第3話 キスしたのは妹の方かよ…

一応俺は、早乙女さんに、会釈した。


え。

なぜか、早乙女さんが、めちゃくちゃ睨んでくるんですけど…

なんかした?

生きてることそのもの? 教室と違いすぎる…


あ。そうか!

教室では言えなかったけど、3月のことを覚えていて、俺がキスして逃げたと思っているんだな。


俺が図書室をいることを聞いて、キモい奴にはシャーペンは貸せないということか。

シャーペンを返せってということか。


それとも、3月のことを謝れということなのか。


早乙女さんは、俺とは少し離れた席に座った。


俺の推理を補強するように、早乙女さんは、筆箱をガチャガチャして、返して欲しいアピールをし始めた。


せっかく、キスした相手が、隣の席というラブコメの王道のような展開だったのに…


とりあえず、シャーペンは返して、あとで須子にでも借りよう。


「さっきのこれ、お借りしたのですが、シャーペン。返します…」

俺はビビりながら、声をかけた。


「え?……貸してなんだけど。なんで持っているの?」


全否定!!!!!!


貸したという過去も消したいのか。

キスしてきたのはそっちでしょうよ…

命を助けてあげたのに、それはなくない?


「…いや……」

そういっただけなのに、早乙女さんは、手に持っていたペンで壁の方をさした。


そこには張り紙で【私語厳禁】と書いてある。

キモいから、声を出すなということなのであろう。


はいはい。わかりましたよ。

学校辞めればいいのでしょう。


俺が、シャーペンを置いて帰ろうとした時、早乙女さんは、ノートをちぎって、「どういうこと?」と筆談をしてきた。


あ、私語厳禁というルールをちゃんと守る人なのか。

偉いな。

いやいや。感心している場合ではない。


とりあえず、持っていたボールペンで、筆談をすることにした。

「僕は、さっきの授業で一応貸してもらったと思っていました」

「え? 同じクラス?」


そんなに、面白いか?

そのジョークは、中学1年生までだろ。


「一応、隣です」

筆談だからまだ耐えられるけど、直接言われていたら、死にたすぎて、死にたいところだ。


早乙女さんは、「ああ!」、と私語厳禁にも関わらず声を出した。


ニコッと笑って、「よく見て??」と書いた。


突然どうしたのであろうか。

視姦容疑で逮捕するのであろうか。


俺は美女を直視したことなんてないぞ。

なんなんだよ。もう。


整った顔、制服を着ていてもわかる大きな胸、細くて長い足。

他にどこを見て欲しいというのだ。


また筆談を始めた。

「時間切れ! 私は、早乙女陽菜の双子の妹、深月! 2組ね! よろしくね!」


この人のボケレベルは本当に低いと思ったが、改めてよく見ると隣の席にいた人よりも髪が長い…


「マジですか?」

「嘘ついてどうするの?」

声を出さないように爆笑している。


「髪の毛が長いのが私。短いのが姉だよ」


なるほど。一卵性双生児の差別化というやつか。


でも、髪の毛なんて見ないよ。


男は顔とおっぱいと足しか見ないよ……


ていうか、双子がいるって知ってなきゃ流石に、気づかないものだな。


「知りませんでした」

「ちなみに、漢字読める?」


俺はそれなりに勉強はできるぞ?

なめるなよ?


「みつきさん?」

「みづきね!」


これはやらかしてしまった。

濁点は日本語において、とても重要なものである。


茨城県の人に『いばらぎ』などと言ってしまったら殺される。


逆に俺が、街頭インタビューで好きなフルーツを聞かれて、『マンゴー!!』と答えようと思っていたにも関わらず、誤って濁点をつけ忘れてしまったら大変なことになる。

濁点はとても大切なのである。


「すみません。人の名前は難しくて」

「別に、いいよ。これからよろしく」

「こちらこそよろしくお願いします」

「双子ってことは、学校では結構有名だったから、周知の事実と思ってたよ」


どーせ陰キャだから知らないと思っているんだろう。

今日来たばっかの俺は、知らないに決まっているではないか。残念だったな。

俺様のカウンターでも食らえ。


「編入してきたばかりで」

「編入なんだ。そういえば先生言ってた気がする。月城 光くんだっけ?」

「あ、はい。そうです」

「ねえ。 編入試験でさ何か変なこと起きなかった?」


おいおい。

双子ってことは、こっちとキスしたかもしれないのか?

ちょっと…待てよ?


あの時、キスした女はロングヘアーだったよな…

ってことは…こっち…だな…。


編入試験の話題も振ってきているし、間違いねえ。

姉の方は特に編入生と言っても反応しなかったし…


編入生なんて言わなきゃ良かった…


まさか、俺が強烈なカウンターを喰らうとは…


キスした相手が目の前にいると思うと、さっきとは別の緊張感に襲われた。

とりあえず、知らないふりをしておこう。


「いや。特には何も」

「そっか。ごめんね」


なになに。その意味深発言。

キス覚えているのか。


「さっき睨んで、ごめん。いつもそこは私が座っていた席だったの。ナンパの一種かと思ったから」

自意識過剰と言いたいところだが、美しさからは過剰とはいえない。


席のことは悪いことをしたとは思う。


「それでいつも通り面倒だから、『彼氏います』で断ろうかと思ってさ」


やっぱ、彼氏いるのか…


そう思ったのが無意識に俺の顔に出てしまったのか、「口実だよ! 彼氏いないから!」と慌てて書き足した。


なんでわざわざそんなことを俺に教える必要があるのだ。

期待していいやつか?

いや待てよ。


『彼氏いないよ』と『彼氏いたことないよ』は全然違う。

3時間前に別れただけかもしれない。


いきなりキスするやつだ。

やはり、ち、痴女なのか??


「そうですか。とりあえず、席は使わないので使ってください」

「いいの?」

「こだわりないですし」

「ありがとう!」

「あと、シャーペンは返さなくていいよ。多分、陽菜ねーが私の持っていると思うし」

「それっぽいことは言っていたような気がします」


俺は席を譲り、彼女の方は、勉強をし始めた。

筆談した紙は持ち帰りたかったが、持って帰られてしまった。


あとで、2組とかで馬鹿にされないと良いが…


ラノベを読もうと思ったが集中できなかった。


それもそのはず。


近くには、キスした女が同じ部屋で、しかも近くで勉強しているんだ。

人違いでも、痴女でもいいから、もう一度あの感触を…


集中できないので、ラノベを読んでいるふりをして、観察してみることにした。


よくよく見ると、結構違う。


顔、スタイルは変わらないが雰囲気が違う。


姉の方は、ほんわかしており、妹の方は少しクールなようなイメージである。

もっと、観察したかったが、筆談していたせいで、時間があまりなかった。


予鈴がなると、彼女はそそくさと準備をして、図書室の出口に向かった。

何を思ったのか、振り返り、手を振った。


図書室には俺しかいないので、俺に手を振ったと思いたいが、もしかしたら、図書室を出る時の独特のルーティンかもしれない。


気が付かないふりをして、なんとか逃げきった。


教室に戻ると、隣にはやはり、ほんわかした雰囲気の姉の方がいる。


髪も短かったことから、本当に双子なのであろう。


午後の授業は、姉が貸してくれたシャーペンを使いながら、普通に乗り切った。


帰る際に、普通に返したが、お菓子の一つや二つを買うべきであったか。

いや。シャーペンくらいでキモすぎるか。


人に物を借りた経験がないので、相場がわからない。


学校生活は難しいな。


下校は、須子と高安と帰ることになった。


初日からボッチじゃないのは良かったかもしれない。

編入した甲斐があった。


高安は基本無口なので、俺と須子で話した。


不思議なのは、この二人だと、だんだんと緊張しなくなったことだ。

2人が陰キャだからというわけではない。


ただ、なんとなく、昔の学校にいたひどい人種ではなく、心から人を馬鹿にしない感じがするのだ。


「そういえば、早乙女さんって双子なの?」

共通の話題としてこれくらいがベストであろう。


「そうだよ! ほんと、スタイルがええですのお〜。 あのEカップはたまりませんの〜」

「なんで大きさ知っているの?」


「姉の方はモデルやっているからね!!」


まあ、そうだよなと納得する自分がいた。

身分が違う人に優しくしてもらったのはよかった。

ただ、裏では悪口とか言われてるのかなと心配になる。


「なるほど。公開されてたってことね」

「いや。残念ながら公開はされていなかったんだ」 


「じゃあ、モデルってこと関係ないじゃんか。でも、なんでわかったの?」

「目分量! 絶対間違いない! あっても1センチくらいの誤差!」




作る友達を間違えたな完全に。


ただ、今まで一人で帰っていたから、俺自身、こういう会話は楽しいと思っている。


登校初日、色々あったが、とりあえずは上出来であろう。

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