第8話 参政権
選挙権というのは、現代の教科書では人権という観念から考えられるけれど、根本的には総力戦思想に繋がるものよ。
選挙権もない、参加する資格が何もないというのは言ってしまえば奴隷と大差のない状態なわけ。奴隷にやる気を求めても無駄よ、全員がそうではないにしても大半は鞭を打たなければ働かないわ。でも鞭を打つ要員が必要ということは、まともな戦力が少なくなることを意味するわ。
二重の意味で損になるわけよ。
もちろん、通常時であればそれでも何とかなるのだけど、世界大戦のような総力戦となる舞台が用意されると、鞭を打たないと働かないのが沢山いると国家は困るわけよ。なるべく多くの者に意欲をもって参加してもらいたいわけね。
だから、「参加させてやるから意欲をもって働け」というかたちで選挙権を与えるわけね。そうすると本人達の効率も上がるし、鞭を打つ要員もいらなくなる、というわけよ。
「わしはそんな風に国家主義的には見ておらんのだが……」
「でも、ヨーロッパの基本的な考えはこんな感じよ。もちろん、選挙対策もあるけどね」
前回の転生でアメリカ大統領選挙と移民の話をしたでしょ? あの時は欧州系移民を取り込みたい候補者が参戦する公約をしたけれど、移民に選挙権を拡大して有利になれるよう細工するなんていうこともありうるわ。
戦後はこうした話がメインになってしまったから、選挙権の根本の部分があやふやになっている部分はあるのでしょうね。
「日本は来年には男子の選挙権が認められる。それは結構なことだけど、列強の多くの国は既に女子にも認めようとしているわ」
総力戦になると、猫の手も借りたい状態よ。猫の前には当然、女子が来てしかるべきだわ。
戦場に出るのは難しいとしても(ソ連にはいたけど)、後方での物資製造や、暗号解読や、そういうものにいくらでも必要だわ。
第二次世界大戦に参加していた主要国で、戦争前から女子参政権を認めていたのはアメリカ、イギリス、ドイツ、ソ連。
逆にすぐに占領されたフランス、ヘタリアなんて言われるイタリア、微妙な中国(国民党も共産党も)と日本が女子参政権を認めるようになったのは戦後のことなのよ。
日本も粘るは粘ったけど、参戦したのは最後だし、ある程度見えてきた後は「対ドイツを優先しよう」と様子見された期間もあるから、ドイツ並に頑張ったとは言いづらいのよね。
もちろん、この一事で全て決まるほど単純な話ではないけれど、示唆的な話ではあるわね。
「だから、犬養さんが憲政のために頑張るのは、将来的なアジア解放という目標には沿った行動ではあるのよ。ただ、アジアについて急ぎ過ぎるのは良くないわね。その前にやべきことがあるのよ」
「……男子の普通選挙の次は女子参政権を、ということか?」
そういうことよ。
ついでに幽霊にも認めてくれると嬉しいわね。
「幽霊に選挙権を認めたら、世界中が驚いて日本は孤立するかもしれないよ?」
分かっているわよ。
「うーむ、嬢ちゃんの言うことは分かるが、日本の歴史や文化的な経緯を考えると、女子にまで参政権を認めるのは難しいと思うぞ」
「日本は太平洋を通じてアメリカと隣り合っているわ。この二国が将来的に戦うことは大いにありうると思うけど、どちらが勝つかしらね?」
「そりゃもちろん、アメリカだろう。悔しいが……」
「つまり、犬養さんはアメリカの方が上と認識しているけれど、いざ戦うなら、日本はアメリカにハンデをあげて戦いたいわけね?」
「……」
まあ、アメリカにはアメリカの事情があるけど、ね。
あの国は南北戦争以降総力戦となるような必死な戦いを経験したことがないわ。
だから、黒人への差別などが露骨に残っているわけだからね。
どっちも「鬼畜米英」だの「ジャップ」だの言いながら、実は相手にハンデをあげて戦っていたわけよ。
「……うーむ、もう少し早く坊や達に出会っておれば」
犬養が急に溜息をついたわ。
「少し前まで孫文と蒋介石が日本におった。会わせることができたのだがなぁ」
あら、そういえばそうだったわね。
孫文はこの年に最後の訪日をしていたのね。既に病気に侵されているようで翌年には亡くなり、蒋介石が後継者としての道筋を立てていくことになるわ。
その蒋介石も中国で色々やりながら合間を縫って来日していて、犬養や
「犬養さんは引退したいのかもしれないけど、支持者がすんなり認めてくれるとは思わないわ。中途半端に引退したつもりでやりなおすと、気分が弛緩していて失敗するものよ。下手すると軍の栄養になるかもしれないわ」
実際、
犬養は浜口を攻撃して首相への道を拓いたけど、これがきっかけで暗殺されることにもなったし、トータル的にはいらないことをしてしまったと見るべきね
「軍部の栄養になるかもしれないなら、もっと日本のためになることをして死ぬべきではないかしら?」
「言いよるのう。2人が議員になるまで、働けということか」
「そうね。85歳まで現役というのも悪くないものよ」
同じ憲政政治家の
犬養は現役続行を決意して、逓信大臣としても更に協力してくれるようになったし、アジア主義者の仲間や政治家を大勢紹介してくれるようになったわ。
蒋介石やベトナムのファン・ボイ・チャウにも「とんでもない神童がおる」と紹介してくれたみたい。いずれ会うことになるかもしれないわね。
彼らにとっても私達と付き合うメリットはあるわ。
大衆紙である読売新聞を通じて民衆に自分達の主張をアピールできるのだからね。
器を用意して、相手に美味しいものを沢山作らせる、というわけね。
有難くいただくわ。
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