第6話 アジア主義の人

 早期攻略という意味では、新聞社を持てたのは大きいけれど、私達は中学二年相当。

 とんでもないレベルで身の回りを固めてしまっているわ。

 とはいえ、私達は言ってしまえば勉強などする必要のない身。


 いえ、正確にはこの大正末期から昭和初期の女子の勉強は非常に大変だわ。

 前世でも死んでからも全く無関係だった裁縫や家庭科といった科目の比重が重いという問題点があるのよ。この点では前回のアメリカの大学の方が遥かに楽だったわ。

「千瑛ちゃん、裁縫とかやると指が包帯まみれになるものね」


 遺憾ながら、この点に関しては認めざるを得ないわ。

 幽霊歴が長いから物理の痛みを感じることが久しぶりすぎて結構辛いのよ。

 ドロップアウトしそうだからむしろ退学して、経営に専念した方が良いかもしれないわね。

「確かにそうだね。新聞社経営に専念して、次の方へ経営拡大したら?」


 ということで、悠ちゃんは引き続き陸軍幼年学校に通い続けるけど、私は女子学校を退学してモブ父をコントロールして新聞社を経営することにしたわ。


 この時代、新聞は知識人階級のものという認識があったわ。

 だけど、正力松太郎は読売新聞を大衆紙へと切り替えていったのよ。

 まあ、社長の座を引き継ぐ際に、前任社長含めてほとんど追い出したから(私も右に倣えよ)、路線変更をするしかなかった側面もあったのでしょうけれど。

 この時代自体がエログロナンセンスというものに代表されるのだけれど、それを徹底したのよ。

 庶民には難しい話はいらないわ。エロとグロがあればいいのよ。

 政治の話を載せるより、卑猥な話を載せればいいの。


「微妙に庶民を馬鹿にしていない? ……でも、経費の使い道を見ると結構官僚の接待が多いよね。特に逓信省関係はほぼ全員接待しているみたいだけど?」

 中々鋭いところに気付いたわね。

「政治の記事は特別載っていないけれど、それなのに官僚に攻勢かけるのはどうして? 正力松太郎は政治工作していたらしい話もあるけど」

「正力は正力で活動しているわ。私の活動は全く別の目的よ。それはいずれ明らかになるわ」

「……まあ、千瑛ちゃんがそういうのなら、間違いはないと思うからこれ以上追及しないよ」

「陸軍幼年学校の方はどうなの?」

「問題ないんじゃないかな。前田の殿様は派閥に属してないから、これといった仲間はいないけど、僕は気前が良いから人気はあると思うよ」


 そうね。私もそうだけど、稼いだお金はほぼ全額他人にあげちゃっているわ。

 人生二回目を経験すると、必要以上のお金なんていらないのよ。昔に転生する分にはいくらでも稼ぐ方法は分かるのだし、持ち越しもないから使い切りで良いのよね。攻略が楽になるし。


「だから攻略という言い方は……。ちなみに前田の殿様も金遣いはすごいよ。くっついていると宮様参りとかそういうのが多いんだけど、バンバンお金が飛んでいるよ」

 前田の殿様はやはり侯爵だからね。一般人とは付き合いづらいのよ。

 だから、宮様と一緒にいることが多くなるけれど、そうなると余計に周囲からは浮いてしまうわね。

「僕は可愛がられているから気にしないけど、東条英機じゃなくても、お高い人だって反感持ちそうな気はするよ」

「ちなみに東条との関係はどうなの?」

「うーん、どうだろう? きちんと会話したことないなぁ。どっちかというと東条より永田さんの方が上だし、永田さんからはたまに『悠坊、うちの陣営に来いよ』とか言われるよ」

 陸軍きっての優等生として知られる永田鉄山ね。

 前田の殿様は陸軍大学23期の3位、永田鉄山が2位だったのよ。

 では1位は誰かというと、史実では最後の参謀総長を務めた梅津美治郎うめつ よしじろうよ。

「梅津さんは千瑛ちゃんより幽霊みたいな人だよね。無口だし、いつも淡々としているし。仕事はしっかりしているみたいだけど」

「梅津は仕事を与えればやるのだけど、自分からガツガツ求めに行く性格じゃないのよ」

「そんな雰囲気はあるよね。誰かにくっついた方がいいのかな?」

「いらないわ。陸大まで行く前に軍を離れてもらう予定だし」

「そうだね。そもそも僕が陸大行っても、出るまでにタイムリミットが過ぎてしまうしね」

 それもそうだったわ。


 1924年は新聞社の経営と、官僚の接待に明け暮れることになったわ。

 当然、官僚と仲良くしていると大臣も出て来るのだけど、この時代の逓信大臣は犬養毅よ。

 年末の会合で会うことになったわ。

 彼は数えで70歳、私達と彼とではまさしく祖父と孫といった関係ね。

 どうしても5・15事件で殺された人という印象が残りがちだけど、彼がただ者ではないのは事実よ。孫文を支援したこともあり、蒋介石はもちろん中国の要人も多数知っているわ。

「良いかね、坊や達。欧州列強に支配されたアジア地域を日本が助け、革命を起こさせないといけないのだ」

 と、アジアの開放政策を主張しているわね。

「でも犬養さん、アジアにはこれといった強い信念がなく、日本にしてもアジアに強い信念をもっていないわ。そのような状態で仮に革命を起こしたとして、行きつくところは何なのかしら? 共産主義くらいしか思いつかないのだけど? 反ヨーロッパだけで全ての人を従わせるのは難しくないかしら?」


 ファシズムで従わせようにも、日本のファシズム自体いい加減なところもあるのだしね。

 ヒトラーやムッソリーニは10年以上権力を掌握していたけれど、日本は入れ替わり立ち代わりよ。と言って、影から支配していたような存在も見当たらないし。

 日本は「何となく」空気を読んで、それがファシズム方向にあったのは確かだけど、アジアの他地域の人にまで「空気読んでくれ」というのは不可能だわ。


「つまり犬養さんの考えは現実的とはいえないのよ」

「まあ待ちなさい、話せば分かるようになる」


 む、その言葉を出されると、とりあえず聞いてみるしかないようね。

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