第6話 人前は大嫌いだ

今日は体力測定の日。


体育は1組と2組合同で行われる。

今日の結果は、もうすぐ行われる、体育祭に向けた参考結果にもなるらしい。


『大丈夫だ』、俺はそう自分に言い聞かせた。

俺は昔の自分とは違う。友達もできた。

最近は女子と話せるようになっているのだから。


あれ? 話してはないか。


姉の方とはラインでの会話で業務連絡程度だし、妹の方とは筆談で、それなりに話をするが、昼休みの間だけだし。


ま、昔よりは成長したな。うん。


体力測定は人前でやるから、持病が発生しないか心配だ。



体力測定を開始するに際し、ペアを作らされた。

3人グループは辛い物である。誰か一人余るのである。

ここは、公平にじゃんけん。

高安と須子がペアになった…


俺は、余り物ということで、まさかの、馬込くんとペアになってしまった。

よりによって注目されるイケメン君とだ。


まあ、馬込くん自体はこんな陰キャとペアにも関わらず、嫌な顔一つさえしなかったので、いい奴なので何も言えない。



俺は運動神経は悪くない!……と思う。

ただ、人前だと体が硬直して結果が出せないのである。


今日は人前でも、力を出したいものだ。



まずは、ハンドボール投げ。

校庭で一人ずつ、出席番号順に行っていく。


俺の順番がやってきた。


いざ、立ってみると、待機している生徒の目線が怖い。

別に誰も、何も笑ってはいない。特に何も思っていないだろう。


わかっているにも関わらず、俺は『見るな!』と心の中で叫んだ。


なんだ、この恐怖感は…

他の人にとっては、些細なことかもしれない。馬鹿らしいのかもしれない。

それでも、俺はずっと悩んできた。


もう前の学校ではない。

大丈夫。


投げようとしたところ、やはり全身の筋肉が硬直した。

それに、脳の指令が体に伝達していない感じがする。


結果的に、ロボットのような投げ方になってしまった。


飛距離は……6メートル。


待機している他の生徒の『ダサっ』という目線が死ぬほど辛い。


そして、たまたま俺の投球を見た女子たちが笑っている。


早乙女姉妹がいなかっただけありがたいと思おう。



一人でやる時はできるのに。

やはり、人の前だとできない。


単なる負け惜しみにしか聞こえないと思われるから、変に主張しないが。




ああ。でも、やっぱ治らないもんなんだな。


1回目の失敗のせいで、余計に萎縮してしまい、2回目もうまくいかなかった。



とりあえず、次の人と交代し、待機場所に戻ると、「硬すぎだよ!!ボッキかよ!!」と須子が嫌な空気感を壊してくれた。


須子の言葉で、絶望からなんとかとり戻したが、まだまだ種目は続く。


腹筋や、反復横跳びなどの多くの人に注目されない種目は、まだ、体の硬直具合は小さくて済んだ。


そうはいっても、馬込くんはあまり話したことない上、早乙女さんともなんか関係ありそうだし、色んな意味で緊張した。



結果は、すべての種目がベストの記録より下がった。



人前でやる種目はかなり成績が下がり、あまり人に注目されないペアでやる種目は、自己ベストより少し下がった感じだ。


この世は、結果が全てである。


別に、体育祭でモテたいために、運動ができることをアピールしたいわけではない。

病気が治っている指針として、今回の授業を真剣に望んだのだが、昔と何一つ変わっていなかった。



最後の種目は、50メートル走。


走った者から更衣室に向かって良いそうだ。


俺は、ペアが馬込くんだから最後になった。

というのも、馬込君が率先して体育教師のタイム測るのを手伝ったためである。


確か、体育教師がサッカー部の顧問だからとかという感じであろう。


こちらとしては本当にありがたい。


人前で走るのは本当に辛い。


緊張して筋肉が硬直すると、こけてしまう。

こけないようにすると、ロボットのような動きで、遅くなってしまう。



みんなは何も辛くなさそうに、楽しそうに走る。

俺にとっては、心から羨ましい。



やっと俺らの番が来た。

広い校庭には、俺と馬込君と体育教師の3人しかいない。


人の目線は少ない。 体育教師は計測に集中。馬込くんは走るのに夢中になるだろう。


それなら、注目は避けられるであろう。


『スタート!』と同時に俺は、思いっきり走りだした。


ただ、走ったと同時にわかった。


まだまだ体が指令通りに動かない。


結果は…


5.9秒。

やはり自己ベストより下がっていた。


馬込くんは5.7秒だった。シンプルに悔しい。


たかが、体育教師しかいないのに、体が動かないことが一番悔しい。


帰ろうとしたところ、ゴール付近に回収し忘れたハンドボールが落ちていた。


馬込くんと先生はスタート付近まで戻っており、何やら楽しく談笑している。


声をかけてもいいが聞こえないであろう。

そもそも、大声を出すのは苦手だ。

無視された時の絶望が半端ないのを知っているし。


今から、スタート付近まで走って戻るのもだるいし、楽しそうに話している空間に会話を割って入るのは無理だ。



とりあえず、投げて気が付かせるしかないか。


今は誰も見ていないから大丈夫か。


校庭は広いから、ぶつからない位置を狙って、ゴール付近からスタートラインに向かって投げた。


今回は、体が指令通り動いた。


ボールはスーッとスタート付近に、誰にも当たらず着地した。


俺は、嫌だったが、二人に大きく手を振って、忘れ物ということを知らせ、一人で更衣室に戻った。

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