第16話 アメリカ財界を掴め

 一週間後、ニューヨークで実業家達の会合が開かれたわ。

 私達は、ウィリアム・ハーストに招かれて、この会合に参加することにしたのよ。


 うん?

 前回、あれだけ追い詰めたのに招待されたのは何で、って?

 激闘を繰り広げた両者が、次の章では共闘するのは王道パターンでしょ。

「激闘というより、ほとんど通り魔的にボコボコにして、勝手に『このくらいで勘弁してやるわ!』って解き放った感じだけどね……」

 悠ちゃんは黙っていなさい。


 実際は裏があって、私達が彼のスポンサー料の4割を負担することにしたのよ。その代わり、アジア地域では私達読売新聞にもスポンサー権を持たせてほしいと言ったわけね。

 ハーストは今のところ日本や中国で新聞を売るつもりはないわ。負担が減るのは有難いわけで、喜んで応じてくれたのよ。

 そして、それだけの出費をしたのだから、日本の事件やビジネスにも「一枚噛ませろ」となってきたのよ。これまではどうでも良いと思っていた日本のことを、ネタとして扱おうという気になったわけね。

 出費をレバレッジにして、更に儲けようという算段よ。さすがに新聞王と呼ばれることはあるわ。


 こうして顔を広めていく中でジョン・ロックフェラーと会う機会もあったわ。

 ロックフェラーというと世界支配を目論んでいるとか言われる陰謀論でも有名な一家ね。そんなに暇ではないはずだけど、色々なところに顔を出してくるのは確かだわ。

 彼は関東大震災の際に図書館再建のために400万ドルも寄付してくれたから、そのお礼をするとともに日本における教育の必要性をアピールさせるわ。

「図書館というのは非常に大切な存在です。というのも、日本はまだまだ教育レベルが一般庶民にまで届いておらず、産業が若い労働者を吸収できずに彼らが移民として渡ります。ただ、教育レベルが良くないまま行ってしまうのでトラブルも多いようで心苦しいです」

「私もその点には心を痛めているよ」

 こういう形で認識させておいて、これを色々な新聞に語らせるのよ。私や悠ちゃんが言っても説得力がないけど、ジョン・ロックフェラーが言えば「そういうものか」とアメリカ人は思うのよね。

 同時に遠回しに、「日本の教育界のために寄付してね」とアピールしているのよ。

 半年後に100万ドルを寄付してくれそうね。


 話題は世界経済のことにも及んだわ。

 世界恐慌の半年前ということで、今が最大限にバブリーになっている時よ。

「ちょっと行き過ぎを感じますね」

 アメリカでは靴磨きの少年ですら投資を勧めるというわ。

 ここまで投資熱が行ってしまうのはまずいわね。

「君達もそう思うかね。ただねぇ、我が一家は広くやりすぎているから」

 ジョンはお手上げとばかりに両手を広げたわ。


 これは確かにそうね。ロックフェラーはアメリカ経済のいたるところに根を広げているわ。これを下手に引き上げると、それが不況の呼び水になりかねない。元々大成功していて妬まれているところに、そんなことをすると大批判必至だわ。

 難しいかじ取りね。

 ロックフェラー家に生まれなくて良かったわ。


 更に今後の予定も聞かれたわ。

「せっかくだから近いうちにカーネギー財団との会合をセッティングしたいのだが」

「明日からしばらく、日米野球のスケジュール調整に励みたいと思います」

 カーネギー財団もまた、有力な組織よ。

 その会合チャンスを逃してまで日米野球というところにジョンは疑問をもったようだわ。

「日本人はそんなに野球が好きなのかね?」

「野球も好きですが、日本は世界に認められたいという意識を強くもっています」

「……?」

「つまり、ロサンゼルスの次にオリンピックを開催したいと考えています」

「ほう、オリンピック……」


 3年後にはロサンゼルスで夏季オリンピックが開催されるわ。

 その後、次回のオリンピックをどこで開催されるかが決まるのよ。

 史実ではもちろんベルリンに決まるのだけど、別に東京が横取りしても構わないでしょ?


「ロスの次は1916年に開催予定だったベルリンが有力ですが、ベルリンを含めた中欧はユダヤ人差別がはびこっていますし、不況に苦しむ彼らはそれを是正しようともしません。オリンピックにふさわしい環境とは言えません」

 1929年時点のナチスはまだ地方政党の域を出ないけれど、極右極左が伸長しているのは間違いないの。自由を愛する知識人はドイツに警戒しているわ。

「そういう話は聞いている。確かにそうかもしれないね」

「また、ヨーロッパとアメリカ以外に、アジアでもオリンピックを開催するということにも意義があると思いませんか? アメリカは自由と平和を重んじているのでしょうし」

 差別意識はもちろんアメリカにもあるわ。

 実際にはヨーロッパより酷いかもしれないわね。

 だけど、本人達は認めたくないわ。否定したいものなのよ。

 自分達は差別主義者ではないと証明したいから、「ユダヤ人差別をするようなドイツではなく、アジアで開催させるべきです」とIOCで主張してくれるのよ。


 少し話をして、ジョンは支援してくれることを約束したわ。

「ただ、私の力はヨーロッパにはそれほど及ばないよ」

「はい。ですので、ヨーロッパには日本から精鋭を送り込むつもりです」

 日本にもオリンピックを開催しようと頑張った人達がいるのよ。

 彼らを史実の3倍こきつかえば、余裕で行けるわね。

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