第13話 恐慌に備えて

 昭和の幕開けは不況とともにスタートよ。


 いわゆる震災手形の不良債権化が顕著になり、時の蔵相が「渡辺銀行が倒産しました」とコメントしてしまって一気に取り付け騒ぎが起きて、金融危機が発生してしまったのよ。


 昭和金融恐慌の到来だわ。



 私は悠ちゃんと共に天皇陛下とこの話題について語ることになるわ。


「金融というものは海の波と同じで高かったり低くなったりするものよ。今後も金融危機は到来しつづけるわね。今回のはあくまで前兆と意識すべきで、もっと大きいものが来ると思った方が良いわ」


「もっと大きいのが来るのかね?」


 陛下はかなり落胆した様子で尋ねてくるわ。


 だけど、来るものを来ないなんて言っても何も解決しないの。私は事実だけを伝えるわ。


「間違いなく来るわ。世界は世界大戦で大規模消費に慣れてしまったの。だけど、それは例外的な世界よ。世界大戦という麻薬がなくなった結果、舵取りを間違える者が一国、二国と出て来るわ。それは世界に波及するのよ」


 世界恐慌が昭和四年に来るのは誰でも知っている通りよ。それが翌年には昭和恐慌となって日本にやってくるわ。


 結果的に日本はいち早く切り抜けたとはいえ、その被害は非常に大きくなるの。


 それに切り抜けただけで抜本的な解決にならなかったのも事実よ。


「では、我が国はどうすれば良いのだろう?」


 陛下は色々悩んでいるようだわ。


 だけど、この解決は非常に難しいのよ。



「以前も言った通りよ。この国の超近代化への動きを明治天皇が止めてしまい、それによって日本は近代化により農業人口を吸収することに失敗してしまったわ。その結果、農村人口が半分近くを占めるままこの時代まで来てしまったの。しかも」


 近代化教育の代わりに、天皇の神格化を進めてしまったがために、自己解決ができないのよ。


 どうしようもなくて移民となる面々がいるけれども、その面々の教育レベルも高くないからハイレベルな仕事をこなす者は少なくて日本人同士で固まってしまうしかないわ。


 このためにアメリカ西海岸を怒らせてしまったのは前回転生のハイラム・ジョンソンのところで語った通りよ。


「ただ、教育をすると共産主義が広まらないかね?」


 これもまたその通りなのよ。


 この当時の知識人はどうしても共産主義を避けて通ることはできないわ。そして、この時代には共産主義の矛盾がはっきりと分からないのよ。だから、国家社会主義で圧倒しようとする動きが出て来るわけね。


 教育が広まれば、社会主義思想など矛盾を解消しようとする動きが広まる。統制するための国家社会主義も限界がありうる。限界を超えたとすれば、その先に何があるか分からない。為政者としては恐ろしいものよ。


 中途半端な国が陥るジレンマを抱えているわけだわ。



「残念ながらまだ若い陛下では完全には解決できないわ。とはいえ、若い世代の教育を止めてしまうと制御不能の状態になりうるわ」


「……教育予算を出すように内閣に言い含めよう」



 ここからは歴史の流れを知るからこそできる裏技かもしれないわね。


「ここからの数年は戦争に匹敵するわ。長期の国債を発行するくらいの覚悟でいる必要があるわね」


「長期国債か……」


 天皇陛下が少し迷っているわね。


 この不況がどこまで広がるか分からず、国債が償還できるか自信がないようだわ。


 21世紀の日本なら、何だかんだ国債を抱えているけれども、この時代はそうじゃないわね。国民にそこまで富はないのよ。それでも買える者は存在するわ。


「そうよ。富豪共に国債を大量に買わせるのよ」


「そうなると、解決できたらできたで持てる者がより持つ者とならないかね?」


 さすがに陛下もよく分かっているわ。


 この懸念はその通りよ。並の人間が主張したのなら「この大バカ者め!」と右フック(左利きなら左フックね)を見舞ってやるべきだわ。


 だけど、それはあくまで一般的な人間の話よ。


 私を誰だと思っているの? 新居千瑛よ。


 私が並の人間と同じことをすると思うの?


「私は普通の失敗はしたくないわ。やるのなら前代未聞の失敗をしたいのよ。陛下が考えられるような失敗は、私には無縁のものだわ」


「……そうだったね。若槻(この時代の総理大臣)から助けを求められたら、ゴーサインを出すよ」



「国債の大量発行で当座はしのげそうだけど、償還はどうするの?」


「15年国債、20年国債が終わる頃には何が起こる?」


「……第二次世界大戦だね」


「そうよ。日本は日中戦争から含めて、戦争当事者として参加してしまったわ。だけど、日本が国として一番ウハウハだったのはいつかしら?」


 第一次世界大戦と朝鮮戦争でしょ?


 本格的には参戦せず、ただ、軍需物資を売りまくっていた時だわ。


「第二次世界大戦絡みの日本で戦争に参加する話が多いけれど、私には理解ができないわ。あれだけ世界が戦いまくっているのなら、軍需物資を売る側に回れば、左団扇に右団扇まである生活を送れると思わない?」


 そして、外国に物資を売るには国家の別の意思も必要だわ。


 検査名目などで徴収すれば良いのよ。全く武器の売れない今の時期なら比較的簡単に導入できるわ。


 後々、富豪は儲けたくて武器商人となって頑張って売るわ。彼らから取り立てた検査料と、彼らに支払う償還のバランスを少し国家側に傾くようにすれば、国は何も損しないというわけ。


「商人達は戦争当事者からの販売益と国債で儲けてハッピー、国も儲かってでハッピー。WINWINというわけよ」


 この立場にいるために、戦争当事者となることは永遠に放棄すべきなのよ。


 日本国憲法9条万歳というわけね。


「右からも左からも刺されるよ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る