第6話 石油と美術品の交渉をせよ
カフカースと中東石油に関わっているのはロスチャイルド家、ロイヤル・ダッチ/シェル社、BP社などよ。更にグルジア王家や地元の元貴族も権益を主張しているわ。
ソ連は一度は権益全てを取り上げて、自分達の取り分にしようとしたわ。
だけど、そうすると全員が反発して誰も買わなくなったのは前にも言った通りよ。2022年にウクライナと戦争する前も幾つかの産業で似たようなことが発生していたわね。
最初の交渉相手は現地の有力ビジネスマンのカルースト・グルベンキアンよ。アルメニア系イギリス人で旧オスマン地域の油田発掘には頻繁に出て来る男だわ。
同時にこの男は芸術品コレクターでも知られているわ。
これからソ連は軍資金欲しさにエルミタージュ美術館の美術品も大量に売却するのだけど、彼がこれらも買い付けることになるわね。ただ、予想したほど高値で買ってくれなかったからアメリカの富豪に売りつけることになるのよ。
グルベンキアンは9月に来てくれたわ。ふんぞりかえって座っているわね。
「こういう資料があるのだ。見てもらえないかね?」
サダモフが資料を渡したわ。
はじめはやる気がない様子だったけれど、たちまち食い入るように眺め始めたわ。
「信じられない……これだけの採掘量が予想されるだと?」
「5パーセントやるから、我がイラク……ソ連に対して協力してくれたまえ」
グルベンキアンはニヤッと笑ったわ。
「採掘に協力するのにたったの5パーセントなのかい? 私を舐めてはいけないよ」
そう返事すると、サダモフが突然興奮して立ち上がったわ。
「おまえはイラクのキルクーク油田でも5パーセントの権益で採掘したではないか!? 私がこの時代に生きていたら、そんな傲慢な奴は鞭打ちだというのに!」
「サダモフ、落ち着きなさい」
「ガルルル……」
モブなんだからもう少し大人していなさいよ。
まあ、とにかく、グルベンキアンは色々なところで「5パーセントくれ」と言っていたらしいわ。
だから、西シベリアでも5パーセント以上は渡さないわ。本人が望んでも。
いずれにしても、グルベンキアンは驚いているようよ。
5パーセントを要求するという自らのやり口を知られていたことと、イラクの油田開発の情報をサダモフに握られていることに驚いたようね。
サダモフを侮れない存在と見たようだわ。
2人の話はまだ続くわ。
「条件が飲めないというのなら、西シベリアの利権はアメリカに渡すのみだ」
「……いや、アメリカは動かないはずだ」
「そう思いたいのなら、そう思っておけばよい」
さすがにサダモフ、世界と丁々発止渡り歩いただけのことはあるわね。グルベンキアンが不安そうになってきたわ。
抜け穴を探して、安く仕入れようとする連中はいるものよ。そういう連中に全部かっさらわれたら、グルベンキアンは顧客に対して顔向けできなくなるのよ。
「……そもそもソ連がもし自力で全部掘れるようになる可能性がある。おまえがソ連に恩を売れるのは今のうちだけだぞ?」
「ぬぬぅ……、分かった」
グルベンキアンが折れたわ。
石油の件はひとまず妥結を見たわ。
ただし、これでは現時点では金にならないという難点があるわね。
5か年計画達成のためには、なるべく早めに換金したいのよ。
「ところでグルベンキアンさん、この絵に興味はない?」
ということで、エルミタージュ美術館の絵を見せるわ。
「……これは、ヴァトーの『メズタン』? ソ連が美術品を販売するという噂は本当だったのか?」
彼は美術に詳しいわ。金が欲しいソ連が美術品をマーケットに出すかもしれないという情報も知っていたようね。話が早いわ。
「この絵に70万ドルくらい欲しいわね」
「とんでもない。いくら何でもそれは話にならない。確かに高価な絵だが、そこまでの価値はない」
「……そうかもね。でも、質としての価値を加えたらどう?」
グルベンキアンが目を丸くしたわ。
「ソ連は西シベリアまでの交通網を整えるのに前借りしたいのよ。意味は分かるわよね」
70万ドルは石油が沢山出てくればソ連がいくらでも払えるものだわ。だけど今は払えないのよ。
そのために絵を質にして借りるのよ。
借りて、石油が出た後に返済するのよ。
本来なら利子がつくはずだけど、それは絵の価値の中に含むから、借りた額だけ返せば良いという理屈ね。
そして、彼らもそれに応じる方が利口と気づいているのよ。
「それとも、イギリスの人達がシベリアに頑張って労働力を連れてきて、鉄道や道路を作ってくれるの? 有難いお話ね。いくらかかるのかしら?」
石油を掘り当てただけでは話にならないわ。
運搬のために道路や鉄道が必要になるの。
それを作るのは大変よ。はるばる西シベリアまで労働力を連れてくるか、現地で募集するか、いずれにしても莫大な費用がかかるわね。
ソ連に任せれば安くつくわ。
強制労働というよろしくない手段で作っていくのよ。効率は悪いけど、人数がけた違いだから非常に低コストにできるわ。
そして、そういうよろしくない事を黙認して上前だけを撥ねるのがブリティッシュスタイルよ。
「……分かった。現地調査したうえで、本物ならば絵画の件も含めて応じよう」
うまくいったようね。
「絵画を担保にくっつけて多額の前借りをするとは、さすがにガスパジャー・チエはすごいですね」
サダモフが褒めてくれるけど、別にたいしたことはしていないわ。
絵画のように価値が見えないものは幾らでも値段をつけられるわ。そうした裏金やらは日本の政治家だってやっていることなのよ。
スターリンはじめ、モスクワ生徒会の人達は美術の価値が分からないから、そうしたことに気付かなかったようね。
この方法でやれば、史実の5倍くらいは稼げるわね。
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