第11話 満州
1925年には、宇垣軍縮も始まるわ。
世界が軍縮傾向にあるし、関東大震災の復興で大変な時に軍隊なんか沢山置いていられないということね。ただ、一部の面々は「陛下の軍隊を減らすなどもってのほか」と怒り出すのよ。
こうした面々が皇道派として活動していくことになるわ。
まあ、それは良いわ。
たまには骨休めも必要よ。チャップリン製作の傑作『黄金狂時代』の試写を見ることにするわよ。
アメリカでは6月放映、日本では12月末放映だけど、私は日活の上に立ってチャップリンと交渉しているから、9月の段階で見ることができているのよ。
素晴らしい映画ね。
21世紀の騒々しいだけの映画とは違った趣があるわ。
映画館で食べるスナック菓子にも独特の趣があるわ。このしょうゆ味のスナック菓子はレトロ調満載で最高といっていいわね。
「軍はまだいいの?」
「まだ放置しておいてOKよ。というより、1895年編では15歳からアメリカ生活がスタートしたのよ。今、1910年編で15歳だけど既に7割方終わっているわ。このままではあと3年もあれば日本を支配することになってしまうわ」
「白洲次郎の登場機会はなさそうだよね」
「吉田茂もね。予想外に早く進み過ぎているわ」
もちろん、色々なことを想定して、抑えられるものは抑えておくけれど、必要なくなる手も多くなりそうね。
まあ、そのくらい万全を期して臨むべきものよ。
「……でも、今後の展望としてはどうしていくわけ?」
「何のかんのと1930年代になるとあちこちで戦闘が勃発するわ。日本も今のままだと満州事変を起こすでしょうしね」
「何だかんだで、満州権益は大きいし、関東軍にも手を出しづらいけれど、どうするの?」
満州には日本の都督府があるし、関東軍も滞在しているわ。
彼らはこれからどんどん力をつけていくのよ。『満州は日本の生命線』というのも満更嘘ではないわね。
「そうね、関東軍対策はそろそろやっておきましょう」
映画を見終わると、新聞社に出かけたわ。
読売新聞は一般大衆路線にチャップリンやら野球の話題も加えて大盛況よ。
売上の一部は官僚の接待費に回しているけれど、それ以外にも震災後苦しんでいる他社の救済などをしているわ。
そうやって救済している時事新報から、満州問題に詳しい記者を呼んできたわ。
早速話をするわよ。
「満州は今後も発展しそうね」
「そうですね。活力がありますね」
満州の強みは資源などが多いこともさることながら、自由よ。
日本本国と違って、大きな責任を持たなくて良いから政策などを好き放題実験できるし、脛に傷持つやり直したい者も含めてやる気のある面々がどんどん集まっているわ。
今後、更に権益が集まって、「弐キ参スケ(※)」に代表されるような実力者を出していくことになるのよ。
「仮に関東軍が北京まで制圧したら、めでたいことかしら?」
「それはもちろんめでたいことですよ」
「本当にそうかしら?」
自由を満喫している面々がどんどん勢力が大きくなっていく。
今はもちろん、日本との連帯が必要だわ。
だけど、もし、それが必要なくなったら?
「いずれ関東都督府と関東軍はこう思うでしょう。『古いしやる気のない日本から離れて、自分達だけでやった方が良くなるのではないか』とね。200年前のイギリスとアメリカの関係よ」
アメリカがイギリスから独立したように、いずれ満州勢力と中国が一緒くたになって日本から離れていくことになるわ。その方が得なんだもの。
「清も含めて、歴史的に中国の外縁地域が中国本土を占領した場合、ほぼ同化しているわ。モンゴルしかり女真しかり。日本だけが例外と言うには、現状はあまりにも危険ね」
「……しかし、こんなことを記事にしたら軍から物凄い突き上げを食らってしまいますよ?」
「今すぐ書きなさいとは言わないわ。だけど、こういう状況になりうるということをそのうち記事にしたら面白いと思わない?」
そういうことをいずれ書かせてやるから準備しておきなさい。
そういう私の意図を読み取ったようね。「分かりました」と力強く頷いてくれたわ。
「……日本と満州の間に離間の楔を打ち込むなんて恐ろしいことを考えるね、千瑛ちゃんは」
「でも、実際そうなりうる未来よ」
「確かに、中国と日本が一緒になったら、日本は海に浮かぶ万里の長城みたいな扱いになりそうだよね。それは中国人でも日本人でも変わりがない、と」
日本が満州とともに頑張って目的を達成した。
そんな未来線は素敵かもしれないわね。
でも、全てを達成した後、捨てられるのは日本の方なのよ。
しかし、本当にまずいことになってきたわ。
「どうしたの?」
「今回はさすがに20話かかると思っていたのに、このままだと15話までに終わるかもしれないわ」
「さっさと終わらせて、後はこの時代で遊んでいればいいんじゃない?」
(※)弐キ参スケ……主に1930年代に満州で辣腕をふるった5人の実力者の名前の末尾を取った呼称。
5人の内訳は東条英機(キ)、星野直樹(キ)、岸信介(スケ)、鮎川義介(スケ)、松岡洋右(スケ)
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