第9話 宮中へ

 1925年になったわ。

 この年、普通選挙法と治安維持法が成立するのだけど、年末のクリスマスに大正天皇が崩御して、昭和元年となるわけよ。

 昭和最後の年となる64年もわずか7日しかなかったけれど、昭和元年も6日しかなかったわけね。


 まあ、それはどうでも良い話だけど、そろそろ宮中にも乗り込むことにするわ。


 ファシズム時代の日本の主要集団としては、①資本家、②地主、③政党、④宮中、⑤軍、⑥官僚があると言われているのよ。今のところ①③⑥は順調に支持率拡大中だわ。

 地主は残りの総意みたいなものだから、おさえるべきは宮中と軍ということになるわ。

 軍は最後に取っておくから、次に進むのは宮中となるわけね。



 とは言っても、皇太子はハプスブルク家のことを通じて私達のことを知っているわ。

 それに虎ノ門事件のことを正力松太郎に教えたのも私達よ。難波作之進にも話をしていたのならば、皇太子にも話くらいはしているはずよ。


 だから、会うきっかけがあれば会ってくれるわ。


 3月に悠ちゃんは陸軍幼年学校を卒業して、士官学校に行くことになるわ。

 その前祝いよ。私の余光もあって、悠ちゃんは将来のドラフト1位間違いなしの評価を得ているわ。名球会に殿堂入りまで確実視されているのよ。

 つまり将来の陛下の大幹部になるから、口添えがあれば「ちょっと会ってみるか」という話になるのよ。

 その評判を得たうえで前田の殿様の宮様参りにくっついていって、皇太子にも会いに行くわ。

 ついでに犬養からも援護射撃を受けておくわ。持つべき者は友達よね。


 宮城に皇太子が出て来たわ。

「その方が、15歳にして将来は陸軍元帥間違いなしと言われている時方悠か」

「ははーっ」

「いつぞやのハプスブルク家招聘の時には頑張ってくれたようだな。オットーやローベルトとは今も連絡を取っていて西洋の情報を色々教えてもらっている」


 それは重畳だわ。

 1895年版のおまけでも語ったけれど、オーストリアではユダヤ系が肩身の狭い思いをしているからそうした人達への同情も口にしておくべきよ。


 ユダヤロビーの力をどこまで信用するかは別として、差別されがちな者同士、繋がりを深めておいて損はないわ。

 クルト・ゲーデルやルートウィヒ・ウィトゲンシュタインは精神的にもろいから東洋に来ることが療養となるかもしれないし、日本のためにも招聘したいところよ。


「……ふむ、それは日本のためにもなるのだな」

 その通りよ。



「犬養から聞いている。神がかり的なことを話す娘がいると、な。それがその方か」

 さすがは犬養だわ。長いこと議会にいるだけのことあって、皇太子とも頻繁に話をしているのね。

 それにしても神がかり的とはうまいこと言ったものよ。確かに私がズハズバ真理を言い当てるのは神がかりとしか思えないのは理解できるところだわ。幽霊なのだから、間違ってもいないし。


「父帝は非常に体調が思わしくない。私が天皇となる日もそう遠くないと思うが、どのような天皇を目指していけば良いのか、まだ自信がないのだ」

「目指してはいけない天皇がいるわ。殿下のお祖父様よ」

「何と……?」

 皇太子はびっくりしたし、侍従の面々もいきなり顔色が変わったわ。

 とはいえ、皇太子もここで喧嘩をしても仕方ないと思ったようよ。侍従達を「ここは私に任せよ」と制して話を進めてきたわ。

「何故、お祖父様を目指してはならぬのだ?」


 明治時代に日本は一気に近代化を果たして、列強の端に追いついたわ。

 ただ、だからイコールとして「明治天皇が近代化志向だった」となるかというと、そうでもないの。

 明治天皇が育ったのは宮中であってそこは古典で生きる世界、彼が薩摩や長州に行って列強艦隊の攻撃を直接見たわけでもないわ。


 そのせいでどちらかというと、古代中国の聖王みたいな方向性を理想としていたらしいのよ。

 即位からしばらくは、若さもあって大人しくしていて、その間に薩長土肥の面々が頑張ったから近代化が出来たけど、長じてからは彼らの足を引っ張ることも多かったと言うわね。

 天皇のそうした意向と側近共の野心とが相乗効果を起こして、戦前の極端な天皇神格化へと行ってしまったわけよ。

 忠実な者が増えたという点はプラスかもしれないけれど、「イエスマンばかりでは組織は良くならない」とも言うでしょ?

 一億人のイエスマンがいる社会が到来して、果たして良くなるのかという話ね。

 前回、奴隷には鞭を打つ必要があると言ったけれど、多すぎるイエスマンは問題なの。

 だから明治天皇を目指すのはダメなのよ。


「殿下はヨーロッパも回られたと思うけれど、日本とイギリスでは、どちらが上かしら?」

「……イギリスの方が多くの面で優れているね」

「それを打破するためには、まずは殿下がお祖父様の10倍偉大な天皇となる必要があるわね」

「うーむ、つまりイギリスに追いつくためには私がジョージ5世陛下よりも上でなければならないということか」

「イギリスに追いつきたいのならそうすべきよ」

 天皇が一番偉いと憲法にも書かれてあるわ。天皇の占める割合が大きいのだから、天皇がイギリスの為政者より頑張らないと国は良くならない。そういう理屈よ。


 まあ、現時点でも皇太子は頑張っているし、不満をもつものはいないと思うわ。ただし、現状に満足していても仕方ないのよ。「更に正しい方向に向かわせる」という意気込みを見せないことには周りは動かないわ。周りにいるのはイエスマンばかりなのだからね。

「涼宮ハルヒは『ただの人間はいらない。宇宙人、未来人、超能力者、異世界人を』と言ったと言うわ。私は『宮中にただの日本人はいらない』と言うのよ」

「……涼宮ハルヒって誰?」

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