第13話 怒った月城はいつもと違う

月城は、2階の応援席から、階段を使わずにそののまま、1階のグラウンドに飛び降りた。


リレーに夢中な周りは、そのことに誰も気付かなかった。

月城は、リレーのアンカーとして待機している馬込のところに向かった。


「ねえ、俺が走っていい?」

馬込はとても驚いた。 


いきなりの前言撤回。


そして、何より驚いたのは、月城が今までとは少し別人のようなオーラを放っている。


いつもの、おどどしたのとは異なり、堂々としており、目付きもハッキリしている。


何かにものすごく怒っている様子だが、なりふり構わず撒き散らしているわけではない様子だったからだ。


みんなで勝つことを第一優先している馬込は、心から月城が走ることを心から願っていた。


「え、うん! でも、いいの?」


「いや、急にごめん。走りたいならいいんだけど…」


「勝ちたいからいいよ! 正直、今の僕だと全力疾走はきついかな…今の赤組の順位も…あまり良いといえないし、逆転はできないかな。 でも、月城くんなら逆転の可能性が残っているし! 頼んだよ!」


「あまり、プレッシャーをかけないでくれよ…」

「あ、足首か…」

「一応大丈夫そう。じゃなきゃここまで言いにこないよ!」

「無理はしないでね! でも、任せます!」

「全力は出すよ!!」


馬込はバトンを深月から受け取る予定であった。


そのため、そのことを深月に伝える必要があった。

馬込は、深月を呼んだ。


「やっぱり、アンカーは月城くんがやってくれるって! だからよろしくね!」

「え…今から。馬込くんがいい…。馬込くんじゃ…ダメなの?」


「今の僕では全力で走ることはできない。それに、月城くんが走れば逆転の可能性があると思うよ! 早乙女さんなら大丈夫だと思うよ!」

「……うん。わかった……」


深月がそう言ったのには、理由があった。


深月は、運動が苦手ではない。

姉同様、得意な方である。

しかし、それは努力によって成し遂げてきたからだ。


深月は体育祭の選抜リレーの練習では、バトンのパスがうまくできず、悩んでいた。

そこで深月は、姉に頼み連絡してもらい、体育祭当日の朝、会場近くの公園で、馬込に、バトンパスの練習を手伝ってもらっていた。

無事朝練のおかげで、コツをマスターできたのである。


深月は馬込が怪我をした時、馬込のこと心配をしていたもの、それより心配していたのは、リレーでのバトンを渡す人が変わることであった。


結果的には馬込がリレーを行うこととなったので、安心していた。


それが直前になっての変更。


深月は不安に襲われていた。


その上、パスを渡すのは、月城。

今までの深月なら喜んでいた。


あまり男子と会話しない深月にとっては、月城は特別の存在であった。


それにもかかわらず、月城と話してみると、『薄い関係』と言われ、月城のことが信じられなくなってしまっていた。


深月は月城に、パスのことについて話すべきであったが、なんて会話をしていいのかわからなかった。


そのため何の説明もなく終わってしまった。


一方の月城も、深月の『馬込くんがいい』という発言に、普段ならショックを受けるであろうが、今回は特に何も感じることはなかった。


深月の発言は当たり前とすらさえ思っていたからだ。


月城は、深月がバトンを馬込に渡したいのは、馬込との思い出作りの一種であると思っていた。

それができなくなるのは誰だって嫌がる。

そう考えていた。


そのうえ、今の月城は、鬼頭の目標を潰すことしか考えていなかった。


「楽しみにしていた思い出を潰して悪いと思っている。最後の俺のわがままだと思って許してくれ」


月城は深月にそう伝えた。

月城は、もう二度と、図書室に戻らない覚悟をしていた。


リレーは流れるように進み、すぐに、ラストから2番目の深月の番がやってきた。


青組は、鬼頭の策略にも関わらず3位だった。 赤組は4位のビリで深月にバトンが渡ってきた。


深月は全速力で走った。


青組との差が結構あったものの、みるみる縮めていき、2位でゴール付近まできた。


スタートラインに立った月城はとても気分が良かった。


普段なら人前で震えが止まらない。


ただ、今の月城にとって、人の視線などはどうでも良かった。


月城の目標はただ一つ。

陽菜を侮辱した鬼頭を、一位でゴールさせないずプライドをズタズタにすること。

それしか考えられない状態だ。


そして、それが今、達成できそうでありとても気持ちが良い。



月城本人でさえ、自分が何をやっているかよくわかっていない。

どうしても、陽菜に怪我をさせたことの、落とし前をつけないといられないのである。


深月が2位で走ってきた。

あとは、そのまま走るだけである。


月城はゴール付近で盛大に暴れて話題をかっさり、告白の雰囲気に持って行かせないようにしようとさえ考えていた。


深月が近づき、月城も助走を始めた。


深月は月城に渡そうとした時、深月は足を踏み外し思いっきりこけて、パスを待っていた月城の背中を強く押し、月城を押し飛ばした。


赤組の全員がまたしても、『ああ…』とため息をついた。


深月は月城の顔を見たときに、急に、嫌われているのかと心配になって、体が萎縮してしまったのだ。


月城は、深月が嫌がらせで、押し倒したのだと思った。


「あーもう! そんなに、嫌だった? 一回ぐらい我慢してよ!」


普段とは違い大きな声を出す月城にびっくりする深月であった。


いつもと違う月城、そして何に怒っているかわからなかった深月は『ごめん』ということができなかった。


バトンパス失敗により、赤組は一気に最下位になった。


青組は3位となった。


飛んで行ったバトンを月城が探している間に、鬼頭がものすごいスピードで走り、残り二組を追い抜き一位になった。


アンカーが走る、400メートルのうち、鬼頭は約100メートル先を走っている。


急いで、バトンを拾った月城は、全力で走った。


月城は、ただ走ることに集中した。


2位で通過していた場合は楽しむことを目標にしていたがそんな余裕はない。

月城が想像していたより鬼頭は速かったからだ。


赤組をはじめ会場にいる誰もが鬼頭の青組が勝つと思った。


月城は、残りの2組との距離を一気に縮め、200メートル付近で2位に浮上した。


少し体力を消耗し失速した鬼頭は270メートル付近にいる。


月城はゴールまで約200メートル

鬼頭はゴールまで130メートル


しかし、月城が段々と鬼頭との距離を詰めてくる。


ゴール付近で月城は鬼頭と並んだ・



月城と鬼頭は、ほぼ同時にゴールした。


審判による審議が行われた。

結果は…


青組の勝利であった。


『青組の勝利』とアナウンスされても会場は盛り上がらなかった。


勝利した青組ですら勝利宣言を受けても無言であった。


会場にいる全員が、鬼頭の足の速さより、月城の異常の追い抜きの印象しか残らなかった。


個人情報保護の観点から、学校のルール上、撮影は許されていなかった。

もし、撮影が許されていたら、大変なことになっていた。


月城のタイムは世界記録を3秒も超えていた…


パスミスがなければ完全勝利をしていた。


声には出さないが全員がそう心の中で思った。




一方の月城は、周りの感想とは異なり、絶望していた。

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