第37話 ポスト王国への帰還

 水ドラゴンに乗って地中湖ゾーンを脱出、そして来た道を辿る。何事も無く通路を抜けて入口まで戻り、待っていた女剣士達と合流した。

 自分の姿を見て女剣士が目を丸くする。

「よく無事だったわね! で、リーベンは倒したの?」

 水ドラゴンの背中から降りながら答える。

「ん。まあ、一応」

「凄いわ! よく一人で倒したわね!」

「正直、メチャメチャ苦戦したけど」

 それを聞いてディノも笑顔をみせる。

「さすがだよ。ダンは! 本当に頼りになるなあ。ボク達じゃ全然相手にならなかったのに」

 そこに包帯を巻いたクーリンが口を挟む。

「チェッ! いいとこ持っていきやがって! 認めたくはないけど、やるなアンタ!」

 フィオナは何もコメントしなかったが尊敬の眼差しを向けてくる。

(うおっ、尊敬されてる! へへ……)

 しかし、こんなノホホンとした雰囲気でいいのか? なんか忘れてないか?

 そこで素朴な疑問を口にしてみる。

「そういやあのガキはどうした?」

 その一言で微妙な空気が流れる。ディノとクーリンが気まずそうに顔を見合わせる。フィオナはうつむき、女剣士は軽くため息をつく。その様子ではコターレを取り逃がしてしまったようだ。

 最初にディノが謝る。

「ごめん。結局、追いつけなかったんだ」

 女剣士も首を振る。

「猛スピードで追いかけたんだけど、次から次に先に行かれちゃったのよ」

「俺らも必死で追ったんだぜ! けど、あいつコロコロ場所を変えやがって! 消えるのなんのって!」と、クーリンまで言い訳する。

 あの少年の能力はAという地点とBという地点を空間ごと入れ替えるものだ。つまり、自分のいる地点と進行方向のずっと先の空間を入れ替えてしまえば一瞬で距離を稼げる。それを小まめに繰り返すことで先へ先へとワープしていくことが可能なのだ。

「空間チェンジの能力か……そりゃ無理だわな」

 ただ、コターレに逃げられるのは想定内だが、敵の目的がイマイチ分からない。確か奴は壷だか花瓶の親玉みたいなものを大事そうに運ぼうとしていた。

「ところでアイツが持ってた壷みたいなのは何?」 

 その質問にはディノが答えた。

「胴体……あの壷の中には闇帝の胴体が封印されているんだ」

「は? 胴体!? キモッ!」と、思わず声が上ずってしまった。

 そこで女剣士が補足する。

「そうなのよ。500年前に闇帝を倒した時に封印したの。体をバラバラにしてね」

「グロいなぁ……ホントにそんなことしたのかよ?」

「ええ。闇帝の力はそれだけ強大だったってことよ。ポスト王国を中心とした連合軍が束になっても中々倒せなかったらしいわ。それで、やっと倒すことはできたんだけど、闇帝の魔力を恐れて両手足、頭を切り落として色んな所に封印することにしたのよ」

 ディノが大きく頷く。

「ボクもその話をさっき初めて聞いたんだ。どうやらサイデリアにも封印されたパーツがあるらしいって」

「そうなのよ。当時の国々が手分けして闇帝のパーツを秘かに保管してたの。で、この王家の洞窟には胴体が封印されていたのよ」

 女剣士の話を聞く限り闇帝というのは大昔に世界を敵に回して暴れまわった奴で、いったんは倒されたものの今まさに復活しようとしていることになるらしい。そして復活の為に世界中に散らばった体のパーツを集めているようだが…。

「それで、あと何と何が揃ったら復活するんだ?」

 その質問に女剣士が首を振る。

「分からない。今のところグスト連邦にあるのは頭部だって言われてるわ」

「え!? 頭!? あれ? 四天王は闇帝の手先なんじゃ?」

「闇帝はまだ完全体ではないわ。恐らく今は他の肉体を間借りした状態だと思う。それでもあの四天王を支配下に置いてるぐらいだから……」

「完全体になったらどんだけ強えぇんだよ!」

 やれやれ。考えただけで鬱になりそうだ。

 嫌な空気の中で女剣士が言う。

「で、話し合ったんだけどね。皆でポスト王国に行くことにしたの」

「え? 胴体、取り返さなくていいのかよ? だって世界がピンチなんだろ」

 女剣士が言いにくそうに答える。

「それは、その……分かるでしょ!」

「ああ、そういうことか」

 理解した。これはそういうストーリーなのだ。なら仕方ない。

 女剣士の説明を聞いている間にディノ達はそれぞれ待機させていた自分のドラゴンに乗り込み出発の準備を終えたようだ。 

 ディノが珍しくやる気があるところを見せる。

「こうなったら、ゆっくりしてられないよ! 早くポスト王国に行こう!」

 クーリンとフィオナもドラゴンにまたがって待機している。

 そこで女剣士がドラゴンの上から声を掛けてきた。

「うしろ乗ってく?」

「あ、それは助かる」  

 女剣士と話したいこともあるし正直ミーユの扱いにも困っていたところだ。が、女剣士の黒ドラゴンに相乗りしようとするとふと誰かに見られているような気がした。

「ん?」

 不思議に思って振り返るとミーユがこちらを睨んでいる。なんでそんな顔をしているのか理解できない。

(まさか嫉妬してる!?)

 黒ドラゴンに乗るのを一寸ためらっていると女剣士が先に気を利かせる。

「ちょっと、やっぱりミーユちゃんのに乗せてもらいなさいよ」と、女剣士は小声でそう言うのだが…。

「ちぇっ、しょうがねえな」

 止む無くミーユのカバドラゴンに乗り換える。するとミーユは口を尖らせる。

「どうしてあっちに乗ろうとしたミョ?」

 結構、強い口調だ。

「いや、まあ、その、これからの戦略とか闇帝の情報とかをだな……」

「ダンはひどいミュ!」

「酷いって……お前、なに怒ってんの?」

「もういいミュ!」

「ちょっ……意味わかんね」

 なぜミーユが怒っているのか本気で分からない。

(なんで女はいちいち意味不明なことで怒るんだろ?)

 これまでの人生、さほど女の子に縁があったわけではないけれど、女特有の理不尽な怒りに戸惑ったことは何度もある。なぜ自分が怒られるのかが理解できなかったり、嫌な顔をされたりなんかは一度や二度ではない。今のミーユもそうだ。好意的に考えればジェラシーなのかもしれない。いわゆる『ツンデレ』というやつならまだ救われる。しかし『読み』を誤ると手痛いしっぺ返しを喰らいそうで怖い。

(ここはとにかく刺激しないようにしておこう……)

 結局、気まずいままの状態でポスト王国の首都に向かうことになってしまった…。


   *   *   *


 女剣士の先導で我々は真っ直ぐにポスト王国の首都に向かった。

 途中で何度か警備隊らしき連中が接近してきたが、すべて女剣士の顔パスでスルーした。おかげで首都に着くまでの間、ノンストップで飛んでこれた。そして夕方近くなった頃に「もうすぐよ!」と、女剣士が突然振り返った。だが、前方にそれらしい都市は見当たらない。

(え? 全然、見えないんだけど?)

 我々が進む方向には富士山のような山が単独でひとつ、ちょうど平地の真ん中にぽつんと立っているだけだ。

「は? どこに首都があんだよ?」

 不思議に思いながら女剣士についていく。女剣士の黒ドラゴンは目の前の山を半時計周りに迂回する。すると山の半分がスッパリと切り取られているのが目に入った。

(な、なんだこれ!?)

 富士山のスケールには遠く及ばないが、これもそこそこ大きな山だ。が、それがある地点を境にすっぱり切り取られている。上から下までびっしり緑に塗りつぶされた山が丁度まっぷたつ……後ろの部分が空っぽになっている。そしてその足元の方に突然、巨大な都市が出現したのだ。

(あれがポスト王国の首都!)

 それは一目で計画的に造られたものだと分かった。都市の中心部と思われる部分には高層ビルの集合体が鉛筆立てのように密集している。ひとつひとつのビルは細長く、本当に鉛筆かペンが収まっているように見える。その高層ビルは六角形の区画に集中していて、そこから道路が放射状に拡がって都市の中核を成している。そして各道路の脇に大小さまざまな六角形の建物が着かず離れずの位置で点在している。それらを繋ぐように道路が付け加えられ、それらはまるで分子構造の化学式のように繋がって広がっている。よく見ると建物の基本はどれも六角形だ。それは蜂の巣を連想させた。

(六角形、六角形、六角形! どんだけ六角形好きなんだよ!)

 まるで人工芝みたいに均一な緑の平地に六角形のブロックを配置したみたいな計画都市……明らかにこの世界では異質な空間だ。ファンタジーの世界観の中でここだけSF風になってしまったように感じられた。

(このマンガ、文明が進んでるのか遅れてんのか分かんねえなあ。てか、設定がアバウトなんじゃね?)

 そこで気付いたのだが風車が回っている。町中の至る所で白地に青のラインが鮮やかなプロペラがゆっくりと回転しているのだ。これは自然エネルギーを利用してるということなのだろうか? 魔法が定着している世界でいまさら風力発電というのも変だと思う。

 そんな具合でツッコミどころ満載の都市だが、我々は真っ直ぐに中心部に向かった。

  

   *   *   *


 我々一行を迎えてくれたのは、この国の太政大臣だというじいさんだった。

 なんでこの手の大臣的なキャラはみんな顔の半分が髭なんだろうなんて考えていると、女剣士と親しげに挨拶を交わしていた大臣が何かに気付いた。

「ミディア様! そちらのお方は!?」

「いいのよ。説明している時間が無いの」

「し、しかし……」と、大臣はディノの顔と女剣士の顔を見比べて言葉を濁す。

「国王もそれをお望みのはずよ!」

 そう言って女剣士はツカツカと歩き出した。大臣も慌ててそれに続く。

 長い廊下を歩きながら女剣士が大臣に尋ねる。

「戦局は?」

「はあ。正直申し上げて芳しくないですな。実はオーウェン地方に敵軍が現れまして相当の被害が出ております……」

 そこで突然、ミーユが声を張り上げる。 

「知ってるミョ! フェリパ鉄鋼団だミョ」

 ミーユの言葉に女剣士が振り返る。

「どうしてそれを?」

「だってダンが全部片付けちゃったミョ」

「なんですって!?」「なんですと!?」と、前を行く2人が同時に驚きの声をあげて立ち止まる。

「本当かい? ダン」と、ディノも目を丸くする。

 突然、注目されてしまったのでちょっとリアクションに困った。

「いや、まあ一応……」

 大臣が感心したようにこちらを見る。

「そ、それが事実だとすると……礼を申さねばなりますまい」

 女剣士は(やるわね!)といった風に笑みをみせる。

 ミーユは調子に乗ってフェリパ鉄鋼団を一掃した時の様子をまるで自分の手柄みたいに語りだす。

 それを聞き終えて大臣が満足そうに頷く。

「流石、ミディア様のお連れのお方だ。なんとも頼もしい限りであります」

 女剣士が「当然よ」と前置きして言う。

「彼ほどの水使いは他に居ないわ。ダンはスプリングフィールド家の中でも特別なのよ」

「な、なんと! こちらのお方は、かの有名な……であれば益々、心強いですな」

「ええ。ここにいる皆の力を借りないと世界は終わる……」

 そんな女剣士の言葉に一同の表情が強張った。

「そうでしたな。では、急ぎましょう。陛下もお待ちかねです」

 そう言って大臣は再び歩き出した。重苦しい雰囲気のまま我々も後に続く。


 てっきり大広間か謁見の間に通されるものとばかり思っていた。が、案内されたのは薄暗い一室だった。それでも広さは教室4室分ぐらいはある。勿論、天井の高さは比較にならないぐらい高かった。

「どうぞ、そのままお進みください」という大臣の導きで我々は部屋の中央に進む。

 部屋の真ん中には大げさなベッドが鎮座している。いわゆる天蓋つきベッドだ。天蓋から垂れ下がったカーテンはペルシャ絨毯のような柄で中の様子は伺えない。部屋の四隅には武装した兵士、ベッド脇には侍女が2名控えているが無言のまま動きはない。なんだか重苦しい空気が室内に充満している。それに何だか湿っぽい。お香の匂いが微かに漂う。ちょうどその時、背中にビクンと電撃が走って身体のターンになった。どうやらこれから重要なシーンになるようだ。

 我々がカーテンの前に並んだ時だった。カーテンの向こう側から声がした。

「来たか……待ち焦がれたぞ」

 声を聞いて意外に思った。

〔思ってたより若い?〕 

 そこでカーテンがスルスルっと上に巻き取られてベッドに横たわる国王の姿が現れた。

「え!?」「あ!?」「ええっ?」『な!?』「ミョ!?」

 皆が同時に驚いた。そして同じタイミングで視線がディノに集まった。

「ど、どういうこと……」と、フィオナが国王とディノの顔を交互に見る。

 クーリンが首を捻る。

「ちょ、なんでディノが2人? え? まさか双子!?」

「よく似てるミョ~!」と、ミーユが感嘆する。  

 しかし、一番驚いているのは本人かもしれない。ディノは茫然と国王の顔を眺めている。そんな中、唯一、女剣士だけは冷静だった。

「お察しの通りディノと国王陛下は双子の兄弟よ」

 驚いた。

〔は? なんですか、それは?〕

 幾ら主人公とはいえ『実は超大国の若き国王と双子でした』だと? どんだけサラブレッドなんだよ!

 国王が身を起こし「会いたかったぞ」と、ディノに視線を向ける。

「陛下! お体に障りますぞ」と、大臣が少し慌てる。

「構わぬ。それよりディノに説明してやってくれ。戸惑っているようだからな」

 国王にそう言われて女剣士が説明役にまわった。そこで語られたのはディノの生い立ちに関する秘密だった…。

 女剣士の話によると、今から十五年前、子宝に恵まれなかったポスト王室に待望の男の子が誕生した。しかし不吉な予言通りに双子が生まれてしまった。ポスト王国の古い言い伝えでは、跡継ぎに双子が生まれてしまった場合はどちらかを里子に出さなくてはならない。そこでディノは身分を隠してサイデリアの一般家庭で育てられることになったというのだ。そして残った兄がパウローニ8世を名乗りこの国の王となることに決められた。

 そこまで話したところで女剣士の表情がふっと曇った。

「だけど運命って皮肉なものね……」

 女剣士が何を言わんとしているのかは分からなかった。しかし、その後は国王が繋げた。

「自分はもう長くはない。この病気のせいで『光の使徒』になるどころか国王としての役務さえ果たすことが……ゴフッ」

 そこで国王は派手に吐血してしまった。それを見た侍女が慌てて駆け寄りタオルで国王の顔を拭く。もう一人の侍女は心配そうに国王の背中をさする。

「見ての通りだ……情けない。世界の危機だというのに。ゴフッ、だからディノ。兄として最初で最後のお願いだ。試練に付き合って欲しい」

「試練?」と、ディノが眉を寄せる。

「ああ。自分の代わりに『光の刻印』を手にしてくれ」

 それを聞いて大臣が青ざめる。

「へ、陛下! 無理です! 陛下のお体が持ちませぬ!」

 大臣の制止を振り切ってパウローニ国王が立ち上がる。

「これしか方法はないのだ。どうせ自分は長くはない。ならばせめて国王らしいことを……ウグッ!」

 侍女2人に両脇を支えられ国王は辛うじて立っている状態だ。それでもディノをじっと見つめる。

「共に試練に立ち向かい光の刻印を……頼む!」

 そこでディノが珍しく積極的に頷く。

「分かりました。なんだか良く分からないけど……やってみます!」

 それを聞いて国王がほっとした表情を見せる。そして大臣に早速、旅立ちの準備を手配するように命じた。それを見届けてから女剣士がこちらに向き直る。

「では、あなた達はそれぞれ指定する場所で修行してもらうわ」

 意外な言葉に身体がきょとんとする。

『は? 何を言っている?』

 こちらの反応などお構いなしに女剣士は続ける。

「ダン。あなたはベングランの『海のヘソ』に行って頂戴」

『ふざけるな! 何の権限があって俺に指図を……』

海神ポセイドンの誇り。それを手に入れて」

『な!? 海神の誇りだと……伝説の輝石か』

「ええ。ベングランの海底に沈んでいることは確実よ」

『そんな国家機密を漏らしていいのか?』

「今はそんなことを言ってる場合じゃないわ。闇帝を倒す為には!」

『海底に沈んだままということは……無論、簡単にはいかないようだな』

「でしょうね。あなたにとって厳しい試練になると思う。でも、海神の誇りを手にするのはあなたでなければダメなのよ」

『……』

「あとひとつで揃うはずよ。水使いの『三種の神器』が!」 

 初めて聞いた。

〔三種の神器って何!? それっておいしいの?〕

 これまで手に入れた輝石というのは、女神さまに託された『女神の逆鱗』それとエスピーニに貰った『賢者の嘆き』の2つだ。

〔もう1個あったんだ……けど3つ揃ったらどうなるんだろ?〕

 これは期待せざるを得ない。恐らくこれまでに無い超パワーアップが期待できると思われる。

 結局、クーリンは『炎のるつぼ』、フィオナは『蠢きの深森』、女剣士は『風の生まれた地』へそれぞれ修行に向かうことになった。その期間はなんと一律44日間。そんなにのんびりしてて良いのかとも思うが、流石にラスボス戦ともなると只ではすまないはずだ。こちらとしても相当パワーアップしておかないと!


   *   *   *


 晩餐会の後、ひとりひとりに豪華な客室があてがわれ、英気を養うことになった。ゆっくり休めるのは今晩だけだ。明日はそれぞれ目的地に出発しなくてはならない。

「ふぅ……何もする気がおきねえや」

 身体のコントロールは戻っていたがベッドに横になるとドッと疲れが噴出してきた。体の傷はとっくに癒えていて特に問題は無い。だが、精神的な疲れは強烈な催眠術のように眠りを促した。

(眠……いいや、このまま寝ちまえ……)

 眠気に逆らわず意識を預けるこの瞬間。気持ちいい……


――ん!? 

……なんだ? 寝てるんだけど……

――誰? 

 体の右方向からの干渉に眠りを妨げられる。寝返りついでに薄目で確認。

(なんだよ……邪魔すんな……)

 ぼんやりしてると誰か布団に潜り込んできた。

「ちょっ!? な、なにやってんだ!?」

 完全にフイを突かれた。おまけに背筋にピーンと緊張が走った。

〔なんで身体のターン!?〕

 驚いたのは身体も同じだった。

『な!? 何をしている?』と、思わず身を引く。

「眠れないミョ」

 そう言ってミーユはおでこを押し付けてくる。

 ミーユの圧力を脇の下に受けながら身体が戸惑うように尋ねる。

『お、お前の部屋はあっちじゃないのか?』

「寂しいミュ……」

 ちょっと待て。なぜ密着している? それに体のサイズが前と違う! 熱を帯びた範囲が広い。体の右側に重なる温もりは大人のそれだ。

〔そっか! ミーユの奴、大人の女になったんだっけ!〕

 今更のように思い出してしまった。ということはこのシチュエーションは…。

「ダン……ずっと一緒にいてほしいミョ」

 甘えた声だ。だけどそれは切ないまでにか細く、最後は聞き取れないぐらいに聞こえた。

『何を今更……お前、なんか変だぞ』

 身体がそう言うと同時に視界が塞がれた。そして温もりの不意打ちに絶句する。

『む……』

 身体の台詞を温もりが遮る。湿り気をもったその温もりはまるで意思があるかのように唇にまとわりついた。それがミーユの唇だと気付くまでに数秒かかった。いや、本当はそんなに時間はかかっていなかったのかもしれない。

〔や、柔らけえ……〕

 成すがまま唇を奪われるの図。

 ミーユの睫毛が瞼に触れる。彼女の両腕がしっかりと首に巻きつけられている。積極的なミーユの攻勢に身体は押されっぱなしだ。

 どれぐらい唇が交じり合っていただろう……ようやく圧力が緩み、ミーユの顔が離れたような気配がした。そこで身体が静かに目を開ける。

「ダン……」

 ミーユは潤んだ瞳でこちらを見つめる。超至近距離でのそれは反則だ。

『ミーユ……お前……』

 半端ではないドキドキが時を刻む。この高まりは自分のものなのか身体のものなのか分からない。

 混乱に拍車をかけるようにあることに気付いた。

〔ちょ、ちょっ、裸だとぉ!?〕

 気のせいではない。間違いなくミーユは全裸だ。まるで衣類の気配が無い!

〔ど、どうして欲しいんだ? いや、どうすりゃいい?〕

 いつの間にか身体が手を伸ばしていた。

〔な、いいのか!?〕

 身体は恐る恐るおっぱいに手を伸ばす。その勢いで手の平がするっと胸の膨らみを覆った。そしてタッチ……むにゅっとした弾力……すべすべ感、そして圧倒的な柔らかさ。

〔こーれーはー!〕

 つるんとした表面から手の平に伝わる温もりはなぜか優しい。ところが…。

〔あれ? 無い? あれ? ち……乳首が無い!?〕

 まさかこれは少年誌だから? 規制? マジかよ!

「ミョ……ン」と、ミーユが甘い呻き声を漏らす。

 これは完全にエロマンガのノリだ!

〔ど、どこまで……できるんだ? てか、この身体、クールなくせして意外にやるじゃねぇか!〕

 期待と不安が同じぐらいの割合で押し寄せてくる。そしてエロへの欲望を煽ってくる。

〔いけるとこまでいったれー!〕

 今度は身体の方から唇を寄せた。目を閉じるミーユ。

「……大好きだミョ」

 その声を聞きながらこちらも目を閉じて……頭が真っ白になった。

 とにかく真っ白……そこで意識が遠のいた。


 気がつくと周りの明るさが全く異なっていた。

 窓の外から差し込む日差しが室内を照らしている。どこからともなく聞こえてくる小鳥達のさえずり。

 夢かと思って、がばっと上半身を起こす。

「あ……れ?」

 自分は裸のまま寝ていたらしい。しかし、ミーユの姿はない。

(まさか!? これがかの有名な『朝チュン』!)

 自主規制でエッチな描写を避ける手法……肝心なところが完全にすっ飛ばされている!

「マジかよ」

 茫然としているところにバッシャンと水が降りかかってきた。

 こればっかりは、どうにもこうにもうまくいかないものだ…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る