠れた。

 明け方に目が覚めて再び甲板に出てみると船は既に出航していて周りは海しか見えない。進行方向には味方の艦隊が待機している。その数ざっと30隻。結構な戦力だ。

(あれに合流するワケか……)

 味方の戦艦はどれも日露戦争の頃に活躍していたような古い型だった。『ズングリムックリ』のフォルムに大きな煙突が艦の真ん中に陣取っている。そのくせ必要以上に大砲が山積みで見るからにバランスが悪い。

 しばらくして艦長からお呼びがかかった。どうやら作戦タイムらしい。ここでいつもの背筋ピーンが来る。つまり、誌面に載るようなイベントが発生するということだ。

 船員の案内で艦長室に出向くとディノにクーリン、そしてムチカ大佐が待っていた。その隣に居るタヌキみたいなオッサンが恐らくこの船の艦長だろう。オッサンの胸に連なるバッジの数を見ればすぐ分かる。軍人という類いの人間は皆、コレクションの数を誇示したがるものらしい。レアカードの持ち数を自慢しあうのと同じだ。

 艦長の代わりにムチカ大佐がこの場を仕切る。

「諸君! いよいよ決戦の時だ! そこで集まってもらったのは他でもない。この作戦の最終確認を行う為だ」

 ポルコ将軍は軍艦島の司令部で指揮を執っているので現場ではこのムチカ大佐が責任者ということなのだろう。

 部屋の真ん中には丸テーブルに大きな海図が広げられていた。そこに消しゴムぐらいの大きさの船の模型がL字型に並んでいる。色は青で数は30個ほど。

 ムチカ大佐はそれを指さしながら胸を張る。

「これを見よ! 作戦は完璧だ! まずはこのように縦長に配置した我が艦隊で敵の船団を囲い込む!」

 そう言って大佐はL字型に配された模型群を指でなぞった。つまりそれが我々の陣形なのだろう。次に大佐は赤い模型群、これらも船を模したものなのだが、それを指先で突きながら笑みを浮かべる。L字型の右肩の部分に並べられた赤い模型は組み体操のピラミッドみたいに配置されている。ちょうどL字の角の部分に向かって赤い三角形の頂点が突っ込んでいくような形になっている。

 大佐が続ける。

「そして、ありったけの砲弾をぶち込みながら敵の陣形を窮屈にさせる」

 そう言いながら大佐は将棋の駒をかき集めるみたいに両手で赤い模型を真ん中に寄せる。綺麗に並んでいた赤が一塊になったところで大佐は拳を振り上げる。

「そうやって敵を密集させたところに……ギガント砲でドカン!」

 その「ドカン!」のタイミングで大佐はゲンコツを赤の中心に叩きつける。当然、赤の模型は激しく飛び散る。

「これで敵を殲滅するのだ!」

 そう言ったムチカ大佐は明らかに興奮している。

〔そんなに上手くいくものかなぁ?〕

 そう思っていると身体が勝手に喋りだした。

『大砲を撃ち込むのはいいが、敵も撃ち返してくるだろう?』

 身体がそう指摘するとムチカ大佐がニヤリと笑う。

「我が軍の攻撃力を甘く見てもらっては困る。こちらは風の魔法弾なのだよ。飛距離がまるで違う! 我々は敵の射程圏外から魔法弾を一方的にお見舞いしてやるのだ」

 魔法弾というのがよく分からないが、おそらく風の魔法を施すと砲弾の飛距離が飛躍的に伸びるのだろう。

 大佐の説明に身体が頷く。

『なるほど。だが敵も黙ってはいないだろう。恐らくドラゴンで反撃してくるに違いない』

 それを聞いて大佐はやれやれといった風に首を振った。

「ドラゴン隊の爆撃かね? そんなものは想定内だ。我が艦隊の戦艦には対空砲が山ほど積んである。ドラゴン隊が接近しようものならそれこそ思う壺だ!」

『空からの攻撃を甘く見ないほうがいい』

 そんな身体の忠告など大佐には届かない。

「問題ない! 幾らドラゴン隊が攻めて来ようとも奴らの母艦であるドラゴン空母はすべて海の藻屑だ! 空母を失ったドラゴン隊など射的の的に過ぎん!」

 自信満々の大佐には何を言っても無駄なようだ。なんともいえない空気が流れた。なんだか大佐だけがやたら興奮していて、聞いている我々はポカーンとしている感じだ。

 ムチカ大佐はコホンと咳払いしてクーリンの方に向き直った。

「宜しく頼むぞ! クーリン君!」

 大佐にそう言われてクーリンが反応する。

「ハッ! お任せください大佐! 必ずやこの任務を成功させてみせます!」

 背筋を伸ばして敬礼するクーリンを見て呆気にとられた。

〔は? なんでこいつ?〕

 身体も同じ感想なようですぐさま不満を口にする。

『なぜこいつが俺に同行する?』

 するとムチカ大佐が澄まし顔で言う。

「勿論、君をサポートする為だ。クーリン君には敵の位置を把握、伝達の役目を担ってもらう。だから君は自分の任務に専念してくれたまえ」

 自分の任務というのは命がけで例の円盤を放り込む役目のことか……。 

『フン。足手まといになるなよ』

 身体はどうにも気に入らないようでそっぽを向く。

 それに対してクーリンがむきになる。

「なんだよ! わざわざ俺が同乗してやるってのに! そっちこそビビッて失敗すんなよ!」

 そこでディノが「まあまあ二人とも……」と間に入る。

「ダン。クーリンは閃光の魔法が得意だし爆煙も使えるんだよ。敵をかく乱できるから立ち回るにはきっと役に立つと思う」

『まあ、あまり期待はしないでおこう』

 魔法が使えるだけ同じ連れて行くのでもミーユよりはマシといったところか。

 その時「来たぞー!」と、誰かが叫んだ。艦内にサイレンが響き「戦闘配置につけ!」の号令がかかる。艦長室を飛び出すと船員達が慌しく動き回っている姿が目に飛び込んできた。

『おいでなすったか……』

 身体はそう呟くと円盤を抱えてゆっくりディア・シデンの元に向かった。


   *   *   *


 ディア・シデンに乗って艦から飛び立ち、低空で待機する。

 ふと前方を見るといつの間にか陣形が出来上がっていた。船首の方向、つまり進行方向には一直線に船が等間隔で並んでいる。その距離約300メートルぐらいか。こうして上からみると随分接近しているように見える。それが15隻ほど連なっているのだから先頭は5キロ近く先にいることになる。一方、船尾の方向には前方の一列とは垂直になるような具合で後続が同じく列を成している。

〔ホントにL字型になってやんの……〕

 恐らくムチカ大佐が乗り込むこの艦が旗艦なのだろう。この艦がL字型の角の部分にきて、それを挟むような形で艦隊が直角に並ぶ。朝日を浴びた海面は白っぽく、一直線に並ぶ艦は黒い粒のようにも見える。

 二人乗りのディア・シデンには前が自分で、その後ろにはクーリンが乗っている。クーリンはソワソワしっぱなしで正直ウザい。

 しばらくしてクーリンが「お!? おおっ!」と、騒ぎ出す。

 クーリンは双眼鏡を覗き込みながら興奮している。

「おいおいおい! 見ろよ!」

 クーリンはそう言って双眼鏡を押し付けてくる。止む無く身体がそれを受け取り、クーリンの指差す方向を見る。

『あれがそうか……』

 一見すると小さな島のように見える黒い物体、それが密集して地平線を漂っている。こちらに向かってきているようだがその速度までは把握できない。

 クーリンが拳を握り締める。

「よっし! 燃えてきたぜい!」

 しかし、なかなか戦闘は始まらない。敵との距離はジリジリとしか縮まらない。海戦というのはもっと激しいものだと勝手にイメージしていたが、思ったよりも時間がゆったりと流れるように感じた。

 しばらくして『ドン!』という音が左方向で発生した。

〔お? やっと撃ったのか!〕

 最初の『ドン!』を合図に次々に味方艦の砲撃が始まった。打ち上げ花火のような音が左右から響く。ただ、砲弾が炸裂する音がほとんど聞こえてこないので何だか空砲を撃っているみたいだ。まるで手応えが無い、というか打ちっ放しだ。

『まだ撃つのが早いんじゃないか? まるで届いていないぞ』

「いいんだよ。これで。まずは牽制だ」

『モタモタしてるとドラゴン隊が飛んでくるぞ』

「へん! まだだよ。奴ら、まさかこの距離から撃ってくるとは思っていなかっただろうからな。今頃、慌ててドラゴンの準備をしてるんだろうよ」

 しかし、クーリンの読みは甘かった。敵艦隊の存在が目視できる頃には敵に動きがあったのだ。

 クーリンが双眼鏡を覗き込みながら呻いた。

「嘘だろ!? 思ったよか早い!」

『貸してみろ』

 クーリンから双眼鏡を取り上げて敵の動きを見る。

『やはりそうきたか……』 

 敵艦隊の上空に黒い雲のような物体が発生している。虫の大群、というかコウモリの大量発生といった具合に黒っぽい物体が敵艦隊を覆っている。

〔すげえ……あれ全部がドラゴンかよ!?〕

 ざっと見ただけで数百。少なくとも2学年分の人数はいる。例えば、1年生と2年生が一斉に運動場に飛び出したらあんな感じになるだろう。

「やべえ! 俺らも早く出なきゃ!」

『分かっている!』

 そう言って身体はディア・シデンの手綱をしごく。

〔やっぱ『ぼっち』で突撃すんのかよ!?〕

 結局、心の準備が出来ぬまま、単独で敵に突っ込んでいくハメになってしまった。


   *   *   *


 敵艦隊に近づくにつれて味方の砲撃が激しくなる。それに負けじと前方からは敵砲弾の洗礼が浴びせられる。前方で水柱が上がる。それも一発、二発の話ではない。下から突き上げるような形で海面から水柱が次々と現れる。どっちが放った砲弾かは分からない。爆音と水が噴出する音でごった返す中、風を切って飛ぶ。ドラゴン・フライに比べれば水柱を避けるスペースに余裕があるが、一発あたりの破壊力は比較にならない。当たったらまず助からない。

 クーリンが叫ぶ。

「後ろは任せろ! 同士討ちは勘弁だからな」

『心配するな。まず当たることは無い。それより前方のドラゴン隊だ!』

 身体の言うように前方からはドラゴンが数十頭、こちらに向かってくる。

〔いきなり発見されてるじゃんか! で、結局、空中戦かよ!〕

 身体は背中の剣を抜いて片手で構えた。右手は手綱を離せない。それでも最初に接触した4頭は剣を左右に振るだけで軽く捌けた。ドラゴンに乗っている兵士を叩き落せば取りあえず敵の戦闘能力を奪うことは出来る。

「う、後ろキターッ!」

 クーリンの悲鳴で気付いた。前から来たのはフェイクだったのかもしれない。どういう動きをしたのかは知らないがあっさり囲まれてしまった。

〔ちょっ! 片手でこれ全部、相手にすんのか!?〕

 そこでクーリンが呪文を唱えた。

「タイメイケーン!」

 それと同時に閃光が炸裂した。予告なしに強烈な光を目の当たりにしてしまったので頭がクラクラする。が、視力が戻った時には周りのドラゴンが殺虫剤のCMみたいに墜落していくところだった。

 身体が目を瞬かせて言う。

『そういう技を使うなら先に言え。次やったら叩き落すぞ』

 同感だ! ここにきて自分の思っていることと身体の台詞が上手くかみ合ってきた。が、安心したのも束の間、すぐさま攻撃の第二波が迫ってくる。と、その時、クーリンが素っ頓狂な声をあげる。

「な!? 話が違うじゃんか!」

『どうした?』

「マズいぜ! もう発射準備に入ったってよ!」

『何? お前、敵の位置をもう伝達したのか?』

「違ぇよ! たぶん、待ちきれなくなって予定を早めたんだと思う。今から1248秒後に着弾するって連絡があった」

『着弾地点は?』

「P234のNN50だ。この位置からだと……右斜め前、ちょうどあの赤い煙突のあたりだ!」

 赤い煙突の戦艦は敵陣形の真ん中辺りにいる。円盤を放り込むにはここからではまだ遠い。なんとかあの中に入らなくてはならない。

 砲弾の撃ち合いはさらに激しさを増してきた。足を止めてノーガードの打ち合い、というかボクシングでバトルロイヤルをやっているみたいだ。敵艦の一部には黒煙と炎が上がっているが、どれだけダメージを与えているかなんて分からない。砲撃で出た煙と爆発による煙が混在して辺りはモウモウとしている。視界は悪くなる一方で、爆音は止むことが無い。しかも周りが敵だらけなので四方八方から突っかけられる。敵ドラゴンに見つかる度に、それをいなすもののキリがない。ならば魔法の大技で一掃すれば良いとも思うがあまりに忙しすぎる。次々に寄って来るドラゴンだけでなく対空砲火も避けなくてはならない。おまけに味方も所かまわず砲撃してくるのだ。まるで漫画とゲームとテレビと食事を同時に楽しめといわれているようなものだ。

 クーリンが叫ぶ。

「着弾まであと640秒!」

 あっという間に時間が経ってしまった。

〔え? さっきは1200って……マズいな〕

 敵の真ん中に円盤を放り込むどころか近付くことさえ出来ない。そこで冷静に考えた。

〔だったら水の魔法で円盤を運べばいいんじゃないか?〕

 良いアイデアだと自分でも感心した。

『兄上の魔法を借りるか……いや、この状況では撃墜されてしまう』

 身体も同じことを考えていたようだ。が、それも難しいようだ。ならば突っ込むしかない!

『クッ!』と、身体が呻いて手綱を引く。その拍子に急ブレーキがかかる。と同時に目の前をバリバリバリと対空砲火が通り過ぎていく。下を見るといつの間にか駆逐艦が接近していてこちらを狙っている。 

 対空砲火の直線的な弾幕を避けながら敵の死角に回り込む。その途中で身体が攻撃魔法を放つが砲台を破壊するまでには至らない。もしかしたら水の魔法は機械にはイマイチ効かないのかもしれない。それに相手は艦船だ。魔法で戦うには大きすぎる。

 クーリンがうろたえる。

「ヤバイよ! 残り250を切ったぞ! どうすんだよ!」

『慌てるな』

 身体は冷静に敵艦の位置を把握しながら一点突破できるスペースを探る。そして狙いを定め、ディア・シデンの手綱をしごいた。それを合図にディア・シデンが一気に加速する。

『行くぞ!』

 超低空飛行で海面スレスレを飛ぶ。敵の対空砲は水平より下には撃ってこれないので死角にもなる。しかもディア・シデンの凄まじい加速力は的を絞らせない。

『このまま突っ切るぞ! 円盤の用意をしろ!』

「そそ、そんなこと急に! て、畜生! これどうすんだよ!」

『あの空母を狙え! 赤い旗が立っている奴だ』

「どどどれ!? あれか?」

『すれ違いザマに円盤を甲板に放り投げろ!』

「そ、そんな無茶な!」

 そうこう言っている間にも砲撃の隙間を縫って目標物に接近、赤旗の空母は目の前だ。

『今だ! 投げろ!』

「うあぁぁ! えいっ!」  

 クーリンが放った円盤が空母の甲板で跳ねるのが見えた。うまい具合に乗っかった!

 そこでクーリンがガッツポーズ。

「よっしゃ! 任務成功! けど残り170だぜ」

『全速で離脱するぞ!』

 身体がディア・シデンの首をグイグイと押す。と同時に爆発的な加速力が発生する。

〔こ、これは……ドラゴン・フライの時の!〕

 そうだ。『雷身』と呼ばれたディア・シデンの超加速だ!

 クーリンが背中にしがみついてくる。

「アワワワ……し、死ぬるぅ!」

 着弾まで約150秒。空気抵抗が暴風となってドラゴンの背中から身体を引き剥がそうとする。流石の身体も必死でしがみつく。が、前方の敵艦があっという間に迫ってくる。

〔ぶ、ぶつかる!?〕

『せいっ!』と、身体が手綱をさばいて急上昇! 間一髪のところで上に回避。

 残り100、80、60……敵艦隊の領域は抜け出した。残り一分でどこまで離れられるかが勝負!

 ところが次第にディア・シデンの加速に陰りがみえてきた。この速さを保つには無理があるのかもしれない。

 残り30……20……

〔無理! 絶対間に合わねぇ!〕

 残り10! 身体が振り返って手を伸ばす。

『グ・ネマジカフ!』

〔聞いたことない呪文!?〕

 そう思った瞬間、背後の海面が盛り上がったように見えた。と同時に下から突き上げてきた水で視界が塞がれる。

〔水の壁? てかデカイ!〕

 そこでピカッと何かが光った。カメラのフラッシュをガン見したみたいに火花が瞼に押し入ってくる。で、目の前が真っ白になった。続いて『ズガーン!』と、腹に響く音が聞こえ、やや間を置いて突風か何かで突然、吹っ飛ばされた。錐もみ状態で宙を転がるようにもっていかれる。水の壁は消し飛ばされてしまったらしい。

『グッ!』と、身体が手綱をコントロールしてなんとか墜落は免れた。

 ようやく安定したところでクーリンが胸をなでおろす。

「危なかったぜ! 凄い衝撃波だ」

 振り返ると巨大な火柱、そしてその上空には巨大なきのこ雲!

〔まるっきり核爆発じゃんか!〕

 見上げるような位置でまさかこれを見ることになるとは……。

 身体が首を捻る。

『妙だな……』

 クーリンは背中をバシバシ叩いてくる。

「なんだよ! 大成功じゃねぇか! もっと喜べよ」

『いや……爆発の位置が随分ズレてる』

「は? 何言ってんだ? だって……」と、言いかけてクーリンも何かに気付いたらしい。クーリンは急に真剣な顔になって尋ねる。

「俺達、確かに真っ直ぐ飛んできたよな?」

『ああ。進路からいって敵艦の中心はあの辺りだ。そこからはだいぶん右にズレている』

 そう言って身体が指差した方向は酷く煙っていて海上の状態は分からなかったが、確かにきのこ雲の位置とはかけ離れている。 

 クーリンがうな垂れる。

「まさか砲撃の座標が間違ってたのか? それとも誤差が円盤で誘導できる範囲を超えていたとか?」

『分からん……』

「ちょっと待て……ん!? まだ砲撃が止んでないぞ!」

 ドン、ドンと定期的に発生する音は恐らく戦艦の大砲なのだろう。ということは戦闘は止んでいない。

『大きく外れた分だけ敵に与えたダメージはさほどでもなかったわけか』

「畜生! あんなに苦労したのに!」

『お偉いさんが考えた作戦などその程度のものだ。さて、この後どうするつもりなんだろうな。ハッキリ言って分が悪いぞ』

「な!? そんなことねぇって! サイデリア海軍をなめんな!」

 すると身体が『待て!』と、クーリンの言葉を制した。『何か来る!』

 右、左と視線を送る。すると我々がすり抜けてきた艦隊方面から紫のドラゴンが一頭、猛スピードで向かってくるのが目に入った。

『敵か!? ここまで追ってくるとはな』

 身体がやれやれといった風に首を振る。そして背中の剣に手を伸ばした時だった。

『消えた……だと?』と、身体が呻いた。

 確かに突然、視界から消えたように見えた。

〔あれ? 追っ手じゃないのか?〕

 不思議に思っていると背後で誰かの声がした。

「ほほう。お前らか」

 驚いて振り返る。

『な!? いつの間に?』

 見ると紫のドラゴンに乗った二人組の姿が目の前にあった。

「たった2人でかき回してたということか。なるほどな」

 そう言ったのは紫ドラゴンの背に立った大柄な男……見るからに古臭い鎧をまとっている。まるでローマ帝国の戦士みたいだ。薄い紫の短髪は逆立ち、ティラノサウルスみたいに目つきが悪い。

 そこでクーリンが喧嘩を売る。

「な、なんだテメェは! やんのか? おう!」

 しかし大柄な男はそれを無視して顎をしゃくる。

「ほう。見たところ結構な水使いのようだな。ソヤローをやったのはお前だな?」

『だったらどうする?』

「フン。奴は四天王の中でも最弱! ソヤローと同程度では相手にならんな」

 その言い草からすると恐らくこの男も……四天王!

 身体よりも先にクーリンが尋ねる。

「そういうお前も四天王なのか!?」

 すると大柄な男がニヤリと笑った。

「いかにも。四天王の長、リーベンだ。最も四天王と呼ばれるのは心外だがな。ソヤローやチグソーなどと同じレベルだと思われては困る」

〔マジかよ。ここで四天王とか……〕

 ギガント砲の不発で形勢は不利。その上、四天王が敵方についているとなると相当、厄介なことになりそうだ。

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