第39話 グスト連邦に潜入せよ!

 女剣士が地図を広げて説明する。

「問題の島はここよ」

 そう言って彼女が指し示した箇所は、野良犬型の大陸でいうところの耳の付け根部分だった。そこに小さな島が記されている。

 地図を見て疑問に思った。

「サイデリア経由だと随分、遠回りにならないか?」

 女剣士の提案するルートは、野良犬大陸の後ろ足にあたるポスト王国から腹の部分を経由して、首から耳にむかって上がっていく形になる。首から上の部分はグスト連邦の領土なので、それだと敵陣内で長い道のりを進まなくてはならない。だったら海を突っ切って最短コースをとった方がリスクは少ないはずだ。勿論、この世界も地球同様に球体の上に存在していて、地図の上下が繋がっていると仮定しての話だが。

 そう思って尋ねてみた。

「ここからだと船で行った方が早いんじゃないか?」

 すると女剣士が即座に首を振る。

「ダメよ。海は危険すぎるわ。逃げ場がないもの」

「だったらポストの海軍に護衛して貰えばいいんじゃねえか?」

 我ながら良い考えだと思った。先の海戦で無敵艦隊を蹴散らしたポスト海軍なら実に心強い。

 だが、女剣士はそのアイデアを否定する。

「無理ね。そんなことをしちゃったらポスト王国はグスト連邦に宣戦布告したことになっちゃうわ」

「へ? でも、もう戦ってるじゃん。この前の海戦もそうだし、グストは戦車部隊をポスト領に送り込んできたじゃないか。戦う理由は十分あるはずだろ?」

「そうもいかないの。我々ポスト王国は立場上、世界大戦を回避する為に大人の対応をしなくちゃならないのよ。だから国王は私達だけで隠密行動をとるよう指示したの」

 女剣士の説明を受けてディノが言う。

「ダンの言うことも分かるよ。でも、これ以上、戦争を拡大させるわけにはいかないんだ。僕らの目的は一刻も早く闇帝を倒すこと。ミディアの作戦を信じようよ」

 ディノの言葉にクーリンとフィオナも大きく頷く。それを見て諦めた。今の自分ならグストの海軍なんて敵ではないと思う。だが、ストーリー的にはそのルートを辿ることが必須なようだ。

「分かったよ。じゃあ、その陸路で」

 渋々そう言うと女剣士がチラリとこちらを見て笑ったような気がした。こっちは修行を終えてからずっと自分のターンだが、今の彼女は素の状態なのだろうか? それは見た目や口調では判別できない。彼女も自分と同じように今回の修行でキャラと殆ど『同化』してしまったのだろうか……。


   *   *   *


 隠密行動となるので移動手段のドラゴンは3頭に絞られた。その結果、黒ドラゴンには女剣士、ディノのドラゴンにフィオナが相乗り、そしてなぜか自分はクーリンのドラゴンに乗せられてしまった。

(なんでこの組み合わせ?)

 ちょっとこれは計算外だった。どうせなら女剣士と今後のことや『同化』の件について色々と話したかったのだ。

(長丁場になりそうだってのに! 大体クーリンとじゃ全然話が合わないって!)

 そう思って割り振りの変更を主張したのだが、あえなく却下されてしまった。どうやら女剣士は先導役なので狙われる確率が高く、リスクを分散する意味でも彼女は単独である必要があるらしい。どうにも納得が出来なかったが多数決では仕方が無い。

 そして我々は飛ばしすぎない程度に予定のルートを辿った。ポスト王国からサイデリアに入るまでに1日。そこから3日かけてサイデリアを横断して、グスト領内への侵入ポイントに到達した。そこで最初の難関が山越えだった。グスト連邦とサイデリアは山脈を境にして領土を分かち合っている。山脈の切れ目は13箇所ほどあるらしいのだが、いずれも年代モノの巨大な石壁が相手方の侵入を拒んでいるという。そして石壁の周りにはお互いに罠やら仕掛けやらを数百年がかりで設置しているらしく、そこを通るのは自殺行為だという。さらにはその近くには漏れなく国境を監視する軍が常駐しているそうで、陸路は勿論、ドラゴンで通過するのも厳しく制限されている。それなのでグストに侵入する為にはそこを避けて、危険な山頂を越えざるを得ないというのだ。しかし、確かグストは再三サイデリアにちょっかいを出していたはずだ。だとすれば、どこかに秘密の侵入ルートがあるんじゃないかと思った。

 そこで休憩の際に素直に疑問を口にしてみた。

「あのさ。秘密のトンネルとかねえのかな? そこからグストに抜けられるとか」

 それを聞いてディノが同意する。

「ボクもそれを考えてました。多分、グストは何箇所かそういうルートを持ってるんだと思います。なんとかそれを突き止められればドラゴンに無理させなくて済むんだけど……」

 フィオナが心配そうに言う。

「私も気温が低いこの時期の山越えはドラゴンに堪えると思います」

 クーリンも顔を顰める。

「だな。この先長いことを考えりゃドラゴンの体力は温存しておきたいよな」

「この辺にグストの兵士でもいればとっ捕まえて拷問して秘密ルートを吐かせれば良いんじゃね?」

 そう提案してみたが女剣士は首を振る。

「そんなことをしてる時間は無いわ。強行突破よ」

 彼女の言葉に我々は不安を覚えた。が、女剣士は「大丈夫よ」と前置きしてから対策を説明する。

「確かに山の高い所は吹雪で大変かもしれないわ。でも私の魔法とクーリンの魔法があるでしょ? クーリンの火の魔法と私の風系魔法を組み合わせれば凍えることなく山を越えられるはずよ」

 そうだった。自分達は魔法使いの集団だった。魔法の使い方次第で少々のことなら何とかなるはずだ。


   *   *   *


 山岳地帯の猛吹雪は予想以上に激しいものだった。

 しかしそこは女剣士の狙い通りに魔法で凌ぐことができた。女剣士の得意とする風の魔法は単に風を操るだけでなく、空気を自在に操れるものだった。ちょうどこの身体が水を集めたり圧縮したりするのと同様に女剣士は空気を自由自在に扱うことが出来るのだ。そこで彼女は自らの周り半径10メートルぐらいに空気を集めて圧縮・固定化し、さらに外気が流れ込んでこないように空気の膜でその領域を覆った。そのおかげで我々は、まるでバリアを張ったような状態で雪風を跳ね除けながら難所を突っ切ることができたのだ。勿論、バリアの中は温かく快適だったし風ひとつ感じられなかった。ほんの数メートル先では真っ白く塗りつぶされた背景の向こう側で強風が荒れ狂う様が聞き取れた。だけどそれは頑丈な窓の外で吹き荒れる嵐のようにまるで他人事だった。それが2時間ぐらい続いただろうか。雪が止んだかなと思った頃にはグスト連邦内への侵入は成功していたというわけだ。

(これがグスト連邦か……)

 国境を越えたという実感はあまり無い。

「思ったよか普通だな。サイデリアと大して変わんねぇな」

 本当にそんな気がしたのだ。かの悪名高いグスト連邦というからには、もっとそれらしいピリピリした空気が充満しているイメージがあった。しかし実際はどこにでもありそうな山岳地帯が普通に広がるだけだ。

 クーリンが振り返って言う。

「あったりめえだろ! 何言ってんだ。山なんかどこだって同じだって!」

 人の手が加わっていない自然というものは古今東西そう差異があるものではない。それは正論だがクーリンごときにそれを言われると何だかムカつく。


 無事に国境を越えた我々は人の通りそうな場所を避けながら山岳地帯を進み、辺りが暗くなった頃を見計らって平地に下りて行くことにした。人目につかないように行動するには夜のうちに距離を稼いでおく必要がある。そこで我々は一気に飛行スピードを上げた。

(今のところは上手くいってるけど……)

 どうも緊張感が続かない。『闇帝ぶっ殺す』のモチベーションは辛うじて保っているものの、そこに到るまでの道のりが長すぎて萎えそうになる。怒りを持続させるにはそれなりの努力が必要なのだ。

 そんな事を考えていると、突如『ドン!』という重低音が風に紛れた。続いて『シューッ!』と空気を切り裂く高音。そして前を行く女剣士の右手で閃光が弾けた。

『ズガーン!』というベタな爆発音で敵の攻撃を知る。

(砲撃!? ど、どこからだ?) 

 山を下って現在は川に沿って真南へ進んでいる。下を見るが眼下には漆黒の森が広がるだけで敵の姿は無い。だが、敵はこの広大な森の中に潜んでいるはずだ。そうしている間にも2発、3発と砲撃が続く。それらが飛んできた方向から察するに一箇所から撃っているのではなさそうだ。となると広範囲にわたって砲台が設置されている可能性が高い。ただ夜間につき砲撃の精度は低いと思われる。

(この調子じゃ直撃はねえだろ)

 冷静に考えれば慌てることは無い。だが、女剣士が叫ぶ。

「まずいわ! 息を止めて!」

「な、なんで?」と、思わず尋ねる。

「毒よ!」

 彼女の言葉で先ほどの爆発を思い出す。

(マジか!? 砲弾に毒とか鬼畜すぎだろ……)

 女剣士が振り返って指示する。

「みんな固まって! 周りの空気圧を上げるから」

「なるほど。山を越えた時みたいに空気のバリアを張るんだな?」

「そうよ。でも完全に防げるわけじゃない。長くはもたないわ」

 そうなると安心はできない。 

 クーリンがドラゴンの手綱をしごきながら言う。

「チクショー! やっぱ元を断たないとダメかよ。けど、どっから撃ってきやがる?」

 砲撃の頻度はそれほど激しくはないが、問題はそこから流れ出る煙には猛毒が仕込まれていることだ。直撃の可能性は低くてもモタモタしていると進路が限られてしまう。

 そこでフィオナが口を開いた。

「あたしに任せて」

 クーリンが驚いた顔でフィオナに問う。

「フィオナ? お前、感知できんのかよ?」

「うん。修行でマスターした魔法があるの」

 そう言ってフィオナは目を閉じて自らの胸に手をあてる。そして何やら呪文を唱えた。彼女は数秒後に目を開けると険しい表情で呟いた。

「もの凄い数……この先までずっと砲台が配置されてるわ」

 なんてことだ。これは思ったより厄介なことになった……。

 女剣士はやれやれといった風に首を振る。

「参ったわね。まさかこんな所にそんな防衛網が敷かれてたなんて」

 そこでディノがフィオナに言う。

「フィオナ。ボクの背中に手をあててみて」

「え? こう?」

「そう。それでもう一回、感知してみてくれないかな」

「いいけど……これでいいの?」

「うん。大体分かった」

 ディノのドラゴンに乗った2人のやり取りを眺めて少し嫉妬した。けど、一方で仕方が無いかなという気持ちもある。ストーリー的にはこの2人がくっつくのが一番自然だと思う。

(変だな……前ほど嫉妬しない)

 これも同化の影響なのだろうか。より『ダンクロフォード』というキャラに近付いてしまったとでもいうのか?

 そこでディノはすっと右手を挙げると「ハッ!」と、軽く気合を入れた。するとその手がぽわっと光り輝いたかと思うと強烈に眩しくなった。

(ちょっ! 何だ!?)

 光の束。そんな風に見えた。まるでディノの手の平からチアガールのボンボンが生えてきたみたいだ。すると次の瞬間にそれが強風にあおられたタンポポの綿毛のようにバッと拡がり、四方八方へ飛んでいく。辛うじて目で追うことが出来たのはそこまでだった。奴が何をしたのかさっぱり理解できない。

(何だ今の技は? 何がしたかったんだ?) 

 そう首を捻っているとパタっと砲撃が止んだのに気付いた。

(え!? まさか……)

 そのまさかだった。フィオナが目を丸くする。

「敵の気配が……消えちゃった」

 クーリンが大声でディノに尋ねる。

「ディノ! さっきの技で砲台を全部破壊したんだろ?」

 それに対してディノは謙遜する。

「まあ、一応。でも、まぐれだよ」 

「すげぇな! おい! さすが俺のライバルだぜ!」

 クーリンは興奮気味にディノを称えるが、はっきりいってライバルというには格が違いすぎると思う。クーリンがどんな修行をしてたかなんて全く興味は無かったが、多少強くなったところでタカがしれてる。そもそも主人公と脇役ではスペックも能力の上げ幅も全然、別物なのだ。

(あの光の束。あれが敵の砲台を全滅させたのか? しかもフィオナを介して砲台の位置を感知したとか……バケモノか!)

 ディノはその技を軽く繰り出したように見えた。まるで消しゴムを貸すぐらいにしかエネルギーを使っていない。そのくせ広範囲の敵を一瞬で一掃するほどの威力。

(本気出したらどんだけ凄いんだ!?)

 頼もしい戦力だと思う反面、ずるいなというやっかみもあった。とはいえ、これからの戦いは今まで以上に苦労するだろう。ここにいるメンバーが全員揃って生きて還ってこれる保証は無い。ディノの成長を見て、かえって緊張感が高まってきた。

 女剣士がぽつりと呟く。

「やっぱり普通じゃないわね。グストって国は……」

 フィオナが不安そうに女剣士に尋ねる。

「私達、別に見つかったわけじゃないんですよね?」

「だと思うわ。でも、あれがグストの本性なのよ。怪しいものは問答無用で徹底的に叩く。殺られる前に殺れというのが染み付いているのね」

 森での襲撃は想定外だったが、あれでグストのやり方は良く分かった。おそらく奴等は我々の侵入を察知したわけではなく、未確認飛行物体というだけで無差別攻撃を仕掛けてきたのだ。それも後先考えずに猛毒を大量にばら撒いて……。

(マジキチとしか言いようが無い……)

 そんな連中の本拠地を縦断しようというのだから、この先何が待っているかは想像もできない。やはり昼間はなるべく行動を控えて夜に移動するべきだろう。そう考えて日中は隠れる場所を選んで休みを取り、日が暮れてから移動することにした。


   *   *   *


 日没を待ってから我々はゆっくりと動き出した。予定では明け方までに砂漠を突っ切って、その先の湿地帯に到達することになっている。本当は砂漠を掠めて一直線に飛んだ方がもう少し先まで行けそうなのだが、ここから直線上に進むとどうしても中都市に当たってしまう。したがって、念の為に砂漠を超えていくことを選択した。しかし、砂漠越えといってもここの砂漠はスケールが違う。結構な速度で飛行しないと朝までに越えられないかもしれない。それに砂漠だからといって無人という保証も無い。万が一、砂漠で暮らす民族とか移動中の商人とかに見られて軍に通報されたら大変だ。

 

 夜の砂漠は無言の海となって足元に拡がっていた。月明かりはそのうねりに大げさな陰影を施し、どこまでも続く波の行方を冷たく見下ろしていた。

 2時間ほど飛んだところでクーリンが呟いた。

「なんだか雲行きが怪しいなあ」

 それにつられて前方に目をやると確かに厚い雲の一団が確認できた。

「砂漠なのに雨雲?」 

 見たままの感想を口にするとクーリンが馬鹿にしたように言う。

「へっ! そんなことも知らねえのかよ。学校で習わなかったか?」

「知るかよ」

「あれは『デカンデ現象』だ。海に近い砂漠では時々あるんだ。海側で出来た雨雲が山を越える時に雨を降らせて、砂漠側に来たときはまったく降らないのさ」

 それを聞いて教科書の挿絵のような図を想像した。

「ふぅん。じゃあ雲だけか。だからこっち側が砂漠化しちゃうんだな」

 独り言で自己解決を図っているとなおもクーリンが説明を加える。

「ただ、厄介なことに雲には大量のカミナリが含まれていやがるんだ」

「ゲ! それじゃ、あまり高度を上げられないな」

「そうなんだけどよう……ここの場合、低すぎても、ちょっとな」

「は? 他になんか問題でもあるのか?」

「ああ。この砂漠には確か……」と、クーリンが言いかけた時だった。

 前を行く女剣士が突然、振り返って叫んだ。

「みんな気をつけて! ハリガエルよ!」

 また聞いた事のない単語を……。

「ハリガエル? 聞いたことないな。何それ?」

 それを聞いてクーリンが呆れる。

「なんだオメエ? ハリガエルも知らねえのかよ。本当に何も知らないんだな」

「うるせえ!」

「しょうがねぇな。一応、教えといてやるよ。ハリガエルってのは周りの色や模様に合わせて身体の表面を変化させる蛙のことさ。で、隠れて獲物を狩るんだ。長い舌でシュッてな。だから別名、『鉄砲蛙』って呼ばれてる」

「それってカメレオンなんじゃ……」

「は? カムリヨン? なんだそりゃ?」

 どんな耳してんだよと呆れつつも、この世界では『カメレオン』という生き物はいないのだと納得した。

 と、そこで「ぬあっ!?」と、クーリンが妙な声を出す。同時にガックンと強く揺さぶられ、バランスが崩れてドラゴンから落ちそうになる。

「ちょっ! 何やって……」と、文句を言いかけた時、ドラゴンの首の辺りにぶどう味のチューイングガムみたいな物体が目に入った。

「な、なんだそりゃ!?」

 ドラゴンが薄紫色の襟巻きをしてるはずがない。よく見ると綱引きの綱ぐらいの太さの物体、それも表面が粘々したものがドラゴンの首に巻きついているのだ。どうやらそれが下方向にドラゴンを引っ張っているらしい。

(カメレオン……いや、ハリガエルの舌か!)

 長い舌で獲物を狩るというのはまさにこのことか!

(けど……どこから舌を伸ばしてんだよ? こっちは空飛んでるんだぜ?)

 幾ら低空飛行とはいえ少なくとも100メートル以上は地表から離れているはずだ。

(それで舌が届くとかどんだけ長いんだよ!)

 しかもこの舌のサイズから推測するにカエルの本体はもっと大きいと思われる。ひょっとしたら象か恐竜みたいにデカい奴かもしれない。

「チクショー! 放せ! このっ!」

 クーリンが短剣で舌に切りつけるが中々スパッとはいかない。切れ味よりも弾力性が優っているようだ。仕方が無いので、ひと指し指を伸ばして軽くツゥマジカスを放つ。それでも教室の机ぐらいの幅の水刃が出て危うくドラゴンを傷つけるところだった。だが、幸い水の刃はあっさり蛙の舌を切るだけに留まった。

「うわわっ!」と、クーリンが慌てる。

 舌の引力から解放された反動でドラゴンの上体が大きく跳ね上がったのだ。何とかドラゴンを落ち着かせて体勢を整える。そして下を見るが、どんなに目を凝らしても蛙の姿は見当たらない。

「なんだよ。蛙なんて全然、見えないな」

 そう言うとクーリンが怒ったように言う。

「あったりめえじゃん! ハリガエルは擬態してるんだぜ! おまけに夜だし」

 前方を飛ぶ女剣士を見ると下の方から飛んでくる舌と格闘している。彼女は片手でドラゴンを操りながら纏わり着く舌を剣で払おうとしている。何しろ彼女一人で5本以上の舌を相手にしているのだ。苦戦は否めない。一方、後方のディノ達も同様に舌の集団に絡まれて足止めされている。

 クーリンが叫ぶ。

「チクショー! またきやがった!」

 自分達のところにも舌の波状攻撃が押し寄せてきた。取りあえずツゥマジカスを連発して迎撃したがこれで終わりとは思えない。

「何匹いるんだよ!? これじゃキリがない」

「どんどん集まってきやがる! クソ! あったまにきたぞー!」

 そう言ってクーリンは突然、ドラゴンの首を押して高度を下げようとした。

「おい!? 何で下げる? 地上で戦う気か? 相手は見えないんだぞ?」

 クーリンはこちらの忠告に耳を貸さず高度を下げると、地表に近付いたところでドラゴンの背中から飛び降りた。そして着地と同時に「ドハツテン!」と叫びながら右拳を地面に突きたてた。

(なにやってんだ? あいつ……)

 クーリンは右のパンチを地面に打ち込んだ。だが、効果音らしきものは聞こえない。普通は『ドゴッ!』とか『ズゴーン!』とかという轟音と同時に爆発が発生するなど、それなりの演出があってしかるべきだ。なのに見た目の効果はまるで無い。

「しょぼすぎる。あいつ、何がしたかったんだ?」

 呆れていると、地鳴りがするのに気付いた。いや、正確には『ズズズ』という低音がこの辺りを中心に外へ外へと広がっていくようだ。

(……これは!?)

 その数秒後、カッと砂漠全体が発光した。ちょうどカメラのフラッシュを焚いたみたいに。そして『ズオッ!』という強い振動と共に地表が跳ね、土煙が広範囲に拡がった。

(こ、これは!?)

『ズズズ……』という余韻が未だ続く。周囲を見渡すとかなり広範囲で土煙があがっているようだ。

(何の変哲も無いパンチにしか見えなかったけど……)

 唖然としていると下でクーリンが呼んでいるのに気付いた。煙が立ち込める中、ドラゴンを下降させ、声を頼りにクーリンを探し出す。そして奴を拾い上げてから尋ねた。

「さっきのは何? お前がやったのか?」

 するとクーリンはドヤ顔で胸を張った。

「あったりめぇだろ! これが修行の成果だぜい」

「驚いたな。地震かと思った」

「いいや。アレは俺が放った衝撃波だ。広く、浅く、強くダメージを与える奥義だ!」

「只のパンチじゃなかったのか」

「おうよ! 俺の類稀なる打撃センスと伝説魔法の究極コラボ! 見たかよ? おい。今のでハリガエルは全部ノックアウトだぜ」

「ほお……そうなんだ」

「あ、けど殺しちゃいないよ。気絶してるだけだ。かなり手加減したからな。やっぱ生き物の命は大切にしねぇと!」

 そう言ってクーリンは「ニシシ」と歯を見せて笑った。

(今のが全力じゃないだって? こいつ……)

 クーリンの場合、どこまでが本気でどこまでがハッタリなのか分からない。しかし、パンチ一発の衝撃波でこれだけ広範囲にダメージを通すなんて、もはやこいつも化け物レベルか……。


   *   *   *


 ハリガエルの猛攻をクーリンの一発で凌いだ我々はスピードを上げて予定よりも随分早く砂漠地帯を抜けた。そこでまた人気の無い所を選んで休憩することにした。

 自分が休む前に水を出してドラゴン達に与えていたら女剣士とフィオナがやってきた。

 女剣士が顔を覗き込んでくる。

「ねーえ、お風呂はいりたいな!」

「風呂? めんどくせ」

「お願い。だってハリガエルの唾液でベトベトなんだもん。気持ち悪いわ」

 そう言われてみれば女剣士もフィオナも髪が酷く汚れている。

「ねえ、フィオナちゃん。女の子にはこんなの耐えられないわよね?」

「え、まあ、その……はい」と、フィオナは顔を赤らめてうつむく。

(な、なんか可愛いな。おい!)

 全身を唾液でベトベトにされて恥ずかしがるフィオナ。それはある意味、性的な興奮の起爆剤になるはずだ。が、なぜかイマイチ盛り上がらない。それに2人がお風呂に入るという読者サービス的なシチュエーションもドキドキ感には繋がらなかった。

(なんだろ……ひょっとして俺、性欲無くなったんじゃね?)

 不思議と冷静でいる自分に違和感を覚えた。だが、その一方で自分がこの世界に馴染んでいることを強く実感した。ダンクロフォードというキャラの身体に憑依しているだけだった自分が、今では物語の流れに自然と参加している。それも自分の意思で!

 なんだかそのことについて考え事をしたくなって、その場を離れようと思った。昔の自分なら『覗き』を画策するところだが今はそんな気になれなかったのだ。

 そこで水を出してやった後はクーリンに任せて皆を風呂に入れさせることにした。そして自分は独りになりたくて少し離れた場所に移動した。

 

 しばらく歩くと小さな川が流れているところを見つけた。ちょうど寝転がれそうな土手もある。夜明けまでにはまだ時間がある。月明かりと星の瞬きで微かに照らされた草木のシルエットを眺めながら、戦い前の『平和なひととき』というやつを満喫してやろうと思った。

 ぼんやりと夜空を見上げていると、ふと足元に光があるのに気付いた。なんだろうと思って上体を起こす。するとぽつり、ぽつりと蛍の光のようなものが現れた。まるで最初のぽつりぽつりが合図になったかのように、次々と小さな光が連鎖的に出現して、小川の周りがクリスマス前のイルミネーション状態になっていく。光の色はピンクと青白いものもある。蛍光ピンクと蛍光ブルーの二種類だ。

「蛍……にしては色が変だな」

 しばらくその光景に見とれていたら背後に人の気配を感じた。そこで「誰?」と、振り返るのと同じタイミングで「凄いわね」という声が被った。

 そこには風呂上りの女剣士が立っていた。

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