第2話 ソ連を知る

 ということで、1922年の日本に転生したわ。

 生まれた翌年には関東大震災があるわけだけど、今回の生まれはこの時代は日本領だった南樺太からふとよ。地震の影響を感じることはないわね。


 今回も例によって、悠ちゃんと事前会議をしておくわ。

「樺太なうえに、親は地質学者という設定だからソ連領内との行き来はしやすいわ。仕事で行き来できるのよ」

「そこでソ連側の評価を受けて、中央に行こうというわけだよね? でも、ソ連に入れても中心地に行くのは難しくない?」

「そこは問題ないわ。日本の共産主義者達にこっそり手紙を出しているのよ。学者は評価されるものだし、一般共産主義者が自分の手柄にしようと誘いかけてくるわ」

 一般共産主義者は無邪気に自分の出世のみを考えるものだわ。有為な人材をレーニンやスターリンに紹介しようとして、コミンテルンに一緒に行こうと誘いかけてくるのよ。

「……自分の親を釣り餌にするなんて、千瑛ちゃんは本当に容赦ないね」

「さすがにここまでやるのは気も引けるけど仕方ないのよ。時間がないのだから」

 前回は読売新聞の社長になれたのだし、多少の苦難は甘受してほしいわ。


 さて、実際に行く前にまずはソ連という国の性質を押さえておく必要があるわ。

「確かに、もう崩壊してから30年以上が経過するし、漠然としたイメージしかないのは事実だね」

「そうよ。だから、イメージを掴んでおく必要があるのよ」


 幸い、日本人にはソ連を理解するうえでとても参考になるものがあるわ。「キン肉マン」のウォーズマンよ。「キン肉マン」が分からない人は調べてちょうだい。

「……ウォーズマンに対するとんでもない風評被害な気がするんだけど……?」

 事実だから仕方ないのよ。

 共産主義の大物であるソ連と中国を支配したのは、理論派ではなくマッチョなスターリンと毛沢東よ。

 彼らは「両手で耕せば収穫量が二倍、いつもの二倍の時間働けば更に収穫量が二倍」くらいの勢いで経済を考えているわ。そうやってアメリカの1000万パワーを上回ろうと目論んでいるのよ。

 ウォーズマン理論と共産主義の理論には恐るべき相似性があると見るべきね。

「……全く間違いと言えないあたりが嫌だなぁ」

 そして、その呼吸よ。

「あの、コー、ホーっていうやつ?」

「そうよ、広報、広報。共産主義がプロパガンダで成り立っていることを忘れないように、日常的に主張しているのよ」

「あれってそういう意味だったの!?」

 それ以外に何の意味があるというの?

 あと、100万パワーと言って凄いように見せかけて、案外張子の虎というあたりも似ていると言えるわ。

「……ウォーズマンファンから刺されそうな気がするんだけど?」

 唯一、違うのは短時間しか戦えないところかしらね。実際のソ連はむしろ最初しばらくはどうしようもなくて、そこから年単位で戦えるタイプだわ。

「……そのソ連で緒戦を勝つというのは大変だよね」


 逆に考えるのよ。

 この有様でも、緒戦の完敗で終わっていないのだ、と考えるべきなのよ。

 普通にやれば、ドイツと十分に戦えるのだ、と考えるべきなのよ。


「あ~、確かにスターリンが粛清しすぎて赤軍が崩壊して、ドイツが攻めてきた時にはどうしようもなかったと言うよね。じゃあ、頑張ってトゥハチェフスキー(※)含めた有能な人の生存ルートを目指すんだね」

「馬鹿を言わないでちょうだい。トゥハチェフスキーは軍人としては有能かもしれないけど、所詮政争で負けた人間よ。ジューコフで勝てるのに、不確定要素を持ち込むべきではないわ」

 スターリンである程度できているのだから、その路線に従うべきよ。

 根底から覆すとなると、何度リセットが必要になるのか考えてちょうだい。


「え~、既存ルートではドイツに勝てないのに、既存ルートに従うの???」

 悠ちゃんは混乱しているわね。

「1895年版で言ったでしょ。私達はスターリンという人物をもう少し理解すべきなのよ」

「スターリンを理解?」

「そうよ。彼はとてつもない働き者だわ。そして自分より有能な者は妬むし、無能な者は切り捨てるという非常に困った特性があるの。だけどその一方で、自分にできない形で自分のプラスになる存在は見極めるのよ」

「自分にできない形でプラスになる?」

「そうよ。例えばどんな手段を使っても戦場で勝利をもたらすゲオルギー・ジューコフみたいな存在がそれよ」

 ジューコフ以外ではヴャチェスラフ・モロトフ、アナスタス・ミコヤンがそうした存在になるわね。


「私達は基本的にはミコヤンにくっつくわ。ソ連のために石油を売り、ソ連のために地下資源を見つけ、ソ連のために金を稼ぐのよ」

「……」

「どうしたの?」

「いや、ソ連に来て金儲けするの? 根本的におかしくない?」

「当然でしょ。ミコヤンが人生を全うし、最後まで重用されたのは、彼が一番モスクワにお金をもたらしたからよ。彼がお金を稼いだから、みんなが共産党ゲームを楽しむことができたのよ」

「な、なるほど……」

「そしてゲームにも結構金がかかるのよ。ミコヤンは頑張って資金をもたらしたけれど、彼の努力では課金し放題とは行かないのよ。課金し放題がゲームに強いのは世の摂理よ。史実の何倍も稼ぐのよ」

 そうすれば、スターリンは容赦なく共産党ゲームを進めることができるのよ。

「あ、つまり、スターリンに史実以上の政治工作資金を与えて、党内掌握をさっさと完了させて対ドイツ戦準備をさせると?」

「ようやく理解したようね。ただ、注意しなければいけないのは、ソ連とスターリンはウォーズマン体質ということよ。戦いそのものでは役に立たないから過信してはいけないわ。そこを認識しつつ進めていくことになるわね」

「……本当にファンから刺されるよ?」



※ミハイル・トゥハチェフスキー……赤軍のナポレオンとも呼ばれた名将。スターリンと対立して粛清された。

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