第11話 1895年日本に転生しました・10

 時は日露戦争前。


 日本の最高学府帝国大学今の東京大学法学部教授の戸水寛人とみず ひろんどを中心とする帝大七教授は、強硬な日露開戦論を時の内閣総理大臣桂太郎に叩きつけたわ。

 戸水は「バイカル博士」の異名をとるほどの対ロ強硬論者であり帝国主義者だったの。バイカルというのはバイカル湖のことよ。「そのあたりまで日本は占領すべきだ」と言っていたわけね。彼の認識では最終的にはウラルとかヴォルガあたりまで日本領だったみたいだけど。


 日露戦争の終わり方はみんな知っていると思うけど、ポーツマス条約では賠償金を取れなかったわ。

 しかし、戸水は当時、多くの媒体で「30億円くらい取るべきだ」と主張していたの。日清戦争で清から取ったのが円換算で3億ちょっとだったらしいから、その10倍近くね。2024年のウクライナや国家消滅をさせられたポーランドでもここまでの要求は出さないんじゃないかくらいの額になりそうよ。

 日本の最高学府にいる知識人(らしい者)がこんなことを言うのだから、条約の中身が分かった後、日比谷で暴動が起きるのは当たり前といえるわね。

 彼があまりにも政府の足を引っ張るので、大学総長の辞任にまで発展したわ。迷惑な話よね。

 ただ、この記憶は10年ちょっと経っても残っていたわけよ。当時若者や子供だった現役の若い兵士達には、ね。


「小村(壽太郎・当時の外相)がダメだっただけで、日本はもうちょっとロシアから取れたはずだ」


 そんな時にロシアで革命が起きて、共産主義革命を唱えるソ連が成立したわけね。

 小村のアホのせいで賠償金は取れなかったけど日本は10年ちょっと前のロシア時代にも勝ったんだし、そのロシアが倒れてソ連が出来たけど出来たばっかで弱いだろう、しかも他国も協調するなら、バイカル湖あたりまで行けるんじゃね?

 そう考える人がいたとしても不思議ではないわね。


 しかも、日本は満州に大きな権益を持っているわけで、そこと絡めて要請されたシベリア出兵論と異なる色気を持っていた部分はあったのだろうと思うわ。


 結局ヨーロッパの連中はすぐに帰ったし、アメリカも1年ちょっとで帰国したけれど、日本は何かしらの成果を求めて更に2年ほどい続けていたのね。

 そのよく分からない態度に国際社会の批判も強くなったし、何も得るものもなくて戻っていったわ。

 このあたりで、「日本は変な野心持っているんじゃね?」的なことを疑われるようになったわけよ。


 まあ、もっとも、日本だけを責めるのも筋違いと言えるわね。

 日本が日本で未練を感じていれば、ロシアも未練を感じていたのね。

 ヨシフ・スターリンは日本との関係について「日露戦争前に戻したい」と思っていたらしいわ。臥薪嘗胆、いずれは樺太と北方領土を取り返すという意識でいたようよ。

「おまえはグルジア(ジョージア)人でロマノフ朝ロシア帝国の継承者なわけないやん。しかもその頃ロシアにしょっちゅう逮捕されて収監されてたやん」って突っ込みたくなるかもしれないけど、そういうものなのよ。


 歴史的な部分では日露戦争という戦争は1905年で終わりとなっているけれど、お互いの中で続いていた部分があったというわけね。


 こうした19世紀後半から積みあがったものが本質的な解決を見ることなく、最終的に爆発した結果が第二次世界大戦なわけよ。

 そうしたものをきちんと把握し、丁寧に除去していくことによって、別の世界秩序が出来るというわけなのよ。



「確かに今までのことはそうだけど、僕達はアメリカにいるから、日本の状況には関与できないよ? 今の話だと日本は早めに撤収した方がいいってことだよね? 大丈夫なのかなあ?」

 悠ちゃんが心配しているわ。

「大丈夫よ。バタフライ理論というものがあるでしょ。私達が少しずつ歴史を変えることによって、アジアの方では嵐が起きているはずよ」

「ということは、日本はもうちょっと理性的になると」

「……多分。恐らく、Probably、Maybe……」

「どんどん確率が下がっていない?」

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