第10話 1895年日本に転生しました・9

「中国の民族をそれぞれ独立させて日本に各個撃破された場合、大統領はアメリカ最低の大統領として名前を残すかもしれません」

「……努力義務くらいにしておく方が良いのだね」


 努力義務。「~するように頑張ろう」というとってもアテにならない文言ね。

 でも、この問題は現実としてはそのくらいの方が良いわ。


「ドイツの帝室を残すという件も理解したよ」

「フランスは反対するかもしれませんが、認めさせることでアメリカの地位が相対的に向上すると思います」

「おぉ、アメリカの地位が向上する?」


 ダメ出しが続いていたせいか、大統領が急に嬉しそうになったわ。


 アメリカは孤立主義を主張しているけれど、要は自分が付き合いが下手だと自覚しているのよ。だから認められると嬉しいのね。

 よく言われる20世紀前半の外交関係、日本がこの点を認識していれば良かったのだけれど、日本自体も付き合いが下手なのよね。

 下手なもの同士がうまくいかないのは、男女も国も一緒なのよ。

 だから、付き合いがうまいというか狡いイギリスと組んでおいた方が良かったということでしょう。


 ただ、付き合いというと、幕末の頃の日本人は外交センスが備わっていたという見方もあるようね。

 どういうことかというと、江戸幕府下では諸大名の国が文字通り別の国だったから自然と多国間関係で生きていくということが身についていったらしいの。

 だから明治中期くらいまでは日本の外交力は優秀だったけれど、中期以降に出て来た人達は一つの日本しか知らないから多国間関係というものを身近に感じることができず、うまい付き合い方ができなくなったらしいのよ。

 ありうるかもしれないけど、どうなのかしらね。



 話が逸れたわね。

 まず東欧の話をすることになるわ。

 オーストリア・ハンガリー帝国が終焉すると大変なことになるのは確かよ。

 だけど、肝心のオーストリアがそれ以下の存在に堕してしまったのも事実なの。連戦連敗しかも惨敗ばかりで既に権威もへったくれもない状態、軍はドイツの管理下に行ってしまったわ。

 ハプスブルク家の政府がやっていることは懇願よ。「負けた後も何とか帝国を維持させてください」とまずマジャール人に、次にポーランド人に頼んで失敗して、万事休してしまうわけね。

 ヤムチャと天津飯がこの有様だから他の諸民族もハプスブルクを見限って、今後に備えた準備をしているし、どうしようもない状態になったのよ。


 この頃は「オーストリア首相は現在アメリカにいる。ウッドロウ・ウィルソンという名前である」なんてウィーンの新聞に書かれるくらいよ。

 まあ、その辺りがウィルソンの意気込みを増したのだろうけれど、先方が完全に丸投げで奇跡を期待している中で何ができるというの?

 残念ながら外交下手なアメリカにそんなことはできないの。


 ウィルソンも再三の説明でそれを理解しているわ。

「オーストリア=ハンガリーの跡地には列強からの管財人を置くことでどうだろうか?」

「そうですね。実効性は薄いですが、それ以上の手はないでしょう」

 東欧の民族問題をコントロールすることは不可能だわ。

 だけど、その中ではハプスブルクの管財人というのはマシな方法と言えるわね。

 今はともかく昔はハプスブルク家の権威を一応認めていたのだからね。

 その余光を使い、「帝国時代にどの民族にどんな約束をしていたか慎重に調べてみるよ」と宥めながら大爆発を押さえて、前進させているフリをさせて誤魔化すのというのは良い方法だわ。


「フリじゃダメなんじゃないかな?」

 悠ちゃんはこんなことを言っているけれど、あちら立てればこちらが立たずなの。余程世界経済が良くなって、多くの民族が「まあ、これでもいいか」くらいにならないとダメだわ。

 そのための条件がこの時代にはまだ備わっていないのよ。



 東ヨーロッパの基本路線は決まったわ。次はアジアね。

「東アジアはどうしたものかな?」

「中国は当面そのままにしておくとして、あとは一応ソ連へのけん制ということで日本とともに極東に兵を差し向けることにはなるでしょう」


 ウィルソンも多少は理解するようになってきたわ。

「……ドイツとソ連が停戦して、西部戦線全力は困るから、ロシアを東部から叩きたいということだね」

 そういうこと。

 チェコ人捕虜救出というかなり苦しい理由を名目にシベリア出兵が始まることになるわ。

 とはいえ、英仏は当然ドイツに攻められているから世界の反対に軍を送れるはずがないわ。

 だから、必然的に日本とアメリカが兵を送ることになるのよ。


 これについても少し詳しく見ていった方がいいわね。

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