第9話 初恋!?

 ディア・シデンの首に抱きつくような形で何とか落竜は避けられた。辛うじてバランスを保ちながら周りを見渡してみる。大観衆の目が皆こちらに向けられているのが分かって、照れ臭いような誇らしいような気持ちがジワジワと湧いてくる。

〔こういうの初めてだけど……悪くないもんだな〕

 その時、二着と三着のドラゴンがすっと近寄ってきた。

 メルト・ライアンの騎手が笑顔で声を掛けてくる。

「おめでとう! 完敗だ。まさかあそこで差されるとは思わなかったよ!」

 三着のトーホウ・クラウンの騎手はお手上げだよといったポーズを見せながら苦笑いを浮かべる。

「大した奴だ。あんなレースをされちまったら参ったというしかねえや」

 まるでレースが終われば皆仲間と言わんばかりに友好的なムードが漂った。そんな中、3頭並んでゆっくり低く飛びながらウイニング・ランならぬウイニング・フライ(?)で声援に応える。ちょっと調子に乗って手を振ってみたりして勝利の余韻に浸る。そんな具合にアタック・ゾーンから離れてスタート地点に戻る頃にはすっかり気分が良くなっていた。


 スタート地点ではレースを終えたドラゴンを関係者が取り巻く形で幾つもの輪ができていた。そこに我々が帰ってくるとあちこちで賞賛の声が上がる。レース中はあんなに激しくやりあったというのに今は互いの健闘を称え合っている。

(これぞスポーツマンシップ!) 

 それはこれまで自分の中では別世界のことだった。自らの人生でこんなに注目されたことなんて無かったように思う。

(本当に勝ててよかった……ん? でも待てよ?)

 そこでハタと思いついた。よくよく考えてみれば勝つのは当たり前なんじゃないかということに気がついたのだ。

(漫画、だよな? これって。じゃあ主人公サイドの自分が負けるわけないじゃん!)

 冷静に考えればストーリー上、レースに負けてしまうなんてことは有り得ない。

(なんだ。ハラハラして損した)

 それに気付いてしまったのでちょっとテンションが下がってしまった。

「けど、まあこれで役目は済んだな」

 ほっとしてディア・シデンの背中から地上に降り立つと目を潤ませたロイがいきなり抱きついてきた。

(おいおい。暑苦しくてたまらん。てか、ちっとも嬉しかないや)

 どうせなら可愛い女の子に抱きついて欲しかった。そんな自分の思惑などお構いなしにロイは人の背中をバンバン叩きながら言う。

「アンタ最高だよ! ありがとうな。シデンを勝たせてくれて! おまけに娘も……」

「娘?」

 見るとロイの足に幼い女の子がしがみついている。

「ディノがドラゴ一家に誘拐されていたこの子を助けてくれた」

「ああ……やっぱりそうだったんだ」

 ドラゴ一家というのはウルド養竜場に押しかけてきたあの趣味の悪い海賊帽を被ったオッサン達だ。

「ドラゴの奴、アンタのレースぶりを見て慌てたんだろうな。レース中に接触してきやがった」 

 ロイの説明によるとドラゴ一家は自分が所有するドラゴンを優勝させる為にライバルであるディア・シデン陣営にわざと負けるよう脅迫していたのだ。

(そう言えば二番人気のドラゴ・スターっていうのは……そのまんまじゃん! 何で気がつかなかったんだろ?)

 ロイがわが子の頭を撫でながら告白する。

「この子が誘拐されたことが分かった時、正直言ってくじけそうになった。レースを取るかこの子の命をとるかと言われたら……」

 しかし結局、この子は取り戻せたしレースにも勝利した。これ以上の結果は無い。ロイが鼻水を垂らしながら号泣するのもやむを得ない。

「ありがとうな……本当に本当にアンタ等にはなんとお礼を言っていいか」

「そういやディノは? あいつ、どこに行ったんだ?」

「さあ……」と、ロイは首を傾げる。

 別にディノに興味がある訳ではない。ただ、ディノを見失うなってしまうと奴を見守るあの女剣士に会えなくなってしまう。

(参ったな。女剣士に聞きたいことが山ほどあるってのに……)

 ロイが最後にディノを見たのはレース中にドラゴ一家のチンピラが文句を言いに来た時だという。ディノはチンピラを返り討ちにして、そいつらをどこかに連れて行こうとした。そしてその直後この子が1人で保護された。だがその時にディノは一緒ではなかったそうな。

(てことはそんな遠くには行ってないはずだ)

 なのにまだ戻ってこないということは……まさかドラゴ一家に苦戦してるのか? いいや、それは無い。ディノは腐ってもこの漫画の主人公だ。あんな雑魚キャラ相手にやられるなんてことは考えられない。

 そこにディノの連れが息を弾ませてやって来た。

「ダン・クロニクル!」

 女の子に名前を呼ばれてぽかんとする。

「え? 俺?」

 分かっているつもりでもやはり中々慣れない。そもそもその名前はこの身体のキャラに付けられた名前であって自分はそれに居候しているだけだ。なので、自分の名を呼ばれたという意識は無い。

 少女は大きな瞳を真っ直ぐこちらに向けて懇願する。

「ダン、お願い。ディノが大変なの!」

(あれ? そういやこの子の名前、何だっけ……)

 マジで思い出せない。申し訳ないけど影が薄いんだろう。可愛い子だとは思うけど。

(そりゃこの漫画のヒロインなんだから可愛いのは当たり前か)

 何しろ主人公にくっついているぐらいだから登場回数は多いに違いない。それに作者の思い入れもあるだろう。だから必然的に可愛くはなる。だが、つい今の今までそんな風には考えていなかった。むしろノーマークだった。

(でも……こうしてみると結構、可愛いな)

 それは隣のクラスに凄く可愛い子が居ることを知った時のような発見だった。やや下がり気味のその大きな目に胸がときめいた。基本的に萌えキャラなんだけど、おとなしそうな雰囲気が伝わってくる。自分からは喋らずに仲間の会話をそばでニコニコしながら聞いているタイプの子だ。

(もし、ずっとこの世界に居なきゃなんないんならこの子と付き合うってのもアリだな)

 そうだ。恋をするなら断然こっちだ。幼児体系のミーユよりよっぽど良い。

 そんな風に考えていると彼女が袖を引っ張ってくる。

「お願い! 早く来て!」

「急にそんなこと言われてもなあ……」

「あなたの指示通りにロイさんの娘さんを救ったまでは良かったの。でもその後、敵に囲まれて……」

「指示……ああ、そうだっけな。でも、苦戦するような相手か?」

「それが四天王のソヤローが出てきちゃったの!」

 四天王のソヤロー。それを聞いて記憶をたどる。

(ああ。あの骨骨野郎か!)

 この世界に来てすぐに遭遇した強敵だ。ディノを助けるような格好でバトルする羽目になった相手だけど結構、強かったよな? あれとまた戦うのか……。

(けど待てよ。今は無理じゃね?)

 多分、今の魔力ではまともに戦えない。なぜなら腕輪を工房に預けているからだ。恐らく腕輪についている石、確か『輝石』とかいう石が魔力を高めるという設定なのだろう。困ったことに今はそれが手元に無い。

(絶対、魔法の威力が落ちてるはず! 今やったら確実に負ける!)

 それに今は自分の意思で身体を動かしている。ということは自力で戦わなくてはならない。

 そこで思わず本音が出た。

「無理。悪いけど出来ない」

「え!? どうして……」

「いや、その心の準備が出来てないって言うか……」

 すると少女はキッと険しい表情でこちらを睨んだ。

(そんな顔されてもなぁ……どうにもならないし)

 しかし彼女の顔を見てなぜか不謹慎にも胸がときめいた。眉間にシワを寄せたその軽蔑するような表情。なぜかそれに胸がドキドキしてしまったのだ。笑顔に惚れたというのならまだ分かる。だが、睨まれて惚れたとか……。

(何でだ? 俺『ドM』じゃないのに……)

 変態じゃない。仮に変態だとしても変態という名の純情少年だ。と自分に言い聞かせる。

「分かったよ。行けばいいんだろ。けど、どうなっても知らんよ」

 主人公のディノがピンチで、しかも相手が四天王となると、どのみちストーリーに強制参加させられるのは目に見えている。ただ、その割には身体が勝手に動き出さない。

(おかしいな。いつもならここで身体が……)

 こちらの不安をよそに彼女はスタート地点を離れ、人ごみを抜け、やがて森の奥に進んでいった。

 止む無くその後について行くのだが、つい彼女のお尻に見とれてしまう。

(やべ……いい尻してんなぁ)

「もうすぐよ!」

「いっ!?」

 彼女が急に振り返るもんだから、お尻をガン見してたのがバレるかと思った。

「あそこよ。工場の跡地!」

「あ、ああ跡地ね。工場の。うん」

 焦った。てっきり気付かれたかと……。だが、安心したのも束の間。彼女の指差した方向に注目すると前方で『ドッカン!』『ズガーン!』と爆発音がやたら発生している。

(ああ、派手にやってるよ……)

 確かソヤローとかいう敵は火の属性だかなんかで爆発物(?)を取り扱っていたはずだ。これだけ爆発音が頻発するということは奴がハッスルしていると想像できる。そんなところにノコノコ顔を出したらどんな目に合わされることやら。「この問題、前に出て解ける人!」と、教師に言われて分かりもしないのに手を挙げるようなもんだ。

(フルボッコは止めて欲しいなぁ……)

 足が重い。こんなことならもっと魔法の練習をしておけば良かった。

(マジカヨだけなら出せるけど、多分それだけじゃダメだろうなぁ)

 トボトボとした足どりで問題の場所に辿り着いた。見える。見えてしまう。否が応でも……やはりディノが一方的にやられていた。

「おいおい。ちっとは抵抗しろよな。主人公だろ!」

 そんな悪態をつきながら倒壊した煙突をまたぐ。森の中に現れたその場所は遺跡というか廃墟というか戦いの舞台としてはいささか地味な気がした。

 三歩前を行く彼女がふいに足を止め「ディノ!」と、半ば悲鳴のような声をあげた。それを見て益々やる気が失せた。

(どうせここで張り切ったところであの子は主人公にゾッコンなんだろ。ああバカバカしい……)

 身体を張ったところでそれは無駄な努力というものだ。だったらせめて痛い思いはしたくないというのが人情だ。

(おーい。まだかよ~ ホントに自力でやんのかぁ?)

 とその時、背筋がピンと張って背中に芯が通ったような感覚に襲われた。そして弾かれたように走り出すと助走をつけて大ジャンプ、続いて空中三回転をかまして一気にディノの前に躍り出た。

 ちょっと目が回ったが心底ほっとした。

〔良かった! やっとスイッチが入りやがったか〕

『待たせたな』

 身体はそう言って背中の剣を抜いた。 

「ダン!」と、ディノが身を起こす。そしてヨロヨロと立ち上がりながら尋ねる。

「レースは終わったのかい? で、結果は?」

『心配無用』

「じゃあ、勝ったんだね?」

『当然だ』

 それを聞いてディノの顔がほころぶ。

「ごめん。ロイさんの子供は助けたんだけど、まさか四天王がバックについてるとは思わなかったんだ」

『フン。降りかかった火の粉は払うしかあるまい』

 相変わらずクールを気取る身体はそう言って剣を構える。

 そんな我々の会話を聞いていたソヤローは槍を弄びながら舌打ちした。

「チッ! 誰かと思えばこの前の……」

『こっちもお前なんぞに用は無いんだがな』 

 トリケラトプスの頭骨みたいな兜の下でソヤローの目が光る。

「ぬかせ! ケリをつけてやる!」

 そう言ってソヤローが槍を振り回すとトゲだらけの骨の鎧がガッチャガッチャと鳴る。そしてソヤローが叫んだ。

「イッパイヤー!」

 その掛け声で奴の頭上が赤く染まる。まるでその部分だけ夕焼けに染まったように赤い粒子が集まっている。やがてそれが赤い渦となって徐々に範囲を広げていく。

〔この前の時とちょっと違うな……〕

 ソヤローの攻撃を防御すべく身体が早目に呪文を唱える。

『ラマジカ!』

 その呪文で両脇から水のカーテンが出現し、盾になるような形で身体の前方を取り囲んだ。

 ソヤローはニッと笑うと、まるでバトミントンのように槍を頭上で回転させ始めた。

「死ね! イッパツジャーン!」

 相変わらずダサいネーミングだ。が、奴の呪文を合図に火の玉が数発、こっちに向かって飛んでくる。いや、玉というには弾丸に近い。しかもスピードが速くてその形状は目視できない。弾丸は水壁に突っ込んでくる。

〔止められるかな?〕

 が、甘かった。『ブシュッ!』『ベシュッ!』という無数の音と共に弾丸が水壁を突き破ってきた。

『ム!?』

 まるで豆まきの集中砲火を喰らったみたいに全身に細かい衝撃が生じた。

〔痛っ、熱っ!〕

 痛いやら熱いやらが同時に襲ってきて気が狂いそうになる。

〔全然、防御ダメじゃん! ふざけんな!〕

 やっぱり魔力が足りないんだろう。今の状態では水のガードが効かない。

『何!?』〔何だ!?〕

 そこで身体の反応と自分のリアクションが重なった。いきなり目の前にソヤローが現れたからだ。

〔ち、近っ!〕

 マジで腰が抜けるかと思った。それほどまでにソヤローが接近していたのだ。

「クイッパグレー!」

 ソヤローが呪文を唱えると同時に槍を突き出してきた。辛うじて身体が反応して剣でそれを受け流す。そして敵の槍が右側に流れたところで追い討ち気味に剣を振った。ソヤローの背中に剣先が届くかという寸前で敵が反転、槍で剣先を弾く。敵は続けざまに槍についたトゲで打ち付けてくる。剣を立ててそれを受けるがその圧力に押される。

「クイッパグリッ!」

 ソヤローの呪文で槍が猛火に包まれる。

『メマジカ!』

 身体の発する呪文で前方に水の盾が出現する。

 火を吹く槍と水の盾に守られた剣がクロスしたまま互いに激しく押し合う。

〔うぁ……押される……〕

 その時、ソヤローがニヤリと笑った。そして添えていた右手を槍から離すと手の甲をこちらに向けて中指を突き立てる。

〔な!? こっちは両手で精一杯なのに!〕

 ソヤローが勝ち誇ったように呟く。

「ナッパクンッ!」

 次の瞬間、足元が大きくグラついた。そして『ズズッ!』という擬音と共に地面が盛り上がって『カッ!』と、破裂した。

『何っ!?』

 流石に身体も驚いたらしい。が、時既に遅し。爆音と同時に身体が上空に放り出されてしまった!

 吹っ飛ばされた勢いで視界がグリングリン回る。痛いとか目が回るとかが同時に湧き上がってきて何も考えられない。

〔てか、何とかしてくれ!〕

 長い滞空時間を経て背中を地面にしこたま打ちつけた。あまりに強い衝撃だったので打ったのは背中でも胸に激痛が走る。

『クッ……我ながら情けない。この程度の攻撃で……』

 身体はそう強がってみせるがダメージが深いことは自分が一番良く知っている。

〔まさか……このままやられる?〕

 嫌な予感がした。この身体はこのままここで殺されてしまうだけのキャラなのか? 四天王の強さを引き立てるだけの……。 

 起き上がりながらソヤローの姿を探す。

『ムッ!』と、身体が息を飲んだ。

〔ゲッ……〕と、自分も覚悟した。

 ソヤローの頭上にはバランスボールほどの大きな火の玉が浮いている。

〔なんだよアレ……デカいぞ!〕  

 火の玉は徐々に大きくなっていく。やがてそれは運動会の玉ころがしみたいな大きさにまで成長した。

『さすがにあれを喰らうのはマズイな……』

 そう呻きながらも身体は棒立ち。とても動けそうにない。このままでは本当に終わってしまう。

〔このキャラが死んだらどうなっちゃうんだろ?〕

 元の世界に戻れるならいい。しかし、あの女剣士の「マズいことになるわね」という言葉が妙に引っかかる。もし、キャラの死がイコール自分の死だとしたら……。

〔死にたくねぇー!〕

 心の叫びで我を失った。なので名前を呼ばれても一瞬、何のことだか理解できない。

「ダーン! これを受け取るミュー!」

『ミーユ?』

 身体が声のした方向を見上げるとカバドラゴンに乗ったミーユがこちらに向かってくるところだった。

〔あいつ……今までどこに行ってやがったんだ?〕

 呆れるやらムカつくやら複雑な気分でミーユの登場を見守った。するとミーユは何かを投げる仕草をみせた。次いで『キラッ』という音がして何か光る物が飛んできた。

『ミーユの奴……』

 身体はやれやれといった風にそう呟きながら左手で飛んできた物を『パシッ!』と受け取った。そして手の平にのった腕輪を確認する。どうやらそれは工房のカイトに加工を依頼していたものらしい。その真ん中には例の『女神の涙』がしっかりはめ込まれている。

『……何とか間に合ったか』

 そう言って身体は腕輪を右の二の腕にセットした。

 カバドラゴンの上でミーユが叫ぶ。

「ダーン! 頑張るミュ! きっと3倍ぐらい強くなってるはずミョ!」

 それを聞いて身体が首を振る。

「いいや。10倍だ!」

 自信に満ちたその一声でようやく風向きが変わったように思えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る